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2段目 奈落の底の蜘蛛の糸

前回のあらすじ

 階段落ちで異世界に巻き込まれ転移した幸子。

 不運のせいで階段ガチャはSR(Safety Returnの略)確定じゃなきゃほぼ即死。

 泣きたい。

 階段。


 それは、人が高低を行き来するために作られた、段差の連なりである。


 人は空間を三次元的に利用するために、多くの階段を作ってきた。

 駅、歩道橋、学校にショッピングセンター。

 地形に合わせた町作りや人口増加による建物の立体化により、日本に階段の無い都市など存在し得ないと言っても過言ではない。


 そして、使われなくなった階段も地球には多く存在する。

 人のいなくなった建物や、ダムや海に沈んだ町。中途半端に解体され、宙に取り残された階段だって多く存在するはずだ。


 そんなところに人が下りれば、運悪く落下し、もしくは溺れ、死ぬことだってありえるだろう。


 そして、それがありえるほどアンラッキーなのが今日の幸子である。



「なるほど。つまり、おみくじを引けば大凶が当たって、ガチャを引けばレアすら出なくて、道を歩けば棒に当たるってことか?」

「ううん、おみくじを引けばくじの先にガムがついてて、ソシャゲを始めたらサービスが即終了して、道を歩けば犬の糞を踏み側溝に落ちて鳥の糞に当たるってことだよ」

「なるほど、運がない」


 幸子が力説すると、ノボルは納得がいったようにしみじみと頷いた。無表情だが。


「それで、本当に連れて行ってもらっていいの? たぶんすごく迷惑かけるよ?」

「ああ、碓井さんを異世界に連れてきてしまったのはオレだ。責任をもって送り返すよ。この世界の事情には割と精通してるから、任せてくれて構わない。観光ガイドだってできるぞ」


 幸子が念を押すように問うと、ノボルは大きく頷いてサムズアップをした。

 随分と頼りがいのあるセリフに、渋られることを覚悟していた幸子は毒気を抜かれた。嫌と言われてもしがみついて離れない心づもりだったが、ノボルという少年は良心的な人物なようだ。表情は一切変わらないので発言の信憑性は微妙なところだが。


「頭は悪いけど、力には自信がある。特技は影分身」

「うわあ、本当に増えて見える。存在する次元ひとつ間違えてない? フィクション(二次元)の話だと思ってたよ。……分身が別々に動いたりする?」

「いや、動きに緩急つけてるだけでオレはひとりのままだから。増えて見えるだけ」


 ファンタジーなのにそこは現実的なのか。ちょっと期待した幸子は見えないように肩を落とした。

 ちなみに増えても無表情は変わらなかった。そのせいで圧がすごい。


「……その、失礼なら謝るんだけど。ノボルくん、表情と中身が一致しない人?」

「ああ、うん。脳の筋肉を顔に移植しろってよく友人に言われる」


 脳筋かつ表情合金といったところか。随分と皮肉屋な友人がいるようだ。

 不機嫌なのかと疑う能面のような顔に、抑揚を忘れた冷めた声色。それを自覚しているから、奇っ怪なボディランゲージで補足しようとしているのだろうか。

 自分の頬を捏ねるノボルを前に、人間のフリをし続けるロボットのようだと幸子は思った。






 地球に帰ることを一度保留にしたふたりは、床に座って濡れた体を拭きながら事情を説明しあった。何故何枚も持ち合わせているのかはわからないが、タオルはノボルが鞄から出してくれた。

 差し出されたタオルは、乾燥機にかけたばかりのようにふんわりとして暖かい。もふっと濡れた顔を埋めて、ゆっくりと息を吐く。



 降旗(ふるはた) (ノボル)。十七歳。


 まず最初にノボルが行ったのは身分の開示だ。

 原動機付自転車運転免許証と高校の学生証。

 見せてもらった二つの身分証が偽物ということは無さそうだ。顔も情報も一致していたし、免許証には透かしも入っていた。


 学生証に書かれた学校名には見覚えがあった。確か、さきほど噴水にたむろしていた高校生と同じ学校だ。地元民らしい。私服であるのを見る限り、休日に活動するような活発な部活動はしていないようだ。ついでに言うと靴は新品に替わっていた。むべなるかな。


 ノボルが年上ということに、幸子は少なからず衝撃を覚えた。

 幸子と大きく変わらない身長と童顔から、同年代だと思いこんでいたのだ。だからこそ敬語を止めたし、名前で呼べた。あからさまに態度を変えるのも失礼なので、もう対応を変えることはしないが。


 彼は階段を使って、異世界(こちら)地球(あちら)を移動することができる。

 しかし、その能力は任意ではなく常時発動される。そのため幸子の階段落ちに巻き込まれた場合でも、幸子を巻き込む形で移動してしまった。

 階段の移動先はランダムではなく一対一。日本のAという階段を通れば、必ず異世界のA’という階段に出る。しかし、A階段の隣にあるB階段を通った先のB’階段は、A’階段の近くにあるかは分からない。すぐ隣かもしれないし、何十kmも離れているかもしれない。それは、異世界から日本へ渡るときも同様だ。


 ノボルにとって階段は二種類存在する。通った経験があり先が分かっている階段と、どこに続いているかが分からない階段。

 ふたりは便宜上、前者を『確定階段』、後者を『ランダム階段』と呼ぶことにした。


 幸子が想定するのは常に「最悪」だ。

 一度『ランダム階段』を渡ったことで、幸子の中でもう一度『ランダム階段』を渡る選択肢は消失した。運任せ(ランダム)という言葉ほど、幸子と相性の悪いものは無い。シュレディンガーの猫は幸子が蓋を開けた瞬間に死が確定する。ならば、幸子が開けると決まった時点で猫の死亡は決まってしまうのだ。つまり、『ランダム階段』は引いてはならない外れ。ならば、家に帰るために通れるのは、『確定階段』だけである。


「ルートを割り出すために、まずここが何処かを確認する。ダンジョンの中のようだから、あまり動き回らないでくれ」

「ダンジョン?」

「見た限り活性化してないから大丈夫だと思うけど。罠があるかもしれないし、魔物も出るかもしれない」

「罠? 魔物?」

「うん。この世界、結構危ないんだ」

「よし、ちょっと待って」


 とんでもない情報がポコポコ出てきた。ダンジョン、罠、魔物。いずれもゲームに出てきそうな単語だ。詳しいことを尋ねたい衝動に駆られるが、所在地を明らかにしてからの方がいいだろう。


「①ここには侵入者向けのトラップがあって、②人を襲うモンスターがいるから、③私はなるべくノボルくんから離れず大人しくしているのがベスト──で、合ってる?」

「そういうこと」


 話が速くて助かる。そう言ってノボルは鞄から地図と方位磁針を取り出し、床に並べた。その傍らで、幸子は恐る恐る床に座り込んだ。

 とりあえず、ここの床にはトラップは無さそうである。


 罠の存在を念頭に置いて周囲を眺めてみると、確かに違和感を感じる場所がいくつかあった。よく見てみると分かる出っ張り。天井に張り巡らされた細い糸。模様を乱す不自然な色タイルは罠かそれともデコイか。とにかく近づかないのがベストだろう。


 他に見るものもないので、ノボルの広げた地図を後ろからのぞき込む。一枚の紙にはひとつ、海に囲まれた大きな陸地が大雑把に描かれていた。

 大陸の東西南に大きな都市の絵が描かれ、その間に小さな町や山川、ファンタジーな動物の絵が載っている。その隙間を縫って、手書きの日本語が書かれた付箋が多く貼り付けられていた。よく使い込まれた地図だ。


「世界地図?」


 地図の端には手書きで縮尺が追記され、『たぶん100km』と曖昧に主張している。その縮尺を信じるなら、大陸は東西に2万km、南北に1万kmほどの大きさだ。その大陸に、先の分かっている『確定階段』は三十弱。随分と心許ない数字だ。


「そう。ひとつの大きな大陸の真ん中に、『天の(きざはし)』って呼ばれる、この世界で一番高い塔が一本立ってる」


 ノボルが指さす先、壁穴から見えるのは、頂が見えないほど高い塔である。細く、白く、まるで一本の糸のようだ。ずいぶんと遠いはずなのに、青空を背景にやけにはっきりと浮かび上がって見える。

 そして地図の真ん中には、先が雲に覆われて描かれない棒が突き立っている。その周囲には真円状の山脈が連なっていてクレーターのようになっていた。


「だから、その塔が見える方角と諸々の特徴的な地形を加味すると、自分の位置も地図から見つけやすい……っと。ここかな」


 針が浮いているファンタジーな方位磁針を片手に、ノボルが指し示した位置は塔の東南、砂漠のど真ん中。


「ゴトー砂漠。周囲に『確定階段』は無い。一番速いルートで、日本に帰るまで1ヶ月ってところだな」

「うわあ」


 どうやら行きからすでにハズレを引いていたらしい。

 いつものことだった。


「こっちの世界は時間の進みが三倍速いから、実際にはその三分の一の一週間ちょっとだけど。学校は大丈夫?」

「まあ、もう私立には受かってるから、1ヶ月くらいなら授業に出なくても大丈夫なはずだよ」

「え、もしかして、碓井さん受験生? 高校受験?」


 ノボルはコテン、と無表情のまま首を傾げる。大げさな仕草は子供っぽく、とても二つも年上には見えない。


「うん、そうだよ。でも、公立はあんまり受ける気ないかな。試験会場に無事にたどり着ける気しないもん。私立も課題提出で受けたくらいだし」

「難儀な体質だなあ」

「ノボルくんに言われたくないかも」


 そうか、春から高校生か。そう呟いたノボルの焦げ茶の瞳に真剣な色味が混じった気がした。

 そのまますっくと立ち上がり、周囲を見渡して言う。


「ゴトー砂漠にダンジョンがあるとは聞いたことがない。たぶん、ここは不活性になったダンジョンなんだと思う。活性化しているなら、精神に作用して誘蛾灯みたいに人を呼び込むはずだから」


 なんだか怖いことを聞いた気がする。


「動力が絶たれてるし、魔物のリポップも途絶えてるから罠も魔物も心配しなくて良さそうだ。オレは、少し周りの様子を見てこようと思う。碓井さんはどうする?」

「役立たずでよければご同行したい所存!」


 得たいの知れない話を聞いてしまっては、ひとりになる選択ができるはずもなかった。

 どちらでも良かったのか、幸子の希望をノボルはすんなりと受け入れた。ただし、ノボルから渡された香炉を手放さないという条件付きで。


 自然な動きでウエストバッグから取り出されるのを見たが、香炉である。

 シュークリームの紙箱をノボルに預かってもらい、矯めつ眇めつ眺めてみるが、立派な磁器であることしかわからない。


「コンビニが徒歩圏内にないド田舎の生まれだけど香炉は初めて見たよ」

「この世界のものだからな」


 魔物避けの香なのだと、ノボルは火を点けながら教えてくれた。

 割れ物に苦手意識のある幸子は不安になって言葉を足した。


「私、卵とガラスと陶磁器を割ることに定評があるんだけど」

「それは魔ゾウが載っても壊れないマジカルなアイテムだから安心して」

「魔ゾウ……?」


 詳細はわからないが、とても頑丈らしい。


 ともあれ、幸子はノボルの背後から離れないように移動する。

 脆く風化した遺跡は壁に穴が空き、風が吹き抜ける音がヒュウヒュウとあちらこちらで鳴っている。

 吹き付ける風には砂が多く混じっていて、頬に当たる感触に目を眇める。下手をしたら失明しそうだ。

 手のひらで顔を庇いながら歩を進めると、足元に光るものを見つけた。


「糸」

「典型的な罠だな。これに足を引っ掛けると矢が飛んできたり槍が落ちてきたりする。動力が無くても原始的な罠は作動することもあるから、気をつけて」

「さすがにこんなのには引っ掛からないよ」


 不運歴十五年は伊達ではないのだ。

 ふふん、と自負に胸をそらし、糸を跨ごうと大きく足を広げる。

 と、その瞬間を狙い済ましたかのように突風が吹き込み、幸子は大きくバランスを崩す。


「ふぅん!!」


 しかし、突風程度のアクシデントで罠に嵌まる幸子ではない。糸にかからぬよう足を高く上げ、地に付いた片足で後ろに飛んだ。

 香炉を割らぬよう胸に抱え、

 背中を丸めて転がり衝撃を流して、

 素早く立ち上がった、その足で。


 色の違うタイルを踏み抜いた。


 ガコッとどこかで音がした次の瞬間には、タイルは幾本もの鋭利な槍に貫かれていた。


 そのすぐ隣で幸子は真っ青な顔で戦慄していた。

 パチパチと、ノボルが気の抜けた拍手をする。


「今のを避けるなんてすごいな。大丈夫?」

「だ、だいじょーぶ」


 幸子は獣用の罠にかかりかけたこともある。そう、まだ許容範囲だ。

 自分に言い聞かせ、引けた腰で座ったまま槍の束から距離をとる。


 そして、その床が輝き、どこかで空気の抜ける音が鳴った。


 破裂音のようであり、長く汚く、聞き覚えのある音だ。なんだか、臭そうな。

 その正体に心当たったとき、赤面した幸子は慌てて無罪を主張した。


「…………わっ、私じゃないよ!?」

「ああ、うん。わかってる。たぶん、本当は音と一緒に毒ガスが出る罠だったんだけど、ダンジョンが不活性だから毒ガスは出なかったみたいだ。つまり、座ったら音が出るだけ」

「子供の嫌がらせかな!? ひどい!! ひっどいね異世界のトラップ!! くだらないくせにメンタルにくる!!」






 結局、腰の抜けた幸子はひとりで待つはめになってしまった。

 煙のくゆる香炉を前に、膝を抱えて座る。

 ふと思いついて、鞄の中から濡れた持ち物を取り出し、床に並べた。グショグショのタオルだって、乾けば役に立つだろう。新聞紙はもう使えないので捨てることにする。

 シュークリームはダメになってしまったが、飴なら多少濡れても問題ない。

 包み紙を破り、飴玉を口の中に放り込む。喉に詰まらないように小粒サイズだ。


「まあ、こんなこともあるともさ!」


 全力で自分を慰めにかかった。

 この状況では、落ち込んでなんていられない。

 失敗は反省しても後に引き摺るものではないのだ。


 見知らぬ場所で、ただじっとノボルが帰ってくるのを待つ。


 さて、反省が終わったなら、空き時間で何をするか。

 とは言ってもこんなとき、幸子がとる行動は決まっている。



 危険予知。



 本来は、事故や災害を未然に防ぐために潜在的な危険を洗い出す、安全のためのシミュレーショントレーニングである。

 しかし、幸子にとって潜在的な危険はそれすなわち確定的な事故要因であり、見逃せば不運に直結する。

 現状を把握し、本質を考え、解決策を打ち出す。この流れを行うだけで、不運の回避率はずっと高くなる。


 そのため暇なとき、慣れない状況に身を置くときはまず危険予知を行うのが幸子の日課だった。


 とん、とこめかみを指で叩いて考える。


 さて、幸子が現状危惧すべきことはなんだろうか?


 砂漠での注意点は、水分不足や日焼け、強風、吹き付ける砂、方角を見失うことによる迷子。詳しくはノボルに聞くべきだろう。

 それより前、この遺跡で考えうる、最悪のことは?


 一度渡るだけで崩れ落ちた階段。ひび割れた床や壁。今日の度重なる不運度合い。

 思い返すのは冒険映画だ。ボロい遺跡に潜入した探検家たちは、どうなるか。


 ひとつのイメージが浮かび上がった。



「ノボルくん! ここから出よう!」

「ああ、だけどその前に日陰で現状把握を」

「ここボロい! 崩れかねない!」

「え、そうなのか?」


 ぼんやりと聞き返すノボルを尻目に、幸子はまず防空頭巾を作った。乾いていないタオルを畳んで紐で括っただけの即席だ。それでも、崩れたときにあるとないとでは生存率が違うはず。


「……ヘルメットあるけど要る?」

「要る! でもノボルくんは?」

「動きにくいからいらない。碓井さん使って」


 頭巾を外しノボルが差し出してくれたピンクのヘルメットを付ける。いまいち真剣に受け止めてもらえないことを不服に思うが、今の最優先はこの危険な状況から脱することだ。

 左右を見渡して降りるための階段を探す。今確認できる場所にはもう階段は無さそうだ。移動しなければ。

 ノボルの腕を引き一歩を踏み出そうとして、そして気づいた。


「階段あってもノボルくんは降りられないじゃん! どっか行っちゃうじゃん!!」

「うん。ゴメンな」

「不便な体質!!」

「碓井さんがそれを言う?」


 どっちもどっちなのである。


 とにかく、この建物からどうやってノボルを逃がすかを考えねばならない。ノボルという案内役がいなくては、幸子もこの世界で途方にくれてしまう。

 当のノボルは幸子の焦りなど意に関せず、まったりとした雰囲気を崩さない。


 「碓井さんは階段を降りてくれ。オレはここから……」


 頭を抱える幸子に、頬を掻くノボルが何事かを言いかける。

 しかしその途中で、幸子がまたもや罠を踏んだ。


「ああもうこんなときに! ……って、不発?」


 タイルが沈み込んだ感触はあったが、覚悟した何事かは起こらない。


 構えを解いて周りを見渡すと、正面の壁に光る文字が現れていた。

 異世界の文字なので、幸子には意味を知ることができない。

 短い言葉は何かを警告しているようでもあり、ひどく不安な気持ちになった。隣のノボルをわずかに見上げると、少年は神妙な顔でしっかりと頷く。


「これは……?」

「安心して。体重計の罠、ただ壁に体重が表示されるだけ」

「プライバシィイー!!」


 幸子が慌てて飛び退くと、壁の文字は消えた。


「よ、読めた……?」

「軽いと思うよ」

「そこは見なかったフリをするのがデリカシーだよ」

「なるほど、勉強になる」


 そのまま神妙な顔でうんうん頷いている。違う、これが彼のデフォルトなのだった。


「異世界ってみんなこうなの? こんなトンチキなの? 地味にイヤにメンタルにくるんだけど!!」

「この世界に限っては、まあ、その通りだな」


 他の世界は知らないけど、と残酷にもトンチキ代表・ノボルは首肯する。


「いや、こんなことしてる時間は無いんだった──」


 しかし、そのときそれは起こった。



 ピシ、と小さな音がした。



 嫌な予感に、幸子はゆっくりと音の聞こえた方向を見る。


 ピシ、ピシ、と断続的に響く音はだんだんと大きく速くなり、ついには部屋の隅に大きな亀裂が入った。


「え、」


 ノボルが小さく声を漏らす。

 当然のように亀裂は二人の頭上まで伸び、逃げる間もなく天井が崩れた。


 狙い済ましたように幸子の頭上に大きな瓦礫が落ちてくる。


「だよね!!」


 喜ばしいことに、悲しいことに、この状況は想定済みだ。


 ノボルから借りたヘルメットは驚くほど丈夫で、頭と同じ大きさの瓦礫が当たったにも関わらず、衝撃をほとんど感じなかった。逆に怖い。

 瓦礫の雨から脱出する。

 ノボルを助ける余裕はなかったが、大丈夫だろうか。心配になって幸子は彼の姿を探した。


「ホントだったんだな……」

「わっびっくりした」


 心配をよそに、ノボルは顔色を変えることなく幸子のすぐ隣で肩に積もった石を払っていた。いつの間に隣にいたのだろう。飛び跳ねた心臓を押さえつつ、安堵の息を吐く。

 結構大量の瓦礫が降ったはずなのだが、怪我もなさそうだ。運がいいのか、頑丈なのか。どちらにしても羨ましいことだ。

 ともあれ二人とも無事であることを確認し、幸子は肩の力を抜いた。


 しかし、幸子は失念していた。

 安心したときが最も危険であると。


 再度、ピシリと音が響く。


 それも今度は足元から。



 これは対策しようもないな。



 渋い顔をした幸子は、諦めて本日二度目の落下に身を任せた。

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