二つの現場
レビューありがとおお!
ジェイクは、いっぱいいっぱいだった。
敵の分身は、大したものではない。
数が多いだけで、こんなのはどれだけいてもジェイクの相手にはならない。
だが、その数というのが、厄介であった。
執拗にアルフレートを狙い続け、ジェイクのことなど無視するように、横をすり抜けようとする敵。
護衛にとって、何が一番嫌な動きなのかを、敵は熟知しているのだ。
「クソッ……!!」
彼は今、何が起こっているのかわからない。
なし崩し的に戦闘が勃発し、それに巻き込まれたことしか理解出来ていない。
友人が深刻な顔でこの場から去って行ったのも見ていたが、今自分に出来ることが、こんな適当な物量攻撃を仕掛けてくる敵に対処することだけで、それでいて苦戦してしまっている状況が腹立たしい。
――アイツのあの顔、ありゃ絶対レイハちゃん関連だろ。
ヒナタは、己の友人だ。
それも、どちらかと言えば仲の良い。
奴が普段人に見せないような、あんな顔をしているということは、それだけの事態が現在進行しているということに他ならず、出来れば助けになってやりたいのに、しかし自分の実力不足でそれが叶わない。
それが、何よりも……ジェイクの気持ちを荒立たせるのだ。
「――落ち着け」
その時、彼へと声を掛けるのは、ランドールを守っているジークムント=バルツァー。
「模擬戦で一度指導したな。いいか、盾持ちは何があっても冷静さを欠くな。前衛が焦った時、部隊の危機は倍増する。何があっても貴様だけは、焦ってはならん」
「……フゥー……はい」
「よし。落ち着いたなら、見ろ」
ジェイクは、ジークムントが顎で指し示す先へと視線を送る。
そこで行われているのは、激闘。
ラウラ=ドルーを中心に、学園の生徒ネア=グラハルと、そして顔のわからぬ謎のエルフによる三人が、本体と思われる敵との戦闘を繰り広げている。
即席の連係であろうに、見事なまでに息が合っており、『道化』と名乗った敵を圧倒しているが――それでも、決着が付いていない。
するりと、逃げられ続けているのが見て取れる。
「戦力的には十分、だが、未だ敵は健在。何故だと思う」
「……敵が逃げることだけを意識して立ち回っているのに加えて、スタッフらを狙う動きを随所で見せているから、ですか」
「その通りだ。我々にとって、分身は大した敵ではない。だが、非戦闘員にとってはそうではない」
あの三人は、こちらから見ている以上に、大きな負担を負わされているのだろう。
これだけの戦力は揃っていても、それが全く有効に活用出来ていない。
いや、そうなるように制限されている。
この親善パーティの会場が、あまりにも敵に有利に働いているのだ。
各国の護衛が、もう数人ずついれば、すでに勝負は付いていたかもしれないが……仮にも『親善』というお題目が付いているため、そもそも連れて来る人数を控えめにしていたのが裏目に出た形だ。
襲撃の可能性を考え、警備は増員したが、それは基本的に外だ。王達を守るのは、各国のそれぞれの兵士になる。
もしかすると、そこまで読まれ切っていたのかもしれない。
敵の、飛び抜けた技量を感じられるというものである。
「だが、このまま敵に、理想的な動きをされ続けるのは業腹だ。そろそろ仕掛ける。手伝え」
「……わかりました。指示に従います」
ジークムントは、コクリと一つ頷く。
「少年、名は?」
「ジェイク=ゴルダルです」
「では、ジェイク。数秒でいい、ここの守りを任せる。その実力ならば、やれるはずだ。――陛下、そういう訳です。この場を離れさせていただきます。アルフレート皇子、申し訳ありません、殿下の部下をしばしの間お借りさせてください」
「あぁ、全て任せる。あの腹の立つ笑みをぶん殴ってこい」
「いいよ、上手く使ってあげて」
ランドールとアルフレートはそれぞれそう言い、それからアルフレートは、ジェイクにニヤッと笑う。
「ジェイクが彼程の盾役になれるのは、いつだろうねぇ」
「……精進しますよ、アルさん」
ジェイクは苦笑を溢し――そして、動く。
「行くぞッ!!」
まずは、ジークムントの、薙ぎ払いによる攻撃。
範囲攻撃スキル『迅雷』。
それにより、近くにいた分身は全てが消滅。
空白地帯が出現した瞬間、ジェイクは立ち位置を変え、ランドールとアルフレートの二人が守れる場所に位置取る。
先程までより、負担は倍増するが――ジェイクの『守る』という技術は、本物である。
守るものが多ければ多い程、彼は集中力が増していく。
そして、それを見抜いていたからこそ、ジークムントもまたこの場所を任せることに決めたのだ。
停滞させられているこの状況を打破するために。
守ることをやめ、一気に攻めに出た近衛騎士団長は、道化の本体との戦闘に突っ込む。
「おっとぉ!! あなたまでこちらに来てしまいましたか!! これは大変ですねぇ!! ですが、それならば王の方を――っとと、そう上手くはいきませんか!!」
「ヌンッ!!」
ジークムントは、道化の言動に一切付き合わず、猛攻を開始。
四対一。
それは、天秤を傾けるには十分だった。
一流の技量を持つタンクが参加したことで、戦線は段違いに安定し、ネア達の攻撃もまた苛烈さを増していく。
――ブシュゥッ、と爆ぜる血。
それは、道化の片腕。
ついに避け切れず、ナヴェルの手刀を食らったことで、腕が両断されたのだ。
「おぉ、痛い痛い!! 全く、寄ってたかって酷いですねぇ!!」
それでもなお道化の顔色は変わらず、人を不快にさせる笑みを浮かべており――その時。
ドンッ、という、何か爆発するかのような音が、遠くから聞こえてくる。
瞬間、道化の動きが一変した。
分身が、一斉に本体の下へと向かって走り出す。
敵の変化に、本体と戦っていた四人は警戒し、そしてその隙を突いて道化は、逃げ出した。
壁を蹴って身軽な動作で跳び上がり、先程ヒナタが出て行ったのと同じ窓に到達する。
「私の役割はここまでのようです。皆様、今宵のショーは楽しんでいただけましたかな? また皆様との――」
飛んでくる魔法。
ラウラによる、大抵のモンスターならば一撃で消し炭にすることが可能であろうその攻撃は、しかし避けられる。
「おっと、危ない危ない。油断も隙もありませんねぇ! それでは、またどこかで! キヒヒッ!」
道化の姿は、そして、消える。
分身も、一斉に。
――戦闘終了。
空間を満たすのは、とりあえず何とかなったという安堵と、逃げられたという悔しさ。
「マスター! あたしはヒナタ達が気になる、そっちに行きてぇ!」
「わかりました。では私は、逃げた男を追いましょう。――そういう訳ですので、ラウラ陛下。これにて失礼させていただきます」
「しょうがあるまい」
張ってあった結界はすでに解除されているようで、そのまま二人は、出入り口からこの場を去って行った。
残される、本来の親善パーティの出席者達。
「……全く、今後にやらねばならぬことが山積みじゃな。あの道化が何者なのか、何故このタイミングで引いたのか、何が目的の時間稼ぎだったのか、本物のアマツキ殿がどうなったのか。じゃが……まずは、何よりもこの場の後始末から、か」
王達は、今後のことを思って微妙に頭の痛いような顔をしながら、後始末を始める。
ジェイクは、出来ればヒナタ達の方に行きたかったが……己の仕事が、アルフレート皇子を守ることであるため、グッと我慢する。
まだ、襲撃が完全に終わったと判断する訳にはいかないからだ。
――ヒナタ、レイハちゃん。無事でいろよ。
◇ ◇ ◇
駆ける。
携帯端末で電話を掛けるも、レイハは出ない。
つまりは今、何か出られない状況にある、ということ。
アイツがどこにいるのかわからないが、時間帯的にも寮にいる可能性が高いだろうと判断し、まずはそちらへ向かおうとしたものの、途中で足を止める。
何やら、ザワザワと騒がしい一団がいることに気付いたからだ。
「――それで、女子生徒が一人あっちに逃げてったんだ!」
「私達を助けて、そのまま敵を引き付けていって!」
警備員らしき者に、何かを話している生徒達。
その会話が聞こえた瞬間、俺は彼らの下に駆け寄って行った。
「その女子生徒、どっち行ったって!?」
「え? あ、あぁ、あっちだ、訓練用の森の方!」
「わかった、サンキュー!!」
俺は彼らと別れると、即座に森の方へと駆けて行き――ドン、という爆発するかのような音。
思わずそちらへ顔を向けると、森を突き抜けて見える、白く、何か巨大な球のようなもの。
「そこか!!」
俺は、アレを知らない。ゲームでも見たことが無い。
しかし、嫌な予感は止まらない。
焦りが、どんどんと強くなっていく。
少しでも早くあの場所へ辿り着かんと、『ヘイスト』の効果を最大限に活かして走り続け――やがて、辿り着く。
――巨大な白い球と、その中心にいる、レイハ。
どういう訳か敵の姿は無く、彼女だけが、そこにポツンと座り込んでいる。
「レイハ!! おいっ、レイハ!!」
声を掛けるも、反応は無い。
……多分、意識が無いのだろう。
俺は、次に球を見る。
この感じ……これは、レイハの魔力で出来てるのか。
凄まじい量の魔力を消費して、形成されているのがわかる。
言わば、魔力の放電現象とでも言うべき状況だろうか?
何故こんなことになっているのか皆目見当も付かないが、こんなバカみたいな量を放出し続けていれば、間違いなくレイハは死ぬだろう。
意識が無い状態でこうなっているのだ。つまりは、自我が介在せず勝手に魔力が放たれている状態な訳で、命を削り続け、死ぬまで止まらない可能性がある。
だが――。
「グッ……!!」
すぐに駆け寄ろうとするも、まるで高電流でも流されたかのような激痛が走り、肉体が弾かれる。
……レイハを除いた、球の中の一切合切が消し飛んでいるのは、これが理由か。
あまりにも高密度過ぎる魔力により、本人以外の存在を許さないのだ。
レイハをこの状態にしたはずの敵の姿が見当たらないのも……もしかすると、すでに消し飛んだのかもしれない。
この白の中は、それだけの死地である訳だが――。
「…………」
俺ならば、これを突破出来るかもしれない。
レイハと、近しい魔力を持っている俺ならば、ここに踏み込んでも生き残れる可能性はある。
だが、死ぬ可能性もある。
むしろ、この惨状を見るに、そうなる可能性の方が遥かに高いだろう。さっき踏み込もうとして、弾かれた訳だしな。
しかし、このまま放っておいても、レイハは死ぬ。己の持つ魔力以上のものを放出し、命が尽きるだろう。
……安全を取って、俺だけが生き残り、そしてレイハが死ぬのか。
俺も死ぬ可能性があるが、レイハを助けにこの中に入るのか。
「……ハッ! 悩むまでもないな」
俺とて、命は大事だ。
死にたくなどない。二度目の命と言えど、死への恐怖は変わらずに存在する。
だが、今の俺には、それ以上に大事なものがある。
レイハがいない世界に、果たして生きる価値などあるのか。
そんなの、考えるまでもないのだ。
……ゲームの頃の俺だったら……こんな時に、そう。
鼻で笑って、こう言うのだ。
「クソ食らえ、だ。そんな未来は」
己の思考を笑い飛ばし――俺は。
少しでも死なぬ可能性を上げるため、『蒼焔』を発動して纏い。
巨大な白の球の中へと、足を踏み入れたのだった。




