第6章 第二皇女からの刺客 ③
「レインウェルツさんついてきてぇ~。こっちにねぇ、私のおすすめのお店があるんですぅ~」
「いや、ちょ、まっ、待って!? どこにっ!? どこに連れてかれるの俺っ!?」
「甘いものが食べられるお店ですぅ~。そこでパーティの件、お話しましょう~?? 女子会的な感じでぇ~」
ぐいぐいと手を引っ張られ、俺はゆるふわメルヘンコーデギャルと共に街の中を歩いていく。
正直言って、彼女の行動は出会った当初からどこか違和感があった。
そもそもな話、冒険者になったばかりの実力不確かな俺をいきなり仲間に誘うかね。
ギルドの職員もどうやら俺の実力疑ってたみたいだし、普通、疑ってかかるのが通常の反応じゃないかい?
正直、この女の行動は疑問が浮かぶばかりだ。
何となくだが、こちらに対して何か良からなぬ企みを企てているんじゃないか・・・・そんな疑惑の念が出てきてしまう。
(フッ、まったく、舐めないでもらいたいね、この俺の観察眼を)
かつて、男子校で童貞王の座を冠していた時代、「こいつ、俺に気があるんじゃね・・・・?」と勘違いして他校の女子に玉砕した経験など、数え切れないほどあるのだよ、俺は。
そういった、夜思い出してベッドの中でもだえ苦しむような悲しい過去を乗り越えて、俺は女子の思考の機微には人一倍敏感になったのだ。
ゆえに、女性の行動原理を読む力は、お手の物。
だから、貴様がもし邪な企てを抱いていたとしても、全てお見通しってわけさ!! フハハハハハ!!!!
「・・・・・・・・・・・・・・」
だがしかし、俺は、彼女に抗うことができなかった。
その小さくて可愛らしい手を振り払うことができなかった。
それは、何故か。
(そう、俺は、女子に免疫のない童貞だからだ・・・・・!!!!!)
童貞とは業の深い定めにあるもの。
思春期の中学生並に女性の機微に敏感になる力を手に入れられるのだが、それと引き換えに、女性耐性0の弱点を手に入れてしまうのだ。
悲しきかな。力を手に入れる者は必ず弱点が追加される、それがこの世の理なのさ。
(けれど俺は、負けんぞ。いくらロリ巨乳美少女という男の夢を体現したような相手であろうと、心だけは負けておらんぞ。ガルルルルルル)
「ん~っ? うぅん? どうしたのレインさん、怖い顔しちゃって~。かわいい顔が台無しだよぉ~??」
俺の中のグルルと威嚇する童貞の魂に気付いたのか、メアリーは唐突に足を止め、こちらに振り返った。
そして両の手で俺の頬をグイグイと優しく横に引っ張ると、目を細め慈母のような笑みを浮かべる。
「ほら、笑って笑って~?? せっかく可愛いんだから、ニコニコしよう? ね?」
「はいっ!! ニコニコしますっ!!!!!」
一瞬にして俺は、敗北した。
一瞬の会話と行動で、この子には勝てないと、察知した。
(というか・・・・)
何なのこの子マジでかっわいいな!?
胸でかいし尚且つアイドル並の顔立ちだよ!? うん!!
48人の中にいたら絶対推してるわ、うん!!
てかもしかしてこの子、俺のこと好きなのでは?
過剰なスキンシップとってくるってことはそういうことなのでは?? 俺のこと狙っているのでは??
(はっ!! だ、駄目だ、正気に戻れ俺よ!!)
今の俺は新條 彰人ではない。
銀髪の美少女剣士、レインウェルツなのだ。
だから、こいつが俺に対して妙に距離感近いのは女同士だからで、異性に対するそれやあれではない。
アリシアのような例外、イレギュラーな存在もあるが・・・・・あんな混沌から産まれた存在がそこら中にいることは稀だろうからな。
この子は俺を女友達としてみているからフレンドリーなのだ。
そう、勘違いをするな新條 彰人よ、意識をしっかりと保つのだ。
「・・・・・フフフ、緊張、してる? 大丈夫だよぉ。メアリーはね、お姉さんとただ仲良くなりたいだけなの」
「は、はひぃ・・・・・」
そう言って、スッと手を放し、再び俺の右手を取るメアリー。
人形の手じゃなかったら汗びっしょりでやばかっただろうな、俺の手。
「さ、ついてきて。すぐそこだかー----」
「あっ!! レインウェルツさん!!」
歩き出そうとしたその時、背後からとてとてと走ってくる音が聞こえてきて、突如がばっと肩を力強く掴まれる。
振り向くと、そこにはうっすらと涙を浮かべてほほ笑む、ヘレナが立っていた。
「もう!! ギルドに行ってもいないから探しちゃったわよ!!!!」
「あ、へ、ヘレスティナさん? 依頼達成の報せ、行きましたか??」
メアリーから逃げるようにしてヘレナの方へ向く。
助かったわ〜あの小悪魔な魔性の美少女とずっと対面してたら精神持たなかったわ〜本当助かったわ〜やっぱり女神ヘレスティナ教しか勝たん。
そんな俺の内情など勿論知るわけがなく、ヘレナは俺の問いにこくりと頷いた。
「ええ。さっきギルドの職員が宿に知らせにきてくれたわ。だから私、貴方にお礼を言いたくて急いでギルドへ行ったの。それなのに貴方、どこにもいないんだもの。失礼しちゃうわ」
そう頬を膨らませて言うと、ヘレナは佇まいを正し、俺に向かって深く頭を下げてきた。
「・・・・・ワイバーン倒してくれて、本当にありがとうございます。貴方のおかげでうちの宿屋、なんとかなりそうです。冒険者レインウェルツさん、貴方には、本当に本当に感謝してもしきれないです」
「そんな、かしこまらないでくださいよ。私は、私のやるべきことを成しただけですから。そんなことより、宿屋の方、本当になんとかなりそうなんですか?」
俺のその発言に頭を上げると、目を細めニヤリとヘレナはイタズラっぽく笑った。
「うん。これで人通りも戻って、宿屋も本調子に戻れると思う。従業員も、うちは3人しかいないけど、何とかなると思う。・・・・・まぁ、新しく入った人は、朝のうちに仕事終わらせてどっかほっつき歩いているロクデナシだから、頭数に入るかどうかは分からないんだけどね」
「あ、あははははは・・・・・すいません・・・・・・」
「? 何で貴方が謝るのよ?」
「い、いえ何でも。それじゃあヘレナさん、宿屋の経営、頑張ってください」
「ええ。貴方もいつか泊まりに来てよね。サービスするわ。じゃあ・・・・・・・あれ??」
そこで、ヘレナは俺の後ろにいる少女に気付き、そちらに視線をを向ける。
「誰?」
「あ、あぁ、この人はメアリーさん。俺ー---いや私とパーティ組みたいって言ってくれてる人なんです」
「ふーん??」
ジロジロとヘレナはメアリーを仰視する。
そして、どこか険のある声で口を開いた。
「・・・・・・この人、レインウェルツさんの仲間には相応しくないと思うわ」
「え?」
「あらぁ??」
「失礼だけど、何というか、あんまり良い人な気がしないんだよね、この人。裏表がありそう、っていうか。確実に私とは絶対に仲良くなれないタイプだわ」
「あらあらまぁまぁ・・・・」
そう言って、ニコニコと笑みを浮かべるメアリーをヘレナは睨み付ける。
う、うーん、なんというか男を取り合う女の子たちが鉢合わせて修羅場ってるような雰囲気だなぁ・・・・。
まぁ今の俺は男ではなく女だし、別に二人から好意を向けられている訳でもないんだけどね、悲しきことに。
「・・・・・・ひとつ、警告しておくわ」
ヘレナはズイッとメアリーへ顔を近付ける。
そして俺を指差した。
「この人は、私の恩人よ。何か害する気があるのなら・・・・・私は貴方の敵になるわ」
「やだなぁ。メアリーはねぇ、ただレインウェルツさんと仲良くなりたいだけですよぉ?」
「・・・・・・・・・・・・・そう。まぁ、いいわ。さっき言ったこと、覚えていてよね」
フゥッと息を吐くと、ヘレナはメアリーから離れ、スタスタと歩いていく。
「レインウェルツさん、何かあったらいつでも私を頼ってね。じゃあ」
そうしてヘレナは人混みに紛れ、消えていった。
後には何とも言えない、気まずい空気が立ち込める。
「・・・・・・・うっざ」
「えっ!?!?」
「ん? 何でもないですよぉ?? ささっ、早くデザート食べに行きましょぉ~??」
え、今この人うっざって言いましたよね??
え、聞き逃していませんよ?? 俺、聞き逃していませんよ??
ヘレナちゃんも女の勘で警戒促してたし、やっぱこの人裏表あるアカン人なんや・・・・。
早々に離れなけ・・・・・おふっ!? う、腕組んできたぞこの子!? そして、ち、乳が腕に、全て遠き理想郷が、腕に!!!!!!!
「さ、ほらっ、行きましょ!」
「は、はひっ」
そうして、俺は押し付けられた乳から逃げることができず、メアリーと共に街角にある喫茶店へと入店することになったのだった。
(・・・・・・この人、女の子のくせに、私の取り巻きたちと似たリアクションするわねぇ)
コップの中のジュースをストローですすりながら、私は目の前に座る銀髪の美少女をつぶさに観察する。
ワイバーンをソロで倒した、巷で騒がれている冒険者、『閃光』のレインウェルツ。
『閃光』という二つ名は、彼女がワイバーンを討伐したときに一緒にいた衛兵たちが、その目にもとまらぬ剣技からそう名付けたのだそうだ。
彼らのその話が一日でそこら中に伝播し、今ではレインウェルツという名前よりも『閃光』という呼び名のほうが有名になっているのだという。
そして、彼女がいったいどこの剣術流派の秘蔵っ子なのか、将又どこの英雄の血族の者なのか、すい星のごとく現れた謎の美少女の正体について現在街中が大騒ぎになっている。
もはや彼女は、今この王都で一番注目を集めていると言っても過言ではない、話題の人物だった。
(単独でワイバーンを仕留めきれるほどの剣の使い手。冒険者ギルドの中でもそんな偉業を成し得る人間はそうそういない。彼女は新たな英雄、次代のフレイモンド級といっても良い存在だわ。それなのに・・・・・・)
「あっ、あああ、あのっ、このジュース美味いっすねー、今日も天気良いっすねー」
(何でそんなおどおどしているのぉっ!? 何でメアリーの胸元のチラチラ見て鼻の下伸ばしてるのぉっ!? 意味分からないっ!!!!!!)
私は噂で聞いていた『閃光』の話と今目の前にいるレインウェルツの存在が、どうにも合致していなかった。
こんな、まるで女性免疫ない男のような反応をする不可思議な少女に、自分の取り巻きを取られたのかと思うと、怒りを通り越して混乱が胸中に巻き起こってくる。
(落ち着け、落ち着くのよメアリー。私がやるべきことは変わらない。そう、この子に敗北の涙を流させるの。そのためにはー-----ギルドプレートを何としてでも奪ってやらないと」
冒険者の階級を決める、ギルドプレート。
それは一度紛失したら再発行できない、冒険者にとって命にも等しいものだ。
無くしたら最後、王国で冒険者はできなくなる。
だから大抵の冒険者はプレートを鎧に組み込んだり、帽子に縫い付けたり肌身離さず身に着けている。
何故なら彼らはギルドプレートがどんなものか、理解しているからだ。
しかし彼女は運悪く、あの暴走しがちな受付嬢からその話を聞けていない。
いや、その話をする前に私が、彼女らの会話に割り入ったのだ。
何故そんなことをしたかというと、私は彼女、レインウェルツのギルドプレートを盗みたいから。
私は絶対にレインウェルツからもう一度、取り巻きたちと、ギルドナンバーワン美少女の座を奪い返さなければならない。
だからそのために、巷で噂の女剣士さんの地位をどんな手を使ってでも引きずりおろしてやらなければ。
たとえギルドプレートを盗むという、冒険者としての命を殺す卑怯極まりないことだとしても、とことん汚い手段に手を染めてやらなければならないの。
この女を底の底まで落とすまで、私は止まれないから。
「お待たせしました。こちら、メルキアナの実のタルトでございます」
カウンターの奥からウェイターがやってきて、トレイに乗っているタルトの皿をふたつ、私たちの前に置く。
「きゃっ~~っ来た来た~~~っ!!!! これ、すっごく美味しいのよぉ!!!! さっ、レインウェルツさん、私のおごり、食べて食べて~~!!!!」
「う、うす!! いただきまーす!! もぐ、はむ、むしゃ」
(クスッ。美味しく味わってね。最後の晩餐を)
「では、失礼します」
私は去っていくウェイターの男と一瞬、目を合わせる。
すると彼はコクリと、こちらに小さく頷いた。
(フフフ、そのタルトにはね、一口で夢の中にいける強力な催眠薬がた~っぷりと入っているの。おねんねしている貴方からスマートに取ってあげるわぁ。貴方のギルドプレートをねぇ)
私は内心で邪悪な笑みを浮かべる。
少女が机に突っ伏して眠りにつくのを想像しながら。
しかしー----。
「い、いや、美味しいな~~!! こんなタルト初めて食べたよ~~~!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
もぐもぐむしゃむしゃとタルトを食べ続けるレインウェルツ。
その姿に私はあっけにとられ口をポカンと空けてしまう。
(ま、まさか、睡眠系デバフ無効の魔道具か加護を持っている!? ぐ、偶然!? それとももしかして私の行動を先回りして!?)
メアリーの脳裏に戦慄が走る。
もしかしてこの人は、アホそうな素振りをしていながらも、実は物凄い策略家なのではないかと。
私の行動、この店の男が取り巻きのひとりなのだと感づいて、先んじて手を打ってきたのではないのかと、そう考え付いた。
(あ、有り得ない!! け、けれど、この人の不気味な表情は何!? まるで味がわからないものを食べているかのような、その表現しがたい微妙な表情は何!? 何なの!?)
メアリーはひどく混乱した。
ゆえに、目の前で本当に味がわからずに頑張って食レポをしようとしているレインウェルツの心情など読めるわけもなく。
彼女の眼には、レインウェルツのその顔が自身の策をあざけわらっている強者の笑みに映っていた。
「・・・・・・・・やるわねぇ。レインウェルツさん」
「や、やる? え、は? な、何が・・・・・?」
「次はこうはいかないわぁ。憶えてらっしゃいッッ!!!!!」
そう宣言して、メアリーは机に銅貨を数枚たたきつけると、そそくさと店を後にした。
「え、えぇ・・・・?」
後に残ったレインウェルツは、ただポカンと、口を開けて呆然とせざるおえなかった。




