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彼方へ紡ぐ  作者: 流優
チュートリアル
14/256

攻略完了


 ――何か、良い匂いがする。


 最初に頭に浮かんだのが、それだった。


「よぉ、目が覚めたかよ」


 頭上から降って来る声。


 ぼんやりとした視界に映ったのは、近くからこちらを見下ろす、ネアの綺麗な顔。


 何だか、心地良い感触が俺の頭を包み込んでいる。


「あれ、俺……」


「いわゆる、『魔素酔い』だな。強大な敵をぶっ倒したことで、相手の魔素がドバっと入り込んでレベルが急激に上がり過ぎたんだ。あたしでもちょっとクラッと来たくらいだ、ヒナタにとっちゃあ、それこそぶっ倒れる程キツかったんだろうよ」


 ……なるほどな。


 ハメ殺したから楽だったとはいえ、低レベルの俺が、高レベルの敵を倒したことで、一度に大量の経験値が注入された。


 ゲームならばただレベルが上がるだけで済むが、現実では突然膨大な力が肉体に入り込む訳で、俺の意識がそれに耐えられず、気絶したのか。


 ショートしたようなもんだな。……そう考えると少々恐ろしいが。


「気分は? まだクラクラすっか?」


「ん、いや……大丈夫。もう何ともなさそう」


「そうか、なら良い。ったく……急に倒れやがったから、ちょっと慌てたぜ」


 ホッと、一息吐くネア。


 本当に心配してくれていたらしい。


「心配してくれてありがと。――それと、ネア姉」


「あん?」


「何で俺、膝枕されてんの?」


 俺は、膝枕されていた。


 頭の裏に感じる心地良い感触と温もりは、彼女の太ももだった。


「下、石畳だろ。そこに寝かせるのもちょっと、な」


 あぁ、気を遣ってくれたのか。


 慣れないことをしているとでも思ったのか、気恥ずかしそうに頬をポリポリ掻きながら、彼女は言葉を続ける。


「ほら、問題ねぇなら起きろ。いつまでもこんなとこで寝てる訳にもいかねぇだろ」


「んー、ネア姉の太もも、気持ち良いからもうちょっと」


「……お前もやっぱり男だな」


 苦笑を溢すネアである。


 そりゃ、こんな機会もう二度と無いだろうし。


 元々俺は、ネアというキャラが好きだったのだ。そんな相手に膝枕をされている。


 うむ、素晴らしい。ここを俺のキャンプ地とする。


「そういうこと、デカくなったら言うんじゃねぇぞ。綺麗な面してやがるし、何だかお前は、その内女誑しになりそうだぜ」


「失敬な。俺だって、誰にだってそんなことは言わないよ。それに、女誑しは俺じゃなくて主人公の役割だから」


「主人公?」


「何でもない。――よし、それじゃあ、帰り支度しようか」


 俺は笑って、身体を起こした。


 膝枕は名残惜しいが……時間もある。


 昼に攻略を始めたからまだそう遅くはないとはいえ、夕方までに帰らないと両親が心配する。


 あと、ぶっちゃけかなり眠い。まだ幼い身体で動き回ったせいで、結構疲れている。さっさと撤収するとしよう。


 ――本編前の、今。


 俺は……まず一つ、自らの運命を変えることが出来たのだろうか。


「ネア姉、この辺りのレアアイテムも、全部回収していいからね」


「……本当に良いのか? そういう依頼報酬だとはいえ、ヒナタの知識がなけりゃあ攻略出来なかったろうし、依頼料としちゃあむしろ貰い過ぎだぜ」


 そんなことはないと思うが。


 ボスドロップは、骸骨王の王冠に宝剣、そして腐れ龍の素材アイテム。


 金額にして二千万ギルは下らないだろうし、さらにここまでの獲得アイテムも加えると、二千五百万ギルくらいにはなるかもしれないが……結構難易度の高いダンジョンに、俺みたいな子供を連れて入り、命懸けでボス攻略まで付き合う。


 依頼報酬としては、妥当ではなかろうか。


「じゃあ、ネア姉の膝枕が心地良かった代ということで」


「あたしの太ももを随分高く買ってくれてんのな」


 確かに。


 二千五百万ギルの太もも。高級車が四台くらい買えるな。


 が、俺は断言しよう。


 その価値はあると!


「ネア姉の太ももなら、むしろ安いね!」


「アホ」


「いてっ」


 ネアは笑って俺の額をコツンと指で弾き、それから撤収作業を始める。


 そんな彼女に、俺は、先程までとは違った真面目な声音で――言った。


「ねぇ、ネア姉」


「おう」


「これだけ、覚えといて。――俺達(・・)の敵は、『杯の円』だよ」


 それが、全ての黒幕だ。



   ◇   ◇   ◇



「――マスター、帰ったぞー」


「お帰りなさい、ネア。……その様子ですと、無事に依頼は達成したようですね」


「あぁ、マスターの言う通りだった。ヒナタの奴、大したタマだったぜ。あれで十二になる前っつーんだから、末恐ろしいモンだわ。あたしも『戦闘の天才』と呼ばれたこたぁあるが、アイツはそれ以上だろうな」


「やはり、それ程でしたか」


「あぁ、それ程だ。それを一度会っただけで見抜いたアンタの目の良さが改めて恐ろしいね。――で、アルヴァー家の調査は終わったのか?」


「えぇ。アルヴァー家は、昔は地方を治める家だったようですが、今の時代の貴族家らしく、現在特に権力は有しておりません。しかし、だからと言って変に権威を保とうなどという考えは持っておらず、良き平凡な家庭です。そのため、彼の家族に怪しいものは一切なく……つまりおかしいのは、ヒナタ君のみになります」


「……ま、そうなのかもな。アイツ、言ってたぜ。『俺達の敵は、杯の円だよ』って」


「……俺達の?」


「そう、俺達の、だ、マスター。アイツは恐らく、アンタが『何かおかしい』って調べ始めたモンの詳細を知ってる。今回のダンジョン攻略も、それに関連したものだったらしいぜ。よくわかんねぇモンも仕掛けてあったっぽいからな」


 ネアからの報告に、ナヴェルは顎を擦りながら、考える。


 ナヴェルは、気付いていた。


 この国の陰で蠢くものに。

 日の当たらぬ、奥深くにて、胎動するものに。


 それは、彼が長年裏社会に身を置いているからこそ、気付けた違和感である。


「……杯の円、ですか。調べてみましょう」


「あたしも協力するから、仕事があったら言ってくれ。あと、今回の報酬だ。マスターの伝手で換金頼んだ」


 そう言ってネアは、今回のダンジョン攻略で得たアイテムをジャラジャラとその場に並べていく。


「ふむ……随分大量ですね。それに質も良い。依頼料としては、貰い過ぎたかもしれません」


「あたしもそう言ったんだがよ。アイツ全然受け取ろうとしねぇし、これは、あたしの太もも代も込みだってさ」


「はい?」


 聞き返してくるナヴェルに、ネアはただ肩を竦め、愉快げに笑ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 高級車…高級車の基準にもよるけど 600万円か6000万円かどっちだろう 前者かな、流石に未成年コンビが一日で2億はねえな
[良い点] 推しの膝枕代、プライスレス
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