38:ジョーカーさんは知りました
「うーっすっ」
俺はいつも通り、教室に入った。そして、入るなり、座っているミナルトを見つけた。
「湊!」
俺が叫ぶと、ミナルトはゆっくりと振り向いた。そして立ち上がって、俺の傍までやってくる。そして、俺に顔を近づけきた。いや、正確には耳元に顔を近づけてきた。
「きゃー」と黄色い歓声。おい、こら! 勘違いするな! しかも何で嬉しそうなんだ!
「後で、屋上に来い」
ぼそりと呟くミナルト。いつもと雰囲気が違っていた。俺も小さく「分かった」と頷いた。多分、湊はアイリスに教えたくないのかもしれない。
昼休み。もちろん、俺は屋上に来ていた。屋上には既にミナルトが来ていた。あー、少し暑くなってきたな。
「で、どうしたんだよ」
「ああ。ディーラー様に聞いてきたよ。今は、あいつに制限をつけているんだって」
「制限?」
「つまり、しばらくはアイリスが狩人モードになれないんだ」
「へぇ。また、しばらくしたらなれるようになるのか」
「……多分な。でも、ディーラー様はそんな気がないようなんだ」
「はぁ?」
「ディーラー様はアイリスをまるで自分の子供のように大切にしてるんだ。アイリスは才能もあるし、孤児だし、幼い頃からディーラー様の傍にいるし……で、ディーラー様は言ったんだ。あいつには、一度世界を見てもらいたいって」
「はあ? 世界を見てもらいたい?」
「ああ。篠塚陽向を狩るのはしばらく後で良い。ジョーカーはまだ自分の力に気付いていないから。アイリスはもっと人間界というものを知れと」
「……」
俺は思わず絶句した。え? つまり……特に心配なし? しばらく帰れないだけ? そんでもって俺はしばらく狩られないんだよな?
「やったぁぁぁぁぁぁぁ!」
思わず両手をあげて喜ぶ。当たり前だろ? ただ一人居候が増えただけで今までと変わらないんだぞ! そりゃ嬉しいッツーの!
「今日は鍋で決定だな!」
俺は屋上の扉を開けた。
「おい、待てやこら」
「なんだ?」
「じ、実は俺も、狩人になれなくなった」
「……そうですか」
「それだけ!?」
これが漫画だったら、ミナルトの頭の上にガーンというテロップが映っているような泣きそうな表情になるミナルト。
「こほん。それと、もう一つ」
「ああ。なんだ」
「お前はジョーカーとしてどうなんだ」
「はあ?」
「自分の能力についてどう思う? ディーラー様が言うにはお前は世界の命運を持つほどの能力があるらしい」
「…………どーもしねぇよ。世界だと? んなことどーでもいいわ。俺は、聖上高校で普通な生活を送って友達に囲まれてそれなりに楽しく過ごすんだよ。俺はもう、どんな命でも自分の手で消そうとはしないぜ? お前だってそうだ。お前は死神で俺は普通の人間。いや、ジョーカー。俺らは敵同士だけど、絶対にお前を殺すつもりはない。どんなにこの能力を使えるようになったとしてもな。もし、自分の身を守るために誰かを殺す事になるなら、俺は、自ら命を絶つよ」
「……」
無言で俺を見てくるミナルト。俺は、一つ息をついた。
「なあ、お前は大切な人が自分のせいで亡くなったのを見たことがあるか? 本当に大切な人で、好きで好きで仕方がなかった人を自分の手で殺した事があるか?」
「なっ…………ねーよ」
「まあ、そうだろーな。それが一番だ。俺もさ、半分くらい記憶をなくしちまったんだけど、アイツを俺が殺す夢を俺は何度も見てるんだ」
「アイツ……?」
「ま、そーいうこった。俺は誰も殺さねーよ。あ、同情すんなよ? 俺はこういう不幸には慣れてんだからよ」
俺はミナルトに背を向け、ひらひらと手を振った。そろそろチャイム鳴るしな。
「おい、ジョーカー! いや、陽向!」
ミナルトが叫ぶ。俺は立ち止まった。
「いいか、よく聞け! 俺は死神で何人も人を殺してきた。生憎、大切な人を失ったことなんてない。でもよ、そういう経験をしてる奴は、死神でもいるんだよ! アイリスもそうなんだ! 死神も一緒なんだ! 覚えとけ!」
ミナルトの必死の叫びに思わず吹いてしまう。
「ああ、覚えておくよ」
俺は屋上のドアを開け、中へ入った。
そして――――
ガチャン。
鍵を閉めた。後から、「ジョーカァァァァァァ!」という怒りの遠吠えが聞こえたのは言うまでもない。
今回は少しシリアスです。次回はいつもの日常を文化祭までしばらく書きます。




