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平凡な王子殿下は素敵なあの子と婚約破棄したい

作者: 加上汐

 穏やかな昼下がり。ひどく真面目な顔で本を読んでいた青年は、パタンとハードカバーを閉じるとおもむろに立ち上がった。

「これだ!」

 天啓を得たように叫ぶ彼にそばにいた別の青年がうろんげな視線を向ける。

「これしかない。弟は王太子になれるし、彼女は幸せになれる。一石二鳥だ」

「あなたはどうなるんですか、殿下」

「王位継承権を剥奪されて幽閉される!」

 意気揚々と答えた青年――この国の第一王子である彼に、側近の貴族子息はため息をついた。

「馬鹿だなあ」

 まごうことなき馬鹿だった。周りのことをどうして考えられないのだろう。本当に馬鹿である。

「まあ、お前には迷惑をかけるかもしれないな。今のうちに側近やめて弟のところに行くといい。実行にはしばらくかかるからな」

「……。で、何を考えついたのです?」

「うん。この本は今はやりの恋愛小説なのだが、貴族の庶子だった娘が王子に見初められるというものなんだ」

「ありがちですね」

「ここまでならな。しかし王子には婚約者の令嬢がいた」

「浮気じゃないですか。最悪ですね」

「最低のゴミクズ男だ。こんな奴が王になったらたまらないだろう。しかも娘が令嬢にいじめられたと嘘をつくのを真に受けて人前で令嬢に婚約破棄を突きつけるんだ」

「なるほど、人間以下」

「人間以下の王子に令嬢は当然反論し、他の者も令嬢を支持し娘の悪事は暴かれる。王子は最終的に身分を剥奪され幽閉。令嬢は迎えにきた初恋の相手と幸せになり、王位は王子の優秀な弟が継ぐという話だ」

 王子が説明を終え、側近はなるほどとまた頷いた。

「それを実際にやるんですか?」

「だって手っ取り早いじゃないか。私に近づく令嬢の中できな臭い家の娘は誰だろうか。個人的にはあの男爵家の娘などいいと思うのだが。いや、他国のスパイが釣れると戦になって逆に面倒だろうか……」

 馬鹿げた話に真剣になり始めた王子に、側近はため息をついた。

「あなたは婚約者殿に婚約破棄をされたという泥を塗るおつもりなのですか?」

「それは……。確かに汚点になるかもしれないが、私がどうしようもない馬鹿なら私のせいになるだろう。彼女が将来的に結婚する相手は先に見繕っておいたほうがいいな。初恋の相手とか聞いたことあるか?」

「そんな都合のいいものはないですね。そもそもあなたの婚約者と初恋の相手の話などするわけないでしょう」

「む……。では彼女の兄と友人に探りを入れてみるか。彼女が選んだ相手なら問題ないと思うが、彼女を幸せにできる者でなくてはならん。高位貴族が望ましいが、そうでない場合はなんらかの格上げをしたほうがよさそうだな。人格に問題ないかも調査せねば」

 ブツブツとつぶやいていた王子はそこで顔を上げると、ハッとした表情で側近を見た。

「お前もなかなかいい物件だな」

「物件とか言わないでください。馬に蹴られる気はありません」

「何!?やはり彼女には想い人がいるのか!」

「いるというか……」

 やれやれと側近は肩をすくめた。そして静かに諭すように王子に声をかける。

「そもそもですね、殿下。なぜあなたは弟君に立太子してほしいのです」

「あいつの方が優秀だからだ。民のことを思えばあいつが国を治めるべきだ」

「まあ、確かに優秀な方ですよ。天才と言っていい。一方であなたは顔も頭も平凡で努力するのもそんなに好きじゃない。あと自己評価が低い」

「お前の言い方でさらに自己評価が下がったのだが!?」

 自覚してはいるが、はっきりと言われると凹む。王子はがっくりと肩を落とした。この側近の好ましいところはずばずばと意見を言ってくるところだが、一方で繊細ではないが図太くもない王子が凹むことも多々あった。

「まあ聞いてください。ですがね、殿下。あなたは他人を思いやれるお方です。弟君は天才で努力家であるがゆえに他人にもそれを求める厳しさがあります。厳しすぎるのです。理想だけで国家は立ち行きません」

「……私の方が王に向いていると言うのか?」

「あなたは平凡ですが人を気遣えますし、素直ですが人を疑えますし、怠け者ですが義務を果たそうという責任感はありますからね。まあ、個人的にはあなたの方が向いていると思います。弟君もわざわざ波風立てたいと考えていないようですし」

「うーん」

 言われてみるとそんな気もする。王子は腕を組んで唸った。昔から王になんてなりたくなかったのに、こんなふうに説得されかかってしまうのはやはり彼女の存在が大きいのだろう。

「で、次に婚約者殿のことです。あなたが幸せにするという選択肢がないのはなぜですか?」

「フラれたからだ」

「は?」

 予想外の答えに側近は眉を上げた。王子は淡々と答える。

「私のような者に嫁ぎたくないと言われたのだ」

「……いつですか?」

「婚約を結んだばかりの頃だな」

「子どものたわごとですよそんなのは!」

 王子が今の婚約者と婚約したのは互いに七歳のときだ。七歳の子どもの発言をずっと真に受けているのかと側近は頭を抱えたくなった。

「そうか?子どもの時だからこそ率直な意見を言ってくれたのではないか?今の彼女は立派な淑女だ。いや、昔からそうなのだが、とにかくみなの手本であろうとする彼女は婚約者と一緒になりたくないなど駄々をこねることはできないのだろう。ならばこちらから彼女を解放すべきではないか」

 王子はあくまで真剣だった。側近は眉間を揉みながらどう説得しようかと頭を回転させる。

「その時の状況を詳しくお聞きしましょうか」

「うん。あれは私と彼女の顔合わせがあった日だった――」

 王子はそう語り出した。


 ――あの頃から私は王になりたくなかった。だって王なんて大変だろう。うかつな発言はできないし……今している?とりあえず黙って聞いてくれ。うかつなことは言えないし、下した判断が多くの民に影響することもある。そんな責任負えるわけないと思ったのだ。

 なんで王の長子として生まれたからとこんな重責を負わなくてはならんのかと憤っていたわけだ。今もまあまあそう思っているのだが。

 そんな中、私と彼女の婚約が決定した。彼女は侯爵家の姫君で、侯爵家がいずれ王になる私の後ろ盾になるのだと分かって私は愉快な気分ではなかった。王になりたくないのに周りが担ぎ上げてくるのだ、普通に嫌だろう。職業選択の自由が切に欲しかった。

 初めて会った時――もちろん今もだが――彼女はたいそうかわいかったので嬉しい気持ちはあったが、それよりも私はいじけていた。拗ねている私に彼女が気遣って尋ねてきたのだが、私は情けなくも彼女に八つ当たりをしたのだ。どうして自分が王になんかならなきゃいけないのかと。向いてないし、生まれだけで決められるなんてたまらないだろう。

 そうしたら彼女はこう答えたのだ。

「まあ、では平民にお生まれになった方がよかったのですか?その日食べるのに困るような暮らしがしたかったのですか?今まで悠々と生きてきてその恩恵がどうして与えられているのか考えたことはないのですか?権利には義務があることをご存じないのですか?」

 まあ、その通りだな。とはいえやっぱり納得いかなかった。今も納得しているわけじゃないぞ。私は望んで王子に生まれたわけではないのだからな。傲慢だとはわかっていても、そう思うんだ。

 なにせ私は平凡な人間だ。常に国にとっての最善を選び取ることができるとなんて思えないし、判断を誤ることだって考えられる。それが恐ろしいのだと言うと、彼女は首を傾げた。

「なぜ一人ですべて抱え込もうとされるのですか?国王陛下――殿下のお父君だって一人で何もかも決めているわけではありませんでしょう」

 これもその通りである。仮に陛下がなんでも一人で決めていたら独裁だな、それは。そんなことに思い至らないほど私は視野が狭くなっていた。

「自分勝手な人だわ。あなたは悲劇の主人公ではなくってよ。わたくし、あなたのような方とは結婚したくありません」

 そしてぴしゃりと告げられて、私は思ったのだ。

 彼女は正しい。この素晴らしい女の子を自分の妻にするにはもったいなさすぎる、とな。


「それがフラれた経緯ですか」

「そうだ」

「自分勝手なところ、全く直っていませんね」

「うぐ」

 側近に容赦なく言われて王子は唸った。少しは改善したつもりだったのだ。周りに色んな人を置いて意見を聞けるようにしたり、できないことは任せられる相手を見つけて任せたり。王子は努力家ではなかったので、自分ができるようになるより誰かにやらせる努力のほうが向いていた。

「い、いや!直っていないなら私のような男は嫌だろう!つまり婚約を解消すべきだ!」

「開き直らないでくださいよ。確かにその通りかもしれませんけど」

「そ、そうだろう!」

「泣きそうな顔しながら肯定しないでください」

「うう……」

 ボコボコにされながら王子は心の中で涙を流した。わかっている、自分はダメな人間だ。ダメだから王にふさわしいと言われてもちょっと信じられないし、婚約者に初対面でダメ出しされフラれた傷はけっこう深かった。

「殿下、しかしですね。十年以上もあれば人は心変わりするもんですよ。今の婚約者殿は殿下のダメなところを良しとしている可能性もあります。私のように」

「お前、急になんだ?私が好きなのか」

「ええ、あなたにお仕えしたいと思っていますよ。なので馬鹿なことを考えるのはおやめください」

「ありがとう。しかし、彼女はだな」

「では聞いてきます。あなたに直接言えずとも、私に言うことはできると思いますから。私と婚約者殿は親戚ですからね。あなたと出会う前から彼女と面識はあります。ええ、かわいい妹のようなものですよ」

「なんでマウント取ってくるんだ?悲しくなるぞ」

 王子が顔をしかめるのにも構わず側近はさっさと立ち上がった。サロンを出て行くのに王子もこっそりついていく。傍から見ればバレバレだったが、本人にとっては尾行だった。

 王子の婚約者である侯爵令嬢は図書館にいた。側近は彼女を図書館の人気のないテラスに誘い出し、二人で腰を落ち着けた。もちろん二人とも王子がいることには気が付いている。

「さて、あなたの婚約者の話ですが、どうやら殿下はあなたが自分を見限っていると思っているようなのです」

 親しい仲の相手だ。前置きなくざっくりと本題に入った側近に、令嬢は「まあ」と首を傾げた。

「わたくし、殿下が不安に思うような軽率なことをしましたでしょうか?」

「いいえ、まったく。あなたはよく殿下を立ててくれていますし、殿下もあなたを慕っています」

「そうですわよね。すてきなドレスをプレゼントしてくださいましたもの。あの方、あんまり褒めてくださらないのだけど、表情で何を言いたいのか分かりますわ。かわいらしいお方ね」

 ころころと鈴の鳴るような声で令嬢は笑う。王子は陰で顔を真っ赤にしていた。自分の贈ったドレスを着こなす婚約者があまりにかわいくて美しくて可憐で天使のようで褒めたい気持ちでいっぱいだったのだが、恥ずかしくて何も言えなかったのだ。意気地がないのである。

 後で手紙にしたためたのだが、口に出さなくても顔に表れていたとは。どうせバレているなら今度からはちゃんと口にしようと王子は決意した。

「しかしですね、殿下はあなたが初対面の時に言った殿下に嫁ぎたくないという言葉を真に受け続けているんですよ」

「まあ。それは……わたくしのせいですわね」

「どうでしょうね。で、実際どうなんです?他に想っている相手がいたりするのですか?ここだけの話にしますからどうぞ率直に言ってください」

 つまり王子が聞いていることも込みである。令嬢は穏やかに微笑んだ。

「昔のわたくしはちょっと夢見がちだったのです。王子様はとってもかっこうよくて、なんでもできる存在だと思っていましたわ」

 けれど、と続ける。

「あの方は自分ができないことを理解しておられました。そっちのほうがずっと尊いのだと今ならわかります。あの方がわたくしに八つ当たりしたように、わたくしもあの方に八つ当たりしましたの。愚かな子どもですわ」

「見限らないだけマトモだと思いますよ」

「そうでしょうか?とにかく、わたくしは殿下以外との結婚なんて考えられませんわ。あの平凡で素直で面倒くさがりで自己評価が低い素敵な王子様を誰にだって差し上げるつもりなんてありませんもの」

 令嬢はくるりと振り向いて、極上の笑顔を王子に向けた。

「なんでも一人で抱え込まないでくださいと言ったではありませんか。まだわかってくださらないの?殿下」

「き、気づいていたのか!」

 王子は本気で驚いていたが、王子以外の者はぬるい視線を彼に向けた。

「で?何を計画されていたのかしら。ちゃんとお聞かせくださいな。秘密にするなんて悲しいです」

「そ、それは……」

「殿下?」

 婚約者に詰め寄られてたじたじになった王子は洗いざらい告白するはめになった。王子の計画を聞いた令嬢はため息をついてこう言った。

「あなたを差し出すにしては見返りが微妙すぎますわね。あの男爵家を釣るならもっといいアイデアがありましてよ?」

 ダメ出しをされた王子は素直に肩を落として、そして彼女のアイデアに耳を傾けた。

 平凡な王子の企みが賢く美しい婚約者の前で成功することはないのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 切り口が斬新!! [一言] 王子は人材を見出す力も、配置する力、 そして何より大事なのは、信頼する力があるので、 本人が思っている以上適任だと思いますよ(*^^*)
[一言] 王子がずっと可愛いらしかったです( *´艸)
[一言] 周囲に自分よりも優れている人間がいると相対的に自己評価が低くなるものなのかな。 その人の性格もあるんだろうけど。 肯定してくれる人が側にいると少しは違うと思うけど、その言葉は彼の胸には届か…
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