第7章 地下水路の小鬼たち ②
戦いを申し込んでから翌日、午前七時。
冒険者ギルドの前で俺とミーシャ、メアリーとその仲間たちは顔を見合わせて対峙していた。
「では、これよりスタートと致しましょう。討伐対象はゴブリン・ロード。先に彼の魔物のトドメを刺したパーティが勝利となります」
「分かったわぁ。フフフ、貴女たちがこのメアリーちゃんに泣いて詫びる姿を想像するだけで胸が躍るわねぇっ! さぁ行くわよ! ルドルフ! ザスター!」
「御意!!」 「了解ですぞ、メアリー様!!」
メアリーはルドルフ、ザスターと呼ばれた二人の男を連れて去っていく。
その内のひとり、ルドルフと呼ばれた男は、彼女とお茶会をした時に行った喫茶店の店員だった。
一見、金髪の碧目のイケメンと呼んで差支えのない顔立ちの好青年なんだが・・・・ですぞって、何だそのオタク口調、結構強烈なキャラだなおい。
喫茶店で見たときは物越し丁寧な落ち着いたイメージの優しそうな男だっただけに、ちょっと衝撃だ。
というか、彼も冒険者だったという事実にもかなり驚いたことだったのだが。
「さて、私たちも行きましょうか、レインウェルツさん」
「あ、はい」
先導して歩き始めるミーシャの後ろに続き、俺も彼女の背後を追う。
銅等級冒険者 ミーシャ・グレイス。
俺が新條 彰人の時にはこちらのステータスを見て赤子のようだと笑われ、ヘレナの懇願に対しては冷たくあしらったあまり良い印象の無い女。
だけどここ数日、メアリーの一件に協力してくれると話を持ち掛けられて以来、ちょくちょく会話してみたが、思ったよりも会話しやすい人物だった。
わからないことを聞いても嫌な顔もせず、むしろ新人である俺に冒険者のいろはを教えてくれたり、今回のメアリーに対しての勝負も彼女が提案してくれたりと、こちらに対してかなり良く接してくれている。
まぁ、勿論、完全に信用したわけではないのだが。
(散々してやられてきたからな)
この世界の人間はルドナ、ヘレナ、ゴズ、メグ師匠以外俺は信じはしない。(ジロウは同郷の人間のため省く)
それにただでさえ、先日はエステラから刺客を送られたんだ。
こいつも最悪その手の敵と踏まえて、警戒を緩めずに行動を共にした方が良いだろう。
ガルルル・・・・アキト、ニンゲン、シンジナイ・・・・ガルルル・・・・。
「緊張なさらないで良いですよ。ゴブリン・ロードはワイバーンに比べれば足元にも及ばないレベルの魔物。貴方の手にかかれば一瞬で片が付く相手です」
俺の敵愾心が露わとなった視線を緊張によるものと思ったのか、ミーシャは肩越しにこちらを振り返ってフフフと笑った。
「それに、メアリーではゴブリンの群れに対しては少々手こずるものだと推察します。二つ名付き銀等級冒険者といえども、彼女は『ソロスペル』ですから」
「ソロスペル・・・・??」
「魔導士は基本、魔法が主軸の戦闘スタイルなのですが、その中でも魔法を同時に複数行使できる者がおります。彼らを『ダブルスペル』、もしくは『スペルマスター』と呼びます」
「同時に行使・・・・ええと、例えるなら、ふたつの魔法を両手から同時に発射できる、ってことか??」
「その通りです。ですから『ダブルスペル』の魔導士は戦闘に臨機応変に対処できることができ、尚且つ多対一の時に大きく力を発揮できる素養を持っています。ですが、メアリーは『ソロスペル』。ひとつの魔法しか使えない彼女に、複数の敵と事を構えるのはかなり苦手な分野の戦闘といえるしょう」
「なるほど、な・・・・。ちなみにミーシャさんは?」
「修道士にはそういった能力は備わっていません。総じて『ソロスペル』です。代わりに、魔導士には使えない治癒魔法を扱うことができます」
「ふむふむ・・・・」
確かに、今思い返したらあの公園でメアリーは【ポイズンシールド】を解除した後に【ポイズンアロー】を使っていた。
彼女の言うとおり、メアリーは『ソロスペル』と見て間違いなさそうだ。
(にしても、な)
魔法はひとつ使える奴と同時に複数使える奴がいる、か。
俺はショートパンツのポケットをポンと叩き、スススと前を歩くミーシャに聞こえぬよう、小声で下方に声をかける。
「・・・・レゴム、俺のステータス見せてくれ」
「ンゴッ!!」
こっそりと連れてきていたレゴムに頼み、彼が使える魔法、【アナライズ】を使わせる。
すると数秒も経たない内に、目の前にウィンドウが開かれた。
【ステータス】
名前 レインウェルツ
Level 4
種族 ヒューム
年齢 24歳
クラス 剣士
HP 42
SP 5
攻撃力 212
防御力 54
俊敏性 821
魔法攻撃力 1
魔法防御力 1
成長性 S
【固有スキル】
○なし
【汎用スキル】
○状態異常無効 レベル1
○地属性魔法耐性 レベル1
○精霊石の加護 レベル1
【習得 魔法】
○なし
【習得 戦闘術】
○なし
「・・・・何度見てもアンバランスなステータスだ・・・・せめて魔法が使えてたらなぁ・・・・」
ジロウから事前に聞いていたが、基本、ステータスというものは魂に紐づけされているデータなのだという。
だから、例え別人のような身体に魂を移しても、年齢と種族は絶対に変えられない情報らしい。
そのおかげで種族がヒュームのままでいられたので、今までギルドには余計な疑いをかけられずに過ごすことができていた。
・・・・まぁ、この十代後半の少女の見た目で24歳は結構無理があるんじゃないかと思うんだけどね、うん・・・・。
とにかく、新條 彰人という人間のステータスはレインウェルツに一部引き継がれている。
SPは変わらず5だし、魔法攻撃防御力も変わらず1のまま、変わらず最弱の勇者の特徴が残ってしまっていた。
けれど、完全に引き継がれたのは一部分だけ、だ。
成長性がFからSとなり、メグ師匠との修行のおかげか、大きく成長したステータス値が多々ある。
特に、攻撃力や俊敏性が顕著に大幅に上がっていた。
ステータス、魂が俺といえども、身体は別。
レインウェルツというジロウが亡き娘を想って造ったこの人形は、他に類を見ない、大きな成長性を備えていた人形だった。
「それでも、代わりの弊害はあるんだけどな・・・・」
それは、完全に新條彰人の魔法が使えないことだ。
透明化は勿論のこと、ゴーレム練成もレインウェルツの身体では使えない。
これは、ゴーレム練成術師クラスが変更で剣士になった弊害だと、ジロウは言っていた。
魔術師が剣を扱えないように、俺は今剣が使える代わりに魔法が使えない。
それはすなわち・・・・物理攻撃しか今の俺に攻撃手段がないということだった。
「・・・・魔法しか効かない魔物なんてものが現れたら俺、終わりじゃね・・・・?? せっかく戦えるようになったのに、これはキツイ弱点だな」
「レインウェルツさん??」
「あ、あぁ、悪い、今行く」
思わず立ち止まってため息を吐いてしまっていた俺を、前方でミーシャが不思議そうに見つめていた。
俺は慌ててステータスウィンドウをレゴムに消させて、そのままミーシャの後についていった。
「着きました。この階段を下ると、王都南区の水源である地下水路に行くことができます」
数十分ミーシャについて歩いていると、閑散とした古い家屋が建つ住宅街にたどり着いた。
そしてそこから歩くこと、五分。
人気の少ない横道の果てに、地下へと続く長い階段が現れた。
階段の傍には紫色に光る魔法陣のような文様が描かれており、周囲に立つ建物に囲まれた薄暗さも相まって、とても不気味な雰囲気が漂っていた。
「この魔法陣はゴブリンが街に出ないように修道士が引いた結界です。とはいっても、あまり効果はないと思いますがね。ゴブリン3,4匹ならまだしも、コロニーを留めておくだけの力はないでしょう」
「あっ・・・・もしかして、この辺の街が人気がなく閑散としているのって・・・・」
「恐らく、もうすでに被害者・・・・女子供が何人か攫われているんでしょうね。だから周囲の住人たちは他の都市部に逃げた、ということでしょう」
「・・・・人々が多く住んでいる王都でこんなことが起きているなんて・・・・衛兵や騎士たちは何をしているんですか??」
「・・・・彼らは王族の管轄下ですから、王の命が無ければ動くことは絶対にありません。今現在、王陛下は勇者召喚に躍起になられていますからね。王都の、しかも貧民街とされている南区に割く時間はないのでしょう」
「・・・・・・・・・・・」
ワイバーンを倒した後、ザインとバルタザールからも同じような話を聞いていた。
王は今、勇者召喚以外のことに注視できない状況にある、と。
だから例え人々が魔物に苦しめられていても、騎士を派遣することはしない、と。
その言葉であの王の現状が推察できた。
目の前で助けを求め弱っている人間がいても、それは些事であると見捨て、くだらない勇者ガチャに一喜一憂しているのだと。
そんなしょうもないあの王の意思で俺が召喚されたと考えるだけで、胸糞悪いったらありゃしない。
災厄を救う前に自国の人間を救えよ、クソが。
「・・・・・はぁ。もっと優しい人間が居ても良いんじゃないかね、この世界は」
「え?」
「いやさ、当たり前のことかもしれないけど、結局、人間って利益でしか動かないよなって話。魔物に苦しめられている人間がいても冒険者は金でしか動かないし、強盗に襲われても衛兵が王の命令で動くな、なんて言ったらそいつは助からない。無償で他人を助けるような善人っていないだろ?? 力を持った人間が無償でその力を振るう、なんてことはないだろ??」
「それは・・・・そうですね。皆、自分の身が一番大切ですから」
「俺もそう思う。この世界・・・・いや国に来てから、益々我が身が大事になった。でも、それでもさ・・・・・ひとりくらい、損得勘定抜きで他人を助けられる優しい奴がいても良いんじゃないかって、そう思ったんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
そう自分の考えを述べた途端、普段眠たそうな半目のミーシャの瞳が何故か大きく開かれた。
そのエメラルドグリーンの瞳の奥には、こちらに対する怒りの炎がユラユラと揺らめいているのが分かった。
「・・・・・・ふざけないで・・・・・・」
絞りだしたような声を震わせる。
そして眉間にしわを寄せ、いつも微笑を浮かべていたその顔に、ミーシャは怒りの形相を浮かべた。
「優しい人がいたら? 甘ったるいこと言わないで!! 貴方みたいな、一人でもワイバーンを倒せる力を持っている人間が、冗談でもそんな言葉を吐かないで!! 優しい人間? そんなものはいないし、認める訳にはいかない・・・・認めたら、私の覚悟は、人生はー----!!!!!」
そこまで口にし、突如、ハッとした顔をするミーシャ。
そして慌てて佇まいを正し、俺に向けて大きく頭を下げてきた。
「す、すみません。変なことを口走ってしまいました。これから仕事だというのに、士気を下げてしまいました・・・・」
「いや、大丈夫だよ。こちらこそ何か失言したみたいで、悪い」
「い、いえ、貴女が悪いなんてことは・・・・・そ、そうだ、急がなければメアリーに先を越されてしまいますね。そろそろ行きまー-----」
「もっと優しい人間が居ても良い、か。全く、耳に痛い言葉だね」
「「ん??」」
突如、後ろから声がかけられた。
俺たち二人は急いで声が聞こえた背後を振り向く。
するとそこには、片目を濃い赤紫色の髪で覆い隠した、中性的な顔立ちをした背の高い男・・・・いや、女か? とにかく、綺麗な装飾のプレートメイルを身に着けたひとりの騎士が立っていた。
彼?はフッと息を吐くと、長いまつ毛に覆われた目を閉じて、微笑を浮かべながら俺たちのもとへと歩いてくる。
そして俺の前に立つと、パチンと指を鳴らして、マジックのように自分の手に一本のバラを出現させる。
そしてそのバラを俺に差し出しながら、地面に膝を付けた。
「・・・・・美しい」
「へ?」
「私の名前はユスティーヌ・フォン・ヴァレンシア。王国七代貴族の一角、ヴァレンシア家の嫡子にして、第一皇女クラリス様の騎士である。君の名前は?」
「は、はぁ・・・・レインウェルツって言う者ですが・・・・」
「レインウェルツ!! おぉ!! 名前まで美しい!!」
バラを受け取らずにいたら、花ごと俺の手が握られた。
怖い怖い、なんかこの人アリシアと同じような勢いがあって怖い。
目を潤ませるな、熱い吐息を吐くな。
女なのか男なのか分からないその顔で俺を見つめるな。
いや、まぁ、俺も今女なのか男なのか分からない姿をしているけども。
突如現れた謎の人物に困惑していると、彼?はさらにこちらに顔を近づけ、口を開いた。
「ー---結婚しよう」
「・・・・・・・はい??」
放心する。
結婚? なんて?
訳が分からない。
「先ほどの発言と言い、その見た目といい、惚れた。私の妻となってくれ」
拝啓 お父さんお母さん。
私は異世界で元気にやっています。
ですが今日、何故か会ったばかりの人にプロポーズされました。
しかも妻になってくれと言われました。
意味が分かりません。私は男です。
どうか、助けてください。
あの病室では見捨てられましたが、今だけはどうか、助けてください。
「どうかな? この想い受け入れてくれるかな??」
「受け入れるわけ、ねえだろおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっ!!!!!!」
我慢できずに、花ごと手を振り払った。




