抽選券は入場券
読んでいただきありがとうございます。
自分の夢は何ですか。
自分の目指すものは何ですか。
貴方のなりたいものはビジョンはなんですか。
高校生でこれらの質問にしっかり回答出来るのは、一体何人くらいいるのだろうか。
「こんなの今月までに決められないよ!」
放課後の教室で、進路希望用紙を目の前に一人の少女は叫び出す。
ボブカットの髪型は、叫んだ勢いで頭を掻きむしったためくしゃくしゃになっている。
「まだ高校1年生だよ。青春真っ盛りだよ? 3年生なら書かなきゃいけないのは分かるけど……」
少女はぐぬぬと唸りながら腕を組み、目を瞑る。考えようとするが何も思い浮かばない。
「あ〜、だめだぁ。何も思いつかない。」
「花苗ちゃん。まだ考えてるの? 進路希望調査」
「優奈ちゃん! もう部活終わったの?」
教室に入ってきたのは大きな丸い眼鏡が特徴的な少女。手にはスケッチブックを持っている。
「うん。もう五時過ぎだからね」
「え?! もうそんな時間?」
「花苗ちゃん、いつからやってたの……?」
「帰りのホームルーム終了後の掃除終わりから……?」
「花苗ちゃん……」
優奈が一歩引く。
「うぁぁぁぁぁ!! 優奈ちゃんがぁぁ!!」
両手で頭をくしゃくしゃに掻きむしりながら花苗は叫び始める。
「うぉぉぉぉ!!」
「やめてよ! 大声で叫ばないで! 先生が来ちゃう」
そんなやりとりをして二人は顔を見合わせ笑い合う。
「さ、帰ろ! それはまた明日」
「うん!」
花苗と優奈は幼馴染だ。小さい頃から二人は仲良しでどこに行くのも一緒。
幼稚園、小学校、中学校。習い事も一緒。
二人で居ない時なんて、ほとんどない。
「ねえ帰りだけど、商店街寄ってかない? 新しいカフェ出来たんだって」
「うん、いいよ」
帰り道の途中にある商店街を二人は歩く。地方の小さな商店街とは違い、何十年も続いている歴史ある商店街だ。雰囲気は少し古めかしいがその割に賑わっており、シャッターが降りているお店は少ない。大型ショピングモールが郊外に建てられる中、商店街は廃れていく一方なのだが、ここは違う。町人たちに愛されており、今でも新しいテナントを増やしながら営業が続いている。
「ああ、ここ! やっぱりすごい人」
5人くらいは店前に並んでいる。
「店内が狭いからかな……。結構並んでるよ。私たちも並ぼうか?」
優奈がそう聞くと、花苗はうーんとうなり始めた。
「こんなに人がいるとは……。まだ出来たばっかりだし……、今度にしようか」
「少し、落ち着いたらまた来ようよ。家近いんだし」
優奈の言葉に花苗はそうだね〜と少し残念そうに言う。
「こういう、開店ブームの熱っていつ冷めるの?」
「うーん……。最近出来た東京初のパン屋さんは三ヶ月経っても行列だよ」
「え?! 三ヶ月!? そんなの待てないよ……」
肩をガクッと落とす花苗を見て、優奈はまあまあと慰める。
「そんな待たなくてもすぐに入れるよ。でもそんなことより」
ジャーン! と言いながら、優奈は花苗の目の前に短冊のような細長い用紙を出す。
「商店街でやってる抽選会の抽選チケット! ここに四枚あります!」
「抽選会?」
「今朝、お母さんからもらったんだ! 特別賞はなんとなんと〜」
「なんと?」
「ハワイ旅行!!」
「お〜!!!」
チケットをうちわのように煽りながら、ふふふと笑う優奈。その姿を目を輝かせながら覗き込むように見る花苗。
「早くやりに行こう!」
「うん! ハワイに行くぞぉ〜!」
商店街の丁度まんなかに多目的広場がある。ここは夏に行われる町内会主催のお祭りなどで、メインステージとして使われることが多い。そんな場所に抽選会場用の特設ステージは組まれていた。抽選会の方法はビンゴのガラガラマシンのような仕組みだ。八角形の箱にハンドルが付いており、それを回すことで色の付いたボールを出すというもの。抽選券は商店街内にあるお店で一定金額以上の買い物をすると一回分の抽選券が貰える。優奈は母親からチケットを四枚貰っているので四回分だ。
「よし! チャレンジするぞ〜!」
そう言って花苗はハンドルを回す。
ガラガラと数回転。出てきた玉は白色。
「残念! ハズレだ。はいこれ参加賞のポケットティッシュね」
「えぇ〜。 そんなぁ」
「次は私の番だね」
落ち込む花苗の横からハンドルを握る優奈。
ガラガラと数回転。出てきた玉は白色。
「残念! またまたハズレ。参加賞のポケットティッシュ」
「ふぇ〜! またティッシュ……」
「まだあと二回出来るよ! 優奈ちゃん!」
「そうだね花苗ちゃん! よし、もう一回!」
ガラガラと数回転。出てきた玉は鼠色。
「お!」
「わ!」
「おめでとう、五等だ! 景品はトイレットペーパーかティシュペーパーだよ」
「ハズレと変わらないじゃん!」
「よかった。トイレットペーパーそろそろ無くなりそうだったの〜」
「優奈ちゃん! 欲しいのはハワイだよ!」
気付けば残りはあと一回。
「ラストだよ、花苗ちゃん!」
「よし! いくよぉぉぉ!!」
最後の抽選券を使い、勢いよくハンドルを回す。
ガラガラと数回転。そして出てきた玉の色は。
「赤色だ……」
「おめでとう! 赤色の玉だね。」
「これって……」
「もしかして……」
花苗と優奈は顔を見合わせる。
「赤色は一等賞!! 景品は……」
「ハワイだぁぁ!!!」
「月野灯里のライブ観戦チケットだぁぁぁ!!」
花苗と優奈と抽選会場スタッフのおじさんは三人同時に叫ぶ。なかなかの大声に、当選を知らせるハンドベルの音。周りのスタッフに通行客が声を上げる。ちょっとした騒ぎだ。そして、当の二人はおじさんの言葉を聞いてもう一度顔を合わせる。
「月野灯里の」
「ライブチケット!」
月野灯里。昨年の全日本アイドルグランプリ通称「アイグラ」で優勝したことで、若い世代を中心に人気が急上昇した。また、音楽活動だけではなく女優・モデルとしても活躍するなど、今もっとも勢いのあるアイドルといっても過言ではない。そんな彼女のチケットを花苗は見事に引き当てたのだ。
「うそっ! まさか灯里ちゃんのライブチケットが当たるなんて!」
「信じられない……」
「二人ともおめでとう。これチケットね。確か来週末に隣町で開催するライブのチケット。ハワイ旅行じゃなくて残念だね」
そう言っておじさんからチケットを受け取る。
「ありがとうございます。」
「これ、優奈が抽選に落ちたやつじゃない?」
花苗が優奈に聞く。
「そう、家族全員で抽選に応募して落選したやつ……。信じられない」
優奈は目を輝かせる。
「丁度二枚。来週は一緒に見に行こうね!」
花苗の言葉に優奈は満面の笑みで頷いた。
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