エピローグ
「……本当に無くなっている、だと?」
男は、その廃墟を前に固まっていた。
組織が計画し、実行まで秒読みに入っていた作戦。
ダンジョンを利用し、魔物を増殖させ、それを一気に解き放つことで地方都市の一つを崩壊させる、というもの。
だが、その作戦は、根本的に不可能となった。
――仕掛けを施したダンジョンそのものが、消失していたからである。
「どういうことだ、ここは組織の手によって、秘匿され続けてきた。それが、実行寸前のこの段階で完全攻略されるだと……?」
何か、想定外が起きている。
とにかくまずは、この情報を持ち帰り、計画を修正しなければ――。
「――ふむ、大した情報網ですね。私が情報を流したルートは、ごく一部だったのですが、それを嗅ぎつけるとは。いったいどれだけ根の深い組織なのか、気になるところです」
その声が聞こえた瞬間、男は声の主の確認などという一切の無駄な行動はせず、一目散に逃走を開始する。
見事なまでの逃げっぷりだったが、それは予想された行動だった。
「おっと、こっちは通行止めだ」
「ガッ―ー!?」
足払い。
男は前のめりに倒れ伏し、ガツンと身体を地面に打ち付け、そしてその背中をガンと踏みつけられる。
いつの間にかそこにいたのは、獣人の少女と、エルフの老人。
――逃げられない。
そう悟った男の行動は、素早かった。
ガキン、と奥歯を噛み合わせる。
「あっ、コイツ! マスター、解毒ポーション!」
「……残念ですが、一歩遅かったようです」
ガクガクと身体を震わせ、ブクブクと泡を吹き、白目を剥いている男。
たった数秒で、すでに男は、事切れていた。
「……おいマスター。自決しちゃったぞ、コイツ。どうすんだ」
「犯罪組織の割には、どうやら覚悟だけは本物だったようですねぇ」
「感心してる場合か。死体処理も面倒だしよ」
「まあ、落ち着いてください。この男から情報を引き出すことは出来ませんでしたが、流した情報のルートから、どこで漏れたかを確認することは可能です。そちらを当たるとしましょう」
「……ハァ、しょうがねぇか」
二人は、闇に消える。
男の死体もまた、初めから無かったかのようにそこには存在せず、静寂だけがその場に残った。
――ヒナタが口にする、『今は本編前』という言葉。
だが、シナリオは、すでに大きく書き換わっている。
◇ ◇ ◇
「おにぃ! あーそーぼー!」
「いいよ、何する?」
「スペースオペラ・おままごと!」
「お前スペースオペラの意味わかって言ってる?」
――あのダンジョン攻略から、すでに一年が経った。
魔法と剣術の修練を行い、その間に妹と遊び、休日に両親がどこかへ遊びに連れて行ってくれるような平和な日常。
ゲームでの両親の死亡時期は……恐らく、過ぎた。
この一年は、俺もかなり気を張っていて、世界の修正力や強制力、そういうものが働かないかどうか警戒し続けていた。
王の墳墓の攻略は完了したが、何か他の形でスタンピードが起こる可能性を憂慮していたのだが、幸いなことに、今のところ変化は何もない。
地元の取り纏めを行っている父に、それとなくモンスターに関連した異変がないか聞いたり、俺自身周辺のモンスターの生息域に足を踏み入れたりしてみたが、何も異変が起きていなかったのだ。
まだ油断は出来ないが……ひとまずは安心しても、良いのかもしれない。
シナリオを変えることが出来たと、そう判断しても良いのかもしれない。
「我が名はキャプテンヒナタ! 母なる宇宙をこの手に収め、星々の支配者となる男である!」
「おにぃ、何それ?」
「宇宙海賊団船長のキャプテンヒナタ」
「えー、何か変だよー。……やっぱり普通のおままごとしよう!」
「はいはい」
俺は笑って、妹のおままごとに付き合う。
この平和な日常を守れたことが、俺は、本当に嬉しかった。
早々に片付けなければならない最も大きなイベントは、解決した。
ならば、次なる目標は本編の舞台となる学園。
――ヴァーミリア王立魔法学園。
それに向けて、準備するとしようか。
プロローグ終了。
次回また時間が飛んで、本編開始です。
読んでくれてありがとう!