第6章 第二皇女からの刺客 ⑤
「くそっ!!!!」
すぐさま横に飛び、弧を描くように飛んできていた斬撃を何とか紙一重で回避する。
しかし、避けたところで現状の危機を脱したことにはならない。
すぐさま二撃目、三撃目が男の掌から放たれ、俺の身体を斬りさかんと鋭利な刃がこちらに向かってとんでくる。
「ちっ・・・・・・!!!!!!」
バックステップすることで二撃目、その後、かがむことで何とか三撃目を頭部スレスレで躱す。
俺自身の身体はレインウェルツの身体に比べて身体能力も動体視力も無いが、メオルグ師匠に鍛えてもらっていたからか、以前に比べて動けるようにはなっていた。
けれど、俺のステータスは依然最弱なままだ。
この世界で凡人以下の力しかない俺では反撃どころか、奴の攻撃を躱し続けられるだけの体力はない。
現に、今の回避の動作だけで俺は、大きく体力を消耗してしまっていた。
「ゼェゼェ・・・・」
肩で息をし、額の汗をぬぐって、男の次の動きを見逃さないように注視する。
体力が無いからこそ、せめて、奴の動きだけは先に読まなければ。
そんな俺の様子に、フードの男は静かに口を開く。
「ほう?? 思ったよりも動きが良いな。未熟だが、ちゃんと剣士の足運びをしている」
そう口にし地面に降り立つと、彼は再び掌を上に向け、空中に紫色の刃を作り出した。
そしてニヤリと、不気味な笑みを浮かべる。
「最低のステータスを何とかしようと足掻いたことには敬意を表する。だがしかし、どうやらその努力は徒労だったようだな」
次の瞬間、また、紫色の斬撃が俺へ目掛け放たれた。
先程の速さの斬撃ならば、体力は無いものの、まだ避けられるだけの気力はある。
だが、しかし。
今向かってきているそれは、先程の斬撃と比べて、段違いな速度を帯びたものだった。
「なっ・・・・・!?」
ワイバーンの爪に比べれば、造作もないスピード。
だが、新條 彰人にとって、これは・・・・・・。
(回避が、間に合わねえッッ!!!!!!)
地面を蹴り上げるが、斬撃の切っ先はもうすでに四十センチ程の距離にある。
頭をかがめても間に合わないし、横に飛ぶまでの時間も足りない。
他に何か手があるかと数秒の間際に思考するが、何も浮かばず。
ただ、脳裏に浮かんできた言葉は・・・・終わりの一言。
(これは、もしかして、詰みー-----)
そう死を覚悟した、次の瞬間。
「【ポイズンシールド】!!!!!」
突如眼前に、緑色のドロドロとした液状の壁が現れた。
その2メートル程の高さの壁は斬撃を受けると、瞬く間に魔法で作られた刃を溶かし、即座に消滅させる。
俺は、突然自分を守るように現れたそのよく分からない壁に、ただ目をパチクリとさせた。
「ちょっと、無駄な横やりはやめてくださいますかぁ?? その人は、私の獲物なんですけどぉ」
いつの間にか俺の横にメアリーが立っていた。
彼女は指をパチンと鳴らし、毒の壁を消滅させると、スッと前へ出てフードの男と対峙する。
「本来だったら貴方のような通り魔は衛兵たちの仕事ですけどぉ。まっ、私も? 一応正義の冒険者の端くれなんで? 民間人を守るために力を出しますぅ」
「・・・・・・毒属性魔法の詠唱破棄。もしやお前は銀等級冒険者の『葬送の魔女』か??」
「フフフ、最近はあの女に知名度取られたと思っていましたけどぉ。やっぱり私を知っている人もいる、ということですねぇ。承認欲求満たされますぅ」
「やれやれ、思わぬ奴と出くわしたな。一応確認しておくが、俺はそこにいる男を始末したいだけだ。貴様と矛を交える気はない」
「んん? あれ~?? 彼は私の獲物だって言いましたよねぇ?? 渡す気はさらさら無いですよぉ??」
「・・・・・・・・・で、あるならば」
男はマントを翻し、内側に隠されていた短剣を回転させながら素早く抜き放ち両手に持つと、メアリーに向かって突進し始めた。
その様子を見て、メアリーは邪悪に微笑む。
「あらぁ? さっきまで自信満々にたくさん撃っていた闇属性魔法【シャドーエッジ】はもうお終いですかぁ??」
「あぁ。どうやら貴様の【ポイズンシールド】を前にしては無に帰するようだからな。魔術師を相手にするならば白兵戦がセオリー。だろう??」
「浅はかな考えですねぇ。この私が弱点の近接戦闘に対して何も対策を講じていない、と??」
メアリーは人差し指を男へ向け、叫ぶ。
「【ポイズンアロー】!!!! 連射!!!!」
その瞬間、毒の針の矢が指先から雨のように男の身体へ向けて放たれた。
「むっ!!!!」
男は短剣を高速で振って矢をいなすが、当然、数十本もの細かい針を完全に躱すことはできず。
彼の体には何本もの矢がズブズブと突き刺さっていった。
そしてその瞬間、フードの男は膝をつき、身体を小さく震わせ、動かなくなる。
その光景にメアリーはふふんと鼻を鳴らし、勝利の笑みを浮かべた。
「はい、終わりですぅ~。それ、たった一本刺さっただけで即座に全身の筋肉を麻痺させる猛毒の矢なんで〜。もうこれで貴方は歩くこともままなりません! 残念でしたっ!」
パンッと手を合わせてニコリと柔和な笑みを浮かべるメアリー。
そして彼女はこちらへ向き直ると、俺の手を握り、その場を去るように歩き出した。
「行きましょぉ~?? 貴方にはあの女についてたくさん聞きたいことがあるんですからぁ」
「え、ちょ、あの、あいつは!?」
「大丈夫ですぅ。私の毒は一日は動けなくなる代物ですからぁ。後日、傭兵にしょっ引けば万事OK~。ささっ、今はそんなことよりも、私にレインウェルツの詳細をー---」
「痛ッ!!!!」
突然、頭に痛みが走った、次の瞬間。
突如、時が止まったかのように世界の動作が全て停止した。
そして、頭に強烈な痛みが走るのと同時に、俺たちの前をスローモションで歩いていく俺とメアリーの幻影が浮かび上がる。
俺たち二人はその場で動かずに立っているのに、何故か目の前を歩いていくぼやけた俺とメアリーの影。
今起きている事象に理解が追いつかず、俺は思わず首を傾げる。
「なん、だ、これ・・・・?」
困惑していると、今度は背後で膝をついているフードの男からも幻影が浮かび上がった。
男の幻影は懐から小瓶を取り出し、飲み干す。
すると静かに立ち上がり、俺たちの幻影目掛け駆け抜け、そしてー----。
「あ」
背後から右手の短剣を振りぬき、メアリーの首を斬り裂くと、次は驚愕する俺の胸へ左手の短剣を突き刺した。
そして、糸が切れた人形のように力なく、倒れ伏すふたつの影。
俺はその光景に思わずゴクリと唾を飲み込む。
そしてー-----。
「今はそんなことよりも、私にレインウェルツの詳細を教えてくださいぃ♪」
時が再び、動き出した。
俺は、即座に理解する。
さっき見たのは、未来の光景であると。
「危ないっ!!!!!!」
「きゃっ!?!?」
メアリーを全力で突き飛ばし、俺もその場を転げるようにして離れる。
すると、数秒も経たずに俺たちがいた場所に短剣が振り下ろされた。
俺が回避したことに男は口を開け驚くと、すぐさま横たわる俺へ向けて剣を振り下ろす。
「痛っ!」
また頭痛が走った瞬間、周囲の時が止まり、視界に幻影が浮かび上がる。
今度は、振り下ろされる剣を、俺が横にそれて回避する姿だ。
しかし横にそれた瞬間、男は振り下ろそうとした腕とは反対の手に持つ短剣を宙で投げ捨てて、ゆっくりとその手を俺に向けてきた。
そしてー---紫色の斬撃が俺の脳天に突き刺さり、頭が真っ二つに割れる姿が映し出される。
「・・・・なるほど、な」
時が再開される。
俺は、先程見た未来と同じように、横にそれることで剣を難なく回避することに成功。
その瞬間、男は勝利を確信したのか、口の端が裂けたような不気味な笑みを浮かべた。
だがー---。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!」
奴が剣を離した瞬間に、俺は時が再開された直後に掴んでおいた砂を男の目に向けて素早くばらまいた。
「なっ!?」
瞳に入った砂に咄嗟に目を閉じ、驚愕する男。
その隙に俺は男をタックルをかまして押しのけ、立ち上がり、急いで距離をとる。
そして息を切らしながら男を睨みつつ、横で倒れ伏すメアリーに声を掛けた。
「大丈夫か!?」
「・・・・・え、ええ。大丈夫、です・・・」
どこか、呆けたような声が返ってくる。
ちらりとメアリーへ視線を向けると、彼女は立ち上がり、こちらをぼんやりとした目で見つめていた。
いったい彼女が今現在俺に対してどのような感情を抱いているのかは定かではないが、少なくともレインウェルの時に受けていた視線と違って、今の彼女からは嫌悪や敵意のようなものは感じられなかった。
時折ヘレナが俺に見せる、信頼や敬意といった、相手に対してポジティブな感情が宿っている瞳に近いような・・・・そんな気がした。
深く見つめていれば彼女の感情を理解できるだろうが・・・・・。
当然、こんな事態で彼女とただ見つめ合っている訳にはいかず。
俺は急いで思考を切り替えた。
「メアリー。奴は何故、お前の毒を受けたのに立てるんだ??」
「え、ええと、多分、解毒薬か治癒魔法を使ったんだと、思いますぅ・・・・はい」
「なるほどな。お前は【ポイズンアロー】の他に攻撃魔法はあるか?」
「あるにはありますけどぉ。私が使えるのって、基本相手に毒を付与する魔法ばかりなのでぇ・・・・解毒手段のある相手にはあまり意味がないっていうかぁ・・・・」
「そうか。じゃあ、俺が前衛をやる。お前は【ポイズンシールド】で俺を援護してくれ。頼む」
「え? ちょ、ちょっとぉ!?」
俺はずいっと、メアリーの前へ出る。
そして、フードの男と対峙した。
(どういった仕組かはわからないが、今の俺は自分の死の間際に、数秒だけ未来を予知することができるみたいだ。なら、上手くいけばー---奴を牽制することは可能だ)
素手、しかも今のレインウェルじゃない自分の攻撃力じゃ、奴にダメージを負わせることは不可能にも等しい。
現に、全力でタックルしても奴は何食わぬして立っているからな。
俺の力じゃ、あいつに太刀打ちはできない。
だが、現状、何とか今ある手札で奴と闘っていかなければならない。
でなければ、俺の命はー----。
「・・・・精霊石の加護か。やれやれ、腐ってもお前は世界によって選定された勇者、というところか」
男はどこか疲れたようにそうつぶやくと、短剣を懐に仕舞い、背中を見せ、静かに闇の中へ歩いて行った。
「は? ま、待てよ、お前、俺を殺しに来たんじゃ・・・・」
「確かに俺はエステラ様にお前を殺せと命じられたが、同時に加護を覚醒していた場合は手を引け、とも命じられている」
「加護・・・・?」
俺のその困惑した声に男は立ち止まると、肩越しにこちらに視線を向ける。
「未来予知、できるのだろう?? それは精霊石から与えられた加護というやつだ。まぁ、端的に言えば、勇者しか使えないユニークスキル、ってところだな」
「ユニークスキル・・・・って、おい、何でエステラは俺を殺そうとしたんだよ? 俺は放逐で許されたはずだろ??」
「さて、な。姫様にも事情というものがあるのでな。恐らく、加護を覚醒する前のお前を排除しなければならない理由でもあったのであろうよ」
「・・・・・・・・・」
「では、さらばだ。また会うときはあるかは知らんが、達者でな」
そう言って、フードの男は歩みを再開し、闇の中へ消えていった。
こちらをただの道端のゴミとして見ていなかったエステラが、突如俺が邪魔になる理由ができた、か。
その背景には何が起こったのかは全く持って推測できない。
しかし・・・・エステラの名を聞くと思うことがある。
それは、ルドナの安否だ。
エステラが俺に対して動き出した以上、彼女の身に何か起きていないかが心配だ。
エステラに対してルドナは、ひと一倍恐怖の感情を抱いていたようだからな。
彼女の現状や何故俺がエステラに狙われたのかを聞くためにも、ルドナとはどこかで情報交換したいところだな・・・・。
まぁ、一国の皇女と一市民が話せる場など、早々作れないだろうが。
「それにしても、だ」
精霊石の加護、か。
唐突に手に入れた未来予知の力、こいつはいったい何なんだ?
勇者しか使えないと言っていたが、同じ転移者の勇者である旭山 樹も使えると見て良いのだろうか。
はぁ・・・・立て続けに様々な情報が出てきて、頭がパンクしそうだぜ。
俺は混乱しながら、ただ呆然と立ち尽くす。
そして空を見上げ、夜空に浮かぶ満月をぼんやりと見つめながら疲れを吐き出すために大きく息を吐いた。




