第7章 地下水路の小鬼たち ①
「はぁ・・・・」
冒険者ギルドの酒場コーナー。
そこで私、メアリーはテーブルに顎をつけて、重く深い息を吐き出した。
「・・・・本当、おかしいわぁ、私」
先日、彼ー---アキトという名の青年に命の危機を救ってもらってからというもの、私はどこか変になってしまっていた。
普段だったらレインウェルツを付け回し攻撃を仕掛けているのに、今日はそんな気になれず、朝から昼まで半日近くこうして何もせずにボーッとしている。
そしてボーッと無心で宙を見つめていると、決まって浮かんでくるのは昨日の一幕。
凶刃から身を挺して私を庇って、敵と対峙する彼の姿だ。
あの光景を思い出す度に、私の胸の鼓動はドクンドクンと高鳴り始める。
彼のー---あの、どこか闇を含んでいそうな、クマのある黒い瞳。
そして『大丈夫か』と、出会ったばかりの私を心配してくれた、あの優しくて低い声。
それらを回想するだけで、私は何度も何度もため息を吐いて、頬を紅潮させてしまう。
完全に、昨日の一件から私はイカれてしまっていた。
「まさか、これは・・・・」
ゴクリと唾を飲み込む。
この症状、心当たりがない訳ではなかった。
同じ年代の少女や町の女性から話に聞いてはいた。
けれど自分が、その病に罹患することは決してないと思っていた。
だって、冒険者のアイドルであるこの可愛い可愛いメアリーちゃんが、ひとりの人間に対して執心することなど、決してないと思っていたから。
私を銀等級冒険者にまでランクアップさせてくれたハーレムパーティより大事なものなど、この世にないと思っていたから。
だが、しかし、現実はー---。
「はぁ・・・・そんな・・・・絶対に私はならないと思っていたのに・・・・もしかしてこれが、恋に落ちる、ということなの・・・・??」
数日前、私はひとりの女に恋してパーティを解散させたレクスを、心底馬鹿にしていた。
異性に傾倒しすぎて冒険者家業を破綻させるなど、愚者のすることだと嘲笑っていた。
だが、今の私はどうだ。
レインウェルツに復讐して取り巻きを奪取しようとするでもなく、気を取り直して冒険者の依頼に挑むこともしない今の私は、レクスと何ら変わりないのではないか。
昼間から安酒をチビチビ飲んでは、昨日出会った一目惚れした男の姿を幻想する。
・・・・こんなの、私が作り上げてきた銀等級冒険者『葬送の魔女』メアリー・エクスティアの姿ではない。
ただの恋焦がれてやけ酒する、だっさい女の醜態だ。
「だめだめっ!! 気合い入れなきゃっ!! こんなの駄目だわぁっ!!」
そう言いながら、フルーツ酒をちびちびと瓶からコップに注ぐ。
「・・・・・・・・・・・・の、残したらもったいないしね、最後まで飲まないと・・・・んくっんくっんくっ」
そうしてコップの中の酒を、私はゆっくりと飲み干した。
「・・・・・・・ぷはぁっ!! にしても・・・・彼とはもっとお話ししたかったなぁ。フードの男が去っていった後、私から逃げるようにすぐどこか行っちゃうんだもん。ちょっと傷ついちゃったわぁ・・・・・」
そしてまた机に突っ伏してして、彼のことを考えてしまう。
今、私は、朝からこの一連の流れを延々とループしているのだ。
何度も思考を切り替えようと試みているが、中々抜け出せそうにない。
再三再四、同じことを繰り返している。
「どうしよ・・・・私、もう駄目みたいぃ・・・・・」
「おや? 貴方が弱音を吐く姿は珍しいですね」
「んぁ??」
声がした方向に視線を向けると、そこにはレクスの元パーティだったミーシャが立っていた。
そして、そんな彼女の後ろにはこちらを警戒した面持ちで見ているレインウェルツもいた。
その奇妙な組み合わせに、私は思わず首を傾げる。
「・・・・何ですかぁ?? 変なコンビですねぇ~・・・・」
「貴方にひとつ、お話がありまして。席、よろしいですか??」
「まぁ、良いけど・・・・。今日、メアリーちゃんご機嫌斜めだから、あんましちゃんとした会話できないかもよぉ??」
「構いません。YESかNO、酔っ払いでもできる簡単な問いですから」
そう言って向いの席に座って微笑むと、ミーシャは再び口を開いた。
「メアリーさん、私たち2人と勝負をしませんか??」
「はぁ?? 勝負ぅ??」
「最近、レインウェルツさんに何かとちょっかいを出していますよね?? 毒属性魔法を放ったり、デバフ効果のあるアイテムを使ったり」
「それが、何かぁ??」
「そのちょっかいを、今から提示する勝負で私たちが勝ったら、やめていただきたいのです」
「・・・・・・条件を提示するなら、私が勝った時の景品もあるとみて良いのぉ??」
「勿論です。あなたが欲しいものなど、わかっていますから。ね? レインウェルツさん」
「あ、あぁ。負けたら俺のギルドプレートを、お前にくれてやる」
「・・・・・ふぅーん」
私は顔を上げ、二人の顔を交互に見る。
「それで、勝負の内容は??」
「私たちと同じ依頼を受けるのはどうでしょうか。それで、どちらが先に討伐対象の魔物を狩れるか、競争しましょう」
「依頼内容は?」
「こちらです」
渡された依頼書を奪うように受け取り、私はそこに書かれている内容を声に出して読んでいく。
「・・・・・討伐対象 ゴブリンのコロニー及び群れの長であるゴブリンロード。場所、城下町下層地下水路・・・・・推奨ランク 銅。なるほどなるほど~」
依頼書をパッと放し、ヒラリと机に落とす。
「なんていうか、これ、私超不利じゃないぃ~?? 今の私、そこの銀髪の女剣士に取り巻きちゃんたち奪われて、パーティメンバーほぼ0なんですけどぉ? それなのに2対1って、酷くないですかぁ~??」
「おや?? 貴方の信者は完全にレインウェルツさんに取られてしまったのですか?? もう誰一人も貴方の呼び声に応える人間はいない、と?? もしそうだとしたら、貴方は彼女に女としても負けたということになりますね」
「は、はぁ!? ふ、二人か三人くらいはいるわよぉっ!!!!」
「だったら、パーティメンバーに問題はありませんよね?? まぁ、私たち二人から逃げる、という選択を取ってもらっても構いませんが・・・・その時は周囲に伝播させていだたきます。『葬送の魔女』が『閃光』に破れた、と」
「・・・・・レクスのハーレムその1が、ムカツクこと言ってくれるわねぇ~。今まで話したこと無かったけど、まさかここまで人を煽るのが上手い女だったとは知らなかったわぁ」
「かの『葬送の魔女』に褒められるとは恐悦至極です。それで、どうしますか?? 勝負を受けるか、受けないか」
「・・・・・・・やる」
「了解いたしました。では、明日の午前7時、ギルドに集合して同時に依頼を受理し、スタートといきましょう。勝利条件はゴブリンの長、ゴブリンロードの討伐。どちらが先に達成できるか勝負です」
「了解ですぅ。吠え面、かかせてやりますよぉ~??」
バチバチとミーシャと私は睨み合う。
数秒間視線を交差させていると、彼女はフッと笑みを浮かべ、立ち上がった。
「それではまた明日。楽しい勝負に致しましょう」
そう言って、ミーシャはコツコツと靴を鳴らして去っていった。
その後ろについていこうと、レインウェルツも踵を返す。
「・・・・・ちょっと待って」
私は立ち上がり、レインウェルツの肩を掴んだ。
すると彼女は驚きつつも、私の目をまっすぐと見返してくる。
「な、何だよ?」
「貴方、シンジョウアキトさんとはどういう関係なの?」
「な、ななななななな、何ですと・・・・・・・??」
アキトという名前を出した瞬間、彼女は明らかに動揺した素振りを見せた。
いつも凛とした佇まいをしているこの女が今では眼を泳がせ、肩を小刻みに震わせている。
どう見ても、アキトという名前が彼女のこの慌てぶりを引き出した要因に他ならなかった。
私はそんなレインウェルツの姿に思わず眉間に皺を寄せ、普段の甘ったるい声ではなくドスの効いた低い声を出してしまう。
「・・・・・付き合っているんでしょう??」
「はい?」
「彼と恋人同士なのだと聞いているのよぉうっっ!!!!!!!」
「違えわっっっ!!!! 付き合ってねえよっっっ!!!!!」
「噓おっしゃいっ!! 昨日、彼は言っていたわぁ!! 『お前にレインウェルツの情報は絶対に渡さない』ってぇ!!!!」
「んなこと言ってねえよ!! 捏造すんじゃねえっ!!!!」
「彼、私の色仕掛けにも全く堪えていなかったし・・・・相当ラブラブなんでしょうねっ!!!! フンッ!! 絶対にその仲引き裂いて奪ってやるから!!!!」
そう宣言し、私はテーブルの上に酒代のコインを叩き付け、足早にギルドから出ていった。
レインウェルツの顔を見てるだけで・・・・・いいえ、レインウェルツがアキトと一緒にいるところを想像しただけで、胃のムカムカが止まらなかったからだ。
正直、取り巻きたち取られた時よりも今のほうがレインウェルツに対して憎悪が膨れ上がっていた。
(絶対に勝ってみせるわぁ。明日、見てなさいよぉっ!!!!! 全財産賭けて装備品整えてやるぅ!!!!)
そうして私は明日の決戦の準備をするべく、商店街通りへと足を進めていった。




