王の墳墓《5》
骸骨王を、しばき続ける。
一方的な攻撃。
俺の剣は全て通るが、骸骨王の攻撃は一つも通らない。
ただ、これはネアが取り巻きを抑えてくれているからこそ、だ。
ソロでやっていたら、この骸骨王に加えて、数体の取り巻きに常に集られ続けるのだ。
これだけ簡単に戦えているのは、彼女がいてくれるからこそ、ということを忘れてはならない。
――そのまま、十分くらいはサンドバッグを殴り続けていただろうか。
『…………』
骸骨王の動きに、変化が生じる。
眼窩の炎がチカチカと明滅し、壊れかけの機械のようだった動きが、過剰に電力を流し過ぎてメチャクチャに暴れ始めたおもちゃ、みたいな動きに変化する。
これは、HPが一定以下になったことによる半狂乱状態だ。
こうなると、流石に甘くは見れない。攻撃に法則性がなくなるからだ。
しかし、瀕死であることも事実。あと数回殴れば、コイツは落ちる。
俺は集中し、慎重に動きを見極め、トドメの一撃を放つタイミングを――。
「――決めろッ、ヒナタッ!!」
絶好のタイミングは、すぐにもたらされた。
連続する銃声。
それは全て骸骨王の額に吸い込まれ、クリーンヒットによる怯みモーションが発生する。
すごい、本当にすごい。
俺が決めに動く、ということをこちらの行動から理解し、適切で正確な援護を行う。
それも、一生湧き続けている取り巻きの処理を行いながら、である。
とてつもない視野の広さと、状況判断能力だ。
我知らず笑みを浮かべてしまいながら、踏み込む。
罰の剣を叩き込むのは、隙だらけの首。
振り被った刃は、トドメの一撃となった。
髑髏が飛ぶ。
限界を迎えた首の骨が、とうとう圧し折れたのだ。
頭部を無くした骸骨王は、ガクガクと残った身体を揺らし、そして地に倒れ伏し、消えていく。
――骸骨王の排除、完了。
だが、その余韻に浸っている暇はない。
骸骨王の身体が、魔化して空間に溶け始めるのと同時だった。
ゴゴゴ、と地面が揺れ、次の瞬間、フィールドの真ん中に巨大な魔法陣が生成され始める。
ここまでが第一フェーズ。
ここからが第二フェーズ。
その時、魔法陣の中心から現れたのは、腐った巨大な腕。
鉤爪の付いた手のひらが出現し、腕の第二関節までが飛び出し、地面に手を突く。
――『アンデッド・ドラゴン』。
ダンプカーばりの巨体を持つ、世界最強格たる生物、龍種。
アンデッドとなったせいで、コイツはその中でも一段階劣る能力しかないが、しかし一度野に解き放たれれば、都市が壊滅してもおかしくない強さを有している。
実際、ゲームでの俺の地元は、それで崩壊した。コイツだけが暴れた結果じゃないけどな。
しかし、だ。
コイツは、『スケルトン・ドラゴン』と違い、まだ肉が残っている。
腐っているし、ところどころ骨まで見えるが、骨体ではなく肉体を保ち、鱗も残っている。
それはつまり――龍種の弱点、逆鱗も残っている、ということに他ならない。
逆鱗を攻撃された龍族は、もれなく怯みモーションを起こし、さらに今回に限って言えば、怯みモーションが発生している最中は召喚が進まない。
ということは、召喚途中で一度怯ませてしまえば、肉体の大半が魔法陣の中に埋まったまま、という状態が継続出来る訳だ。
「一生地下に埋まってろ、骨野郎っ!!」
腕が見え、頭が飛び出し、という段階で俺は、攻撃を仕掛けた。
出て来たばかりの首元、そこに生えた逆鱗に向かって、ここまでの戦闘で一度も使用していなかった剣術スキルを発動。
――初級剣術スキル『回転斬り』。
そろそろお前もスキルを覚え始めて良いだろうと、父が教えてくれた技。
まあ、初級も初級なので、威力の割に後隙もデカく、ぶっちゃけゲームではあまり使われなかったのだが、腐れ龍に関して言えば、むしろこの技で戦うのが主流だった。
腐れ龍の怯みモーションからの回復と、スキルのリキャストタイムが程良く合致しており、『回転斬り』の連打だけで倒すことが可能だったからだ。
「お前は骸骨王よりサンドバッグ性能が高いなっ!!」
『Gya9”#AA>Aぁ?1=A――ッ!!』
声にならないような悲鳴。
怯みモーション。
数秒してそれは終わるが、動き出す前に再度『回転斬り』を叩き込むことで、怯みモーションを継続させる。
本当は、怯みからの回復時に確率で尻尾の範囲攻撃をコイツは行うのだが、そもそも肉体の大半がまだフィールドに出て来ていないので、それをしたくても出来ないのだ。
だから、『王の墳墓』に出て来る腐れ龍は、完封が可能なのである。
ちなみに尻尾回転さえ見切れるのなら、コイツ以外の奴でもサンドバッグにすることが可能だ。難易度は高いが。
「ハハァ、なるほどなッ!! こりゃあ確かに、いいサンドバッグだッ!!」
俺のやった手順を見て、ネアもやり方を理解したらしい。
俺が怯みモーションを発生させると、彼女が斬り込む。
俺にタゲが集中し続けるよう、攻撃タイミングだけは注意して、連撃を叩き込み続ける。
ゲームの頃より、数倍頼りになるな。
恐らくそれは、彼女が彼女自身の意思で行動してくれているからだろう。
こうなれば、あとは作業だった。
二人で戦う相手ではない上に、俺の攻撃力が適正より大幅に下であるため、数十分は同じことを繰り返すハメになったが――ここまでの道中と比べ、いとも簡単に。
『Gy&#$uuu*‘@uu……』
腐れ龍はズゥン、と地に崩れ落ち、半身だけでもデカいその図体が、夢幻かの如く空間に溶けていく。
激しい戦闘があったことなど嘘だったかのように、空間を静寂が占める。
――ダンジョン攻略完了。
「フー……よしっ!」
俺は、これで両親の死が回避できるかもしれないという期待と、ダンジョン攻略の達成感から、大きくガッツポーズし――ぐらりと、視界が揺れた。
あ、ヤバい。
突如として、何か膨大な力が肉体に入り込み、まるで濁流の中に取り込まれたかのように、それが荒れ狂う感覚。
耳鳴りがし、前後左右がわからなくなる。
何故、なんてことを考える余裕は俺にはなく、その内肉体の感覚が消失し、気付いた時には地面に倒れていた。
ひんやりしているはずの石畳の感触は、しかし何も感じない。
慌てた様子でこちらに駆け寄るネアの姿が視界の端に映り、それを最後に意識が遠退いていき――。