第7章 地下水路の小鬼たち ④
ピチョンピチョンと天井から水滴が降ってくる。
俺たち三人はそんな地下水路の中を静かに進んでいった。
「しかし・・・・薄暗くてジメジメとしたところだなぁ・・・・魔物じゃなくて幽霊が出そうな雰囲気があるぜ・・・・」
「フフフ、安心すると良いレイン。もし幽霊が出たならこの背中に装備した戦斧を使って私が両断してやろう」
「いや、あの・・・・幽霊って死霊系の魔物のウィスプですよね?? だったら物理攻撃じゃなくて、私の得意とする信仰属性魔法の方が効果が・・・・」
「何!? ミーシャ、君もレインに良いところを見せようと思っているのかね!? もしや、こ、好意を抱いているのか!? むむ・・・・これは思わぬ伏兵の登場だな」
「・・・・貴方はナンパしに来たのかゴブリンを討伐しに来たのかはっきりしてください・・・・」
そう言って、ハァと疲れたようにため息を吐くミーシャ。
そんな最後方にいる彼女を、1番前を歩くユスティーヌはチラチラと伺いながら、ぐぬぬとハンカチを嚙みながら恨めしそうに見つめていた。
(いや、この色ボケ騎士、水路探索の殿を務めているんだからもっと前に視線を向けろよ。さっきから俺やミーシャに話しかけるばかりじゃねーかこいつ・・・・)
最初こそ皇女の騎士ということで警戒していたが、数分この地下水路を歩いているだけで、こいつがただのアホであることが分かった。
終始、やれ美しいだから嫁に来いだのやれ君の瞳を独り占めしたいから今晩部屋に来いだの、歯の浮くようなナンパセリフを俺に言うばかりで、全然騎士という貫禄が見えてこない。
俺にとってこの国の騎士というのはレゴムを踏み潰したあの兄弟騎士と、騎士団長の灰色の髪の男くらいだが・・・・この女はそのどちらともタイプが違う、とても自由奔放であっけらかんな性格をしていた。
なんとなく悪い奴ではないような感じがするが・・・・エステラの騎士であったあの兄弟のように、俺がルドナの召喚した勇者だと分かった途端、こちらに強烈な敵意を向けてくる可能性がある。
善人っぽそうだが、絶対に俺の正体はバレないように、細心の注意をはらった方が良いだろう。
俺は前を歩く彼女の背中をジッと見つめる。
「そういえば、ユスティーヌさんは第一皇女クラリス様の騎士なのですよね? でしたら皇女様が召喚なされた勇者様とお話しされたことがあるのですか?」
「あぁ、勿論だ。私は皇女殿下のお付きだからね、勇者様とは毎日顔を合わせているよ」
「勇者様はどのような方なのですか??」
「彼女はとても真面目で誠実な性格をしている。異世界の・・・・イギリス? という国からやってきたそうだ。王宮の紅茶が気に入ったらしくてね、よく中庭でクラリス様とお茶会をしているよ」
クラリスの召喚した勇者はイギリス人なのか。
俺や旭山 樹、それにジロウの爺さんが日本人だったから、てっきり召喚される勇者は日本人限定だと思っていたが・・・・どうやらそういうわけでもなさそうだな。
外国の人間もこの世界に召喚される対象になりえる、と・・・・あまり有効な情報になるかは分からないが、とりあえず帰ったらジロウにも教えといてやるか。
「エステラ様とクラリス様が勇者様を召喚なされた・・・・その二人であれば、この国に来るとされる厄災も簡単に跳ね除けられるでしょうね」
「あぁ。勇者というのは精霊石様から授けられた特別な加護があるらしいからな。きっと、厄災も倒してくれるだろう・・・・だが・・・・」
一呼吸挟み、ユスティーヌは静かに口を開く。
「・・・・陛下は、まだ勇者を異世界から召喚する気らしい。国を思うために、万全を期すために召喚するというお考えは理解できるのだが・・・・古文書によればどうやら本来は一国に勇者はひとりまでしか召喚してはならないらしい。召喚には精霊石様の御力が多く使われるためだとか・・・・」
「・・・・他国ではひとりしか召喚していないようですからね。このレインアース王国くらいのもでしょう、2人も勇者がいる国は」
まぁ、俺合わせて三人いるんだけどねー・・・・とは、流石に口が裂けても言えないな。うん。
「レインは見たかい? エステラ様の召喚された勇者様をお披露目する、凱旋パレードを」
「いや、まぁ、見たは見たな、うん」
エステラに鼻で笑われた時な。
あれ本当みじめで悔しかったなぁ。
「そうか。だったら来週行う予定のクラリス様の勇者のお披露目パレードにもぜひ参加してくれ。君に我が主君と勇者様をぜひ紹介したい」
「え、は、俺が皇女様と?? い、いやいやいや、それは何というか失礼があったら困るというか・・・・」
「クラリス様は寛大でお優しいお方だよ。きっと、君とも仲良くなれるさ」
いやー、ルドナの勇者だと知ったらエステラみたいに攻撃してくるんじゃないかなーうん。
でも、ルドナの近況を伺うためには危険を顧みなくても他の王族と関わった方が良いのか?? はて・・・・。
「そんなに難しい顔をしなくて良いよ。大丈夫さ、何も問題はなー---」
その時、ピタリとユスティーヌの足が止まった。
口に指を立て、彼女は静かに前方の暗闇を見つめる。
俺とミーシャは彼女に倣い、口を閉ざし、ジッと果てまで続く暗闇を見つめ続けた。
すると、その時ー-----。
「キシャアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!」
二体のゴブリンが闇の中から姿を現した。
俺は瞬時に剣を鞘から引き抜き、レイピアを吹き放つ。
前に立つユスティーヌも、身の丈ほどもある巨大な戦斧を背中から取り出すと、前へと躍り出た。
そしてブンと巨大な斧を横なぎに一閃放つと、一体の背が小さく小太りのゴブリンの胴体が両断され、血と臓物が地面にピシャリと落ちていった。
「レイン!! 一匹取り逃がした!! 始末を頼む!!」
ユスティーヌがそう叫ぶと、彼女の脇をすり抜けて、一体のゴブリンが俺の前へとやってくる。
金色の髪の毛が僅かに生えた、ノッポのゴブリンだ。
その出で立ちにどこか既視感を覚えながらも、俺はレイピアを構えてゴブリンへと刺突をかます。
初めて相対する魔物のために、緊張して戦闘に挑んだが、俺のレイピアの突きを回避することもできずに、あっけなくゴブリンの脳天は俺の剣によって貫かれた。
黄色いヤギのような目玉は白目を向き、泡を吹きながらピクピクと痙攣した後、ゴブリンの体は完全に沈黙する。
俺はフゥと息を吐きながら剣を引き抜き、レイピアについた緑色の血液を風を切ることによって払拭した。
「お疲れ様でした。やはり銀等級冒険者のレインウェルツさんにとってゴブリンなど造作もない相手でしたね」
そう言って、ミーシャはニコリと微笑む。
けれど、今のゴブリンに俺は何故か、妙な違和感を抱いてしまっていた。
どこか、このゴブリンは見たことがある顔のような・・・・。
「さぁ、先を急ごう、二人とも。倒せたのはたったの二匹だ。まだ、コロニーの親玉であるゴブリン・ロードには・・・・・」
「ユスティーヌさん!!!!!」
「ッ!?」
突如、暗闇から緑色の手が伸び、ユスティーヌの腕をつかんだ。
彼女は瞬時に腰についていたナイフを抜くと、暗闇から伸びていた緑色の手を手首ごと切断する。
そして距離をとると、斧を構えて、鋭い眼光で闇の中に浮かぶ両断された緑色の腕をキッとにらみつけた。
「ほう、我が腕を両断するか。良い使い手だ」
闇から現れたのは、一体のゴブリン。
だがその大きさは、さきほどのゴブリンに比べて、比較にならないほど巨大だった。
「なッ・・・・・!?」
身長、190センチはあるだろうか。
筋骨隆々なそのゴブリンの姿は最早小鬼などではなく、大鬼と呼ぶに相応しい出で立ちだった。
その巨大なゴブリンは落ちていた自身の腕を拾い上げ、両断された切断面に合わせると、【ヒール】と唱える。
するとみるみるうちに腕と腕は接合されて、元通りに修復されていった。
「詠唱もなしに・・・・それも治癒魔法の【ヒール】で腕を治した・・・・!? ゴブリンが!? 信仰という概念がない低能な魔物が、そんな芸当できるわけが・・・・・」
驚き戸惑うミーシャ。
俺にはゴブリンという存在がいまいちまだ分かってはいないが、先ほどの脆弱な個体に比べて、あのムキムキのゴブリンが異様な存在だということはわかる。
あの魔物から放たれるプレッシャーは、ワイバーンと比べても、遜色がないものかもしれない。
俺は緊張と共にゴクリとツバを飲み込み、レイピアを構える。
そんな俺にゴブリンは視線を向けると、クククと含み笑いをこぼした。
「この中ではお前が一番、強いな。それも、剣士。相まみえるには十分な相手だろう」
そう口にしてゴブリンは石斧を構えると、咆哮を上げながらこちらに向かって高く跳躍した。




