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第3章 ある魔術師との邂逅 ②


「どうやら本当に見えてないみたいだな」


 冒険者ギルドのカウンターで書類を眺める受付嬢の前で、俺はフラフラと手を左右させる。


 先ほどいろいろ試したとはいえ、透明化魔法がちゃんと効いてるのか未だ不安だった。


 けれど、ギルドの中に入ってもこの前絡んできた冒険者たちは特段俺に目立った反応を見せることもなく、受付嬢もカウンターの前に立っているのにまるで声をかけようとしてこない。


 そのことから鑑みて、どうやら透明化はちゃんと効いているとみて良さそうだ。


 俺はホッと息を吐きながらカウンターの内側に入り、受付嬢の背面にある棚の引き出しを静かに漁る。


「確かこの辺に・・・・おっ、あったあった、これだこれ」


 布にくるまれたこぶし大ほどの水晶。


 それをゆっくりと音をたてないように手に取る。


 しかし、その時だった。


 手に触れた瞬間、俺の意思とは関係無く、見慣れた俺の雑魚ステータスウィンドウが目の前に開かれたのだ。


「ゲッ!!!!」


 顔面蒼白のまま水晶を懐にしまい込み、急いで辺りを確認する。


「すいませーん、この依頼受理して欲しいんですけどー」


「畏まりました。では、こちらに署名と印を」


 背後のカウンターで接客する受付嬢と、武装した冒険者の姿。


 彼ら冒険者たちの位置からすれば、さっきの俺のステータスは間違いなく見えたことだろう。


 それなのに、男たちは何の反応も見せていない。


「これは・・・・もしかして」


 俺は再び懐から水晶を取り出し、空中に自身のステータスウィンドウを浮かせてみる。


 今度は武装した男たちと受付嬢の間、彼らの目と鼻の先に、だ。


 けれど、やはり変わらず無反応。

  

 何事もないように彼らは会話を続けている。


 このことから推測するに、これはもしや・・・・・。


「もしかして、魔法も透明化するのか?」


 いや、まだ断定はできないな。

 

 魔法、ではなく魔道具だけを透明化できる効果を持っているのかもしれないし。


 くそっ! 依然変わらず分からないことばかりだな!


 誰か透明化の・・・・いいや、魔法の取扱説明書を今すぐ見せてほしい。


 (この世界に来てから何度も言っているが、ルールが分からない世界に放り込まれては混乱が増すばかりだぜ)


 例えるなら一度死んだらゲームオーバーの死にゲーを、取説無しで低ステータスの鬼モードでやらされてる感じ。


 こちとらド○クエとかポ○モンとかやるライトゲーマーなんでそんな高難易度ゲー、やったことねーっつーの。


 「っと、透明化の使用時間も残り5分か。急いで商店街通りに戻らなきゃな」


 時間を無駄に消費はできない。


 次は食料を盗ってこなければ。


 昨日からろくに食べてなくて俺の腹はもうぎゅるぎゅるのべこべこだぜ。


 このままじゃ栄養失調であの世に召されちまう。


 冒険者ギルドを後にし、俺は再び商店街へと急いで足を戻した。





「よし。こんなもんか」


 商店通りを歩きながら、盗んだショルダーバックの中に転がる食料の数々を眺めて、俺はニマッと笑みを浮かべる。


 食料は透明化魔法が使えなくなったいざという時も考えて、パンや缶詰といった保存が効きそうなものを露店から大量に盗ってきた。

 

 まぁ大量といっても、ひとつの店から集中的に奪うのではなく、立ち並ぶ多くの店から少量ずつ盗んできたんだがな。


 これは、経営破綻に陥る露店への良心の呵責・・・などでは断じてなく。

 

 店側に、盗まれたことを気付かせるのを遅らせるためだ。


 (またあいつらとエンカウントしたら叶わねえからな)


 事件があれば当然お巡りさん、もとい騎士が動く。


 昨日の接触で理解したが、どうやらあいつらには目の敵にされてるみたいだからな、俺は。


 こっちには何をした覚えもないっていうのによ、ちくせう。


 とにかく、今はなるべく奴らと出くわす機会は少ない方が良いだろう。


 この前は運良く無事だったが次はどうなるかわからないし。

 

 けれど、窃盗を行ったんだ。

 

 遅かれ早かれ、騒ぎになるのは必至だろうな。


(窃盗、か・・・・)


 この世界に来る前の俺は、出社前に見る朝のニュースで取りざたされる犯罪者たちを社会のゴミだと思っていた。


 他人の生活を傷つける奴は総じて悪だと考えていた。


 当然、異世界に来た今もその考えは変わらない。


 だけど俺は今、その下種に成り下がった。


 窃盗で他人の収益、生活を傷をつけたんだ。


 俺が盗みを働いた店の彼らには養うべき家族がいたのかもしれない。


 それなのに、俺は自分が生きるために他者を傷つけた。


 最低な行いだと思う。


 到底、許されてはいけない行いだ。


 でも俺は、生きたい。


 死にたくない。


 みっともなくても格好悪くても、あいつに・・・・ルドナに生かしてもらったこの命を、つないでいきたい。


 この世界に来てから、自分が生に執着する浅ましい人間なのだと、俺は気づかされた。


 何不自由のない日本であのまま暮らしていたら、こんな感情、知ることはなかったのかもな。


「・・・・っと、もうすぐ時間切れか」


 視界の端にあるウィンドウが示す時間が、残り3分となっている。


 俺は急いで裏路地に入り、周囲に人がいないことを確認する。


 そして、誰も見ていないことに安堵のため息を吐くと、透明化魔法の時間切れを待った。


(突然、何もない場所から人間が現れたら驚かれるだろうからな。それに、この魔法は透明にはなれるが俺に対してのダメージは無くなるわけじゃない。その弱点は他人に知られない方が得策だろう)


 そうして時間を待っていると、時計の数字は0を迎え、ウィンドウが消失する。


 自身に変化は何も見られないが、恐らく、透明化は切れていると見て良いだろう。


 大きく息を吐き、俺は頭をボリボリと搔く。


「さて、もうすぐ正午か。どこか落ち着けるところで昼飯を食いに行くとするかな・・・・・」


 そう口にし、路地裏から出て、商店街通りに足を踏み出したその時。


「痛ぇえな!! どこ見て歩いてやがる!!」


 ガラの悪い男と肩がぶつかってしまった。


 三人の巨漢を前に俺は悟る。


 あぁ、俺のステータスにあった【固有スキル】悪運 はこういうことなのか、と。


 この世に神はいない。


 いたとしても俺に対して特攻スキルがついているアンチだな、間違いなく。


 南無三。






「あー・・・・真っ赤な夕焼け綺麗だなぁ・・・・口の中の血の味と相まって良い味出してるぜ・・・・ハハハハハ・・・・」


 赤く腫れた頬をさすりながらトボトボと坂道を上る。


 結局、透明化を得ても、圧倒的な力の前では何もなさないのだ。


 残念ながら、さっき盗んできた食糧は根こそぎ悪漢たちに奪われてしまった。


 加えて透明化を再び使用しようとしてもSPが足りないとアナウンスにいわれる始末。


 もうダメだ・・・・すべてに対してやる気というものが根こそぎ奪われた・・・・。


 この世界は完全に俺を敵とみなしている。


 因果律が、すべて俺の不幸に直結するように定められているのだ。


 孤独だ・・・・味方なんて誰一人いねえんだ・・・・。


 はぁ。


「ぐすっ・・・・ぐすっ」


 ふと道の先を見ると、街を見下ろせる高台のベンチで泣いているひとりの少女の姿があった。


 16、7歳くらいの年若いポニーテールの少女だ。


 普段だったら泣いている少女に俺みたいな大の大人の男が話しかけたら事案になるので無視を貫く所だが・・・・・なんとなく、俺はその少女が気になった。


 もしかしたら、彼女と同じく泣きたい気持ちだったからかもしれない。


 そっと少女の隣に腰掛け、俺は声をかけた。


「・・・・嬢ちゃん、どしたの」


「・・・・ぐすっ、ひぐっ・・・・」


 返ってくるのは泣きじゃくる声のみ。


 俺はそのまま赤い空をボーっと見つめた。


 別に、返事は返ってこなくてもよかった。


 ただ、自分と同じように悲しみに支配されている人間の傍にいたかっただけだから。


 同族意識、というやつなのかな。


 いや、ただ単に悲しみを共有したかっただけなのかもしれない。


「・・・・お母さんが死んじゃったの」


 ぼそっとつぶやく小さな声が耳に入ってくる。


 俺は空を見つめたまま言葉を返した。


「そっか。そりゃ・・・・つらいなぁ」


 俺にとって両親は死のうがなにしようがどうでも良い存在だ。 


 俺には身内にそこまで大事な人はいない。


 けれど彼女にとっては違うんだろうな。


 その悲痛な表情がどれだけ母親が大切な人だったのかを表している。


「・・・・お兄さんは? お兄さんはどうしたの?」


「ん? どうしたって?」


「すごく、辛そうな顔をしてるよ」


「辛そう・・・・あぁ、この顔の怪我のことか? これは昨日今日と殴られる機会があってだな。まっ、嬢ちゃんに比べたら大したことねえよ」


 そう言って彼女の方を向き微笑むと、少女は首を横に振る。


「ううん、違うよ。顔の傷じゃなくて、お兄さんも何かつらいことあったんでしょ? わかるよ。なんとなく」


「マジか。わかっちゃうか。そんなに顔に出てるかな~」


「うん。世界中の全てが敵・・・・そんな顔してる」


 そして少女は袖で涙をぬぐうと、こちらをじっと見つめてきた。


「ひどい目に合ってきたんだね。たくさんの人に傷つけられてきたんだね」


「・・・・・・・・・・」


 藍色の前髪の奥にある黄色い瞳が、俺の瞳を射抜く。


 俺たちはそのまま数秒、無言で見つめ合った。


「お兄さんも私と一緒だね。私もね、もう、この世界に味方がいないんだ」


「え?」


「私、死んだお母さんが唯一の血のつながった家族だったんだ。唯一、私の味方になってくれる人だったんだ」


「・・・・・」


「でも死んじゃった。もうね、私を愛してくれる人はいないの。私の話を聞いてくれる人も、私を心配してくれる人も気にしてくれる人も・・・・この世界にはいない」


「・・・・・」


「でも、ここで泣いてたらスッキリした。私がこれからどうしたいのかも理解した」


「・・・・・」


「お兄さん、ありがとう。私の話を聞いてくれて。私の目を見ても動じない人、初めてだったよ」


「目・・・・?」


 そう訝しげに首をかしげると、彼女は席を立った。


 そして、街を見下ろせる崖の上に立ち、そしてー---。


 こちらに笑みを向けながら、ゆっくりと背中から飛び降りた。


「バッー---!!!!!」


 俺は勢い良く立ち上がり、落ちていく彼女に手を差し出そうと崖下に向かって走り出す。


「ふざけてんじゃねええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」


 不思議だった。


 たまたま出会ったばっかの、何の縁もない少女。


 彼女の背景も事情も何も知らない。


 自殺志願者なら、止めてやる義理もない。


 死にたいのなら、死が救いなら、死なせてやれば良い。


 世の中、生きていれば何とかなるなんて無責任なことは言う奴はクソだ。


 この世界には、生きているだけで地獄だっていう人間は確かに存在するんだ。


 きっとこの少女もそちら側の人間だ。


 もうこの世界に未練がないのだろう。


 俺もこんな腐った世界、生きていくって考えるだけで反吐が出る。


 人生面白いことなんて殆どねえし、つまらないだけの日々だ。


 良いことなんて何もない。


 でも、それでもー----例え世界に嫌われていたとしても、神様に不要だと言われても。


 俺は、俺はー---生きることに希望があるのだと、世界に、神に抗っていたい。


 生きていればきっと面白いことがあるのだと。


 いやー---自分の力で面白くできるのだと、夢みたい、信じていたい。


「え? お兄さん・・・・?」


 腕をつかむ俺に、空中でぶら下がる少女は驚愕した表情で目を開く。


「ど、どうして? 私は死にたいのッ!! どうして止めー---」


「おっも!!!! ドラマとか漫画とかではこういうシーンってひょいって掴んで助けてるけど、やばっ!!!! 人ひとりって重すぎるだろ!!!! 腕ちぎれる!!!!」


「はっ!?!? お、重くないし!!!! 何失礼なこと言ってんの!?!? デリカシーなさすぎ!!!!」


「うっせ!! ごちゃごちゃうるせー!!!! さっさと腕伝って登ってこい!!!!! 俺の腕力じゃお前を引き上げるのなんて無理なんだよ!!!!」 

 

「じゃあ離せば良いじゃない!! なんで私を助けるのよ!!」


「そりゃお前、目の前で飛び降りられたら寝覚めが悪いからだよ!!!! お前俺に一生モンのトラウマ刻むつもりかオイ!!!!」


「知らないわよ!! さっき会ったばっかじゃない!! 私なんか無視してよ!!」


「俺はな、勇者なんだよ」


「勇、者・・・・?」


「あいつの召喚した勇者として、人見殺しにしするとか、できねえんだよ」


 窃盗はしたけどな。


 しかも割と覚悟持って盗みやったのに一瞬でカツアゲされてるからな。


 挙句にこの世界で初めて出来た友達はゴミみたいに踏みつぶされ、何の復讐もできないでいる。


 ほんと、だっせー勇者様だ。


 かっこ悪くてみっともなくて弱くて、物語の主役には絶対なれないであろう勇者。


 でもせめて、目の前で死のうとしている奴は絶対助けてみせる、そんな奴でありたい。


 それを否定したら、多分、ルドナの奴を助けられない気がするから。


 どんな辛い目にあっても、俺はもう、絶対諦めない。


 あの時の公園の少女の時のように、ルドナが俺をかばってくれた時のように。


 目の前で泣いてる奴をただ呆然と見ていることだけはしない。


 この世に弱者を助けるヒーローがいないなら。


 理不尽な現実に辛くて泣いている誰かを救える人間に、そんなかっけー勇者に、俺がなってやる。


「味方が欲しいなら、俺がなってやるよ」


「・・・・ぇ?」


「俺がお前の味方になってやる。一緒に戦ってやろうぜ、この理不尽な世界の神様によ」


 そう言って、俺は心の底から微笑んだ。

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