44.台風一過。
***前回のあらすじ***
セドリックから正式な婚約の申し入れが届いた。男勝りで嫁には行けまいと思っていたクリスティアナの家族は勿論、使用人も大変喜んだ。次の休みの日にアデルバイド家を訪れたセドリックを、クリスティアナの家族は、誠心誠意もてなすのだった。
休みが明け、数日が経過したある日、私は帰り際にセドリックに呼び止められた。妙に気まずそうな顔をし、頬を掻いている。
「セド?」
「ああ、その……。すまないが、明日の登城、少し早めに来てくれるか?で、その……。すまないが正装で来て欲しいんだが」
……はい?
「正装って、騎士の?」
「……ああ」
何でまた。式典があるような話は聞いていないんだが。断る理由も無いので頷くと、セドリックは困ったように笑った。
「理由は明日になれば判る。頼んだ」
苦笑を浮かべながら、セドリックは執務室の方へと歩いていく。私は首を傾げながら、グレンが待つ馬車へと向かった。
***
「正装でなんて、何があるんでしょうね?」
翌朝、マリエッタに着替えを手伝って貰う。騎士の正装はあっちこっちに飾り紐が付けられていたりと一人で着るのは少々手間が掛かるのだ。何か大事な事だろうと、早くから念入りに磨き上げられていた。
「さぁね。妙に歯切れが悪かったけれど、真剣な顔ってわけでもないから、そう悪い事では無さそうだよ。良い事でも無さそうだけれど」
「あ!分かりました!ウィンダリア伯爵夫妻がクリス様にお会いする為にお見えになるとか!」
「……あのね。今は6月。シーズン中。ウィンダリア夫妻も今は王都においでだよ。週末に伺う事になっているのに騎士の詰所にわざわざ足を運ぶと思う?」
「それもそうですねぇ……。じゃ、何でしょう?」
「さぁ?」
話ながらもてきぱきと私を着付け、薄く化粧を施し、髪をアップに纏めてくれるマリエッタ。
「正装ですし、今日はリボンになさいます?」
「いや、いつも通りの髪留めで」
「畏まりました」
セドリックから貰った髪留めは、式典だろうが国王陛下のお呼びだろうが、外すつもりは無かった。
***
いつもの様に馬車を裏に回し、そこから赤の騎士団の詰所まで歩いて向かう。早朝の城は慌ただしい。城の寮に住んでいる者も大勢いるが、王都に居を構える者は皆馬車で城へと登城する。何台もの馬車が乗りつけ、皆足早に仕事場へと向かう。
華やかな赤や白の薔薇に囲まれた庭園を抜けると、直ぐに赤の騎士団の門が見えて来る。人影が見えた。セドリックだ。私が駆け寄ろうとすると、大柄なセドリックの向こうで何かが揺れるのが見えた。
「──それでね! セディ、あの子ったら可笑しいの」
「リュシー、いい加減その呼び方やめろって」
──思わず足が止まる。
セドリックの向こう側、華やかな薔薇色のドレスに身を包んだ、大人っぽい赤毛の美女の姿が見えた。やけに親し気に愛称で呼び合い話す声。セディなんて呼び方、私も今初めて聞いた。セドリックの体で見えないが、どう見ても彼女の腕は彼の腕に回されていた。楽し気な鈴を転がすような笑い声が聞こえて来る。
セドリックの姿に心が躍る様に舞い上がっていた私の心が、一瞬で冷えていく。まるでそこだけ切り取ったかの様に、彼に寄り添い明るく笑う彼女の姿が、異様な程にはっきりと見えてしまう。
「おっはよ、クリス!あれ?何で正そ──」
私の姿を見つけ、声を掛けてくれたエルヴィエに視線を送ると、言いかけた言葉をヒュっと飲み込み、エルヴィエが1m程後ろに飛びのいた。
「……お早う。エルヴィエ」
私は挨拶だけをして、そのまま門へと向かう。エルヴィエの後ろから詰所に登城してきた騎士達も皆固まって足を止めていた。
ゆっくり、セドリックが私に気づき振り返るのが見える。彼にくっついていた女性が、ぱぁっと明るい笑みを浮かべるのが見えた。私の心はどんどん冷えていく。
「……何事?」
「クリス……。クリスが氷通り越して絶対零度……。ブリザードすら吹き荒れない表情って何あれ怖い……っ」
後ろでひそひそと言う声も、今は私の耳には届かなかった。
***
「クリス」
「おはようございます。団長」
私はそのままセドリックの前で頭を下げ、そのまま素通りをしようとした。ぎょっとしたようにセドリックが目を見開く。セドリックの手が私の腕に伸びた。
「クリ──」
「きゃ────っ!! 貴女がクリスちゃん!? やだ──!! セディから聞いてたより全然かっこいい!! わぁ──! 騎士の正装、すっごく似合うわ!! 素敵──っ!」
──セドリックが、私の腕を掴む前に、何故か私は彼女に思いっきり抱きつかれていた。
何故私は初対面の女性に抱きつかれているのか。それもセドリックをセディと親し気に呼ぶ女性に。まだ正式では無いとはいえ、私は一応セドリックの婚約者なのだが。彼女のテンションの高さに付いて行ける程、今の私は冷静じゃない。冷え切っては居たけれど、それも吹っ飛んでしまった。
「リュシー。リュシアーナ、ほら。クリスティアナ嬢が驚いているから。嬉しいのは判ったけれどちょっと落ち着きなさい」
第三者の声に、彼女が私から手を解いて、てへっと舌を出して見せた。
え?と思って声のした方を見ると、今までセドリックの陰で全く見えなかったすらりとした眼鏡の青年が困惑気味に苦笑を浮かべ、私にぺこりと頭を下げた。
***
「先ほどはご無礼致しました。わたくし、セドリックの義理の姉にあたりますリュシアーナ=ウィンダリアと申します」
セドリックの執務室には、私とセドリックの他に、先ほどの赤毛の女性と眼鏡の青年、恰幅の良い中年の男性と上品そうな夫人の姿があった。先ほどの赤毛の美女が優雅にカーテシーをする。まさかのマリエッタ大正解だった。
「いえ、此方こそ……。大変失礼を致しました、リュシアーナ様。クリスティアナ=アデルバイドと申します」
「やだ──!そこはお姉様と呼んで頂きたいわ!! ついでに手の甲に口づけをして下さると私とっても嬉しいのですが!」
「リュシー、分かったから少し落ち着こう?ね?」
大興奮のリュシアーナ様をウィンダリア卿と夫人と兄君が宥めている。
「挨拶が遅れて申し訳ない。どうせなら普段の貴女を見て見たくてね。無理を言ってしまった」
「お久しぶりですね。クリスティアナ様。突然で驚かれたでしょう?」
「内緒にしようと申し上げたのはわたくしですの!」
苦笑を浮かべ頭を下げてくれるのは、セドリックのご両親。サプライズを計画したのはリュシアーナ様だったらしい。
「お久しぶりです。ウィンダリア卿、ウィンダリア卿夫人」
私がカーテシーをしようとすると、そこは騎士の礼で是非!っと、リュシアーナ様が鼻息荒く眼鏡の青年に抑えられながら詰め寄ってくる。
「お初にお目にかかります。フェリックス=ウィンダリアと申します。妻は芝居が趣味で男装の麗人の大ファンなのですよ。止めたのですが貴女の話を聞いて付いてくると聞かなくて。申し訳ない」
困った様に眉を下げる青年は、セドリックの兄上らしい。びっくりするくらい似ていない。良く見ると、涼やかな眼差しは似ているか。瞳はウィンダリア卿とよく似た鮮やかな碧眼で、長い白金の髪を肩に垂らしている。セドリックの赤い瞳は夫人譲りらしい。
「兄は王璽尚書なんだ。リュシーと俺は幼馴染でね。リュシアーナは元隣国の姫だから、クリスも会うのは初めてだろう?」
ああ、だからあの呼び方。幼少の頃の愛称らしい。因みに王璽尚書とは読んで字のごとく、王家の印璽を管理する官職だ。大喜びのリュシアーナ様は兎も角、ウィンダリア卿夫妻もフェリックス様も私を受け入れて下さった様。礼儀に則ったのは挨拶だけで、その後はフェリックス様もウィンダリア卿も夫人もすっかり口調が砕け、私は安堵の息を付いた。
セドリックの家族は、私とセドリックの訓練までしっかりと見て行かれ、別れ際にリュシアーナ様から懇願されて跪いて彼女の手の甲に口づけ、姉上とお呼びしたら、卒倒しそうな程喜んで下さった。
ご閲覧・評価・ブクマ評価有難うございます! 花金ですねー。夜更かし出来るって素晴らしい。なろうの神様が「やっちゃえよやっちゃえよガンガン書いちゃえよ」と言っている気がします。(←書きたい病)今日はこれからもう1本書いて来ます。早ければ今日の深夜、遅くて明日の朝更新になります。