王の墳墓《4》
休憩を終えた後。
俺の知っているダンジョンの構造通り、最奥はすぐ近くで――先に見える、今までとは一線を画す重厚さのデカい石扉。
表面には、世界遺産ばりに立派な彫刻があり、描かれているのは玉座に座る『王』と、傅く数人の騎士。
そして王の背後には、彼を守るようにドラゴンっぽいモンスターが描かれている。
――ボス戦。
そのことを肌で感じ取ったのか、ネアもまた、今までとは違って雰囲気に多少の緊張が見られる。
ピンと立っている尻尾がその証だろう。いや可愛いな、ホント。
ボス戦前で気を張ってたのに、見てると和むから見ないようにしよう。
「ネア姉、出て来るのは一段階目が『スケルトン・ウォリアーキング』と、取り巻きの『スケルトン・グレイトウォリアー』が数体。二段階目が『アンデッド・ドラゴン』だよ。ネア姉は取り巻きの対処をお願い。ボス本体は俺が相手する」
「……大丈夫なのか? 腐っても龍種が出るんだろ?」
「本当に腐ってる龍種だね」
「茶化すなアホ。で、どうなんだ? 依頼者を無事に帰すとこまで、あたしの仕事に入ってんだ」
「大丈夫だとは思ってる。けど、失敗する可能性がない訳じゃないから、その時は一目散に逃げよう。――まあ、任せてよ。俺に良い考えがある!」
「それはダメな奴が言うセリフだし、お前わざと言ってやがんな?」
ここまでで一つ、確信していることがある。
それは、アンデッドモンスターには『意思』と言うべきものがない、ということだ。
いや、もしかするとあるのかもしれないが、ここまでの戦った感じでは、機械的な、人形的な動きしかしない印象があるのだ。
AをされたらB、BをされたらC、といったような、決まった動きしか出来ない敵。
それはつまり――ゲームの時と全く変わらない動きをしている、ということである。
きっと、これが生物系のモンスターならば話は別なのだろうが、ゲーム時の挙動と変わらないのならば、それはサンドバッグである。
見せてやろう、ゲーマー達の、知識の結晶を。
ゲームにおける、真骨頂を。
――そう、ハメ技を!
◇ ◇ ◇
そして俺達は、ボス部屋の扉を開けた。
玉座の間を思わせる、広い部屋。
天井も広く、恐らくビル三階建て程はあるだろう。
石製の柱が等間隔に並ぶ最奥に、ソイツはいた。
――玉座に座る、王冠を被ったひと際デカい骸骨。
傍らには宝飾の散りばめられた、一切錆びていない大剣が立て掛けられている。まあアイツ、あんなカッコいい武器持っといて、攻撃手段の半分は魔法なのだが。
このダンジョンのボス、『スケルトン・ウォリアーキング』。
まだ距離があるためか、俺達がボス部屋に入ってきた今も、座ったまま反応がない。
ぶっちゃけ、アイツは単体だと弱い。
無限に召喚し続ける取り巻きはウザいが、アンデッド系モンスターの例に漏れず動きがトロいので、予備動作さえ覚えていれば回避は容易いのだ。
ただ問題は、奴が今際の際に発動する召喚魔法で現れる、『アンデッド・ドラゴン』にある。
ネアが懸念しているように、『龍種』というのはこの世界において最強格の生物だ。
その中で強い弱いは当然あり、そして『アンデッド・ドラゴン』は弱い方なのだが、それでも普通はパーティで戦う相手である。
決して二人で相手するようなモンスターではないのだが――このダンジョンで出て来る奴に限って言えば、やりようがあるのだ。
それは、奴が最初からこの場に配置されている訳ではなく、召喚魔法によって呼び出される、という点にある。
「よし、ネア姉。開始の花火、こっからアイツに叩き込んでくれない? 俺、強い遠距離攻撃手段ないからさ」
「オーケー、任せな」
ネアは、一度双剣を腰の鞘に納めると、太もものホルスターから二丁拳銃を取り出す。
そして、真っすぐ前に構えた。
「――ヒナタ、始めんぞ」
「了解!」
ネアは、引き金を引いた。
次の瞬間、空間に炸裂する閃光。
連続する銃声。
それは、彼女の狙い違わず骸骨王の頭部に全弾命中し、ズガガとその身体が揺れる。
だが、流石にボスだけあって、骨が砕けることはない。きっと生前は牛乳が好物だったのだろう。
やがてマガジン分を打ち切ったようで、ネアは瞬時にリロードを始め、骸骨王にも動きが表れる。
眼窩の奥に灯る、仄暗い炎。そこには、侵入者に対する憎悪が確かに感じられた。
壊れた機械のような動きで傍らの大剣に手を伸ばし、玉座を立ち上がる。
同時、フィールドの周りに出現する数個の魔法陣。
召喚魔法。
「ネア姉っ、出て来る奴は頼んだ! 気を付けて!」
「ヒナタもなッ!」
ネアが銃撃を開始するのと同時に駆け出していた俺は、骸骨王が掴んだ大剣を前に構えるより先に、その懐へと飛び込んだ。
「寝てな、陛下っ!!」
中段から下段への、剣による刈り足。
片足を斬り飛ばすつもりで放った斬撃は、骸骨王の体勢を崩すことには成功するも……斬れていない。
今までのアンデッドどもならば、一匹残らず俺の『蒼焔』に耐えることはなく、しかも今は木剣じゃないちゃんとした剣を使っているにもかかわらず、だ。
かってぇな、コイツ。骨というか、鉄筋殴った気分である。本当にカルシウムたっぷりだ。
刀身から伝わってくる反動で、手が痺れそうだ。
マヌケに素っ転んだ骸骨王は、まず俺を殺すことに決めたようで、眼窩の仄暗い炎をこちらに向け、不格好な状態のまま大剣を振るう。
が、見えている。大振り過ぎだ。
「剣のサイズが合ってないねっ!! 身の丈に合ったもの使いなっ!!」
恐らく、筋肉があった頃ならば、それが適正だったのだろう。
だが、骨になった今は、微妙に大剣の重さに振り回されている感じがある。
自らの肉体……骨体? まあとにかく、自分の体重が軽くなったせいで、バランスが取れていないのだ。
ゲームでもこんな感じの挙動をしていたが、現実となった今は、ゲームの頃以上に武器が合っていないのがわかる。魔法で身体を動かしていても、重量までが改善される訳ではないのだろう。
面白い。これが現実になった影響か。
大振りの一撃を屈んで避けた次に、伸びたその骨の腕に向かって、一撃。
やはり斬れない。
だが、骸骨王の腕は大きく弾かれる。
ダメージは間違いなく通っている。ならばあとは、死ぬまで攻撃を叩き込むだけだ。
さらなる追撃を放とうとしていた俺だったが、その時骸骨王の眼窩の炎が、苛立ちを覚えたかのようにユラリと揺れ、カタカタと顎が動いたのを見て取る。
――魔法攻撃の前兆。
これは、『腐毒ブレス』のモーションだな。汚い腐った肉塊みたいなものを、口から辺り一面にぶち撒ける攻撃だ。
王の攻撃としてそれはどうなのかと、ゲームの時も思った。
腐毒ブレスは範囲攻撃であり、食らうとゴリゴリHPを削られる上に、『腐毒状態』という普通の毒より上位互換の状態異常を付与してくるため、なかなか厄介な攻撃である。
が、対処法さえ知っていれば、腐毒ブレスは、実は攻撃パターンとしてアタリだ。
いわゆる、デレ行動だと言えるだろう。
「斬られて痛かったろっ!! 回復してやるよっ!!」
肺などないクセに、まるで息を大きく吸い込むような動作を見せる骸骨王の口に向かって、俺は回復ポーションを投げつけた。
『――――ッ!?』
次の瞬間、骸骨王の骨の身体が跳ね、腐毒ブレスの攻撃モーションが中断され、四つん這いで再び地に崩れ落ちる。
肉体が朽ちたアンデッドモンスターにとって、回復ポーションは逆に毒となる。
削れるHPは微々たるものだが、このタイミングで投げつけることにより、怯みモーションを発生させることが可能となるのだ。
良い位置にある頭部に向かって俺は、バットでボールを打つように、剣を振り抜く。
常人なら頭蓋骨陥没してるだろ、という一撃は、カルシウム豊富らしい特別製の骨のせいで、砕くことには失敗。
だが、脳天直撃は骸骨王にとっても重かったようで、吹っ飛んで仰向けにひっくり返り、怯みモーションが継続される。
おっ、この動き……クリティカルヒット判定か。
そうか、なるほどな。
ゲームのクリティカルヒットってのは、現実では良いところに攻撃が入ったってことなのか。
「どうした、骸骨王っ!! 今んところ一回もまともに動けてないぞっ!!」
「ヒナタッ、随分ご機嫌っぽいが、あとどんぐらいかかりそうなんだッ!! すでにこっち、若干キツいんだが!?」
「ごめんもうちょっと待ってっ!!」
いやホント、助かってます、ネア姉。