『王魔祭』準備《2》
――メイド服。
メイド服とは、いったい何か。
メイド服とは、主人に仕える女性が着て、家事炊事など家での雑務を行うための仕事着だ。
いや、今のご時世的に、女性と限定するのはあまり良くないかもしれないな。
まあ、誰でも何でも、好きなように着ればいいのだ。迷惑を掛けない限りにおいては、他人が何を言おうが、無視して己がしたいようにすればいい。
人の話を聞くのは大事なことかもしれないが、我を通す、ということも同じくらい大事なことだろうと俺は思っている。
女装が好きならすればいい。男装が好きならすればいい。何なら、男がスク水を着てもいいだろう。
すまん、やっぱり嘘だ。スク水は逮捕されるからやめた方がいい。それは他人に迷惑を掛ける範疇に入るかもしれない。視覚的に。
とにかく、人の目が気になるから、なんて理由で遠慮する必要などは欠片も無く、皆己がやりたいことをやりたいようにすればいいのである。
が――それは他人の話であって、俺は別に女装を趣味とはしていないのだ。
俺はメイド服を着た女性が好きなのであって、メイド服そのものが単体で置かれていても何も思わないし、ましてや己がそれを着たいなんて思うはずもないのだ。
だから、これは、不本意にやっているのだということを声を大にして言っておきたい。
「――いらっしゃいませ、ご主人様! 私、メイドヒナタがご主人様をお出迎えしちゃうぞっ(裏声)!」
きゃるんっ、という効果音が尽きそうな感じで、俺はポーズを決めた。
「きゃーっ! お出迎えしてー!」
「いい! とてもいい! ヒナタもヒナタですっごく可愛い!!」
「ふ、ふへへ……お嬢ちゃんや、こっちおいで。私がご主人様だぞ」
きゃあきゃあと、楽しそうに歓声をあげ、大盛り上がりのクラスの女子達。
あ、おいちょっと待て、カメラはやめろ、カメラは!
「お、おぉ……これは破壊力あるわね……! 化粧もせず、ウィッグだけでこの完成度とは……! 恐るべし、ヒナタ……!」
委員長が何だか戦慄しながらそう呟き、その横で俺と同じくメイド服姿のレイハが、うっとりしたような様子で口を開く。
「ヒナタ……やっぱり、可愛い。ユヅキちゃんにそっくり……」
「そりゃ兄妹だからな。ったく……アホなことやらせんな、レイハ。お前ならともかく、俺がこんなんやっても需要なんざ無いだろうが」
「そんなことないし、あと口調と声」
「もぉ、何やらせるんですか、ご主人様(裏声)!」
「ん……いい」
うんうん、と頷くレイハである。
今回製作してもらったメイド服は、個々人に合うようにちょっとずつ装飾を変えているそうなのだが、俺とコイツの意匠は、色合いから何までほとんど一緒で、いわゆる『お揃』である。
いや、まあもう、今更いいんだけどな。お揃いくらい。メイド服を着ることと比べたら、その程度は別に気にならん。
なお、ジェイクのは装飾たっぷりの、フリフリのミニスカートらしい。
俺が考えるような、アキバ系のメイド服だ。奴が帰ってきた時が楽しみである。
……いや、ジェイクなら意外と平気で着るかもしれないが。大した度胸のある男なので。
と、レイハはしかし、俺のメイド演技にまだ満足していないらしく、無駄に訳知り顔でむむむ、と悩むような表情を見せる。
「でも……どうかしら。ヒナタはそんな、可愛い感じより、カッコいい感じにメイドをやる方がいいかも」
「あのな――」
「お願い」
「いらっしゃいませ、ご主人様。今宵、ご主人様を迎えられたこと、誠に光栄の極みであります(裏声)」
ス、と背筋を伸ばし、俺は礼儀正しく一礼した。
「おぉ……! いい、いいよ! レイハちゃんの言う通り、ヒナタはこっちの方がいいかも!」
「か、かっこいい……! こんなメイドさん、家に欲しい! 一日ずっとお世話して欲しい!」
「むむむ……でもごめん! 私、きゃるんっ、ってしてる方が可愛くて好み! 面白いし!」
「……それは確かに。うー、でもカッコよさなら、こっちがダントツなんだけどなぁ。ね、ヒナタ、お願い! もう一回きゃるんきゃるんな方やってみて!」
「ふざけんな、何でそこまでサービスしなきゃ――」
「レイハちゃん!」
「ヒナタ」
「しょうがないにゃあ、こんなことをするの、ご主人様達にだけなんだからね(裏声)!」
きゃるんきゃるんにポーズを取り、ばちこーん、とウィンクすると、再びきゃあっ、とあがる歓声。
「ヒナタ、私……アンタのこと、尊敬するわ。アンタ今、最高に輝いてるわよ」
本人の言葉通り、何だかすごい尊敬したような眼差しで、こちらを見てくる委員長である。こんなことで輝きたくねぇ。
そして、そんな女性陣の中でレイハは、「これ、面白い……!」という顔でこちらを見ていた。
お前、さては俺のことをおもちゃだと思っていやがるな?
……だが、いいだろう。
お前が喜ぶのならば、何でもやってやるよ。そう俺は、心に決めているのだ。
たとえ、メイドでもな!
俺は魔王となる男であり――いやこの世界でそれになるつもりはないが、とにかくこの程度は何ら障害ではない。
もうここまで来た以上、逃げはしねぇ。
世界のラスボスたる者は、メイドですらも完璧に熟すのだということを、ここに証明してみせよう……!
「ヒナタ、次は実際に何かやってみて」
「はい、ご主人様! いっぱいご奉仕――」
「に、兄さん……?」
その時、生徒会の仕事で同じく学園に来ていたらしいユヅキが、たまたま通り掛かった廊下で、そう呟いているのが聞こえた。
俺は逃げた。
百話到達。まさか百話目がメイド服の女装になるとは……。
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