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第5章 竜殺しの少女 ⑤


「グルルルルルル・・・・・」


 ワイバーンは目の前に立つ銀髪の女剣士に低い唸り声を上げると、ゆっくりと振り上げていたツメを地面へと戻した。


 そして、少女を凝視しつつ、警戒しながら後ろに後退して行く。


 そんなワイバーンの姿にフゥッと大きく息を吐くと、少女は背後にいる少年へ肩越しに視線を向けた。


「無事か? 少年」


「あ、あんたは・・・・いったい??」


 突如現れた銀髪の美女に、ザインは目をパチクリさせる。


 そんな瞠目する少年に女剣士は目を細め、クスリと、優しく微笑んだ。


「遠くから襲われているお前らの姿が見えてさ、急いで駆け付けてきたんだよ。いやー、まさに間一髪だったな。間に合って良かった良かった」


 見た目は貴族の令嬢と言っても良いくらい育ちがよさそうで女性らしいのに、その風貌とは裏腹に、まるで男のような乱暴な口調で話し始める銀髪の少女。


 そんな彼女のギャップにドギマギしつつも、ザインは剣を握りしめ、ワイバーンに視線を向ける。


「助かったよ。あんた、名前は?」


「レインウェルツだ。レインって呼んでくれ」


「レイン、か。俺はザイン。この詰め所で衛兵をしている人間だ」


「へぇ。ってことは、後ろのおっさんも少年のお仲間かい?」


「あぁ、そうだ。・・・・なぁ、出会ったばかりで言うのも悪いんだが、あんた、あのワイバーンを倒すのに協力してくれないか??」


 それは、共に死んでくれと言ってもおかしくない言葉だった。


 だが、少女はキョトンとした顔で、恐怖心など何もないような表情で口を開く。


「ん? やっぱあれ、ワイバーンだったのか? ってことは、東の街道に住み着いてるのってあいつ??」


「え? あ、あぁ、そうだ。あれが、この街道に住み着いている魔物たちの主ー--ー翼竜ワイバーンだ」


「ふーん。そっかそっか」


 そう口にすると、少女はワイバーンに向き直り、ニヤリと不適に笑う。


「初動の動きだけで判断するのもあれだが・・・・・メグ師匠の言う通りだったな。あの程度だったら、余裕で見切れる」


「え・・・・?」


 その瞬間、弾丸のような速度で銀色の閃光がワイバーンに向かって放たれた。


 目視できないその尋常ならざる速さに、一歩反応が遅れ、ザインは少女がワイバーンに向かって走り始めたことに数十秒ほどして気付く。


「まっー---待て!! ただ無謀に突っ込んではー----!!!!」


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!!!!!!」


 キィィィィィィン。


 翼竜に向かってレインは跳躍し、額の宝石を狙って力の限り剣を突き刺すー---が、すんでのところで爪によって阻まれて止められる。


 それに舌打ちしながらも、剣を即座に引き戻し、今度はフェイントを混ぜて相手の額を連続で突いて狙っていく。


 ー---が、これもすんでで爪に阻まれる。


 そんなやり取りを高速で都度、30回。


 少女とワイバーンの間に、目に留まらぬ速さの剣閃が浮かび、キィン、カキィンと、剣と爪が激しくてぶつかっていく。


 この超人的な速さの攻防は、常人の目には何をやっているかまるで分からないものだった。


 現にザインとバルタザールには、ただ、少女と竜の周囲に閃光と火花が舞っているだけにしか見てえいなかった。


「・・・・・・・・・・すげぇ・・・・」


 神速の剣の使い手と伝説の竜の戦い。


 その様子をポカンと、ザインは口を開けて見守る。


 だが、そんな彼の後ろから突如怒号が飛んできた。


「何を惚けているザイン!! 彼女を援護しろ!!」


 そう少年衛士に怒鳴りつつ、バルタザールは手のひらを少女に向ける。


「・・・・大地の守護者よ、その名をもって少女に守りの加護を与えたまえー--ー【プロテクション】!!!!」


 バルタザールはダメージを軽減させる魔法、【プロテクション】を少女に向けて放つ。


 続けてザインも少女に向けて手を向け、魔法の詠唱を開始した。


「混沌と闇の王よ、その名をもって貴殿の剣を彼の少女に与えたまえー----【ブレイブソウル】!!!!」


 ザインは攻撃力を増幅させる魔法、【ブレイブソウル】を少女に向けて放った。


 二人の補助魔法のバフにより、少女の体を淡い光の膜が覆っていく。


「さっきよりも、体に力が入る・・・・何か魔法かけてくれたのか? ありがとよ! 二人とも!」


 美少女に素直に感謝を述べられ、ザインとバルタザールは照れた様子で頬をかく。


「いや~あの子を見ていると若いころを思い出すな。忘れかけていた恋心が復活しそうだぞ!」


「おいおい旦那、良い歳してやめとけよ! あの子に恋する資格があるのは俺みたいな若い奴だけであってだな~」


「ガキが何言っておる。あんな綺麗なお嬢さんがお前みたいなちんちくりん相手にする訳ないだろうが」


「は?」


「良い女を振り向かせることができるのは力ある男だけだ。本気で惚れたならば、その力、見せてやるが良い!!」


 そう言って、バルタザールはワイバーンの元に駆け抜ける。


「へっ!! 確かに、その通りだな!!」


 続いてザインも駆け、二人は少女と対峙するワイバーンの背後を陣取った。


「お嬢さん!! 我輩たちはお主のサポートをする!! 現状、ワイバーンとまともにやりあえるのはおぬしだけのようだからな!!」


「何か俺たちに指示することがあったら言ってくれ!! 全力で君の命令に従う!!」


 その声に、ワイバーンの爪を避けながらレインは笑う。


「ありがとよ!! じゃあー---------」


 レインはこの攻防の中で考えていたあるひとつの秘策を、二人へと伝えたのだった。

 


 


 

 (速い。だけどー---メオルグ師匠ほどではない)


 突いては防がれ、斬っては避けられ、合計120回ほど俺はワイバーンに攻撃を繰り出してきた。


 現状、速さと攻撃の手数はこちらが完全に上であり、傍目から見れば明らかに俺の方が優勢と見える。


 だがそれは、ワイバーンがあえて俺に対して攻勢に打って出ていないからに他ならない。


 奴はどうしてか、メオルグ師匠から聞いていた切り札ー---ブレスを全くと言って良いほど使用しようとして来ないのだ。


 それは、何故か。


 奴は知っているのだ。


 人間の体力が無尽蔵でないことが。

 

 だから、あえて防戦一方で俺の体力が落ちるのを待ち、スピードを落とさせてからブレスによる必殺の一撃で始末しようと考えている。


 体を傷つけられたところで、額の宝石の魔力で瞬時に回復できるだろうしな。


 そんな堅実なやり方を取るということは、つまり、奴は俺のスピードを危険視しているということだろう。


 だが、奴のその行動は、ひとつの答えを暗に示してしまっている。


 それはーーーーー。


 (それは、メオルグ師匠から事前に聞いていたブレスを撃つ前に生じる数秒の隙に、俺はついていけるということだ)


 と、いうことは、だ・・・・。


 体力があるうちに奴にブレスさえ撃たせれば、俺の勝ちは確定する。


(しかし、人形の身体でも体力に限界はあるからな。これは、短期決戦で決めなければならない)


 そうして俺はひとつの作戦を脳内でまとめると、ワイバーンの背後に回った衛兵たちに、いや、ひとりの少年にある頼みごとをした。


「じゃあ、少年!! 数十秒後、君のその剣を俺に向かって投げてくれ!!!!」


「え・・・・・?」


 困惑の声が聞こえた直後。


 俺は剣閃を放ち、交差するワイバーンの爪を全力で粉砕した。

 

 こんなことができるのも、少年がかけてくれたバフ魔法のおかげだろう。


 しかし、ぶつかった衝撃が大きすぎたからか、氷の剣は宙に舞い、空を切る音を立てて遠くへと飛んでいく。


 その状況にハッとし、恐慌する俺の顔が黄色い瞳に映る。


 そんな俺の姿に勝利を確信したワイバーンは邪悪な笑みを浮かべると、口を開けて、燃え盛るブレスをー----。


「放たせねえよ」


 俺は脚に全力を込めて跳躍する。


 そして、弧を描いて空に投げられる衛兵の剣を手にしー------。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」


 力いっぱい、竜の額の宝石へと突き刺した。


「グギィアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!」


 苦しみ、暴れだす翼竜。


 だが、まだだ。


 まだ、こいつの頭の上から振り下ろされてはいけない。


 ここでミスれば全てが水の泡だ。


 メグ師匠は言っていた。


 額の宝石を突き刺して『粉々に砕け』と。


「砕けろ!! 砕けやがれ!!!!!!」


「グゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!」


 ガンガンと何度も何度も剣を突き刺していく。


 気付けば少年から貰った剣はボロボロになり、切っ先の先端が折れてひん曲がっていた。


 けれど、関係ない。


 砕くためだけならば、折れた剣で叩くだけでも十分だ。


 俺はゴツンゴツンと、鈍い音を鳴らしながらも何度も何度もとめどなく剣を振り下ろしていった。


 そして、ついにー---。


「グ、グァ・・・・・・・」


 翼竜は地面に巨体をドスンと倒れさせ、完全に沈黙、息絶えた。


 街道で人々を恐怖に陥れた怪物は、ここで死に果てたのである。


「か、勝った・・・・・俺が、勝った」


 俺はゼェゼェと息を切らしながら竜の頭に立つ。

 

 この世界に来てから今まで負けっぱなしだった、この俺の初めての勝利。


 初めて勝利したという高揚感に、俺の体はブルリと震える。


 そして、その高揚感を抑えることができず、俺は思わず空に向かって大きく勝利の雄たけびを上げてしまっていた。

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