近衛騎士団との訓練《1》
感想等ありがとう、ありがとう!
――ヴァーミリア近衛騎士団。
王を守る盾。
現団長ジークムント=バルツァーは、歴代団長の中でも最強と謳われ、とある都市を襲った龍種を彼が斬り殺したことで、その名は爆発的に広まった。
冒険者上がり、という異色の経歴を持ち、身分等の問題から王の盾には相応しくないなどと言われながらも、ただ実力をもって全てを黙らせ、近衛騎士団団長にまで昇り詰めた男である。
今の俺でも勝つことが非常に難しい、明確な格上だ。『蒼焔』があってもどうか、という相手だな。
彼らは学園長の伝手で呼ばれ、生徒達に軽く訓練を付けるため来てくれるのだが、彼らとしても学園の将来有望な生徒達に唾を付けられるので、毎年このイベントは行われているらしい。
と言っても、学園の生徒は多く、無尽蔵に相手が出来る訳ではないため、実際に模擬戦が行えるのはそれぞれの学年での上位数十名程度で、それ以外は希望した生徒のみ見学することが出来る。
特に、騎士団長が直接相手するのは、各学年の上位十五名のみだ。
それでも、成り上がりの象徴みたいな現団長はこの国ではすごい人気なので、毎年大勢が訓練に参加するみたいだがな。
まあ、ゲームで知っているから言えるのだが、団長自身は相当寡黙で、そういうのが煩わしいタイプなので、嫌々やっているのだろうが。
「近衛騎士……どれくらい強いのかしら」
「王の護衛だからな。上澄みの上澄み集団だぞ」
「ヒナタとどっちが強い?」
「あー……一般団員だったら、そこまで負けないつもりはある。が、団長と副団長の二人は、厳しいだろうな」
「……ヒナタ、お前は俺に、その鋼のメンタルを見習いたいとか言うけどよ。俺としちゃあ、お前のその傲岸不遜なクソ度胸の方が見習いたいぜ。いや、これは褒めてんだぜ? マジで」
訓練場に移動しながら、三人で会話をする。
確かにそう言われてもしょうがないだろうが、俺も、このレベルまで戦い抜けてきた自負がある。
本来は誰も知らないはずの知識を活用してのレベリングなので、相当反則というか、ズルと言われれば全くその通りで否定は出来ないものの、それでもレベル差とは正直なものだ。
近衛騎士は、団長と副団長を除いて、平均で確か『Lv:60』前後。まだ俺でも、『蒼焔』無しでどうにか対処出来る相手だろう。
この世界では、「レベルが低い? じゃあレベリングしよう!」なんて、気軽に出来るものではない。
格下を幾ら狩ったところで経験値にはほとんどならず、同格、もしくは格上に挑まなければレベルは全然上がらないため、そうなれば当然命懸けになる。
レベルが上がるにつれ、挑む敵の強さも増していき、その中で生き残り続けなければならないのだ。
合宿で、シノンにパワーレベリング紛いのことはやったが、あれも俺達がいなければ普通に命懸けだからな。
「現騎士団長はすげぇんだ、レイハちゃん! 盾を持たせた戦闘なら、間違いなく世界一だろうな。それでいて剣の技もピカイチだ。怪物だぜ、紛うことなき」
「そうか、ジェイク、盾役のお前としちゃあ、あのおっさんが理想そのものなのか。タワーシールド使いってとこも一緒だしな」
「おっさんて。けど、その通りだ。ウチの国にすら名前の轟く猛者だぜ? それが直接見られて、しかも剣を交えることが出来るとあっちゃあ、楽しみもひとしおってもんだ。ヒナタだってそうだろ?」
「ま、そうだな。これでワクワクしないって言ったら、嘘になる」
いったい自分が、どれだけ騎士団長を相手に戦えるのか、という点は、非常に興味がある。
だから、今日一日を楽しみにしていた訳だしな。
自分より強い者というと、親しいところにナヴェルのじいちゃんがいるが、あの人は、そのー……クラスがちょっとアレなので。
本人自身、お願いすれば快く技を教えてくれるものの、手合わせだけは絶対にしようとしなかったので、戦闘における自身の荒さは重々承知しているのだろう。
――そうして、一年の希望者全員が、模擬戦ランキングでも使ったメイン訓練場に集合する。
ちなみに、二年と三年の姿は無い。いや、見学している上級生の姿はあるが、それだけだ。多分、もう上の学年の指導は終わっているのだろう。
俺達の眼前にいるのは、鎧を身に纏った、十数名の近衛騎士達。
前世の現代とほぼ同じ技術力があるのに、王の護衛の装備が鎧に剣と盾、というのはなかなか面白いものだが、それがこの世界というものをよく表していると言えるだろう。
例えば、騎士団長が斬ったという龍種。
銃程度で龍種は死なない。滅龍弾とかあっても、そうそう死にはしない。
ミサイルでも死なない。艦隊で一斉射撃を行ってどうにか、というところだろうか。
が、剣ならば、死ぬ可能性がある。
世界最強の生物たる龍種を、歩兵で殺せる可能性がある。
だから、中世のようなあの恰好が未だ現役であり、歩兵の最高峰である訳だ。鎧と盾は、現代の技術でかなり近代化されているけどな。
「――今からあなた達の指導を行わせてもらう、ヴァーミリア近衛騎士団です。私は、副団長エナ=ランセル。よろしくお願いしますね、皆さん」
前に出て来て挨拶を行うのは、騎士団長ではなく、騎士団副団長の女性。ゲームにもいたキャラだ。
まあ、あの堅物は、そういうことしないだろうな。
「それじゃあ、あまり時間も無いから手短に。事前に通達されている通り、団長と訓練する生徒はこちらへ、私と訓練する生徒はこちらへ、それ以外の訓練の子達はこちらへ移動してください! 見学の子達は、ごめんなさい、相手をしてあげられる人数は決まっているので、フィールドの横にはけていてください」
彼女の誘導に従い、俺達はそれぞれで分かれ始める。
と言っても、俺とレイハと、あとジェイクの奴も模擬戦の上位組なので、ここ三人は一緒のままだったが。
「見学の生徒の皆さん、または団長に指導を受けたいと思っている生徒の皆さん、こういう世界は実力が物を言います。あなた達はまだ一年なので、時間があります。ここで悔しいと思ったのならば、それを糧に訓練を重ねて、実力を上げましょう! ――では、始めます!」
そうして、訓練が始まった。
◇ ◇ ◇
見学の生徒達の応援。
訓練場を包み込む熱気。
訓練は、騎士団員と一対一で数分戦い、その後軽く指導、という形で進められていく。
騎士団長の訓練もそうであるが、ただ彼だけは指導がかなり短く、実戦の中で鍛える方針であるようで、言葉少なく打ち合わせる剣に意味を持たせているような印象だ。
そして今、騎士団長と戦っているのは、ジェイクだった。
「へぇ、アイツ……」
ジェイクもまた、模擬戦ランキングの一年の成績で、『3位』だったことは知っているが……俺の記憶にある姿より、かなり強くなっていた。
この様子だと、恐らく……『Lv:30』は超えたのではないだろうか。タワーシールドの扱いも、目に見えて向上している。
夏休み前は『Lv:20』前後だったはずなので、本当に夏の間に修行を頑張ったんだろうな。
「ぐっ……」
「悪くない。そのまま励め。その腕ならば、鍛えれば一流の戦士になれよう」
膝を突くジェイクに短くそれだけ声を掛け、すると「おぉ」という声が見学の生徒達から漏れる。
ここまで、一度も褒めたりはしなかった騎士団長が、明確に「悪くない」と褒めたからである。
「うっす……ありがとうございました」
コクリと頷き、それから騎士団長は「次」と言い――フィールドに向かう準備をするのは、模擬戦ランキングで一年『2位』の、レイハ。
「レイハ、気を付けるべきは、騎士団長の盾の動きだ。だから、いつもネア姉に言われてることだが――考えろ」
「ん」
彼女は、それだけを言ってフィールドに向かい――構える。
「……ほう」
騎士団長の空気が、少しだけ変化する。
今までは冷静に、格下相手であろうが油断せず、観察するような眼差しで模擬戦を行っていたが、そこに興味深そうな色が宿る。
――最初に仕掛けたのは、レイハ。
ビュウ、と風を切り、突撃。
体勢を低く倒して盾の死角に入るような位置取りをし、恐らくは、盾で視線を切って己の挙動を隠すつもりなのだろう。
レイハは、ネア姉程ではなくとも小柄だ。そして、騎士団長が持っている盾はタワーシールド。
すっぽりと全身を隠し切り、さらに彼女は、そこでステップを踏んだ。
一度左に出ると見せかけ、そこでグルンと回転し、右に出る。
そして、回転に合わせて発動するのは、スキル『回転斬り』。
その攻撃は、抜け――ない。
ガキィン、と、まるでハンマーで殴り抜いたかのような音が鳴り、ズ、と騎士団長の肉体が後ろにずれる。
今は『勇焔』を使っていないので、あれは素の身体能力だ。
回転斬りに体重がしっかりと乗ったことによる、いわゆる渾身の一撃だろう。
つっても、最近のアイツは、攻撃が大体全て理想の一撃になるので、非常に剣撃が重いのだ。そこに『勇焔』が乗ると、半端ない威力になる。
ネア姉も、もうレイハの剣は受けようとしなくなった。体重差で、己の身体が吹っ飛ばされるのをわかっているからだ。
攻撃は受けられたが、レイハも初撃を受けられるのは想定していたのだろう。
そこから続く、彼女の連撃。
見る限りでは、レイハが押しているように感じられ、見学の生徒達のボルテージが上がるが――そのレイハ当人は、少し焦っているように見えた。
「ヒナタ、ありゃあ……」
「あぁ、多分、攻めさせられてんな」
レイハは、自ら攻撃しているのではない。
攻撃『させられて』いるのだろう。
すごいな、あの誘導技術。
目線、立ち位置、盾の動かし方。
それらを用いることで「攻めないと反撃するぞ」とレイハに感じさせ、攻めさせているのだ。
実際には、一度も攻撃をしていないのにもかかわらず、である。
完璧にレイハの攻撃を見切っているからこそ、出来る芸当だろう。
あれは、身体強化を使っていても……同じことをされるな。『勇焔:オーバードライブ』まで用いたら、まだ戦えるだろうか。
「……この様子を見ると、俺ん時は、まだまだ遊びだったってのが感じられんな」
少々悔しそうに、だが、ただただ向上心だけを瞳に見せ、戦闘に見入るジェイク。
「……お前のその向上心がありゃあ、どこまでも強くなれるだろうよ」
「はは、おう、たりめーだ。人生挑戦あるのみ、この程度で折れるようじゃあ、初めから剣を握る資格はねーな」
やがてレイハの息が切れ、彼女の動きが鈍った瞬間を見計らい、騎士団長が一歩を踏み込んだ。
レイハは慌てて距離を取ろうとするが、そこをちょん、とだけ剣で押され――バランスを崩し、彼女は尻餅を付いた。
ス、と首筋に木剣を当てられ、ゲームセットである。
「強いな。随分強い。だが、まだまだ青い。剣を握って……四か月程度、といったところか。攻撃が一々理想だからこそ、相手に受けられる。崩す術を学べ」
「ハァ、ハァ……ありがとう、ございました」
レイハが軽く礼をすると、拍手が起こる。
それだけ、騎士団長の反応を引き出せていたことを、皆もわかっているのだろう。
戻ってくる彼女に、俺はポンとタオルを渡す。
「ん……ありがと」
「お疲れ、どうだった?」
「強かった。とても。動きが……全部、見切られているような感じで」
「けどレイハちゃん、すごかったぜ。あんだけ騎士団長がしっかり対応してんの、他にはいなかったしな」
「ん、でも、きっと……まだまだあの人には、余裕がある」
「あぁ、そうだろうな。だから、最後の奴の戦いがどうなるか楽しみだ。――さ、トリだな、ヒナタ」
ニヤリと笑って、こちらを見るジェイク。
いつの間にか、他のところの模擬戦も終わっていた。
レイハのが長引いたこともあり、生徒達の全員がフィールドを囲み、こちらを見ている。
他の騎士団員達もまた、こちらに集まっているようだ。
「ヒナタって、確か三年にも勝ってんだろ? 騎士団長に、どこまでやれるんだろうな」
「いや、流石にボコられて終わりだろ。今のレイハちゃん見てたか? あの技量で、あんな風に転がされるんだぜ?」
「ヒナタ、間違いなく一年で一番強いだろうけど、流石にね」
ざわざわとそんな話し声が聞こえてくる中で、だがレイハとジェイクだけは、俺を見て、声援を送る。
「ヒナタ、頑張って」
「お前がどんだけやれんのか、見せてくれや」
「おう、ま、やれるだけやってくるわ」
ジェイクの楽しそうな表情。
そして、レイハの期待するような瞳。
それらを受けながら、俺はフィールドに上がり、ジークムント=バルツァーの眼前に立った。
頭部に刈り込みのような傷が走った、巌のような彫りの深い顔立ち。
頭のてっぺんからつま先まで、こちらを観察するかのような冷静で怜悧な視線が、俺を見ている。その鋭い眼光だけで、人を殺せそうだ。
二メートルはあろう肉体から放たれる威圧感。鎧で見えないが、きっとその肉体も、隅々まで余すところなく鍛え上げられているのだろう。
――さて……どう戦うか。
ゲームの頃は、俺もジェイクみたいな感じで、評価はされつつ普通に負けていた。
主人公より模擬戦の成績も悪かったしな。
だが、はっきり言おう。
俺は今、勝つつもりでいる。
俺が目指すところは、騎士団長の実力を超えた先にある。
であるならば、俺の地力で、『蒼焔』も使わず、この人程度は超えなければならないのだ。
「よろしくお願いします」
そう言って俺は構え――あ?
攻撃に移る前に、そこでふと、違和感を覚える。
騎士団長の、立ち位置。
構え。
視線。
そこから俺は、相手の思惑を理解する。
――コイツ、俺を挑発してやがる!
今まで他の生徒達を相手にしている時は、こんなことはしていなかった。
相手が格下だとて、しっかりと間合いを測ってそこに自分からは入らず、相手の攻撃に任せるのみだった。
だが今、この男は露骨に俺の間合いに入り込み、そこで展開している。
自分から仕掛けて来ないのは同じでも、その意味するところは――「さっさと来い」。
そんな挑発に、他ならない。
レイハ並の鋼鉄の表情だが、確かに俺はそこに、片手でヒョイヒョイと手招きするかのような、煽りの表情が見えていた。
その瞬間、俺もまた、カチリと意識を切り替える。
訓練を付けてもらう、という意識から、敵をぶっ殺す、という意識に。
……いいぜ。
そっちがそういうつもりなら、俺も好きにやらせてもらう、ぞ――ッ!!
刹那、俺は突撃を開始。
盾も何も関係なく、がむしゃらに突っ込み、剣を振り抜く。
当然、騎士団長は盾で防御し――だが、威力を見誤ったのか受け切れず、その構えがブレる。
奴の表情に、初めて驚きが生まれる。
体幹がブレた隙を逃さず、連撃。
だが、それは完全に受けられてしまい、こちらの攻撃を制限するかのような鋭い剣閃が、反撃として繰り出される。
俺は、薄皮一枚の最小の動きでそれを避けると、体勢を倒して刈足。
読まれていたのか、一歩下がることで回避されるが、逃がさず追って斬撃を放つ。
――そこから続く攻防。
刹那の間に数十の斬り合いを行い、相手をぶっ殺さんと互いに斬撃を放ち続ける。
すでに俺の意識から、これが訓練である、ということは抜けていた。
騎士団長もまた、いつの間にか、獰猛な笑みを浮かべていた。
「クク……一瞬で化けの皮が剥がれたな。貴様、最初の殊勝な態度はどうした?」
「知るかよッ、煽ってきたのはそっちだ、学生程度に負けて、吠え面掻いても文句言うんじゃねぇぞッ!!」
その失礼過ぎる言動に、一瞬空気がザワリとするが、そんな様子が一切視界に入っていない俺は、さらなる攻撃を始めた。




