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第5章 竜殺しの少女 ③


「おはようございます、ヘレナさん。すいません、予定よりお迎えに上がるのが遅くなってしまいまして」


「・・・・・・・・・・・・・」


「ささっ、約束通りに私と一緒にギルドへ依頼を出しに行きましょうっ!! そして、私にワイバーンの討伐を依頼してくださいっ!!」


「・・・・・・・・はぁ。まさか本当に来るなんて、ね」


 午前八時半。


 宿屋のカウンターで突っ伏しているヘレナの前に、謎の美少女、レインウェルツが再び現れた。


 正直、ヘレナは彼女がもう一度自分の前に姿を見せるとは思っていなかった。


 何故なら、彼女の言うことは無謀そのものだったからだ。


 武器を扱ったことがないただの少女が、たった数日で冒険者となって、ワイバーンという伝説級の魔物に挑むなんて・・・・そんなバカげた自殺行為、実行する人間などいるわけがない。


 そう、いる訳がないのだ。常識的に考えて。


 それなのに彼女は、五日前ヘレナと出会った時と何ら変わらない笑顔のまま、同じ台詞を吐いた。


 ワイバーンを倒してみせる、と。


 自信たっぷりの不敵な笑みで。


「・・・・・・貴方、本当のバカなの?」


「む?」


「冒険者になったばかりなら、今の貴方は無等級冒険者。逆にワイバーンの強さは、銀等級以上。貴方のランクの4つは上の相手なのよ」


「ええと・・・・それが??」


「分からない人ね。銀等級以上ー---つまりワイバーンは、英雄の領域に立つ人間にしか倒しえない本当の怪物なのよ。絶対に絶対に、貴方なんかじゃ勝ち目が無い。そんな相手に挑むなんて言うレインウェルツさんは、ただただ死にに行くだけのおバカさんでしかないのよ」


「・・・・・・・・・・・・」


「ようやく理解した? 現実を。だったら、命を無駄にするのはやめたほうがいいわ。・・・・・・・まっ、私が言うのも変な話だけどね」


 そう言って肩をすくめると、ヘレナは大きくため息を吐いた。


 これで諦めてくれるだろうと、彼女はそう思っていた。


 だがー-----。


「ランクとか、そんなの知りませんよ。さっ、ギルドに行きますよ」


「は・・・・・・はぁぁぁぁぁっ!?!?!? 今の私の話聞いてたっっ!?!?!?」


「ええ。ランク上では絶対に私に勝ち目のない相手なんですよね?」


「そ、そうよ!! 理解しているのになんでー---」 


「人が決めた評価なんて関係ないです。俺ー--ーいえ、私が倒したいと思ったから、私はワイバーンと戦うんです。例えそれがどんなに周囲から不可能だと笑われることであったとしても、自分自身が可能だと思っていれば、その夢はいつか必ず成就する。信じていれば、理不尽な世界にも抗い続けられる」


「ぇ・・・・・・?」


 そう言った彼女の姿が何故かヘレナには、いつかの自分の味方になると言ってくれた青年と被って見えてしまっていた。


 その瞬間、ヘレナの心臓はドクンと脈打ち、両の頬が赤く染まり始める。


(なっ・・・・なんでドキドキしているのよ私は!! 相手は女の子なのよ!? それなのに何で!!!)


「? どうしましたか?」


「ッ!! な、なんでもないわ!!」


「そうですか。じゃあ、行きましょうか」


「・・・・ハァ。わかったわよ。貴方、何言っても諦めそうにないし、こうなればどうにでもなれ、だわ」


 そう言って項垂れながら、ヘレナはレインウェルツと共に冒険者ギルドに向かった。




「・・・・・・・・・・・・・・」


 緊張した面持ちで冒険者ギルドを眺めるヘレナ。


 そんな彼女の肩をポンと優しく撫で、レインウェルツはニコリと微笑む。


「大丈夫です。私がついています」


 そう言った銀髪の少女にコクリと頷くと、ヘレナは覚悟を決めて足を一歩踏み出した。







「おい、あいつが来たぞ・・・・・」


「あぁ。あいつが噂の『銀の猛獣』か」


「俺はどうにも信じられないんだよなー。昨日のステータスの話は本当なのか? あんな可愛いねーちゃんが、本当に??」


「レクスの奴が蹴りひとつで沈んだらしいぞ?? 鼻を陥没させられたって話だ」


「銀等級冒険者を一撃で?? くわばらくわばら・・・・」



 レインウェルツがギルドに入った瞬間、ギルドの酒場コーナーがザワザワとざわめき立つ。


 ヘレナは以前来た時と違うその雰囲気に首を傾げながらも、レインウェルツの後ろにぴったりとくっつき、後を追っていく。


 そして、ギルドの受付カウンターの前にたどり着くと、レインウェルツはヘレナの前に出て、カウンター内で棚の整理をする受付嬢の背中に声を掛けた。


「おはようございます。先日はありがとうございました」


 その声に何故かビクンと肩を震わせると、受付嬢の女性は慌てて佇まいを正しながらカウンターの前に立ち、にっこりと満面の笑みを浮かべる。


「おはようございます、レインウェルツ様。何か御用ですか?」


「はい。ええと、確か・・・・アリシアさん、でしたか? お名前」


「!! 覚えていただけるなんて、光栄ですっ!!」


 そう言って、祈るように両手を組み、目をうるうると輝かせるボブカットの20代前半の受付嬢、アリシア。


 その姿はまるで、アイドルの握手会で推しを前に興奮するファンそのものだった。


「レインウェルツ様、私はですね!! 貴方様が昨日、レクス様に一撃をお見舞いする一部始終に、ひどく感銘、いえ、感動致しましたのです!!」


「あ、え、はい?」


「あの男はですねー!! 権力を笠に威張り散らしていて、私たちギルド職員にいっつも高圧的な態度ばかりで・・・・その上、女の子をとっかえひっかえ・・・・・ゴホン、いえ、何でもないです。今日は何の御用でいらしたのですか? レインウェルツ様」


 咳払いをして感情を抑え込み、柔和な営業スマイルを浮かべるアリシア。


 そんな彼女にどこか引きながらも、レインウェルツは要件を口にする。


「すいません、昨日聞いたばかりで申し訳ないのですが、ひとつ確認したくて。確か、冒険者と民間の間で依頼取引をしてはいけないんですよね?? 必ずギルドを間に挟んで取引しなければならないんですよね??」


「はい、その通りでございます。ギルドが仕事を査定し、相応しいレベルの依頼を冒険者へと斡旋する。民間と冒険者が直接取引してしまいますと、魔物の討伐ではなく、用心棒などの傭兵の仕事を奪ってしまいかねませんからね。冒険者と傭兵のテリトリーを守るために、統括すべきギルドが存在しているのです」


「ですよね。だから今日、私は彼女をここに連れてきたんです」


 そう言って、レインウェルツはヘレナを手で指し示す。


「成程。レインウェルツ様自らのご指名のご依頼、というわけですか・・・・・・あれ、貴方は?」


「ど、どうも」


 どこか恐縮した様子でヘレナが会釈すると、受付嬢はどこか焦った様子でレインウェルツに素早く視線を向ける。


「も、もしかして、彼女の依頼を・・・・・?」


「はい、そうです。あれ、アリシアさん、彼女の依頼内容を知ってるんですか??」


「は、はい。ヘレスティナ様は何度も何度もギルドに足を運んでいましたから・・・・って、そんなことはどうでも良いんです!!!!!!」


 ドンッとカウンターの机を叩き。アリシアは唇をわなわなと震わせる。


「レ、レインウェルツ様、もしかしてー----ワ、ワイバーンを・・・・・討伐なされる気なのですかッッッッ!?!?!?!?」


 耳がキーンとなるような声量でそう叫びだす受付嬢。


 その瞬間、ギルドの中はシンと静まり返る。


 そんな慌てふためく彼女にも周囲の様子にも大して何の反応も見せず、冷静な表情でレインウェルツは静かに口を開く。


「はい。無等級冒険者、レインウェルツ。彼女、ヘレスティナの依頼であるワイバーン討伐を受けたいと思っています」


「なッッッッッー--------!!!!!!!!」


 絶句する受付嬢。


 大きく口を開けて、ポカンとする冒険者たち。



「受理、お願いできますか?」


 そう言ってニコリと微笑むレインウェルツ。


 しかしそんな彼女の背後から突如、ドッと野次と笑い声が飛び交い始めた。


「ガッハッハッハッ!!!! 無等級冒険者がワイバーンだぁ!? 笑わせんじゃねえよ!!!!」


「確かにお前の攻撃力と俊敏性は常人より高いけどな? だが、お前のそのステータスは魔法が一切使えないただの剣士だ!! そんな奴がソロでワイバーンだと?? 冒険者舐めてんじゃねえぞ小娘!!!!!」


「死ねー!! ドラゴンに食われて死んで来いー!!!!」


 そんな言葉が、銀髪の少女の背中に雨のように降り注いでいく。


 ヘレナは、こういった状況に陥ることがギルドに来る前から分かっていた。


 何故なら彼女も、過去、依頼を出しにカウンターへ向かったら、同じような中傷を受けたからだ。


 そのような声の中で、ヘレナはただジッと我慢して立っていることしかできなかった。


 何度も何度も依頼をお願いしに行く度に降りかかる罵詈雑言の嵐に、ただ、涙をこらえて我慢するしかなかった。


 しかし、レインウェルツはー---。


「うるせぇぞ三下どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!!!!!」


 男たちの怒声よりも大きい声を張り上げ、彼らに立ち向かった。


「三下どもが、挑戦もしねえで端っから諦めている奴らが!!!! 命を賭けて挑戦しようとしているこの俺に指図してんじゃねえ!!!!!! チ○コ引っこ抜くぞ!!!!!!!!」


 その一言と女性らしからぬ般若のような睨みに対して男たちは怯み、一斉に言葉を失う。


「あ、あらヤダ、私ったらはしたない・・・・オホホホホホホホ」


 ハッとしたレインウェルツは慌てて佇まいを正すと、再びカウンターに立つアリシアへと視線を向ける。


「依頼、私が受けても良いでしょうか? アリシアさん」


「で、ですが、ワイバーン討伐は銀等級以上の冒険者が推奨対象でして・・・・安全と規律を守る当ギルドとしましては、無等級のレインウェルツ様にそんな危険な仕事を斡旋する訳には・・・・・」


「お願いしますよ、ね、この通り」


 アリシアの手を握り、優しく微笑むレインウェルツ。


 そんな彼女に、アリシアは頬を赤く染め、恋焦がれる十代の少女のように目をトロンとさせる。


「・・・・・はい。わかりました、レインウェルツ様♡」


「ありがとう、アリシアさん。それで、ワイバーンのいる街道への行き方は・・・・」


「ワイバーンがいるのは王都から東にある城門を抜け、道なりに進んだ先の・・・・・関所の奥にある街道です。関所にいる騎士たちに詳しい事情を聞くと良いと思います♡」


「なるほど、了解しました。では」


 そしてレインウェルツはアリシアの手を離す(アリシアは非常に名残惜し気だったが)と、ヘレナに向けて深く頷いた。


「じゃあ、行ってきます。宿屋で吉報を待っていてください。必ず倒してくるので」


「・・・・・・・・そう。気を付けて、ね」


「はい」


 そうして、無等級冒険者レインウェルツは啞然とする冒険者たちの中を進みながらギルドを出て、ワイバーン討伐のため、東にある街道へと向かうのであった。


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