30:死神さん撃たれます
入ってきたのはもちろん、天使だった。
「逃げても無駄だよ? しかも、追い詰めた」
「ちっ。いいのか? こんな派手に音だして。先生がやってくるぜ?」
「部外者? 部外者にはこの銃声は聞こえないんだ。というよりも、空間を変えている。つまり、パラレルワールドみたいになっていて、ここはもともと先生が一人もいないという空間に作り変えてるんだ」
「そ、そんなことできるのかよ……」
「まあね」
天使が笑って、教室へと足を踏み入れる。俺は、筆箱の中から鉛筆を取り出した。
「そんな木の棒でどうするの?」
「この筆箱の中には10本も鉛筆が入ってるんだ。シャーペンもあるけど、俺優等生だから」
案の定、天使が笑う。俺は鉛筆を三本取り出し、先端を天使に向けて構える。天使はそんな俺の姿を見てますます笑い始めた。
「でも、その木の棒じゃなにもできないねぇ」
くそ。狩人モードの時のミナルトみたいで苛立つ。
ともかく、狙われてるのは俺一人だ。アイリスをどうにかして逃がさないと。
俺は、無言で鉛筆を天使に向かって投げた。天使は笑ったまま「効かないよ」と銃の持っている手で鉛筆を払った。
今だ!
油断をし、隙が出来た天使に俺は突っ込んだ。そして、そのまま、押し倒し、銃を持っている手を抑える。驚いた天使はパンと発砲し、銃弾が俺の頬をかすめた。
「あっぶねぇ!」
「は、離せ!」
「離せと言われて離すバカはいない! ほら、アイリス逃げろ!」
アイリスはまだ震えて、俺を見ていた。俺は、もう一度「アイリス」と叫ぶ。やっとの事で、アイリスはふらふらと俺の方へやってきた。
そうだ。そのまま逃げろ!
「ひ、陽向を置いて逃げれるか!」
アイリスが首を振る。
「お前、バカだろ! このままじゃ、お前も道連れだっつーの!」
「うるさい! 黙れ! お前の魂を狩るのはこのあたしアイリスだぁ!」
アイリスは逃げようとせず、一歩ずつ、暴れ始めている天使の方へ近寄ってきた。
「バカ、あぶな――――がっ」
危ないと言おうとしたところで、天使の拳が鳩尾が入り、一瞬意識が飛んだ。
「陽向!」
力が緩んだ隙を見逃さす、天使は楽になった銃の持つ右手に力をこめた。パンと一発放たれる。
俺は、ゆっくりと銃口が向いている方を見た。
銃口は、アイリスに向いていた。
スローモーションのように、大きく目を開け、驚いているアイリスが倒れていく。
「アイリス!」
俺は、急いで、アイリスのほうへ寄った。
「おい、銃声がしたぞ!」
俺がアイリスに近寄ると、天使の背後から声がした。
「ミナルト!」
「おい、アイリス! って、お前はこの間の天使!」
「どうしたの、篠塚くん――きゃぁ!」
やってきたのはミナルトと御井だった。ミナルトは即座に天使に反応し、天使の右手を両手で掴んだ。御井はその横で、アイリスと俺と天使を交互に見ている。
アイリスのわき腹からじわじわと血が染みてきていた。
「アイリス! アイリス!」
懸命に呼ぶが、アイリスは目を閉じたまま一歩も動かない。
「うがっ」
やがて、また悲鳴があがり、蹴りをいれられたミナルトが倒れる。
「ミナルト!」
ミナルトはどうやら、意識をなくしたらしい。呼吸はしているらしいが、動かない。御井は今にも泣きそうな声で悲鳴をあげた。
天使がゆっくりと銃口を俺に向ける。そして、パンと一発放った。
「がっ!」
銃弾は俺の肩を抉った。意識が飛びそうなほどの鋭い痛みが走り、ぶわっと血が噴射する。
「あはははははっ。この、人を殺す感触。たまらないよ! 決めた。俺は、一人ずつ殺していこう。ここにいる人全員。そして、ジョーカーを最後にして、ジョーカーには人が死ぬということの絶望を味わって死んでもらおうか」
天使は狂ったように笑い始めた。