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第5章 竜殺しの少女 ②


 「さて、行くか」


 メグ師匠との剣の修練を続けてから、5日が経った。


 あれからー--レゴムを復活させてもらってから、何度も何度も剣を打ち合い、何度も何度も叩き伏せられてきた。


 正直、動きも硬いままだし、5日経った今でも成長できた実感はあまりない。


 けれど今日、五日目の朝、俺は唐突に彼女からOKサインを貰ったのだ。


 メグ師匠曰く、「もうワイバーンの速度にもついていける」とのこと。


 自分としては、終ぞ彼女の剣の速度に追いつくことができなかったために、メグ師匠の言うことが今一理解できていない。


 しかし、あの人は適当なことを言う人ではないことは、この数日で十分分かっていることだ。


 だから今は、彼女の言葉を信じてワイバーンに挑んで来よう。


 それが、弟子としての礼儀というものだ。


「レイン、良いかい? 君は何も考えず、ただワイバーンの眉間に剣を突き刺すことだけを考えるんだ」


 ガラクタ屋の看板前で、見送りに来たメグにそう言われる。


 その言葉に、以前、俺がどうやってワイバーンにダメージを与えるのか質問した時のことが脳裏に浮かんできた。


「もしかして以前言っていたワイバーンの倒し方、ですか?」


「うん、そうだよ。約束したでしょ? 僕の動きについてこられたら教えてあげるって」


「いや、全然ついていけてはないんですが・・・・・」


 そう自嘲気味にボリボリと頭をかくと、メグは口に手を当てフフフと笑った。


「眉間が弱点なんですか?」


「そう。あの竜はね、どんな傷を付けても瞬時に再生する力を持ってるんだ。その自己治癒魔法の源が、ここ、眉間に埋め込まれてる宝石にあるってわけさ」


 そう言って、メグは自分の額を触っていたずらっぽくニヤリと笑う。


「その宝石を突き刺して粉々に砕けば魔力が暴走し、体内の組織がズタズタになって、ワイバーンは息絶える。この弱点はほとんどの冒険者に認知されているんだけど、かのドラゴンの攻撃を避ける速さを持つ戦士は滅多にいないんだ。たとえ顔に近づけても、速さのない者じゃ獄炎のブレス前じゃ一瞬で焼け焦げにされちゃうからね」


「・・・・・・ええと、だから、速い動作の指導を・・・・?」


 そう口にするとニコリと笑って、彼女は腰に付いているベルトのボタンをパチッと外し、一本の剣を手渡してくる。


「受け取って。新人冒険者に対する先輩からのお祝い」


 それをおずおずと受け取り、俺は鞘から剣を抜いて、刀身を確認する。


「あれ? これって」


 それは、氷で造られた細長いレイピアのような剣だった。


 新しく柄と鍔が付けられているが、間違いない。


 メオルグ師匠が俺との指導中に使っていた、彼女が魔法で造り出した剣だ。


「多分、王都周辺の武器屋で売っているどの剣よりも強度は高いと思う。あっ、氷の剣だからと言っても熱くても溶けたりはしないから安心してね?? 魔法で作り出したとしてもそれはただの武器アイテム、普通の剣だから」


「・・・・・・・・・・・」


「も、もしかして、僕が魔法で作り出したものだから使いにくいかな?? だ、だったら他の剣を・・・・」


「いいえ。大切にします。ありがとうございました」


 深々と頭を下げて、礼をする。


 そんな俺にメグは目をパチクリとすると、「頑張ってね」と言ってはにかんだ。


 フレイモンド級冒険者 『灰燼』のメオルグ。


 一時、俺はこの町の冒険者に酷く落胆を覚えていた。


 人を嘲り、粗野で粗暴で、泣いている弱者を助けようともしないクズたち。


 それが、俺の中のこの世界の冒険者たちの印象。


 けれど、今では彼女だけは違うと、はっきりと言える。


 彼女こそが、俺が創作物上で憧れを抱いた正義の冒険者。


 無力な俺に力を与えてくれた尊敬すべき師だ。


 きっと俺はどんなことがあっても、彼女との剣の稽古の日々は忘れはしないだろう。


 それほど、新條 彰人にとってメオルグという人間は、自分を変えてくれた大きな人だった。


「フフ、そんなに尊敬の眼差しで見られたらテレちゃうな」


 俺の視線にポリポリと恥ずかしそうに頬をかくメグ師匠。


「いえ、本当に師匠は尊敬するお人でしたから」


「そう言ってくれるのはうれしいけど、僕も、君のことはすっごく尊敬してるんだよ??」


「え?」


「君は、何故、僕にワイバーンを倒してくれとお願いしなかったんだい??」


「それはー---」


 その答えに言葉が詰まる。


 最上級冒険者である彼女ならば、恐らく、ワイバーンなど敵にならないはずだ。


 彼女に頭を下げ、懇願すれば、もしかしたら俺が戦う必要はなかったのかもしれない。


 剣の稽古も無駄で終わったのかもしれない。


 でも、それでは俺はー-----。


 それでは俺はー----人に頼るだけの、自分では何も変えられない、弱い人間のままだった。



「フフフ、君のそういうところ、僕はすっごく尊敬するな」


「・・・・・・・・そう、ですかね。何か、照れます」


 あはは、フフフ、と二人で顔を見合わせて笑い合う。


「では、行ってきます、師匠」


「うん。これからは同業者だね。ギルドで会ったりしたら声を掛けてね」


「はい!! ではー---」


「ちょっと待たんかい。誰かを忘れておらんかな??」


 ぬっと、俺との師匠の感動的な別れの間に割って入って、水を差す妖怪骸骨ジジイ。


「レイン、何故ワシに声を掛けて行かぬ?? 何故、放置プレイをする??」


 一緒に見送りに来ていたにも関わらず、俺に声を掛けられなかったことにキレ散らかすジロウ。


 俺はそんなジジイにため息を吐く。


「いや、だって・・・・美少女師弟同士の別れの絵に、妖怪爺さんは不要だろ・・・・異物混入だろ・・・・」


「何じゃと貴様!! 貴様だって中身は良い歳したー---」


「あーもう黙れジジイ!! てめぇが俺に提示した約束を自分でバラしてどうする!!!!」


 口を抑えて、爺さんのカミングアウトを阻止する。


「もがっもがっ!! ぷはっ!! おい、レイン!! ワシからも餞別じゃ!! これを持っていけ!!」


 そう言って俺からの拘束を逃れた爺さんは、手に持っていた一着の鉄のプレートメイルを渡してくる。


「これ・・・・鎧か? しかもちゃんと女性用の・・・・」


「うむ。お主、せっかくの冒険者レインウェルツの門出だというのに、その見窄らしい格好で行く気か??」


「む・・・・」


 そういえば今まで俺はレインウェルツの時、新條 彰人の一張羅である黒いマントとフードの遊牧民衣装を使っていた。


 何故ならジジイの家にある服はどれもこれも悪趣味な色のド派手なローブばかりで、動きやすい衣装などどこにもなかったからだ。


 あと・・・・女性ものの服を買いに行く、というのがちょっと恥ずかしかったのもある、うん。


 まぁ正直、金ないんで新しい装備なんて買えないんですけどね、はい。


「ありがとよ、ジジイ。これで俺も、多少見た目はマシになったかな」


 黒いマントの上から胸のところだけ膨らんだ鉄のプレートメイルを装着し、腰にメグ師匠からもらい受けた氷の剣をセットする。


 鏡がないからわからないが、今の俺は多分、一端の女剣士に見えるのではないだろうか。


 感無量である。


「では、今度こそ行ってきます!!」


 世話になった2人に挨拶を済ませ、俺は冒険者ギルドへと向かって足を踏み出した。






「この前よ、オーク討伐に行った『騒乱』のメンバーたちがよぉー----」


「がっはっはっはっは!! お前、それはー-----ん?」


 昼間から男たちが酒を飲みかわす酒臭い冒険者ギルドに、突如、ひとりの少女が現れる。


 長い銀髪をユラユラと揺らすその絶世の美女は、粗野な男たちを気にする素振りもなく、ただ真っ直ぐに受付嬢のいるカウンターへと向かって行く。


「ヒューッ!! そこの綺麗なお姉ちゃん、俺たちと一緒に飲んで行かねえー??」


「おーい! こっち来て酒ついでくれよー!! ついでにその小っちゃな尻揉ませてくれー!!!」


 男たちの言葉にも一切反応することはない。


 少女はまっすぐと前を見て進んでいく。


「それでさー、次の依頼なんだけどさー・・・・どうしたのレクス?」


「・・・・・・・・ッッッ!!!!!」


 青い鎧を着たツンツン頭、銀等級冒険者レクスは、テーブル席からガタッと勢い良く立ち上がる。


 彼はその少女の姿を見て激震が走っていた。


 レクスは無類の女好きだった。


 彼は元々、王国七代貴族の一角ギルヴァディ家の長子であり跡継ぎだったが、女癖が悪く、様々なところの令嬢に手を出してしまい、結果、家を追い出され冒険者に身をやつすハメになったのだ。


 でも、彼は今の生活に満足していた。


 何故ならー---周りが女だけの、ハーレムパーティを作ることができていたからだ。


 そんな色情狂の彼だからこそ、突如現れた見たことのない美しさを持つ彼女は、今まで抱いてきた数多の女の存在がかすむくらい、まばゆいものに見えていた。


 見たことのない未知の宝石の原石に見えていた。



「すいません、冒険者になりたいんですが」


 カウンター前で、どこか緊張した面持ちでそう口にする銀髪の美女。


 受付嬢は彼女の美しさに見とれながらも、コクリと頷き、業務を進める。


「と、当ギルドでは、ステータスの能力値を見て採用する仕組みになっております。なので、まずは私に貴方様のステータスをお見せに・・・・」


「よぉ、君、冒険者になりたいのか?」


 少女の横にスッと入り、レクスはにこやかに微笑みかける。


「俺は銀等級冒険者、レクス・オーウェン・ギルヴァディ。あぁ、気軽にレクスって呼んでくれて構わないよ。君とは深い関係を築きたいからね。それで、君の名前はー---」


「邪魔だ。消えろ」


 冷たい声でピシャリと拒絶されるレクス。


 しかし彼は諦めない。


 何せ下半身だけで生きているような男なのだから。


「そんなに警戒しなくても良いよ。俺は悪い奴じゃないからさ」


「・・・・・・・・・・」


「そうだ、君、冒険者になるのなら俺のチームに入らないかい? 俺のパーティ、『風槍』は俺以外女の子しかいないから、きっと君も馴染みやすいと思うんだ」


「・・・・・・・・・」


「どうかな? 俺たちと一緒に冒険者の頂点を目指すのは? ん?」


「レ、レクス様、彼女の冒険者採用手続きの邪魔になるので、お話はそのくらいでー---」


 困っている少女を見かねたのか、受付嬢はそうレクスに注意する。


 が、下半身モンスターのレクスの耳には届かず。


「よし!! じゃあ冒険者になる前に俺が君に色々と手ほどきしてあげるよ!! 冒険者は大変な仕事だからね!! 先輩から色々と学んでおいたほうが良い!! うん、そうしよう!!」


 そう言って、レクスが少女の肩に手を触れた、次の瞬間。


 目にもとまらぬ速さで、一閃、彼女の腰から剣が放たれた。


 だが、その速さに目視で気づいた者はその場に誰もおらず。


 少女が剣の柄に触れた瞬間、黄色い剣閃が弧を描きながら空に舞い、気付いた時にはレクスのベルトの尾が切れ、彼はパンツ一丁となっていた。


 突然起こったその不可思議な現象に、レクスは目をパチクリとさせ、あわててズボンを持ち上げる。


「ど、どうしちゃったのかなー!? と、突然ベルトが切れちゃったのかなぁー!? あははは、ははははは!!!!」


「さっさとその汚いもん隠して消えやがれ、ヤリチン野郎」


「なっー-----!!!!!!」


 少女から飛んできたその煽りの言葉に、レクスは顔を真っ赤にして震えだす。


「がっはっはっはっは!! 言われてんぞーレクスー!!!!」


「いいぞー女ーもっと言ってやれー!!!!」


 周りの冒険者からヤジが飛び交い、レクスはさらに激怒する。


「てめぇ!! ちょっと顔が良いからって調子に乗ってんじゃねーぞ!! 俺の拳でその態度が間違いだったってことをわからせてやる!!!!!」


 レクスはズボンが落ちたまま拳を振り上げ、少女に襲い掛かる。


 しかし少女はのけぞることで軽々とその拳をよけると、レクスの顔面に向かって強烈な蹴りを食らわせた。


「あがっ・・・・!?!?」


 端正な顔立ちの鼻がつぶれ、レクスはそのまま膝をつき、前のめりに地面に倒れ伏す。


 その一連の動作に、辺りは茫然となり時が止まったかのように黙り込んだ。


 しかし、少女はそんな周りの人間を気にする素振りもなく、再びくるりと回ってカウンターに顔を向ける。


「あの、すいません、受付さん」


「は・・・・・・はい、な、何ですか?」


「俺、いや私、【アナライズ】使えないんですよ。だから水晶をー---」


「わ、わかりました、少々お待ちください」


 そうして、少女がカウンター前で待っている間、ザワザワと人々の喧騒が復活する。


「お、おい、今の動き見えたか?」


「い、いや全然・・・・気付いたらレクスの野郎が蹴り飛ばされていた」


「というか銀等級冒険者を一撃でノックアウトさせるって・・・・何者だよあの嬢ちゃん」


「こりゃ、『灰燼』の再来の天才児誕生か??」


「綺麗だった・・・・俺も蹴り飛ばされたい・・・・・」


「は? お前それはー---うーん、確かにわからなくもないかも」


 人々が思うがままに少女のことを話している最中、倒れるレクスの元にパーティメンバーたちが急いで駆けつけた。


「レクス!! レクス!! しっかりして!!」


「い、今、治癒魔法をー--こ、この怪我は、私の治癒魔法では完治に時間がかかるかも・・・・・」


「ちょっとあんた!! あたしたちのリーダーになんてことしてくれるのよ!!」



 レクスのパーティメンバーの赤毛ツインテールの魔法使いが、カウンターの前に立つ少女へと詰め寄る。


 しかしー---。


「うっ」


 肩越しに少女に強烈に睨まれたツインテールの女は、たじろぎ、そのままレクスの肩を支えに戻っていった。


「あたし、あんたのこと絶対許さないから!! 覚えてなさいよね!!」


 そう捨て台詞を吐き、レクスとその取り巻きの女たちはギルドから去っていった。



「お待たせしました。水晶はこちらになります」


「ありがとうございます。もうひとつがあって安心しました」


「え・・・・?」


「いえ、何でもないです。使わせてもらいます」


 そう口にし、少女は水晶玉に手をかざす。


 するとその水晶の上から、少女のステータスウィンドウがぼんやりと浮かび上がった。


 

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