1-7 男のロマンには男のロマンが詰まってる
「まさかお前に女ができるとはねぇ……驚きもんだ」
「女じゃねえ。姫だ」
「そんなに変わらねーよ」
フォークに身を貫かれた天ぷらが俺を指す。と、思ったらすぐに目の前にいる男の口へと攫われていき、二度と帰ってはこなかった。
もしゃもしゃと天ぷらを咀嚼する音だけが響いた。いや嘘だ。
周囲の喧騒にほとんどかき消されている。
そしてそれをさらに上書きせんと、大きく蕎麦をすする音を鳴らした。
「倫太郎もホント好きだよな。天ぷら蕎麦」
「キョウの卵焼き好きには負けるさ。というか僕の目的は天ぷら。蕎麦はあくまでそのおまけだ」
「その割には量がおかしいけどな」
御堂 倫太郎。この大学でもなかなかに有名なそいつの目の前には、俗にいう富士山盛と言われるほどの量の蕎麦が積みあがっていた。それに呼応するように、海老、烏賊、南瓜、茄子。様々な天ぷらも同じくピラミッドを作り上げていた。
ししとうだけは辛いから入れてないらしい。
相変わらずおかしい胃袋をしている。なんでそんなに食えるんだか。
俺は卵で出来た黄色い山を切り崩しながら訝しんだ。
天地大学総合科。ここならなんでもできるをモットーに創られたらしい大学。そこの学食では幾人か食癖により有名なものがいる。
一人が、目の前にいる【蕎麦界のファラオ】。御堂倫太郎。
一人は、なぜか俺。【鶏】
そして俺の居るもう一人が、【ジャングルモンキー】。名前は知らない。
というか結構侮辱名が多いと思う、なんだよ鶏って。俺はチキンじゃねえよ。
まあその名のおかげで俺は倫太郎と仲良くなったんだが。
「そういやさ、そのお姫様とはどこで会ったんだよ。お前大学来るとき以外あんま出歩かないだろ」
「……とあるゲームの中だよ。姿も美しいが、なによりその声だ。鈴を転がすような、なんて言葉じゃ足りない、それこそ国宝とすべき美声。今も耳に残り、俺をいやしてくれる天使の姫様だよ。ノーマルだったはずの性癖が声フェチに変わった、それほどだ。胡散臭い不審者の言葉につられて彷徨っていたところを導いてくれたのだ」
「……お前そんなキャラだっけ」
こうも姫の素晴らしさを熱弁しても、彼には伝わらないか……。嘆かわしい事だ。そういえば、倫太郎はNOFをやっているのだろうか?
いや、バイクいじりに精を出しているだろうからやってないか。布教はまたの機会にしておこう。
でも、そもそも調べても出てこないゲームなんて勧めようがないか。
自分自身どんな経緯で手に入れたのかいまだにわからないし、多少怪しかろうが姫の居る世界からそっぽを向くわけにもいかない、どんなことをしてもう一度あのお声を拝啓したいものだし。
今度は許可とって録音機でも持っていこう。そもそもあの世界に録音機があるのかは不明だけども。
ああ、今すぐにでも姫を探しに出かけたい……。どうせこの後授業も無いし、この最後の卵焼きを食ったらさっさと帰って……。
世界が、スローになった。
危機察知と言う奴なのか、ゾーンと言う奴か。嫌な予感が迫ってきたと思ったら、肩に衝撃。
ゆっくりとしか動かない眼球を精一杯動かすと、見慣れない人が俺にぶつかってきたようで。
そして、今俺は箸で卵焼きをつかんでいる。そこから導き出される結論はひとつっ!
「ぎゃああああ! オォレェの飯ぃぃぃぃぃ! 」
それはもう……見事に吹っ飛んだ。当たり所が悪かったのと力の方向性の問題か何かで、箸からすっぽ抜けた小さな金塊はそのままテラスの外へ飛んでいき、学校内の道路に落ちる。
そのあとは……地獄だった。地に落ちる金塊に気づかぬ愚図どもによってじわりじわりと踏みつぶされ、アスファルトのシミになっていく。踏んでいるとは全く思ってもいないようで、そのまま残骸を足裏につけて去っていく。
あァ……なんと、なんと卑劣な……このような行い、許されざる大罪っ!!!
「よくも……」
「あ?」
「よくも俺の大切な飯を……」
この悲劇の真犯人、目の前に立つ名前も知らない男。
不良を思わせる三白眼、地味に着崩したワイシャツ、トレーに積まれたアンパン!いかにも殺人事件の犯人らしい風貌。
知っているか? 食べ物の恨みは恐ろしいということを……!
「おっ誰かと思ったらカズか。不可抗力とは言え飯関係でやっちまったんだ。キョウに謝っとけよ? 」
「誰よその男」
「僕の知り合い」
「ちがう。人違いだ」
そのカズとやらは否定してるが。いささか雰囲気が柔らかくなった気がするが、そんなことは全く関係ない、謝ったとしても罪の鎖はお前を縛り続ける、お前は罪悪感に押しつぶされ、お前が奪った命の二倍を献上することでしか罪を清算することは────
「……すまなかった」
「じゃ、今度良い店連れてってやっから」
「よかろう」
失われたものにいつまでも固執しては意味がないのだ。大切なのは、その犠牲をどう次につなげるか。
つまり感情ではなく損得勘定で動けということ……。
和久というらしい倫太郎の友人に今度おごらせることが決定したうえで、倫太郎が出汁系の専門店に連れて行ってくれるらしいことが決定し、つまりあの尊い犠牲一つでこれだけの幸運が舞い込んできたというコトだ。
これが命の賭け……。
なんと甘美な響きよ……。あの者は人類の発展のための礎となることが出来たということで納得してもらおう、そうしよう。
飯を食い終わって倫太郎達と軽く話した後、そのまま解散という流れになった。
みんな用事があったらしい。和久は理系の方らしく、まだ授業があると言って去っていった。
少し話して悪い奴じゃないとわかったからには、俺も心の中でのあの罵倒を取り消そう。
そんな下らん事より、姫に会う方がよっぽど大事だ。
「ん」
適当なビルの看板を眺めながら歩いてたら、倫太郎だ。路地の方にこそこそと、周りを探るように入っていった。
なにやってんだ……?
追いかけてみる。友人のプライベートを探るべきではないのかもしれないが、気になったから仕方がない。
ぬっ……と家政婦が雇い主の不祥事を見てしまった、かのような姿勢で路地を覗く。
倫太郎は俺に背中を向けているため、表情はうかがえない。手には何かを持っていて、それを……あれユニットじゃないの。
『エナジーチャージ』
末端から浸食されるようにして薄い青のスーツに覆われていく。
頭を残してぴちぴちのダイバースーツのようなものが倫太郎を覆うと、肩、胴、手首、足首などにプロテクターが3Dプリンターのような工程で纏われていく。
全てに共通して、へこんでいたり、何かを引っかけるようなデザインなので、どうにもプラモデルのジョイントパーツを連想させた。
最後に頭にも何か骨組みが形作られていって。色々複雑に編み込まれていたのだが……俺の予想とは反して無骨なフルフェイスヘルメットになった。
『チェンジ!エナジーオブ【二輪】!』
予想が当たった……。あいつもNOFやってたのか……でもなんでこんなところで。
「そこのお前。プレイヤーなら向こうでやろうぜ。こっちじゃ満足にできないだろ」
「あっ、待て」
言い放つとほぼ同時に倫太郎は魔法陣のようなものを展開して光に包まれていった。
戦闘意志など全くないが、慌てて俺も変身して追いかける。あいつもNOFやっていたのか。
俺のとはまた違った魔法陣っぽい光のサークルは俺を拒むことは無く、同じく光で包んだ。
直後、何度か味わった浮遊感。
NOFにログインする。
途中で思ったのだが、身体……どうしよう。
主人公と並び、かつ軽口をたたきあえる親友キャラっていいですよね