閑話:親の思い
――息子を一言で表すならば、『破天荒』になるだろう。
とても賢い子で、普段は年頃の子供そのもの、特に素行不良という訳でもないが……あの子が普通ならば、この世に『天才』や『偉才』などという言葉は存在しない。
妹のユヅキも、兄と同じく非常に賢くはあるのだが、わかりやすく子供であるため、子育ての悩みと言えば「食べ物の好き嫌いが多い」とか、「わがままを言う」とか、普通の子供に対するものくらいだ。
ただただ可愛いものである。
しかし、ヒナタは違う。
別に、手が掛かる訳ではないのだ。むしろ、相当楽な部類だろう。
特に好き嫌いはしないで何でも食べるし、わがままらしいわがままと言えば、必要なものを買ってほしいとねだる時くらいだ。
自分のことは大体自分でやれる子で、親の手伝いなども、頼めば二つ返事で「いいよ」とやってくれる。
妹の面倒もしっかり見てくれており、良いお兄ちゃんをやってくれているのは間違いない。ユヅキもよく懐いている。
学業も優秀、魔法能力は同年代の中でとりわけ優れ、剣の腕などは、もう自分では全く敵わなくなってしまった。
我が子のことながら、早熟な天才とはいるのだなと、何だかしみじみ思った日のことはよく覚えている。
が――そんな優等生ぶりでも、放っておくと何をしでかすかわからないところがあるのだ、息子には。
いや、そうやってしでかしても、自分で後始末までするため親の手が掛かることは無いのだが、だからこそむしろ、心配になるのである。
思い出すのは……確か十になった頃に、血塗れで家に帰ってきた時のことだ。
こっそり部屋に戻ろうとしていたところを発見し、大怪我でもしたのかと大慌てで確認するも、特に身体に異常は無く。
ホッと安堵したものだが、それで何だこの血はと問い詰めたところ、バツが悪そうな顔で「いや、その……モンスターが出たから、斬った」などと言うのだ。
どうも話を聞く限り、子供達で度胸試しをしようということになったらしく、『結界柱』の効果が及ぶ、森のギリギリのところまで数人で向かったのだそうだ。
子供とはバカなことをするし、親が「ダメだ」と言ったことをやりたがるものだが、あの時はそれが非常にマズい形で出た訳だ。
そして、案の定モンスターが出現し――同じようにその度胸試しに参加し、こうなりそうだと思っていたがためにこっそり木剣を持ち出していた息子が、それを斬ったのだという。
まさか、齢十で、しかも木剣でモンスターを討伐するとは思わなかった。加えて、無傷で。
確かにあの頃、息子の剣の腕がメキメキと上達していることは知っていたが、モンスター討伐が可能な程であったとは、露程も思わなかったのだ。
その実力を隠そうとするところが、息子らしいというか、何と言うか。
怖くなかったのかとか、どうしてそんなことをしたのかとか聞いたところ、「まあ、正直、そんなに強くなかったし……アイツら、意固地になってたから。俺が反対して、見てないところで森に突撃されても、嫌だったし」などと言っており、怒るより先に、感心してしまった。
恐らく、子供達はもうノリノリで、ヒナタ一人が反対したところで息子を抜いて森に向かうのが目に見えていたため、それならばと思い準備して同行した、ということなのだろう。
どうやら、息子なりに責任感を覚えて動いた結果だったらしい。
その後に、それぞれの子供から話を聞き出したらしく、息子の友達の親が何人もやって来て、「本当に、この度は助かりました……ご子息に、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」と幾度となく頭を下げてくるのを、「もう済んだことですから」と苦笑しながら対応したものである。
ちなみに、それ以外の日にも、時々ボロボロの姿で帰ってくることがあった。本人はバレてないと思っているようだが、バレバレである。
ヒナタはそんな幼年時代だったため、以前は妻エンリと、息子に関する教育方針で話をすることが多かった。
しっかりしていると言えど、子供なのだからもっと過保護にするべきなのか、それとも早熟なのだから、それに相応しいように対応を変えるのか。
結論としては、やはり好きなようにさせよう、ということに決めた。
ヒナタには、何か目標があるように見える。
それが何かを口にはしない。そういう子ではないことは、もうわかっている。
だが、昔からずっと変わらず何かを追い求めていることは間違いなく、ならばもう、親としてはそれを応援するのが、第一にすべきことだろう。
勿論、何か間違ったことをしたら怒るし、「帰りが遅くなるなら必ず連絡を入れること」など、幾つか約束事は決めたが、基本的には好きなようにさせることに決めたのだ。
妻は心配な顔をすることもあるが、まあ、男の子ならば、多少ヤンチャなくらいがちょうど良いというものだろう。ヒナタは多少なんてものではないのだが。
親バカと言われそうなので、他所では口にしないが……同年代で、ウチの息子程ぶっ飛んでいる子も、そうそういないだろう。
――まさか、同級生の女の子を家に住まわせたいなんて言い出す程とは、流石に思わなかったが。
その女の子――レイハ=リィトさんは、ちょっと驚くくらいの凄まじい美貌を持つ子で、こっそりユヅキに話を聞けば、どうやら以前から息子と仲良くしてくれているお嬢さんらしい。
珍しく、微妙に照れた顔をする息子に事情を聞けば、彼女は天涯孤独の身で、色々と事件があったがために一人にさせておきたくないとのことだったが、我が息子ながら、なかなかやるものである。
妻などは、「娘が増えたわ!」と大分舞い上がって、張り切ってお嬢さん用の部屋の準備を行い、ユヅキの方も「その内こういう日が来るかもとは思ってたけど、まさかこんなに早く来るとは……うわぁ、どうしよう。ちょっとソワソワする!」などと言って、だが喜んでいた。
二人は同性だからいいだろうが、正直自分はどうしたらいいかと、悩ましいものである。
いや、勿論歓迎しようとは思っているのだが、彼女は年頃のお嬢さんだ。しかも、これから一つ屋根の下で暮らすことになる。
距離感をしっかり見極めなければ、不快な思いをさせてしまうことになるだろう。
実の娘との距離感でさえ、最近は少し掴みかねているというのに、ここにさらに年頃のお嬢さんが加わるとなると……なかなか、肩身が狭くなりそうだ。
全く、息子が破天荒なのは知っていたが、まさかここまでだとは。
というか、学園に入学した辺りから、本領を発揮し始めたような、そういう印象がある。
夜遅く帰ってくることはザラにあり、何なら帰って来ない日もあり、今回入院した件のように、何かに巻き込まれたりもしているようだが……まあ、ヒナタのことだ。
大体のことは己で何とか出来るだろうし、親の助力が必要になるのならば、レイハさんの件のようにちゃんと自分から言うだろう。
そこは、信じている。
だから、親としては心配でもただ見守り、息子が助けを求めてきた時に、すぐ協力出来るようにするだけだ。
なかなか難しい息子を持ってしまったが……これも、親の定めだ。
せいぜい、頑張るとしよう。
「――フフ」
そんなことを思っていると、ソファの隣にやって来た妻が、ご機嫌そうに笑う。
「ご機嫌だな、お前」
「勿論! 息子があんな素晴らしい女の子を連れて来て、喜ばない親はいないわよ」
「まあなぁ。けど、男親としてはどう対応したものか、ちょっと悩むぞ。我が家の家系には、定期的にヒナタみたいな子が生まれるそうで、俺の祖母などがそんな人だったらしいんだが……全く、祖母を育てた曽祖父母も、なかなか大変な思いをしたことだろうよ」
「フフ、でも、ヒナタは手が掛かる訳じゃないわ。心配になるだけで」
「そうだな。心配になるだけで」
二人揃って、苦笑を溢す。
「まあ、あの子はなるようになるだけでしょう。そう言ったのはあなたよ?」
「……そうだったな。なるようになるだけ、か」
妻は、ニコリと笑う。
窓から入り込む、心地の良い陽射し。
ゆったりとした、心地の良い時間。
こういう時間は、いい。
こういうひと時のために、日々の仕事を頑張っていると言えるだろう。
コーヒーでも飲んで、このまま妻とゆっくりしていたいものだ。
「あなた、コーヒー淹れるわね」
「ん、あぁ、ありがとう。……よく俺が、今コーヒーを飲みたいと思ったのがわかったな?」
「それは勿論、妻ですから」
――その後も、仲の良い、夫婦の語らいは続く。
ヒナタには、前世の記憶がある。
だから、物心付いた時点で、人格の形成は終わっていると言ってもいいだろう。
しかし、それでも彼は、何だかんだ親の背中を見て、その影響を受けて育っているのだった。
感想等ありがとう! いつもそれを読むのが、嬉しい限りです。いやホントに。




