純魔少女
ヴァーミリア王国国王、ランドール=エルクス=ヴァーミリアは、大笑いしていた。
「ははは! なるほどなるほど、あれが先生の言っていた、伝承の青き炎を持つ者か! あの少年、もしかして私のことに気付いていたか?」
「気付いていたでしょうな。最初部屋に入った際、陛下のお姿を見て『何故ここに』という表情になっておりました故」
「先生、二人だけだ。口調を取り繕う必要は無い。あの少年も、先生に君付けで呼ばれた時、わかりやすく顔を顰めていただろう。彼も先生のつっけんどんさを知っているのだな」
「……フン、全く。貴様も、あの小僧も、忌々しいものよ。貴様もそのふざけた仮面、取ったらどうだ」
「うむ、そうしよう」
取り繕うのをやめたギュンターが鼻を鳴らし、その口の悪さに慣れている国王は、からからと楽しそうに笑って仮面を外す。
王でありながら、稚気に富み、市井と同じ目線に立つことが出来る者。
それが、彼が政治家として人気である所以の一つであった。
「わざわざ先生が彼のために状況を整え、ウチのジークムントも気に入る訳だ。……ふむ、やはり欲しいな」
近衛騎士団長当人から、話は聞いている。
学園で、面白い生徒を見つけた、と。
曰く――怪物。
この先己を超す者があれば、その生徒であろうと寡黙な男が楽しそうに語り、大いにランドールの興味を引いたものである。
それは、とんでもないことだ。
ジークムントとはこの国の盾であり、他種族より寿命の短い人間であっても、ここまで至れるのだという象徴だ。
他国にも彼に匹敵する猛者は存在し、特に武断的な国風の魔帝国などには、それが三人もいるが……彼もまた、その仲間入りを果たす可能性があるということになる。
そして、本人を直接見たランドールとしても、あの少年がただ者ではないということは一目で理解することが出来た。
王とは、誰よりも人を見なければならない役職だ。人を見る目が無ければ、政権はやがて崩れ、腐敗することになり、民の不幸に直結する。
幼き頃からそう教えられ、鍛え続けた観察眼が、ヒナタ=アルヴァーの『異物』さを彼に強く訴えているのだ。
「奴は男爵家の息子だ。調査チームの報告書では家族仲も良好故、成長したならば親の仕事を受け継ぐのではないか? そうなれば貴族として、貴様が引き抜くことも出来よう」
「いや、いや、甘いぞ、先生。今の時代、選択肢は豊富なのだ。それに、貴族などという称号はあのような男にとってはただ面倒なもの。柵が邪魔だと判断すれば、捨て去ることに躊躇は無いだろう。近衛騎士……いや、彼は護衛で終わらせるには少々もったいないか。頭もかなりキレるように見える」
楽しそうに悩み始めた昔の教え子の姿を見て、ギュンターはハァ、とため息を吐く。
「どちらにしろ、奴はまだ数年学生のままであろう。勧誘の悩みは後にしろ」
「あぁ、そうだったな。少年はまだ一年生、我々大人がその行く先を曲げるのも良くない、か。――そうだ、先生。彼の言った、『ミナト共和国に気を付けろ』。どういう意味だと思う?」
ギュンターは、少し考えてから、答える。
「……そのまま、であろうな。仮にこの親善パーティで何かが起こるなら、行動を起こすのが彼の国の者らだと奴は考えているのだろう」
「確かにあの国は……少し、おかしなところがあるからな。うむ、気を付けねばなるまいか。全く、彼はどこで情報を得ているのやら」
「そればかりはわからん。故に、貴様も欲するがあまり、奴に対して油断せぬことだな。足元を掬われるぞ。素性はわかっていても、正体が知れん小僧だ」
「人とはまず信じるべきだ、先生。特に、己の味方にしたいのならばな。疑うことは必要だが、そればかりでは人は付いて来ん」
「フン、人材の扱いの上手さで貴様にはもう敵わんよ」
「人の酷使具合では、私はまだまだ先生に敵わんがな」
「言いよるわ、若造が」
年も違い、立場も違い。
だが、気安く言葉を交わす二人は、確かに友人同士であった。
◇ ◇ ◇
「あなたは……随分、学園長に信頼されているようですね」
「おう、何だ、突然」
学園長室から出た後、そのまま別れるかと思いきや、意外にも純魔少女は別れず。
俺が教室に戻る道すがらも一緒で、じっと、こちらを見てくる。
「あの方は、お世辞にも愛想が良いとは言えません。冷酷ではなくとも、冷徹ではあり、合理的な思考から他者を選別しがちです。その中で、あなたのことは随分と買っているように見えました。それだけ能力を信用している証でしょう」
「アマネに愛想が悪いなんて言われちゃおしまいだな」
「……うるさいですよ」
オホンと一つ咳払いし、彼女は言葉を続ける。
「ヒナタさんの実力は伺っています。模擬戦において、すでにこの学園の一握りに入り込んでいる強者。少なくとも一年に比肩する者はおらず、上級生であっても、あなたと対等に戦える者がいったい何人いるのかというレベルであると」
「一年に比肩する者はいない、ね」
レイハとこの少女が出会うのは……そういえば、本来はもっと後だったな。
「何です?」
「いや、何にも。ただ、それはそっちも一緒だろ。魔法の実技で一位だし、アマネに魔法能力で勝てる上級生も、一握りじゃないか?」
「ヒナタさんも、魔法の実技で二位でしたね?」
「表面上はそうでも、一位と二位の間にダブルスコアが付いてる可能性もあるだろ」
「あなたの模擬戦の成績のように、ですか」
「……ま、そうだな」
彼女の瞳に宿っているのは、好戦的な、好奇心のような色。
――アマネ=ヤヤ。
『魔女の里』という地域出身で、魔法研究のためにこの学園へやって来た、向上心の塊。
ツンケンしているように見えるが、それは余裕の無さの裏返しでもあり、国許の家族のために成り上がらねばと努力しているのだ。
ただ、本人自身も学ぶことは好きであるため、この学園の環境は居心地が良く、特に『トリックスター』とまで呼ばれる学園長に対しては尊敬の念を抱いている。
メインストーリーへの関与は、基本的には薄い。
サブクエストを主人公が熟すことで仲間にすることが可能で、ただその性能の高さから、クエストの出現自体がストーリーの中盤以降からとなる。
が――この世界では、そんなものは関係無い。
レイハの成長の方を優先していたため、俺がこの少女へ声を掛けることはしていなかったが、こうして出会ったのならば話は別だ。
――いつの間にか、俺達はクラスの前に戻って来ていた。
そこで立ち止まり、向かい合う。
「私は少々、あなたの実力に興味が湧いてきました」
「随分勉強熱心なんだな」
「わざわざ他国にまで来て、学んでいるのです。ならばそこでベストを尽くさなくて、どうするというのです」
一理ある。
その積極的な姿勢は、良いもんだと思うぜ。
「どうでしょう、ヒナタさん。私と一戦、やってくれませんか。それとも、私には勝てないから逃げますか?」
慣れていない下手な煽りをしてくる彼女に、俺は少し考えてから、ニヤリと笑った。
「言ったな? いいぜ、やってやろう。――ただし、このレイハを倒してからな!」
「えっ」
「えっ」
俺は、近くでこちらの様子を窺っていたレイハの肩を掴んで、アマネの前に連れて来る。
困惑の声を漏らす両者。
「あの、私……」
「いいか、アマネ。コイツはこんな可愛い顔してるが、とんでもない実力者だ」
「……知っています。レイハ=リィト。ヒナタ=アルヴァーより多少落ちるものの、優秀な成績を収めている一年。興味はありました」
「成績だけ見たら、そういう評価になるかもな」
「意味深ですね?」
「さあ、どうかね。ただレイハには、俺と、あともう一人の先輩で技を仕込んでる」
「……なるほど、己と戦いたいのならば、まずは弟子を倒してからにしろ、と」
「ま、端的に言うとそういうことだ」
「……ヒナタ」
と、そこで話の流れが読めたらしく、自ら喧嘩を吹っ掛けるような好戦さは持っていないレイハが、咎めるように俺を見上げてくる。
「悪い、レイハ。そういうことだ。模擬戦、俺の代わりにやってくれないか?」
「……ヒナタは、どうしてそう勝手なの」
「お前、純魔法タイプと戦ったことないだろ? 良い機会だと思ってさ」
まあ、本音は違うのだが。
わざわざこんなことをしたのは、二人をしっかりと出会わせておきたかったからだ。
こうして関わりさえ作っておけば、どんな形であれ、純魔少女のシナリオも進むだろう。
その後だったら、二人の勝敗がどうであろうと、別に俺が模擬戦をやってもいい。アマネの現在の実力にはぶっちゃけ興味があるし。
「頼む、レイハ。俺のためと思って、アイツと戦ってくれ」
「……ヒナタのため?」
「ん、あぁ、俺のため」
アマネが仮にパーティに参加でもしたら、俺のためにもなるだろう。間違いではない。
「……わかった。なら、戦うわ」
……?
なんか急にやる気になったレイハに対し、多少疑問に思いながらも、まあやってくれるならいいかとアマネに向き直る。
「? どうした、アマネ。そんなげんなりしたような顔して」
「……いえ。それが精神攻撃ならば、大したものだと思っただけです。それじゃあ、訓練場に行きましょうか」




