1-4 ちょっと変わったチュートリアル
脳内でパズルが作られていく。
あいつの発言。すべてがピースだ。
あいつは俺の経験と合致するようなことを口走っていた。
この時点で怪しい。なぜそこで正解に行きつかなかったのかがおかしい。
そして、『そんなやつじゃないだろ』。明らかに俺を知っている。
信じたくなかった。だが……。あいつは……。
「お前は……千羽なのか? 」
「やべ」
ビンゴオオオ!
俺の現在の性格を形作った元凶、三十路の癖に子供と同レベルの喧嘩をする精神年齢小学生。
やたらと俺の好物にガラムマサラをはじめとする香辛料をぶち込む舌が死んでるのか度が過ぎた悪戯なのかわからない奴!
「ばれちまったらしょうがねえな鏡衛。そうだよ。みんな大好き十鳥千羽さんだぞ悪いかァ!? 」
「てめえ許さねえ!正体が分かったならこっちのもんだ!よくもやってくれたなァ!? 」
「待て待て待て俺はお前の為を思ってぎゃああああ!!!! 」
俺にバレたとわかり、精神的な隙ができた途端。そこにチャンスが生まれる。
色んな感情がごちゃまぜになってはいるが、それ以前に人様に迷惑をかけたなら、それ相応の罰ってものがあるんだ。俺はともかく、クロにまで襲い掛かったんだ。
身内のやらかしに対しては身内がケジメつけなきゃな。
渾身の正拳突きをもって、不死鳥はまた空へと舞った。
「で、なんで襲った」
「言えない、言わない、言わせないの三原則って知ってるか?」
「お前が今作ったんだろ知ってるよ」
十鳥千羽という人間は極度の甘ちゃんだ。あと悪戯事をするときはバレたらやめるタイプの人間だ。
だから先ほどの迫力なんて微塵も残さず、俺の前でしおらしく正座をしていた。
あそこまで演じ切った度量……本当の感情だったのかもしれないが、ここまでやっておいてバレた途端に全て投げ出すというのは一周回ってすがすがしさすら感じさせる。
「まさかあなたたちが知り合いだったとは。類は友を呼ぶという奴でしょうか」
「お前が千羽と知り合いだったことに俺は驚きだよ」
ぬっと巨大な影が差す。出したはいいもののほとんど使われなかったアミュザント。
それにまだクロは乗っている。再召喚にもリキャストタイムと言う奴が必要らしいのでそのまま出しておくらしい。
「クロスヴァ―トはまあ俺も知らぬ仲じゃねえというか世話になり世話を焼いてやったというかなんというか。それよりもさー鏡衛―。見逃してくれよぉー謝るからさー。また今度そっち寄った時に飯でも作ってやるから」
「次の飯よりお前が俺と知っていて襲った理由の方が大事だよ。それに急な失踪の理由」
「じゃあ、交渉決裂だな」
チリっと。千羽の背後で火花が散ったかと思えば次の瞬間には千羽は俺の眼前から消え去っていた。
油断した。珍しく早々に観念したとおもったらやっぱり反省してねぇ! 縛っておくべきだったか。
現実よりはるかに高い身体能力を持った奴に効くかどうかは抜きにして。
「はーっはっはー! 真実を知りたきゃ追いかけてこい鏡衛!俺様のふかーい理由を聞くにはお前はこの世界を知らなすぎるんだよ! 俺は主人公クンを導く仙人ポジだからなっ! 次のイベントに進むにはちゃぁんとフラグ回収して来いよ!」
「いちいちゲームに例えんじゃねえよ……」
大空に金と紅のX字を描きながら千羽は飛んで行った。
なんだかんだで逃げ足が速いのがタチが悪い。このゲームにおいても逃げやすい、鳥の要素のあるアバターが与えられたのは何の因果だろうか。あいつが望んだのがこんな姿だったのは驚きだったけれども。
「行っちゃいましたね」
「癪だがあいつの言ってることにも一理ある。当面の目的としてはここを見て回りながら千羽探しってところか。ここから一番近い街は?」
「ああ、NOFでのマップは現実を基にしてますから特にここが街、というくくりはありませんね。それと……」
「チュートリアルはここでおしまいってか?」
「残念ながらまだ続きます。説明してないところがありますので」
確かに、千羽が乱入してきたからうやむやになっていたが、まだチュートリアルの途中なのだ。
いわば俺はそこそこの教育を受けたら満足して飛び立とうとしているイキリ散らした雛鳥ってところか……。
「言うことはせいぜいあと二つくらいなのですが……。一つ。アバターにはフェーズというものがあります。使用可能な超必殺の数と同じ値ですが、これはアバター間での戦いや時折出現するNPCとの戦闘においてよく参照されます。例外はありますが。
そして最も重要なのが、フェーズ4になったアバターにはこのゲームに設定されたラスボスのアバター、黒幕と戦う権利が与えられます。倒す倒さないは自由ですが……。このゲームの行く末において、大きなカギを握っています」
「……そんなもの始めに言っていいのか? 」
「チュートリアル指導マニュアルにも書いてあるくらいですし、とりあえずの目的として目指してほしいといったところではないでしょうか」
「目的……ね」
既に千羽がフェーズ4なのだろう。戦っていた時に使用可能な超必殺は四つ、と言っていた。
同じく、既にフェーズ4の奴らはごろごろいるんだろう。もしかしたら、千羽を探す最中に倒されてしまうかもしれない。
でも、サブ目標としてくらいなら、目指してもいいんじゃないだろうか。ラスボスの討伐なんてゲームの中では結構やってきた。多人数が一堂に会するような場所のものはまだだが、これを初めてにしても面白そうだ。
「では、最後に。衛ちゃんの能力は『コピー』です。触れたアバターの能力をコピーできるみたいですね」
「つまり、あの回復能力は千羽の物だったと? 」
「ええそうです。それに、このNOFにおいての能力はそのユニットの親となる人物のパーソナルに起因します。衛ちゃんはどうやらコピーと言う奴がしてみたいみたいですねぇ。なかなかいないんですよ、他者に依存する系の能力」
くすくすという笑い声がアミュザントのスピーカーから漏れてくる。
からかっているのか、本当に面白がっているのか。千羽との戦いで少しはコイツになれたんじゃないだろうか。人となりを理解出来てきた。
「では、これでチュートリアルはおしまいです。これ以降、あなたと会えることはシステム的に確定はされていませんが……。また、会えるかもしれませんね? 」
「あーその、なんだ。ヘルプとかにひょっこりいるとかそういうオチなんてないか? 」
「正真正銘、私はこの身体しかデータベース上に存在しません。衛ちゃんがもしかしたら会うかもしれない相手は、ちゃんと私ですよ」
アミュザントのコクピットの先で、クロが微笑んでいるように思えた。
なんだかんだで面倒見はいいんだよな、こいつ。
「それでは、よきNOFライフを」
ああ、と朗らかに返そうとしたところで、身体がふわりと浮かんだ。
先ほど部屋から外へ転移したときのような浮遊感。テレポートの前兆。
というよりこれは、強制ログアウト。
俺と言う存在がNOFから現実へ引き戻される。
「どうゆうことだ……?」
そうつぶやいた時にはもう……。俺は【虚構】ではなく神無月鏡衛に戻っていた。
強制ログアウトというのはオーレンの機能の一つ。VRに潜っている最中に現実の身体に何かあった際に起動するものだが、別段身体に異常と呼べるものは見受けられない。
あるとすれば少しばかりの空腹感と喉の渇きくらいか。
チュートリアルが終わったら画面がブラックアウトするなんて昔の壊れやすいレトロゲーかってつっこんでやりたい。
時計を見ても、俺の最後の記憶から一時間と少ししか経っていない。
だったら、またNOFに入りなおしても大丈夫だろう。
千羽だって、どこからログインしているのか全く持って見当もつかないから、あいつの
言う通り見分を広めた方が近道だろうし。