第3章 ある魔術師との邂逅 ①
チュンチュンと、小鳥たちの鳴き声が耳の中に入ってくる。
その囀りに覚醒した俺は、ゆっくりと重い瞼をこじ開けた。
「・・・・・朝か」
異世界に来てから3日目。
人通りの少ない路地裏のゴミ置き場で、俺は目を覚ます。
ここは居酒屋の裏手にあるせいか、酒の臭いが辺りに充満していた。
加えて、周囲にある樽の中には生ゴミでも入っているのか、異様な臭いが鼻の奥を突いてくる始末。
最悪の目覚めと言っても良い状況だろう。
「はぁ・・・・風呂に入りてえなぁ」
こっちに来てからろくに身体を洗ってないので、今の俺の身体は酒とゴミと汗の匂いがミックスされた激臭が放たれていると見て間違いない。
試しに服をスンスンと匂ってみる。
しかし周囲の匂いのせいで鼻がイかれてしまったのか、自身の体臭がどんな匂いなのか把握できなかった。
「水場もあるから、本当はまたあの公園で寝泊まりしたいんだけどなぁ・・・・」
樽に背を付け、ため息を吐きながら項垂れる。
(けど、またあの町内会長だとかいうジジイに怒鳴られる可能性があるからな・・・・)
今はできる限り、目立つことは避けたい。
通報されて昨日みたいに騎士と出会したりしたら、今度こそ命が危ないかもしれないからな。
現状はこのゴミ置き場で我慢するのが得策だ。
頭を掻きながら、背もたれにしていた樽から立ち上がる。
そして、欠伸をして伸びをした。
「ん〜〜〜。さて、今日はどうすっか・・・・」
その時、グーっと緊張感のない腹の虫の音が周囲に鳴り響いた。
俺は呆れた表情をし、自身の腹をポンポンと撫でる。
「・・・・そうだったそうだった。まずは食料の問題を片付けねとな。レゴム、起き・・・・・」
名を呼ぼうとして、ハンカチで包まれ地面に置かれていた石の破片が目に入る。
何を寝ぼけていたのだろう、俺は。
昨日の事件を忘れたわけでもないのに、反射的にその名を口にしてしまっていた。
「・・・・・・・・・・・・」
共に過ごした期間は1日だけだ。
それでも、この敵だらけの世界で、数少ないの味方と言える存在だった。
昨日の、人形劇で緊張する俺の体に優しく手を触れてくれた、あの優しい姿を思い出す。
言葉が喋れなくても、そこには確かに信頼が、愛情があった。
それを粉々に踏み砕く、憎き騎士たち。
その光景が脳裏によぎると、再び俺の中の憎悪の炎が点火し始める。
「・・・・もう手段は選ばない。これからは奪われる前に、奪ってやる」
ハンカチに入ったレゴムを風呂敷のように包み直し、腰のベルトに結び付ける。
RPGゲームの世界だったら死亡しても魔法で復活とかできるんだろうが・・・・何となく、それはできない予感がした。
何故なら昨日まであったレゴムとの繋がりが、完全に断ち切られているような感覚があったからだ。
(でもだからといって・・・・・このままレゴムを外に放置しておくのは論外だ)
俺は粉々の破片なったこいつと共に歩いていくことを決めた。
人によってはゴミを持ち歩く異常者に見えるだろうが、関係ない。
どんな姿になろうとも、こいつは俺の友達だからだ。
「よし。行くか」
俺はパンと手のひらに拳をぶつけ、深いクマが付いた目を鋭くし、街の中へと歩いていく。
今日こそは、何としてでも金と食糧を手にしなければ。
このままではいずれ、飢えて死んでしまう。
今の俺の状況は一歩間違えば死だ。
ここまで追い詰められたら、方法なんて考えてられない。
他者から奪う。
今の俺にはその手段しか残されていないからだ。
覚悟を胸に、俺は足を踏み出した。
「勇者さま〜!! こっち見てください〜!!」
「ちょっと!! 押さないでよ!!」
「エステラ様!! 勇者さま!! どうかレインアース王国に繁栄と祝福を!!」
大通りに出ると、そこには大勢の群衆がひしめき合っていた。
皆、歩道から馬車が通る中央の道に向かって手を振り、喜びの声を上げている。
まるで外国から来日したアーティストかアイドルを空港で出迎えているファンたちのようだ。
何事かと思い、驚きつつも、俺は人々の後ろから観察してみる。
すると、中央の開けた道に幾人もの騎士を連れて歩くエステラと旭山 樹の姿があった。
2人はこ綺麗な軍服のような衣装を身に纏い、光り輝く紅いマントを風に靡かせている。
(おいおい、同じ勇者とは思えない歓迎ぶりだな)
つい、今の俺の状況と、人々に祝福されてこの世界に受け入れられている旭山 樹の姿を比べてしまう。
同じ時期に召喚されたというのに、片方は救国の勇者様で、片方はゴミ置き場で寝泊まりするホームレス。
その格差に、思わずげんなりしてしまった。
「・・・・・・クソが」
苛立ちの声を零して、その場を後にしようと考える。
しかし後ろに振り向こうとしたその時、ふいに俺の視線とエステラの視線が重なってしまった。
エステラは一瞬、小馬鹿にするような表情を俺に向けると、すぐに笑顔を張り付かせ、観衆に手を降り出す。
まるでこちらを気にも留めていない様子だった。
その姿に何とも言えない苛立ちが募るが、すぐに怒りの波は治った。
(バカにしたいのなら勝手にバカにしていろ)
俺は人の群れから離れ、真っ直ぐと、人が少ない商店街通りへと足を向ける。
(こんなところで足止めを食らっていたら時間が勿体無いからな)
今はエステラたちよりも、生きることに重きを置かなければならない。
優先順位を履き違えたら、それこそ餓死する可能性さえ出てきてしまう。
人がどれだけ長い期間食べなくても平気かは分からないが、タイムリミットはそんなに長くはないだろう。
人々が沸き立つその場に背を向け、俺は歩みを早めた。
大通りであの2人が人を集めているせいか、商店街通りは普段と違って人の数がまばらだった。
俺はそれを好都合と考え、人気の少ない路地裏に入り、フゥッと息を吐く。
(思えば、今まで犯罪なんて犯したことはなかったな)
兄貴と違い品行方正な優等生とまでは言えなかったが、それなりに真面目に生きてきたと自負しているつもりだ。
誰かを傷付けるようなことをした覚えはないし、他人の所有物を盗むなんてこともしたことはない。
だから犯罪者なんて遠い存在だと思ってたし、自分という人間が加害者になるなんてことは考えたこともなかった。
この先、生きていく中で、犯罪という人が踏み越えてはならないラインを自分が越えることはない。
そう思っていた。
しかし俺は今から・・・・・その一線を踏み越えようとしている。
(犯罪を正当化するわけじゃないが・・・・これも、他者と自分を天秤にかけた結果だ。この世界の人間に恩を感じることなんてさらさらないからな。食料を盗んだところで、罪悪感は湧かないだろう)
フゥッと大きく息を吐く。
そして路地の壁からヒョイっと顔を出し、遠目から露店を観察する。
どこの店も基本的に店頭には人が立っていた。
好都合に店から人が離れている、なんて状況は見る限りなさそうだ。
(分かってはいたが、物を盗むってのも簡単じゃねえな)
難しい現状に、奥歯を噛み締める。
「何かこう、誰にも気付かれないような・・・・気配を遮断できる魔法があれば良いんだが・・・・それか物を空中に浮かせる魔法とかな。そしたら食料なんて奪い放題だぜ。ハハハ・・・ハ・・・」
思わず、無い物ねだりの願望を口にしてしまい、頭を俯かせてしまう。
夢や幻にすがってしまうなんて、精神的にも大分参っているのかもしれない。
現状の自分に嫌気がさす。
(今はちゃんと現実を見て物事を判断しないと。持っている魔法なんてゴーレム錬成術くらいで・・・・・って、あるじゃねえかッ!?)
昨日の事件の最中、習得したスキルを思い出す。
脳内に響いたアナウンスでは、確か“透明化”と言っていた。
透明化は文字通りの意味で察するならば、透明になる魔法だろう。
果たして錬成術が使えないspが減っている状況の今の俺に使用できるかは分からないが・・・・間違いなくこれは、当たりスキルと見て良いだろう。
この状況を打破し、金と食料を得るにはもってこいの力に他ならない。
だって、透明になれれば金や食料なんて簡単に盗み放題だからな。
絶望だらけの現状に、唯一、希望が見えてくる魔法だった。
「よし。使えるかどうかは分からないが、ものは試しだ。“透明化”発動!!」
そう口にし、ワクワクしながら自分の体を確認する。
けれど、どこをどう見ても、自分の体が透明化しているようには見えなかった。
sp不足の失敗かと思い、肩をガックリと落とす。
しかし、視界の端に小さくウィンドウが開いていることに、俺は気付いた。
「これは・・・・時間か?」
そのウィンドウには9:59と、デジタル時計のようなものが表示されていた。
これは、さっきまではなかったものだ。
もしかして、自分では透明化になったことを把握できないだけで、周囲には魔法が効いているのだろうか?
俺は試しに、商店街通りへと足を戻し、周囲の反応を窺ってみることにした。
まず、歩いている通行人の前に立ち塞がってみる。
目の前からは、耳の長いエルフの女性が野菜が入った鞄を片手にトコトコと歩いてきていた。
女性は俺と目が合うが、特段、変わった顔は見せず。
そのまま俺の目と鼻の先、ぶつかりそうな距離までやってきたので、思わず軽く避けてしまった。
「痛っ! え、な、何!?」
肩がぶつかった女性は不思議そうにキョロキョロと辺りを見回すと、首を傾げながら商店街通りの奥へと歩いていった。
(これは・・・・もしかして・・・・透明化魔法が、成功している!?)
その事実に舞踊りたくなるくらい心が沸き立つが、まずは落ち着いて、透明化がどのような力なのか考察してみることにする。
もし透明化の最中で、相手にバレるようなヘマがあったら最悪だからな。
ひとまず深呼吸して顎に手を当て、冷静に考え込む。
まず、透明化が可能な時間はウィンドウに表示されてるように、10分間の間だけと捉えて良いだろう。
10分を越すと恐らくだが自動解除される感じなんだろうな。
しかし、この能力・・・・果たしてどの程度、自分を隠し通せるのかは未知数だ。
透明化のまま喋ったら、俺の声は相手に届くのだろうか。
物を手に取ったら、相手からはそれがどのように見えるのだろうか。
もう一度実験をするため、今度はすぐ側を歩いていた中年の男性に声をかけてみることにする。
「すいません、ちょっと良いですか?」
声をかけてみるが無反応。
「おーい!!!!!!」
男性の耳元で声を張り上げてみるが、反応は変わらず。
なるほど。
どうやらその様子から察するに、俺の声は聞こえていないようだ。
透明化状態では、俺の声が漏れることは無いと見て良いだろう。
次に、そこらに落ちている小石を拾い上げてみる。
自分から見たらそれは透明になっている様には見えないが・・・・他人の目にはどう映ってるのか。
石を持って、露店の店頭で品物を眺めている母親の手を握る、男の子の眼前に持っていってみる。
子供であれば、突如空中に浮いている石が現れたら、とてつもない関心を示すはずだ。
万が一騒ぎが起こっても、子供であれば急に騒ぎ出しても周囲はそんなに問題視はしないだろう。
俺は緊張と共にフラフラと、子供の目の前で石を揺らしてみる。
しかしーーーーーー。
「お母さん、早く大通りに行こうよ〜勇者様のお顔、僕も見たい〜」
「ちょっと待ってて。人が少ないうちに、夕飯の材料買っときたいから」
(・・・・・・・・・)
結果、反応は無かった。
つまり、これらの実験を踏まえると・・・・・・。
「この魔法、時間内であれば、手に持ったものも含めて完全に相手から姿をくらますことができるんだな」
その事実に気付いた時、思わず安堵のため息を吐いてしまった。
今までこの世界に来てから心が休まることはなかったが、この透明化魔法の出現で俺はようやく、心に平穏を宿すことができたように感じられた。
「これがあれば・・・・金と食料に関しての問題がなくなった・・・・良かった、良かったぁ」
餓死という最悪の未来を避けられたことから、俺の目頭は熱くなる。
けれど、ずっとこの場で立ち尽くし、喜んでいてはいられない。
何故なら俺は魔法というものの成り立ち・・・・・spというものを完全に把握しきれていないからだ。
「昨日、錬成術を使おうとした時はspが足りないから使えないと警告されたのに、今では透明化魔法を普通に使用できるからな。まだまだ魔法に関しては分からないことがあるな」
もしかしたらまた、透明化魔法も使えなくなることがあるかもしれない。
そう考えると、途端に安心してはいられなくなった。
「まずは食料と金が先決だが・・・・その後は魔法のことが理解できる書物か何かを手に入れる必要があるな」
この三日間で、情報魔法というものの大切さも知った。
やはり、常に自分のステータスを確認できた方が、残りspの残量とかも知れて便利だしな。
もう一度あそこに行くのは気が進まないが・・・・冒険者ギルドで使われていた水晶玉。
あれは手にしただけで、ステータスが分かるという代物だった。
あれも、盗んでおくには越したことがないだろう。
「何だか勇者っていうよりは盗賊みたいになってきたな」
思わず、今の俺の姿に笑ってしまう。
「ま、盗賊でも何でも良いな。この世界で生き残ることができれば、それだけで俺の勝ちだ」
そう口にし、俺は食料と金を手に入れるべく、露店へと足を運んだ。




