王の墳墓《3》
大体スカ〇リムのダンジョンです。
――ダンジョン攻略を開始してから、すでに二時間は経過しただろうか。
ここ、『王の墳墓』は、カタコンベと地下洞窟が合体したようなダンジョンだ。
正しくは、地下に存在した洞窟を墓に改造した、って感じだろうか。
ところどころに剥き出しの岩肌があり、淡く光る苔がこびり付いていて、壁に開いた穴から横を見ると、地下水脈によって形成された川が奥底に流れている様子が窺える。
三層構造の中を上から下に降りていくのがこのダンジョンで、最奥に行くための通路は迷路のように入り組んでいるが、しかし正解を知っていれば、実はそんなに広くない。
子供の戯言を聞き入れ、信じ、依頼を受けてくれたネア達が赤字にならないよう、貴重なアイテムの入った宝箱が置かれている場所には全て寄っているので、最短距離では突き進んでいないものの、恐らくこれでも攻略自体は相当に早いだろう。
ゲームと違って基本走らず歩きでゆっくり警戒しながら進むし、自分達の消耗の具合を見て小休止も入れるため、ゲームだったらボス戦込みで一時間程度のこのダンジョンに倍の時間が掛かっているが、ここにネアがいなければ、さらにその倍の時間が掛かっていてもおかしくない。
戦闘に要する時間が、俺の想定の三分の一程度なのだ。
今日の攻略のためにHP回復ポーション、MP回復ポーション、解毒ポーション、戦闘糧食、使い捨ての魔道具アイテム等々を買っており、モンスター狩りで貯めていた金は全て吹き飛んでいるのだが、これらの消耗率も、今のところ十パーセント程度というところ。
彼女がいなければ、偵察だけに留めて現時点ですでに引き返していたかもしれない。そもそも俺、『蒼焔』スキルがあるおかげで戦えているが、明らかに攻略の適性レベルに達してないし。
ここがアンデッド特化のダンジョンで助かったな。
「お、ヒナタ、剣出たぞ、剣。ちょいレアっぽいし、これやるよ」
ネアは、スケルトンがドロップした剣をヒョイと俺に渡す。
これは……『罰の剣』か。
性能は中の上ってところだが、下の下である木剣より遥かにマシであることは間違いないな。
ゲームで木剣の下と言えば、ネタアイテムの『木の棒』とか『お玉』とかだし。お玉縛りの動画はなかなか面白かったな。すんごい面倒そうだったから俺はやらなかったが。
「いいの?」
「あぁ、お前が勝算あって木剣振るってんのはわかったが、それよりかは流石に刃付きのが良いだろ。だからこれは……プレゼントだ。あたしが獲得したもので、それをアンタにプレゼントした。だから、依頼のこととは無関係だ」
「そっか……ありがとう、ネア姉。それならありがたく使わせてもらうよ」
「おうよ。だから、ゾンビ出て来たらその剣で次も頼むな」
「その一言で台無しだよ」
どうやら、本当にゾンビが嫌いらしい。
いや、まあ、気持ちはわかるのだが。スケルトンに比べて肉の具合が大分生々しいし、酷い臭いだし。動きがトロいから弱いが。
スケルトンと違い、ゾンビから攻撃を食らうとゲームでは確率で毒状態になったのだが、もしかしてそれ、衛生的な意味でってことじゃないだろうな。
あと、ネアは獣人族だ。感覚器官が人間の俺より鋭いことは間違いなく、俺ならただ「酷い臭い」で終わるところが、この人の場合だと「気絶しそうな程酷い臭い」になってしまうのかもしれない。
俺は、彼女の言葉に苦笑を溢し――。
「! あれは……ネア姉、ちょっと待って」
「トラップか?」
「似たようなものかもね。……やっぱりあったか」
その時俺が見つけたのは、地面に彫られた印。
いわゆる、魔法陣。
現在は起動していないようだが、この時点で計画は進行していたのか。
――この『王の墳墓』を基にして発生したスタンピード。
それは、人為的に起こされたものだった。
ダンジョンに満ちる魔力を利用し、ダンジョンによって行われるモンスターの召喚量を強制的に増幅させる魔法陣が、恐らくこれだ。
設置したと思われるのは、ゲームにおいて陰で各国を操り、世界大戦を勃発させた原因である組織。
非常に歴史の長い組織であるため、『教団』、『払暁』、『無主の玉座』など様々な呼び名があるようだが、核となる名前は、一つ。
――『杯の円』。
俺が、俺として生きるため、必ず排除しなければならない組織。
俺の両親が死ぬのも、主人公が様々な事件に巻き込まれるのも、俺が魔王軍を率いることになるのも、全ての原因はコイツらにある。
その歴史の中では必ずしも『悪』であった訳ではないようだが、今の時代で暗躍している者達は、このまま行くと確実に俺の敵となる。
戦争やってたゲームでの俺は、つまるところ、コイツらの『表の顔』として本人も知らない内に勝手に担ぎ上げられていた訳だ。
最終的にはそのことに気が付き、戦争のせいで敵対していた主人公と共に、組織を壊滅させるんだがな。
だが俺は、その道筋を辿る訳にはいかない。
まず、ここからだ。
「何だ? 今までのとは、ちと様子が違うな。何の魔法陣だ、こりゃ?」
「ここのモンスターを強制的に増やす魔法陣」
「……そんなもん、聞いたことねぇぞ」
「かもね」
先程ネアに貰った『罰の剣』だと刃が欠けそうなので、俺は木剣を左脇腹に構え、居合の要領で下段から一気に振り抜く。
ガキッ、という削るような感触の後、地面に刻まれる深い溝。
構造が壊れたため、これでこの魔法陣は、二度と使えない。ま、『王の墳墓』を攻略してしまえば関係ないんだが、一応な。
「お前……いったい、何を知ってるんだ?」
「色々だよ、色々」
そう言って、俺は肩を竦める。
「ネア姉、ちょうどいいから、ここでちょっと休憩にしよう。多分そろそろ、ボス部屋に着くから」
「……そうだな、そうするか」
ここまでの態度と変わらず、俺に何も聞かず。
それだけの小さな反応で、近くのちょうど良さそうな瓦礫の上に、彼女は腰掛けた。
本当に……協力をお願いしたのがこの人らで、正解だった。
俺もまたテキトーに腰を下ろし、意識して声音を軽いものに変え、口を開いた。
「それにしても、ネア姉本当に強いね。そんな小っちゃいのに」
「あたしは、その言葉の一から十までをヒナタに返したいね。つか、小っちゃいは余計だ! まだこっから、あたしはもう一段階伸びるはず!」
「ネア姉、今何歳?」
「十五」
「……ネア姉、現実見ようよ」
「……う、うるせぇ! ヒナタこそ、男なのに女みてぇな面しやがって!」
あ! い、言いやがったな!
「お、俺はまだネア姉と違って成長期が来てないだけだし!」
「お前、何歳よ」
「今は十一。来月で十二」
「……それくらいなら、流石にもう二次性徴来てんだろ。そうか、背丈からしてそんくらいだろうとは思ってたが……」
途端にネアは、慈愛の籠った表情になり、ポンポンと俺の頭を撫でる。
「……何だよ」
「安心しろ、ヒナタ。どんだけ女顔でも、あたしはちゃんと、ヒナタが男だって今はわかってるからよ。あと、髪サラッサラだな、お前。羨ましいぜ」
「ぐっ……うるさいな! ネア姉なんか、硬派な感じ出してる割に、ぶっちゃけ俺と大して変わんない背丈とピコピコ動く耳とクネクネしてる尻尾のせいで、全然硬派じゃないクセに!」
「おまっ、お前ぇっ!? い、言っていいことと悪いことがあんぞ!?」
そんな俺達の声に反応したらしく、休んでいた部屋に通じる通路の奥から、ガシャンガシャンという音が聞こえてくる。
「あー! ネア姉が大声出すから、またモンスター来ちゃったじゃん!」
「いや今回はヒナタも大概だろ!?」
そのまま俺達は、ギャアギャアと言い合いながら、襲ってきた敵を返り討ちにするのだった。