第7章 地下水路の小鬼たち ③
「フフフ、つれない方だ。だがしかし、構わないよ。容易くその心が私に向けられてはそれはそれでつまらないものだからね。美しいものというのは、何者にもの縛られていないからこそ眩い輝きを放つものさ」
「・・・・・何を言ってるのかさっぱり分からない」
「私もです」
突如現れ俺に求婚してきた性別不明の騎士に対して、俺とミーシャは同時にひきつった笑みを浮かべる。
そんな困惑する俺たちを無視して、彼?は爽やかな笑みを浮かべると、長い前髪をファサッと手で靡かせた。
「見たところ、君たちは冒険者かな? この地下水路への入り口にいるということは、ゴブリン討伐の依頼を受けたと見受けられる」
「え、ええ、その通りです。私たちはギルドで正式に依頼を受け、この場に派遣されて来ました」
「ふむ。やはりそうか」
「・・・・あの、この件に関しては冒険者の管轄のはずですよね? それなのに、王宮勤めで忙しい騎士様が、このような場所に何用なのでしょうか?」
どこか険のある言い方で、ミーシャはユスティーヌへと問いかける。
さっき彼女と会話したように、王はこのゴブリン討伐の件をあまり注視してはいないはずだ。
それなのに、王の命令もなく騎士はこの場に、ゴブリンの住む水路付近へと現れた。
いったいこれはどういうことなのかと、ミーシャが疑問に思うのは当然のことだった。
「フフフ、そう怖い顔をしないでくれたまえ。私は国王陛下ではなく、第一皇女クラリス様の命でこの場に赴いたというだけのことだよ。彼女は父君が勇者召喚の儀に熱中されるあまり、他のことが疎かになられている状況にひどく心を痛めておられるからね」
「・・・・ということは、貴方もゴブリン討伐をしにここへ?」
「そういうことさ。クラリス様の憂いをなくすための剣、それが私だからね」
第一皇女クラリス、か。
第一ということは、クラリスというのは第二皇女エステラの姉といったところだろうか。
皇女はエステラとルドナ以外とは面識がないが、自分の正体がバレないよう、他の皇子に警戒はしておいて損はないだろうな。
何せ、エステラは俺に明確な殺意を持っていると先日判明したばかりだしな。
クラリスの配下であるこいつにも、注意を払っておいたほうが得策といえる。
俺はユスティーヌの一挙手一投足を見逃さないように、彼?の身体に視線を向けた。
「というわけで、レインウェルツ殿と、ええと・・・・」
「ミーシャです。ミーシャ・グレイス」
「了解した。レインウェルツ殿とミーシャ殿。2人とも目的は私と同じなのだから、どうだろう、共にこの地下水路を攻略しないか??」
「ええと・・・・それは・・・・」
ミーシャと顔を合わせ、首を傾げる。
途中で他の人間をパーティに同行させた場合、果たしてメアリーとの勝負は有効になるのだろうか。
あのメアリーのことだから、事前に報告していなかったことを後から付け加えた場合、色々と難癖を付けてきそうなのは想像に難くない。
しかも冒険者ではなく、騎士を仲間に加えるわけだし。
「・・・・まぁ、彼女に後で何かを言われるのは間違いないですが・・・・メアリーもパーティは三人なのだし、そこまで強くは言ってこないと思われますよ?」
こちらが考えていることを読んだのか、ミーシャは小声でそう言葉を投げてきた。
まぁ、そう言われれば、そうだな。
あっちは3人でこっちは2人って、元々最初から公平さには欠けている。
その点を突けばいくらあの腹黒女でも、その論を覆せるだけの発言は有していないと思われる。
俺たち二人は意思を固め、ユスティーヌへと再び顔を向けた。
「わかりました。ゴブリンの討伐のために、一緒に行動を共にしましょう」
「フフフ、ありがとう。美しい二人と共に行動を共にできること、とても光栄に思うよ」
「・・・・・・あの、念のために聞いておきますが、貴方の性別はどっちなんですか?」
「フッ、くだらぬことを。美しき魂に、性別というくくりは存在しないのさ」
「じゃあ、身体は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女だ」
「そうですか。じゃあ無理矢理襲われるということはなさそうですね」
ホッと安心したように息を吐くミーシャ。
まぁ、その気持ちは分からなくはない。
なんたって俺も求婚された身だからな。
万が一にでも男に男が襲われるという地獄絵図的展開にはならないようで、俺もどこかホッとした。
「じゃあ、行きましょうか。少し話をしてしまった分、彼女と攻略の開きが出てしまったのは否めないので」
「攻略の開き??」
「それに関しては、道中お話致します」
そう言って、ミーシャは俺とユスティーヌに先を行くよう促した。
地下水路内では俺が前を歩くようにと、ミーシャとは事前に話し合って決めていた。
ミーシャはサポート的な魔法しか使えないようなので、俺が前を歩き、斥候を勤めるのは必然だったからだ。
ミーシャも、俺が斥候を勤めることに何の問題も抱いていない様子だった。
何しろワイバーンを倒したことで、ミーシャは剣士としての俺に全幅の信頼を置いてくれている様子だったからな。
けれど、ワイバーンを倒したとしても、あれは単に草原にいるだけの敵を倒しにいくだけのものだった。
だけど、これは・・・・今回は、俺にとってはじめての閉所での戦闘、ダンジョン攻略だ。
だから、常にどこかに敵が潜んでいないか注意して歩かなければならない前衛職に、かなりの緊張感を俺は覚えてしまっていた。
けれどー---。
「君は剣士か。私はタンクのパラディンだ。同じ前衛職としてよろしくな」
「あ、あぁ。よろしく」
前衛職がもうひとり増えたことで、俺は些かの安心感を得ることができていた。
ユスティーヌ・フォン・ヴァレンシア。
皇女の騎士である彼女には未だ警戒心を解くことはできないが、階段を下り、隣を歩く彼女の姿には、無条件で頼もしさと信頼感が感じられた。
「どうなってんのよぉ、ここは・・・・・」
地下水路に入って十数分。
私は取り巻きであるルドルフとザスターを連れて、薄暗くジメジメとした地下通路を歩いていた。
本来は無限に水を生み出す魔道具、『アクア・オーブ』によって、眼下にある水路には大量の水が常に満たされ、貯水されている。
だが、今はその水が干上がり、水路には緑色の苔が所狭しと生えているだけだった。
いや、まぁそれは、別段驚くべきことでもない。
魔物が現れたために、水路の最奥にある魔道具を緊急停止して、奴らの飲み水にできないように魔法庁が行った行為なのだと簡単に推測できる。
それに魔物が使った水なんて、どんな伝染病があるかわからないし、誰も飲みたくないだろうからね。
水が止まっていることに対しては、まぁそうだよね、程度の感想しかない。
そうじゃなくて、私が今驚いているのはそんなことじゃなくてー---。
「なんで、ゴブリンが一匹もいないの・・・・??」
十数分歩いて、私たちは未だ目的の魔物に一匹も遭遇していなかった。
依頼内容にあったのはゴブリンのコロニーの討伐。
通常、ゴブリンは総じて全てが雄であり、他種族の牝に子を孕ませることで、その数を増やして繫殖する。
その性質は、女性として産まれた人間にはかなり嫌悪を覚える質の魔物だ。
けれど、奴らの知能はそこまで高くなく、戦闘能力もそこら辺にいる近所の子供並みのステータス値で、鉄等級冒険者であれば余裕で倒せるレベルの個体しかいない。
だからゴブリンは小さな力を結集させるために群れを成して人間を襲うのだけれど、それでも、場数を踏んだ冒険者にとっては造作もない敵だ。
私のような多対一を苦手とする【ソロスペル】の魔術師だとしても、多少苦戦を強いられるだけで、奴らに敗北を喫するなんてことは絶対にない。
私に与えられるダメージはせいぜい、かすり傷を負わせる程度のものだろう。
そしてゴブリンの方も、人間が強大な敵であるということは理解している。
人間に害をなす魔物として過去にかなりの数を冒険者によって駆除された歴史もあり、その弱さから初級冒険者の初めての討伐対象として選ばれることもあって、奴らは、人間を最も恐れている。
巣穴付近に人間の匂いを感じたら、ゴブリンたちはコロニーの長であるゴブリン・ロードを逃がすために、即座に兵隊を向かわせ、奇襲するのが定石の戦闘方法だ。
鼻の利く種の魔物であるからこそ、もうすでに私たちや後から来ているレインウェルツたちの匂いには気づいているはず。
それなのに、斥候や奇襲をかけるゴブリンの姿が、一匹も見当たらない。
今までゴブリンの討伐は何度か経験はあったが、こんな事態は初めてだった。
これは何か異様な状況であると、そう、私は考えていた。
「メアリー姫も、気付いておられますかな??」
前を歩く前衛職の金髪の青年、ルドルフがそう私に声をかけてくる。
そんな彼の隣にいる弓兵のザスターも、くるりとこちらに顔を向け、こくりと同意するように頷いた。
「静か、すぎるわよねぇ。普通、ゴブリンの巣って足踏み入れた瞬間に何かしらの反応が返ってくるものよね?? あの魔物、とにかく下品で野蛮な頭空っぽの存在だし」
「そうですな。奴らがいる気配が全くしませんな。地下水路も綺麗だし、ゴブリンのフンや食べ残しが一切見当たりませんぞ」
「・・・・・・・・・・なんか、変だ。ゴブリン、本当にいるのか?」
そうザスターがボソリと口にする。
三人でその異常な状況に対して首を傾げながら、私たちは顔を見合わせた。
「とにかく、最奥にあるオーブだけを確認してきましょう。どうせ一直線に続いている水路ですもの。そこまで行って何もなかったら、今回の依頼は手違いといったところで・・・・」
「・・・・・・・・・ちょっと待って」
ザスターがシッと口に指をあて、私の発言を中断させる。
「どうしたの?」
「・・・・・・・・・・音が、聞こえる」
そう言って、彼は最奥へと続く闇深い通路へと耳を向け、目を閉じた。
「・・・・・・1、2、3、・・・・・いや、それ以上の数の、何かが近づいてくる」
「ゴブリンかしらぁ?? まったく、ようやくご登場ってわけ?? ルドルフ!! 戦闘準備よぉ!!」
「了解ですぞ、メアリー様!!」
私は杖を構え、ルドルフは剣を腰から抜き放つ。
だが、ザスターはしゃがみ込み、ジッと耳を闇の向こうへと傾けたままだった。
「ちょっと、ザスター?? 貴方も早く弓の準備を・・・・」
「・・・・・・何か、変だ」
「はぁ??」
突如、ザスターは顔を青ざめさせ、口を魚のようにパクパクと開き始めた。
「この音は、ゴブリンの足音じゃない。これは・・・・・」
突如、ヒヒーンと、馬の嘶きが闇の奥から周囲に鳴り響く。
地下水路で予期していなかったその声に、私たち三人はビクリと肩を震わせた。
「カッカッカッカッ!! これはこれは!! 人間の、それも冒険者のお客様か!!」
しわがれた声が耳に入ってきた瞬間、闇の中からヌルリと、黄色い二つの目が現れた。
ヤギのような目をしたその生物は、鼻が長く、顎がしゃくれた、全身緑色のゴブリンだった。
「噓、でしょう??」
私は思わず驚愕の声を漏らす。
本来、ゴブリンは低脳で野蛮な、我々ヒュームとはかけ離れた原始的な魔物だ。
会話などろくにできず、本能のまま生きている、それがゴブリンだ。
最も知能が高いとされる魔物のドラゴンといえども、言語を解することができる存在は未だ発見されていない。
この世で言語を発することができる生物は、ヒューム、エルフ、ドワーフ、リザードマン、モルフ族、この五種族以外には存在していないのだ。
それなのに、目の前にいるゴブリンは言語を発した。
それだけでなく、目の前の魔物はまるで人間のように豪奢なローブを纏い、そしてー---馬に乗っていた。
目の前の光景に、理解が追い付かなかった。
「自己紹介させていただきましょう。我が名はゴブリン・ロード。やがて新たなる霊長を率いる者とし、この世を君臨する王である。ようこそ古き者、ヒュームたち。貴殿らを歓迎しよう」
そう口にした瞬間、ゴブリン・ロードの背後から無数の蹄の音が聞こえてくる。
そして、奥から馬に乗った数十体のゴブリンが現れた。
まるで騎士のように、鎧甲冑を身にまとったその馬に乗ったゴブリンたちの姿に、私たち三人は立ち尽くし呆然とする他なかった。




