王の墳墓《2》
――大したガキだ。
ネアは、眼前でスケルトンをバラバラにしている子供を見ながら、そう思う。
まだまだ若く、二次性徴を迎えていないのか、迎えていてこれなのか、ともすれば少女に見えそうなくらいの綺麗な顔と、男の子らしく多少ボサボサであるものの、それでも触り心地が良さそうな髪。
実際、最初に会った時は短髪の少女だと思っていた。
声を聞いても、少女にしては低めだが、いない訳じゃないだろうというくらいの絶妙な声音であったため、顔立ちから自然とそう判断していた。
ネアは獣人で鼻が利くため、大人ならば体臭で相手の性別を嗅ぎ分けられるものの、子供だとそれがまだわかり辛く、特にヒナタはそれが曖昧だったのだ。
それで実際は男で、しかも男にナンパされていたというのだから、お笑い種である。本人に言ったら怒るだろうが。
そんな荒事とは程遠く見えるナリに加えて、自分からダンジョン攻略をお願いに来たくせに防具無しの木剣で現れた時は、本当にどうしたものかと思ったが……確かにそれで、武装としては十分だったらしい。
目に付くのは、木剣に纏わせている青い炎。
アレに触れたアンデッドが、例外なくその肉体を崩壊させているのだ。
あのような魔法は自身の知識には無いのだが、まず間違いなく属人的な、ユニークスキルの類だろう。
そして、見ていればわかるが、あの身のこなし。
身体強化系のスキルも確実に発動している。……いや、よく見ると、薄らと青い魔力が、まるで炎のように揺らめいているので、アレもまた武器に纏わせているのと同系統のものか。
特に「やる」と思うのが、そうして身体強化を行いながらも、しっかりと自身の肉体をコントロール出来ている点だ。
身体強化、などと言うと、ただ便利なもののように感じるが、自身の肉体が普段の倍以上の力を出すのだ。
一歩を踏み出す、物を掴む、走る、などといった何気ない日常での動作すら慣れていなければ難しく、さらにそれを戦闘中に発動するのである。
実戦レベルで扱えるように、しっかりと普段から訓練を積んでいないと出来ない芸当だろう。
さらに、要所要所で見せる、『鼻』の良さ。
「あ、ネア姉、そこトラップあるよ」
「待って。ええっと……あった、これがあの扉のレバーだね」
「ストップ! そこ歩くとマズい」
初めてこのダンジョンに入ると聞いているが、そうとは思えないくらい、的確にダンジョンの仕掛けを看破しているのだ。
ネアも、こういうダンジョンには慣れており、トラップの類の発見も得意としている。
獣人族であり、さらにはそういう専門の訓練も重ねているため、彼女の感覚器官は相当に鋭く、実際ヒナタが発見した罠なども大体は気付けていたが、中には彼女が発見するよりも先にヒナタの忠告が飛ぶことが何度かあったのだ。
本人は「この未発掘ダンジョンについて書かれてた文献にね」などと言って誤魔化していたが……その割には、まるで何度も通ったことがあるかのように、迷いが無い。
特別鼻が良いのか、それとも何かしらそういう特殊なスキルを持っているか。
一つ言える確かなことは、この少年には、『何か』がある。
恐らく、自身の雇い主の老人も……最初の会話で、そのことに気が付いたのだろう。
だから依頼を受け、自分を派遣させたのだ。
少年の様子を観察していたネアだったが、その時彼女の耳に、通路の奥から地面を擦るような足音が届く。
これは……スケルトンではなく、ゾンビか。
「よし、ヒナタ、追加でゾンビが来たぞ。行け!」
「ネア姉、スケルトンじゃなくてゾンビが出て来た時だけ、まず俺に突撃させんのやめてくんない?」
苦笑しながら、現れたゾンビ数匹の相手をし始めるヒナタ。
いや、流石にネアも、ヒナタが戦力にならなそうならばこんなことはしないが、すでにここの魔物程度ならば問題なく一人で倒せるということを確認しているので、遠慮はない。
ネアは、アンデッド系モンスターが嫌いだった。
正確に言うならば、スケルトン系ならば問題ない。普通に相手をする。
レイス系も余裕だ。半透明だろうが、スキルがあれば斬れるため、何の問題も無い。
が、ゾンビはダメだ。
臭過ぎて、相手をしたくないのだ。
斬ったら双剣の刃に臭いが付くし、腐った肉が飛んで自分にもしばらく臭いが付くし、最悪である。
ダンジョンの魔物ならば、少しすればそれも消えてなくなるが……涙が出そうなくらい酷い臭いであることは間違いないのだ。
正直、鼻に詰め物をしたいくらいである。マヌケな絵面なのでやらないが。
少しして、全く危なげなくヒナタの戦闘が終わり、ゾンビ達の肉体が消える現象――『魔化』が始まる。
「ハァ……これが終わったら、まず風呂に入りてぇ」
「猫って風呂嫌いのイメージあるけど」
「個々に寄りけりだ。そしてあたしは猫獣人であって猫じゃない。そこんとこ間違えんな」
「けどネア姉、しぐさすごい猫っぽいよ」
「そりゃ、猫獣人だからな」
――ネアには、家族がいない。
だから、こうして自身を怖がらず、気軽に「姉」と呼んでくる相手は、何だか新鮮だった。
関係性の薄い相手ならば、多少は会話に遠慮が出るものだが、ヒナタとは会ったばかりであるにもかかわらず、不思議とそういうものを感じない。
話していて、長年の付き合いがあるかのような、そういう感覚があるのだ。
子供に好かれる方ではなく、大人が相手でも緊張されてしまうようなタイプであるネアにとって、これだけ気安く、普通に話せる相手は非常に珍しかった。
弟がいればこんな感じなのかもしれない、なんてことを思ってしまうくらいには。
「お、次はスケルトンサラマンダーだな。よし、あたしに任せろ!」
「ネア姉、相手がスケルトンの時だけ、すげー生き生きするじゃん」
ネアは肩を竦め、愉快な気分のまま、スケルトンサラマンダーの解体作業に入った。
◇ ◇ ◇
「お、宝箱」
ゲームであったのと、同じ位置に置かれている宝箱。
ここまででほぼ確信しているが、このダンジョン、ゲーム時代の構造と全く一緒だ。
モンスターの配置にはランダム性があり、あと現実となったことで部屋や通路のサイズがデカくなっているような感覚があるが、ギミック等は一つとて違いがない。ありがたい限りである。
「よっしゃ、ヒナタ。任せろ、こういうものの罠の確認の仕方、鍵開けの極意、あたしが教えてやるよ」
「ここのダンジョン、宝箱にはトラップないはずだけど」
「……よっしゃ、ヒナタ。任せろ、こういうものの罠の確認の仕方、鍵開けの極意、あたしが教えてやるよ!」
「おー! 俺宝箱に関して全然知らないや。ネア姉、教えて!」
どうやら俺の反応は正解だったらしい。
うんうんと彼女は満足そうに首を縦に振り、それから宝箱を見つけた際の注意事項を教えてくれる。
「いいか、ヒナタ。意地の悪いダンジョンじゃあ、宝箱に意識を逸らさせて、死角に魔物がいやがるなんてケースがある。トラップも然りだ。幸い今はいないが、宝箱を見つけたら、まずは周りの確認だ」
あぁ、あったあった、そういうダンジョン。初見殺しのとこ。
酷いと、宝箱のある手前に即死トラップが仕掛けられてたりするからな。
そのせいで、ゲームでの俺は宝箱を前にしたら、とりあえず範囲魔法を放ってトラップの有無を確認するようになったわ。
「で、周辺の確認が終わったら、宝箱自体のトラップ確認だな。手順を間違えたらボン、ってなるモンがモノによっちゃあ存在するから、どんな宝箱でも警戒して然るべきだ」
……これは、そうかもな。
俺にはゲームの知識があり、それを基に行動出来るが、今回一緒だったからってゲームの配置と現実の配置の全てが同じ、なんて風に考えるのは甘えだろう。
安全のためには、警戒は常にするべきだ。油断すべきじゃない。
それに、単純に俺が忘れているものもあるかもしれないしな。
「こういう時にゃあ、盗賊系の『解錠』スキルがあれば上等だ。下手に扱えばお縄にかかるが、適切に扱う限りは有用なスキルの代表だな。そしてあたしは、これを持ってる! どうだ、頼りになるだろ?」
「ネア姉、すげー!」
俺の称賛に、満足げに頷くネア。
「よし、幸いこの宝箱にはトラップの類はないな。そんじゃ、中身は……お、武具か。いいね、この類は高値で売れんだ」
宝箱に入っていたのは、鎧だった。
確か……『追憶の鎧』だったか。
ぶっちゃけ微妙な性能なので、特に食指も動かない。弱くはないが、強くもない、といった感じだ。
何より、俺に合わない。サイズ的にも、性能的にも。
というか、ここのダンジョンで出るアイテムは俺には必要ない。だからこそ、依頼の報酬を「ダンジョン探索で出たもの全部」としたのだ。
「じゃ、ネア姉、契約通り、それはあげるよ」
「……本当に良いのか? エンチャントがあるっぽい装備だ、売ったら結構な額になんぞ?」
「俺子供だから、お金の使い道ないし。遠慮なく回収して」
「そうか……あんがとよ」
そう言って彼女は、腰に付けていたポーチに鎧を押し込む。
物理的に入らない大きさのはずのそれは、しかしスルスルと中に収まっていき、完全に消え去る。
あれ、空間魔法が掛かったポーチなのか。
「いいなぁ、それ。幾らくらいで買えるの?」
「収納の魔法が掛かったポーチの相場は、五十万ギルだ。お前にゃあまだ遠いかもしれんが、頑張って貯めな。ヒナタの実力だったら、その内買えんだろ」
この世界の通貨は、大体一ギル=一円となっている。だから、前世だと五十万円か。
……性能から考えると、妥当だな。むしろ安いかもしれない。
早めに欲しいもんだ。