エピローグ
感想ありがとう、ありがとう!!
――最初に思ったのは、薬の臭いがするな、ということ。
嗅ぎ慣れぬ、我が家のものではない臭い。
微睡みの意識の中、次に思ったのは、そこに安心する香りが混ざっているということと、何か胴の辺りに温もりを感じるということである。
「目が覚めたかよ」
その声に、夢現の意識が急速に覚醒していく。
「……おー、ネア姉。おはよう」
「第一声がそれかと言いたいところだが、おう、おはよう。もう夕方過ぎだが。よく眠れたか?」
「あぁ。……寝過ぎて身体がダルいくらいだな」
「そりゃそうだろうな。お前、ほぼ丸一日寝てたぜ」
肩を竦めるネア姉。
丸一日……。
「……ここは、病院か――って痛っ、いてて……」
全身がくまなく痛い。
全身筋肉痛みたいな感じだ。
「正解。学園長のツテのあるとこだ。ったく、また無茶しやがって。痛いのは当然だ、お前の肉体、全身がズタズタになってたみたいだぜ。回復魔法使っても、肉体に疲労と痛みが残ってんのが良い例だ」
「……まあ、無事だったからセーフっつーことで」
「アウトだバカ。お前の両親に妹、すげー心配した様子で見舞いに来てたぜ? レイハなんざ、ずっとそんなんだ」
その時、俺はようやく己の腹に寄りかかって眠っているレイハの存在に気付く。
あどけない、美しい寝顔。
「すぅ……すぅ……」
「レイハ……」
彼女の無事な姿を見て、少しホッとする。
……意地張った甲斐はあったか。
「ソイツも病人なんだがな。どうも敵にヤク打たれたらしく、その治療があったんだが、それ以外の時間は『ヒナタがこうなったのは自分のせいだから』って動こうとしなくてな。んで、結局そのまま寝やがった。ま、体力が尽きたんだろうよ」
「……薬を打たれたのか?」
「そうらしい。検査でも、それが検出されたってよ。ただ、少量だ。レイハの話だと注射一本分刺されたはずだが、どういう訳かほとんど無効化されてたようだ」
「…………」
思い出すのは、あの白い球。
あれは、己以外の存在を排除していた。
となるとそれは、体内にも同様に働いたのではないだろうか。
もしかすると……レイハの能力が、己を守るために発動したのが、あの球だったのかもしれない。
思いっ切りコイツの感情とリンクした動きをしてたしな。
「ヒナタ、お前はどこまで覚えてんだ?」
「ネア姉が来てくれて、んじゃ後は任せるかって思って気絶したとこまで」
そう言うと、ネア姉はジト目を俺に向けてくる。
「いやホントに、お前あたし見た瞬間、『あ、もういいか』みたいな顔で気絶しやがったよな。ったく……面倒なところは全部押し付けやがって」
「俺も限界だったんだよ、あん時は。ぶっちゃけ死ぬかと思ったしな」
「……まあ、ヒナタが相当頑張ったってのは、球状にデカく抉れた現場と、お前の肉体の損傷具合で納得出来るがな。むしろ、そこに突っ込んどいて、よく死ななかったもんだ」
「お、それで心配して、ネア姉も一日中見てくれたのか」
「……心配するに決まってんだろ。弟分に、妹分がこうなったんだ。ジッとしてられるか。シノンもついさっきまでいたんだぜ」
ちょっと照れ臭そうに視線を逸らし、フンと唇を尖らしてそう言うネア姉。
小柄でも体力のあるネア姉が、今はちょっと疲れた顔をしている。
恐らく、事件の後片付けをした後に、ロクに寝もせずこうして俺達の様子を見てくれていたのだろう。
全く、相変わらず面倒見がいいことだ。
シノンも見てくれていたようだし、この埋め合わせは忘れずにしないとな。
――その後、俺が気絶してからのことを聞く。
まず、今回の件は表沙汰にされなかったようだ。
王達の襲撃という、はっきり言って大事件も大事件だが、ここで大騒ぎにすることは敵に利すると判断したようで、思いっ切りマスコミに介入し、警察機関も動かして報道させなかったらしい。
国家権力サマサマである。
で、あのクソッタレの『道化』野郎は、ナヴェルのじいちゃんが追いかけたらしいが、追跡に失敗。
彼を振り切れた、という時点で、そのとんでもない実力が窺えるというものである。
あのレベルの敵が、もう出て来るようになったということは、憂慮しなければならない大きな点だろう。
ただ……一面では、今回の件は、プラスに働くところもあったかもしれない。
皇子であるアルフレート=レガドールは話を持ち帰り、本当は参加していなかったトウマ=アマツキ――『ミナト共和国』に関しては、今後話を持って行くようだが、それ以外の三人では、すでに協力体制を組むことが決定したらしい。
多少ではあっても、『杯の円』も、動きにくくなるのではないだろうか。
それでも奴らは、必要とあらば、何にも気にせず行動に移すだろうがな。
ちなみに、道化が化けていたトウマ=アマツキも、生存が確認された。
どうやらホテルに到着したところで入れ代わられていたらしく、薬で眠らされているのをホテルの従業員が発見したようだ。
殺されていなかったのは、多分まだ利用価値があると見られているのだろう。
ゲームの時より、『杯の円』の存在が表に出るのが、早い。
組織名はまだ明らかになっていないが、王達の襲撃を企むような組織が存在することが、明るみに出た。
これが今後、どう状況に影響するのか、注視しなければならないだろう。
……今回の件で、敵は本気でレイハを狙ってくると思われる。
俺も……今後のことを、考えなければならない。
実はずっと、後回しにしているものがある。
その内やらなければならないのはわかっているが、まだ無理だと判断し、やっていなかったことが。
それは――武器。
俺は入学してからずっと、『瞬華』を使っている。
が、あくまでこれは繋ぎ。メインで使う長剣は、以前から決めてあるのだ。
ただ、とあるダンジョンに眠るそれを、今まで取りに行くことはしていなかった。
それは、今の俺でも返り討ちに遭う可能性が非常に高いからである。
レベルが『71』になった今でも、そこに勝てるかかなりキツいところなのだが……もう、そうも言っていられないだろう。
あんな、道化程度に良いようにやられるようでは全然ダメだ。
少し俺は、勘違いしていた。
レイハならば、何だかんだ自分でどうにか出来るだろうと思っていた。
しかし、そうではないのだ。
レイハと言えど、皆の助けが必要だし、辛い時は辛いのだ。
世界の中心である以上、誰よりも辛い思いをする時もあることだろう。
だが、俺は、レイハにもうあんな顔をさせたくない。
あんな悲嘆に暮れた顔を、させる訳にはいかない。
ならば――俺がもっと強くなり、レイハに降りかかる火の粉を、全て斬り払うしかない。
「……ネア姉」
「おん?」
「退院したら、模擬戦、やろう。本気の奴を」
言葉にしていない俺の思いを、彼女は汲み取ってくれたらしい。
ニッと笑って、答える。
「いいぜ。あたしも、鍛え直さなきゃなって思ってたところだ。このまんまじゃあ、終われねぇよな」
俺は、『魔王』となる力がある男だ。
世界を動かす主人公に対抗し、同じように世界を動かすことが可能な存在である。
入学当初、俺はなるべく原作通りにやって行こうと考えていた。
だが、もう、知ったことか。
ここまで、シナリオが変化しているのだ。
ならばここからは、俺が、俺の望むように、徹底的に状況を改変してやる。
――俺は、俺のために。
俺の思いを、『彼方へ紡ぐ』ために。
俺の望むように、この世界を生きてやるとしよう。
◇ ◇ ◇
入院は、三日続いた。
その間に両親と妹も来て、ユヅキが「兄さんは、ホントに、もう!」とプリプリ怒りながら、全身筋肉痛で動くのがあまりにもダルい俺に、何だかんだ世話を焼いてくれていた。
両親も、なんか呆れ混じりの心配顔で俺のことを見ており、「お前はそういう星の下に生まれたのかもなぁ……」「ヒナタ、あなたのことは信頼してるけど、あんまり無茶はしないでね。母さん心配しちゃうから」なんて言っていた。
三人にはホント、一々心配も迷惑も掛けて、申し訳ない思いでいっぱいだ。いつも助かってます。
あと、ジェイクや委員長など、クラスの奴らなんかも見舞いに来てくれ、ワイワイガヤガヤ騒がしくやっていた途中で生徒会長や学園長に、あと近衛騎士団長のオヤジなんかが事務的な連絡込みで見舞いに訪れ、なかなかカオスな空間になったりもした。
レイハは入院まではしなかったようだが、毎日俺の病室に来て、「私を、助けてくれてこうなったのだから」と頑固を発揮し、あれやこれやと世話をしてくれた。
……まあ、なんつーか、久しぶりにのんびり出来たような感じだ。
何だかんだ、二学期が始まる前から今まで、かなり忙しくしてたしな。
そうして、割と入院生活を満喫し――三日が経って退院、帰宅。
ただ、その帰路に就いているのは、俺一人ではなかった。
「あー……なんか、改めて考えると……その、恥ずかしいな」
「……ん」
二人で並んで歩く。
隣のレイハも、出会った頃みたいにめっきり口数が少なくなっており、見ると、頬がほんのりと赤くなっている。
レイハは白い肌をしているので、赤くなるとすぐにわかるのだ。
「……お前、本当は『ちょっとこれは……』とか思ってたりするなら、言うのは今だぞ。何か、流れでこんなことになっちまったが、嫌なら――」
「嫌じゃない。嫌なんて、そんな……嬉しい。とっても」
「……そ、そうか」
「……ん」
「…………」
「…………」
微妙に居心地の悪い沈黙。
俺が持ってやっている、レイハの私物などが入った小さめのキャリーバッグの、カラカラという音だけが道に響く。
――そう、レイハは、ウチに住むことになった。
入院している間に、両親にも話を通してオーケーしてもらっており、ユヅキなんかは「きゃあ!」とか言って喜んでいた。
両親は微妙に生暖かい目をしていたが、「ヒナタが決めたことなら」と、俺のしたいようにさせてくれたのだ。
本当に……最高の家族だ。
やがて、歩き慣れた道の先に見えてくる、一軒の屋敷。
「見えた。あそこがウチだな」
「……おっきなお家」
「はは、まー、この辺りは田舎だからな。土地だけはあんだ。後で案内してやるよ」
「ん、楽しみ」
「いや、学園周りに比べると、本当に何にもないから、そんな面白くは無いぞ?」
「でも、ヒナタの生まれ故郷、見てみたい」
「そうかい」
俺は、鍵を取り出して扉を開け、先に中に入り――後ろを振り返る。
そして、言った。
「おかえり、レイハ」
すると、レイハは。
一瞬、泣きそうな顔をしてから。
華のような笑顔を浮かべ、言葉を返す。
「ただいま!」
今章終了!
フー……今章も大変だった。強敵だった。何とか書き切れたか……。
明日は一日休み、恐らく一話分閑話を書いて、次章に入ります。
読んでくれてありがとう! 次章もどうぞよろしく!




