はじまりは月
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「だから月野灯里はとってもすごいんだよ〜」
「そうなんだぁ〜! あ! 着いたよ最寄り駅!」
花苗が商店街の抽選でトップアイドル「月野灯里」のライブチケットを手に入れてから早一週間。時間はあっという間に過ぎ、今日は待ちに待ったライブ当日である。
会場に隣接している駅構内は多くの人で溢れかえっている。そして彼らの持ち物や服装からライブを見に来た人達と言うことが分かる。
「すごい人だね優奈ちゃん……」
「うん、さすがトップアイドル……」
二人は人混みに紛れて離れないように手を繋ぎながら会場に進む。
人の流れができているため、二人は無事に会場に着くことが出来た。
「人も凄いけど、会場も凄いね」
開場には月野灯里の姿が描かれたのぼり旗が置かれ、街灯には全国ツアーのロゴマークが描かれたフラッグが風に靡いている。スタジアムの外壁に設置されたモニターには「AKARI TSUKINO JAPAN TURE」と映し出されており、右から左へ文字がスクロールしている。開場の入り口近くには簡易テントが設営され、月野灯里のライブグッズが販売されている。長蛇の列がテントから伸びている。
「私もグッズが見たい!」
「並ぶしかないね。時間はまだあるし」
二人は開場までの時間、グッズを買ったり、近くのカフェでお茶をしたりと楽しい時間を過ごした。
そして開場の時間。
会場のスタッフの指示に従い、二人はスタジアムの中に入っていく。
会場になっているスタジアムはライブ以外にもスポーツ観戦やファッションショーなどのイベントでも使用されているため多くの人が座れるよう沢山の座席が設置されている。二人の席は三階席だ。月野灯里が歌を披露するステージとは距離があり、細かな表情まで確認するのは厳しい。ただそれを補ってくれそうな大型のスクリーンが楕円形の形をしたステージの中央と左右に設置されている。またスタジアムの天井は吹抜けではなく、少し圧迫感を感じるが照明が消えればそこまで気にならない。
「少し遠い席だったね」
「でも、一度は諦めたライブがタダで見れるんだからね。花苗ちゃんのおかげだよ」
花苗を見ながら優奈はお礼を言う。
「どういたしまして」
開始時間が近づいてくると、会場の照明が段々と消え始めファンの持つペンライトの光が目立ち始める。同時に会場全体に音楽が流れファンの歓声が大きくなってくる。
花苗と優奈も先ほど売店で買ったペンライトを頭上に掲げる。
「そろそろ始まるね!」
「うん」
中央のスクリーンの映像が変わりカウントダウンの表示が現れる、と、見にきた人たちもカウントダウンを大声で叫び始める。
「20! 19! 18! 」
カウントダウンが進みに連れて、胸の奥底からドキドキとワクワクが込み上げてくる。
「10! 9! 8!」
カウントダウンを表示するスクリーンの映像と音楽が激しくなる。
「6! 5! 4!」
花苗と優奈も周りの観客と同様にカウントダウンを行う。
「3! 2! 1!」
「「「ゼロー!!!」」」
スクリーンが「0」を表示すると同時に上がりに上がった音楽が消え、スクリーンも消える。残されたのは観客が振っている白色のペンライトのみ。先ほどまで大盛り上がりはなんだったのかというほど静まり返り、その会場の温度差に初めてライブを見る花苗は違和感を覚える。
「優奈ちゃん、みんな静かになったよ」
小声で隣に座る優奈に問いかける。
「しっ! 静かに、もうライブは始まってるよ」
優奈は小声で答える。
「で、でも……」
花苗が何かを言おうをした時、観客席から数名の「おお……」という声が聞こえた。何かに驚いたような声だ。
花苗は、優奈からステージの方へ視線を移す。目の前には幾千もの輝き。それは例えると夏の夜空に輝く天の河。宝石のように煌びやかに輝く照明が星々のようにステージ全体を埋め尽くしている。会場に設置された照明の演出に観客が持っているペンライトの明かりも相まり、まるで宇宙空間に自分が浮かんでいるような不思議な感覚に陥る。そしてステージ中央に設置されたスクリーンにぼんやりと青白い円形の月が映し出され、会場全体に音楽が流れ始める。
『私は囚われの身』
『優越感と恐怖心に襲われながら』
『繰り返し繰り返し……』
ステージ中央の奥から、白色のドレスを身に纏った月野灯里が歌いながら現れる。中央のモニターの前で歩みを止めると、モニターに映る満月の月の色が段々と黄金色に変わっていく。スクリーンの輝きが白色のドレスを微かに金色に染める。客席で揺れるペンライトの明かりとステージ全体で輝く星々のような明かりが彼女を包み込む。
『自由を求め、空を仰ぐ私は……』
『孤独な偶像』
低音のドラムに不釣り合いの鐘の音。曲の盛り上がりと同時に静かだった観客席から歓声がドッと上がるとそれが合図だったかのように月野灯里が踊り出す。会場の中央に現れた彼女の姿は一国のお姫様のような上品さがあったのに対し、ドレスが乱れるのも構わず激しく踊る今の姿は、無情に剣を振るう騎士のように軽やかで勇ましい。
「これが、月野灯里……」
花苗の目には月野灯里しか入ってこない。目まぐるしく変化する照明演出や、揺れるペンライト、スクリーンの映像など、何一つ見ることはない。
「すごい……。こんなの知らない」
テレビで見るのとは違う。機械を通して聞こえてくる息遣いに、月野灯里という存在がテレビの中の二次元から現実の存在に変わる。その姿に花苗の胸が熱くなってくる。
興奮。
感動。
「アイドルって、こんなにもアツいんだ」
満月を包む星々の輝きが一人の少女を包み込み、煌びやかな白色の光が黄金の月への道を示す。
少女は黄金色の満月に手を伸ばした。
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