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喫茶店長と幼馴染  作者: スルメねこ。
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【前編】 ~出逢い~

 鼻に届く芳しい香り。

 丁寧に(いぶ)された豆の匂いだ。

 その匂いに意識を()かれ、立ち止まって辺りを見渡す。

 少し探した後、その源流であろう1つの店に視線が止まった。

『Cafe』

 ただそれだけを、(かし)の板に大きく焼きを入れた看板の店。

 派手ではなく、どちらかと言うと地味な装飾。

 しかし、どこか存在感を放っていた。

 この後に特に予定は無かったので、試しに入ってみようとドアに近づく。

 ふわっと珈琲の香りがする。店内からではない。

 成程、ドアからだ。

 木製のそのドアに塗料代わりに塗られた珈琲が、良い色を出している。

 自分はミニチュアを作ることがあるのでよくわかるが、木に珈琲を塗ると美しい木目が出て味になるのだ。

 ドアの上半分はほとんど硝子になっており、鉄と思われる骨組で装飾されていた。

 その硝子にでかでかと飾られた黒猫のデザインは、洒落た雰囲気を(かも)し出しており、多少心を躊躇(ためら)わせた。


―――――


 某月、某日。

 窓から差し込む光が、布団を白く照らす。

 石造りの壁は外気に冷やされ、部屋の空気がひんやりと透き通っている。

 夜の間ずっと暖められた布団から出るのは、多少気が引けるものだ。

 目は開いているが、布団から出る気にはなれないので寝返りを打つ。

 ほんの僅かに隙間が空いただけなのに、冷たい空気が中に入り込んでくる。

 まだぬくぬくとしていたかったとはいえ、このままずっと寝ているわけにもいかないので朝食を摂ることにした。


 今日は学校は昼までだ。まあ、それは試験があるからなのだが。

 昨日の夜食のせいであまり腹は空いていなかったので、焼いた兎肉とビートルートのスープを食べることにした。

 朝なのでさっぱりと食べれるよう油は少なめにして、塩味で仕上げる。

 ビートルートのスープは元々薄味なので朝食にはもってこいだ。

 一人暮らしの僕には朝食を作ってくれる人なんていない。

 毎朝、起きたら自分で作るのだ。

 これが少々面倒で、僕は料理が好きだから良いものの、これが料理嫌いの人なら毎日大変だろうな、なんてことを考えながら焼きあがった兎肉と昨日買っていたパンを皿に盛り付ける。


 暫くして朝食を平らげ、学校があるということで教科書などの準備をした。

 先程も言ったが今日は試験なのであまり荷物は多くない。

 今日ある試験科目の教科書とノートをパパっと(かばん)に詰め込んだら、家の鍵を手に取って玄関へと向かう。

 少々段差がある廊下を通り抜け、玄関のドアを開けて外へと出る。

 草木の出す新鮮な空気を一口吸い、振り向いてドアの鍵を閉める。

 ガチャ、という金属特有の重厚な音が鳴ったのを確認し、路地を見る。

 微かに起伏のある石畳(いしだたみ)の路地には、通学時間帯だからかあちこちに人影が見える。

どこからか「いってらっしゃい」や「試験頑張るんだよ」といった声も聞こえ、自分も試験だというのにまるで他人事のようにほっこりしてしまう。

 路地を挟んで家の反対側は水路になっており、交通手段として輸送船が行き来している。


 自然豊かな土地故に木々やツタが垂れている少し幻想的な路地に、一つの女声が聞こえる。

「ルル~!おはようっ!」

 彼女はラーン。幼馴染の同級生だ。

「あぁ、おはよう。」

「今日は試験だね……」

「ラーンは試験に向けて勉強したのか?」

「あったり前でしょ!?私はあんたと違って頭が悪いんですぅ~。」

 先程呼ばれた時に説明し損ねたが、僕の名前はルルーシュ。彼女には幼い頃から「ルル」と呼ばれている。

 僕自身はそんなに頭は良くないけども、勉強する素振りを見せないからかラーンには目を付けられている。

「いいわよね、あんたは勉強しなくても点が取れるんですもの。」

「別にそんなに頭が良いわけじゃないんだがな……」

「私みたいなバカは勉強しないと点が取れないんですぅ~!!」

 ラーン本人はそう言っているが、彼女もどちらかというと勉強はできるほうだ。

 運動能力も抜群で、普段からトレーニングでもしているのかスタイルも良く、街中の男からの評判は最高だ。

 幼馴染というだけで何度喧嘩を売られたことか。


 そんなことは欠片も知らない様子の彼女は、通学路である石煉瓦(いしれんが)でできた坂を上りながらため息を()く。

「はぁ~……」

「どうした、珍しくため息なんか吐いて。」

「だって、今日の試験科目は午前に応用解析学とエンチャント工学(こうがく)II、そして午後にアタリハンテイ力学(りきがく)でしょ?」

「そうだな。……確かエンチャント工学はラーンの苦手分野だったな。」

「そうなのよ、それなのよ。今回の試験はIDの暗記も10問出るんでしょ?全然覚えられないよ……」

 そういえば担当教授がIDの暗記を出すとかなんとか言ってたな。

「普段から使ってるとすぐに覚えられるんだがな。」

「普通の人はあんたみたいにコマンドなんか使わないから覚えてないの。」

 僕の両親はクリエイティブ技術職で、その影響で僕も普段から回路やコマンドを扱うことが多い。

 幼い頃からそういった技術に触れてきたからか僕は計算など頭を使うことが得意だ。

 それに対しラーンの家はサバイバル建築系の仕事をしているらしく、彼女は実家暮らしだが家に両親がいない事も多い。

 お互いに小さかった頃は僕の実家で預かることもしばしばあったが、僕が一人暮らしを始めてからは僕の家に泊まりに来るようになった。

 一応年頃の女の子なのだし、男の家に行くのはあまり良くない気がするが……


 所々苔やツタの生えた道を抜け学校に着き、中へと入る。

 学校は僕らの住む居住区とは違い、行政区にある。

 僕の住む街は大きく、居住区と行政区と交通区、そして商業区に分かれている。

 居住区は名前の通り住宅家屋が並ぶエリアで、行政区には街の中心となる街庁舎などがある。

 交通区には駅や船乗り場や飛行船港があり、そこからほど近い所にある商業区では商業だけでなく工業も盛んだ。

 僕らの街は家屋の屋根で道がほとんど覆われており、その中が街路灯や住居のランタンなどで照らされている状態なので、通称「時間の無い街」と呼ばれている。

 学校付近でもそれは例外ではなく、屋根同士の僅かな隙間から除く空を確認するか、あちらこちらにある時計を見て時間を確認する。

 この建築様式は、この街の設計・建築者である、ティルという人物によるものだと聞いている。


 教室に入り、自分の席に座ろうとしたところで、黒板の字が目についた。

 『学籍番号順に座ること』。

 あぁ、そうだった。試験の日は解答用紙の回収の都合上、学籍番号順に座るんだった。

 学籍番号順での自分の席に向かい、鞄を下ろして椅子に座る。

 まだ監督職員も来ていないし、試験が始まるまで時間がある。

 流石に何も勉強せずに試験を受けるのはまずいので、試験科目の教科書でも読み返しながら時間を潰すことにした。


―――――


 ディン、ドン。ディン、ドン。


 試験時間終了を知らせるベルが鳴る。

 静かにアタリハンテイ力学の解答用紙が回収され、一気に肩の荷が下りる。

「やっと終わった……」

 思わず独り言が漏れてしまう。

 月曜日からいきなり試験とは、本当に疲れるものだな。

 ただでさえ億劫(おっくう)な月曜日が更に億劫だ。

 だがこれでようやく試験から解放され、明日からは通常授業だ。

 言い忘れていたが今日は試験最終日だったのだ。

 木製の机に肘を付き、窓から外を眺める。

 そこから見えるのは煉瓦造りの建物が大半で、精々、所々に木や苔の緑が見える程度だ。

 白っぽい石の色と植物の緑くらいしか色味のない風景は、どこか寂し気ながらも、またどこかで懐かしい雰囲気も(あわ)せ持っていた。


 一息入れたところで、数冊しか荷物の入っていない自分の鞄を抱え上げ、教室を出て帰路に着く。

 久しぶりに頭を使ったせいか、軽い眠気に襲われていた。

「今日は特に予定も無いしのんびりとして過ごすか。」

 どうせ暇なのでまっすぐには帰らず遠回りをして、自宅のある居住区と正反対の商業区へと向かう。

 本屋にでも寄るか。

 そう思ってゆったりとした足取りで歩みを進めていた。


 ほどなくして、商業区へと入った。

 商業区の中でも行政区側の地域は、居住区に一番近い地域であることもあり、小売店や飲食店が多い。

 複雑な地形のあちこちから流れてくる美味しそうな香りに、つい何かを食べたくなってくる。

 一ヶ所に飲食店が集まって客を取り合っているかと思いきや、食欲を誘う香りの相乗効果で大繁盛だ。

 時計を見るとまだ三時頃だというのに、どの店も客足は途絶えない。

 交通区ともほぼ全面的に接していて観光客が来やすいのか、飲食店の合間に土産(みやげ)屋も窺える。

 暫く通りを抜けている内に、あまり店のない裏路地に入ってしまった。

 隠れた名店と呼ばれるものが密かに営業してそうな、そんなひっそりとした空間だった。

 めぼしい店はなさそうだな、と、早く路地を抜けようとしていたその時、珈琲の香りが僕の鼻を覆った。


―――――


 少々躊躇った挙句、結局思い切ってそのドアを開けることにした。

 ドアから感じ取った通り、店内はお洒落な雰囲気を持っていた。

 派手過ぎず、かつ大人びて。

 なんだか僕のような年齢の人間が来るところではない場所だな、と感じたが、そこにいるだけで大人になれる気がして、少し居座ってみることにした。

 折角なので窓際のテーブル席に座り、テーブルに置いてあるメニューを手に取る。

 メニューとは思えない程しっかりとした表紙をめくると、見慣れないお洒落な横文字が羅列してあった。

 なんだか高揚感が胸の底から沸き上がり、試しに日替わりの珈琲とホワイトショートケーキを頼む。

 珈琲に合うように甘さを控えめにしてあるというケーキ。

 喫茶店の作るケーキは、一体どんな味なんだろうか。


 しばらく外を眺めていると、色白で細い指が視界に入った。

「ご注文された珈琲とケーキになります。店長のエリィと申します。よろしくお願いしますね。」

 そこには、僕とあまり歳の変わらなさそうな美少女が、にっこりと微笑んでこちらを見ていた。

 一目惚れって、本当にあるんだな……






 この時の僕は、これが三角関係を生むなんて予想もしていなかった。


『【後編】 ~幼馴染の密かな恋~』に続く

この作品を読んで頂き、ありがとうございます。

今回は前編を担当させていただきました、スルメねこ。です。

第2回を迎えました、むちゃぶり企画。

第1回は生まれたてのクソが送られてきたので、

今度は完成されたクソを送り付けてやろうと思い、

スルメねこ。ワールド全開で書かせて頂きました!

あれ?これって伏線貼れてなくね?って気がしておりますが、

まあ何とかなるでしょう!

というか相方が何とかしてくれますよきっと!

いや絶対になんとかしてもらいましょう、そうしましょう。

きっと相方は一月中に後編を出してくれるでしょうから(ニッコリ)、

皆さん首を長くしてお待ちくださいね。

他のアカウントでは同じく「スルメねこ。」の名前で個人でも執筆をしておりますので、気になった方は是非、見に来てみてください!

ここまで読んで頂き誠にありがとうございました!

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