第4章 偽りの勇者 ③
「・・・・・・ジジイ、いるか」
「む? アキト、か?」
俺は冒険者ギルドでのヘレナの一件を目撃した後、ただ呆然と町を歩き回っていた。
彼女の味方として、俺ができること。
そのことについてひたすら考えていた。
俺がヘレナの生きる目的である宿屋に対して、やれることは何なのか。
助力できるようなことは何かないのか。
そうして、ひたすらひたすら考え抜いて、ひとつの結論に行き着いた。
”俺”が彼女にできることはー---ー--何もない、と。
このステータス最弱の勇者である”俺”には、やれることなんざせいぜい励ましの言葉を贈るくらいだ。
泣いている少女の願いを叶える冒険者になんて、逆立ちしたってなれることはない。
最初ギルドに行ったときにあいつらに嘲笑されたように、俺では完璧に役者不足。
主人公でも何でもないモブ役の俺では、自身の力量が分からないで吠えるだけのバカに成り下がるだけ。
ならー---”俺”じゃない、別の奴ならどうなんだ?
彼女の中に入ったときに気付いたあの身体能力。
あの力があれば、もしかしたら俺は・・・・別の誰かとして、主人公として、舞台の上に上がれるんじゃないか??
俺が憧れた、本物の勇者に。
俺が創作物の中で見てきた、弱者を救える正義の冒険者に。
「ジジイ、取引だ」
「取引、じゃと??」
俺は先日訪れたゴミ屋敷の地下室で、骸骨のような爺さんに宣言する。
「昨日あんたが言っていた、願い。その人形を使ってお前の娘の代わりにーーーー冒険者の真似事をしてやっても良い」
「それは、本当かッ!?!?」
俺の発言に爺さんは興奮した様子で立ち上がると、ガタッと、机の端に足をぶつけ悶絶する。
「ぐぉぉぉっ!!!! 痛たたたたたっ!!!!!」
「だけど、ひとつ条件がある。その願いを叶える代償に・・・・俺の目的にも付き合え」
「目的?? な、なんじゃ!?」
俺は慈善行為を好き好んでやるお人好しではない。
誰彼救える力なんて持ってないことはよく分かっているし、俺が勇者という器に程遠いことは自分でよく理解している。
それに、この世界に召喚されてから散々してやられてきた身だ。
メリットが無ければ、到底人の願いなど叶えてはいられない。
「俺はー----」
一呼吸挟み、目に力を籠めると、悪役じみた笑みを浮かべる。
「俺は、この国の王を殺す」
「は・・・・?」
その言葉に魔術師の老人は目を見開き、ポカンと惚けたように口を開けていた。
そして俺の言ったことを反芻して飲み込むと、汗をだらだらと流しながら叫び出した。
「お、王を殺すじゃと!?!? おま、そ、そんなことを・・・・何故ッ!?!?」
「俺は、ルドナに命を救われたんだ。だけどあいつは、俺を助ける代わりに下手をしたら自分の父親に・・・・王に殺されるかもしれない状態に陥ってしまっている。だから、元凶を排除してあいつを救ってやりたい」
「そ、それで王を、ガイゼルを殺すと!? 何を突拍子もないことを!!!! あやつを警護する騎士団はヒューム族、いや、この世界に生きる5種族の中でもトップクラスの力を持つ猛者共じゃ!!!! あやつと戦うということはすなわち国と戦うということ!! ワシら二人だけで太刀打ちできるわけがなかろう!!!!」
「何、殺すっていっても命を奪うだけじゃねえだろ。あいつの権力を地に降ろして王としての格を無くす、なんてことも殺すって意味には含まれるだろ??」
「し、しかしだな、一国の王の力を奪うなど到底できることではないぞ!?!? お主が言っているそれは、絶対に不可能な夢物語と言っても過言じゃないぞ!?」
「じゃああんたはさ、娘さんを生き返らせるのを夢物語と言って諦めたことがあったのか?? 不可能だとわかってても、挑み続けたんじゃないのか??」
「・・・・・・・・・・・」
「俺は、俺に良くしてくれた恩人だけは絶対に助けたいんだ。ルドナもヘレナも、泣かせたままになんかしたくない。そのためなら、なんだってやってやるさ。あんたの娘さんの憧れである”みんなを救える勇者さま”にでも、夢物語の中の存在だろうが何にでもなってみせるよ」
「・・・・・・そう、か」
そう言って深いため息を吐くと、爺さんはニヤリと、先ほどの俺と同じような邪悪な笑みを浮かべた。
「良かろう。ワシも娘のためならば地獄でも何でも行ってやるわい。新條 彰人、このジロウがお前の目的成就のために一肌脱いでやる」
そして、枯れ木のような手を差し伸べてくる。
その手を受け取って俺は、爺さんと同じように悪役のような微笑みを見せる。
「取引成立だな。よろしく頼むぜ、骸骨ジジイ・・・・いや、ジロウ」
こうして俺は、レインという偽りの勇者を演じる代わりに、ルドナを助けるための仲間を得たのだった。
翌日。午後2時半。
ヘレナは涙で真っ赤になった目で、宿屋のロビーにある入口をボーッと見つめていた。
「・・・・まだ帰ってこないのですか? アキトは」
ゴズに背後から声をかけられても、ヘレナはカウンターに突っ伏し、振り返らずにそのまま口を開いた。
「うん・・・・私の味方になるって言ったのに、どこ行ったのよ、もう・・・・」
「あの男がお嬢に何も言わずにどこかに行くとは思えないのですが・・・・何か事故にでも逢ったんですかね??」
「どうだか。宿屋の経営に絶望して、私たちを置いて逃げたとかじゃない??」
「そんな・・・・あいつはお嬢に本当に感謝してましたよ?? そんな軽薄なことをする男には見えませんでしたが・・・・」
「ふん」
ヘレナは口をへの字にして曲げ、アキトが使っていた部屋の方向に鋭い瞳を向ける。
出会って間もないが、ヘレナにとってアキトは精神的支柱になりつつあった。
彼女は母親が亡くなってから生きる気力を失い、日々泣いて過ごしていた。
心の底から笑うことなどできず、他人と会話する時も愛想笑いで済ませ、自分という人間を殻の底に押しこめていた。
そんな彼女に笑顔を取り戻してくれた、新條 彰人という異世界から来た青年。
自分より年上だというのにどこか抜けていて、年相応には見えない少年のような雰囲気を纏った大人の男性。
たまに歯の浮くようなキザったらしいことを言うし、ヘラヘラしてていつもふざけた適当なことばかりを口にする。
そんな、全然頼りがいがない人なのに、何故かヘレナは彼に全幅の信頼を置いていた。
出会って数日だというのに、彼女はいつの間にか彼のことが好きになっていた。
それなのに彼は・・・・姿を消した。
「・・・・裏切り者。あんたも昨日の冒険者たちと同じように私を弄んでバカにしてたんでしょ。本当最悪。こんなことならあの時死んでー---」
「ヘレナ」
「ん?」
気付けば、カウンターの前に誰かが立っていた。
その気配に覚えがあったヘレナは満面の笑みで顔を上げる。
「もう!! どこ行ってたのよ、アキトさんー----って、あれ??」
そこに立っていたのは、長い銀髪の見知らぬ少女だった。
空のような水色の瞳と、均整の取れた鼻立ち。
スラッと伸びたその身体は、出るところが出て、ひっこむとこれが引っ込む、女性でも見惚れるような体格をしていた。
そのまるで作り物かのような絶世の美しさに、ヘレナは思わず絶句する。
「ヘレナ。昨日していた依頼の件だけどー---」
「・・・・・誰?」
馴れ馴れしく話しかけてくる美少女に、ヘレナは警戒心を露にする。
すると、美少女は「あ、やべ」と口にして、慌てて佇まいをただした。
「失礼しました。私は冒険者志望のレインウェルツと申す者です」
「冒険者志望、ですか? 冒険者志望さんがうちに何の用なんです??」
昨日の一件からか、ヘレナは冒険者の名を語る少女に剣のある声で敵意をむき出しにする。
宿屋に来たのだから、彼女は客であろうにも関わらず、だ。
しかしレインウェルツと名乗った少女はそんなヘレナに不快感を表しもせず、逆にどこか申し訳ないような顔をして口を開いた。
「・・・・昨日の貴方と冒険者たちとのやり取り、私も見ていました。あの件に関しては本当に申し訳ございません。冒険者を志す者として恥ずかしい限りです」
そして深々と頭を下げだす美少女。
そんな彼女にヘレナは困惑する。
「べ、別に、貴方は関係ないでしょ。そんなに謝る必要は・・・・」
「いえ、これくらいはやって然るべきです。あれは、人として恥ずべき行為ですから」
「そう・・・・・」
そして、ヘレナに向かって1分程深く深く頭を下げると、レインウェルツは頭を上げニコリと微笑んだ。
その笑みは同性であるヘレナをもってしても、ドキッとさせるような心打つ笑みだった。
「ヘレナさん、唐突ですが私は数日後、正式に冒険者になるつもりです。ですからその時に私に依頼してくださいませんか?? 街道に出たというワイバーンの討伐を」
「え・・・・・?? でも、昨日見ていた通り私、お金はあまり持ってないですよ??」
「別に、無料でも構いまー---いや、それはギルドの規定上駄目だったか。ヘレナさん、実生活に影響なく出せるお金ってどれくらいですか??」
「ええと、金貨5枚くらいなら何とか・・・・」
「でしたらそれで構いません。私も私情ですがワイバーンを倒したいのですよ。ですから、お金のことはあまり考えないで頂いて結構です」
「ほ、本当に!? だったら私も依頼することに迷いはー---い、いえ、ちょっと待ってください。レインウェルツさん、数日後に冒険者になる、と、今言ってましたよね??」
「はい。そうですよ?」
「だ、だったら初心者の無等級ってことですよね!? 相手は銀等級以上にしか倒せないって言うワイバーン、世界最強の種族、ドラゴンですよ!? そんなの、死にに行くようなものじゃ・・・・」
「大丈夫です。必ず私が倒してみせます」
「え・・・・?」
その発言には強者特有の自信があった。
もしかしたら彼女は冒険者の前は、凄腕の騎士や傭兵だったのではないかとヘレナは考える。
しかしー---。
「少々剣を覚えるのに時間が掛かると思いますのでー---そうですね、2,3日程猶予をいただこうかと思います。修練が終わったらお迎えに上がりますので、その時一緒にギルドに依頼をしに行きましょう」
「え、は? 剣を今から覚える・・・・? 噓でしょ!?」
「では、また後日に。さようなら」
そう言って、レインウェルツは足早に宿から去っていった。
その光景に、ヘレナはただただポカンと口を開け放心せざる負えなかった。
「ジジイ、ヘレナに依頼の取り付け言ってきたぞ」
「ほう。で、どうだった? バレなかったか??」
「あぁ。まぁ、声も顔も違うしな。俺だって分かる要因はゼロだろうよ」
「カッカッカッ!! 確かにそうじゃな!! 今のお前はワシの娘であるレインウェルツそのものじゃからな!!」
ガラクタ屋の地下で、銀髪の少女と骸骨のような老人は目を見合わせて笑う。
「まさか冒険者レインウェルツの最初の敵がワイバーンとは驚きじゃて。しかし、それくらい上等な相手じゃなければ勇者の門出には相応しくはないな。奴を倒せれば、お前は一気に銀等級、英雄の仲間入りじゃ」
「なぁ、ワイバーンってどれくらい強いんだ?? ヘレナも俺が倒すって言ったら驚いてたしよ」
「ワイバーンは竜種の中では低ランクの弱い種じゃ。とは言っても、ドラゴンという生き物は総じて化け物じゃからな。低ランクとは言っても、一息で小規模の村をで壊滅させられる力を持っておる」
「・・・・・・は??」
「フフフ、胸が躍るじゃろ?? 英雄が倒すのに相応しい怪物じゃ」
「おいおいおいおいおい!! いくらこの身体のスペックが高いと言っても、んな化け物倒せる力あるわけねーだろ!! 今の所、常人より少し高く飛んだり跳ねたりする程度だぞこの人形!?!?」
「安心せい。お主のために良いコーチを雇っておいたからな」
「コーチ?? なんだ、指導者がいたのか。てっきり俺は1人で剣の修行をするものだとーーーーで、どんな奴なんだ? そのコーチとやらは」
「うむ。そやつはーーーーー」
そう爺さんが言いかけた直後、玄関から女の声聞こえてくる。
それは、どこかで聞いたような声色だった。
「すいませーん、ジロウさん、いますかー」
「おぉ、来たようじゃな」
そう言って立ち上がり、玄関へ向かうジジイの後を慌ててついていく。
「お、おい、来たっていったい誰が?」
そう聞くとニヤリと、骸骨が不気味に笑う。
「決まっておろう。お前のコーチ、ヒューム族最強の冒険者じゃ」
そうして、ゴミ屋敷の玄関にある扉が開かれる。
そこにはー----。
「ジロウさん、こんにちわ。それで、僕に剣を教わりたいって子は?」
「こいつじゃ。ほれ、挨拶せいアキ・・・・いや、レインウェルツ」
そう言って、ずいっと俺を前に出してくる。
「わぁ、綺麗な人! 初めまして、僕はー---」
「お前は・・・・・・僕っ子変態魔法少女・・・・!!!!!」
「へっ!?」
そこに立っていたのは、いつぞやか俺が金と引き換えに病衣を渡した、肩にカラスを乗せた緑髪の少女だった。




