天国という名の地獄
上位悪魔は走っていた。
上から破壊を命じられていた市街地を。
大規模同時破壊。
人間世界、……『白の世界』側でこちら側の選ばれた戦士《デビル&デーモン》が行う破壊行動。
それによりばらばらに訪れるはずの天国軍の上位個体を殺し、世界全てを我らが黒の王が手にする。という作戦。
だったのに……
「(あんなっ、あんな化物がいるなんて聞いてねぇぞ…!!)」
悪魔は逃げる。
自信家の多い悪魔が逃げるのは滅多にないことである。
それほどまでにやばい個体がいる、ということだ。
「ねぇ、……どこ行くの。」
行き先を塞いできた、巨大な黒い手。
この通りが一本道なのが上位悪魔にとって不幸だった。
後ろからゆっくり近づく気配を上位悪魔ははっきり感じる。
後ろを振り返り、そこにいたのは子供。
顔は俯いていて見えない。
しかしその子供の背中から出ているのはあの道を塞いでいる巨大な黒い手。
「ねぇ、」
子供が顔を上げた。
そのままこちらに歩いてくる。
生気の宿ってない黒い瞳と目が合う。
「(何故こんなやつが天国に居るんだ……!!)」
悪魔は冷や汗が止まらない。
膝の震えも止まらない。
「もう僕、……鬼ごっこは飽きたよ。」
その瞬間、奴の背中からまた同じような黒い手が生えた。
悪魔は慄いた。
しかし、諦めてはなかった。
「(此奴を殺せないなら、せめて相討ちに…!!)」
悪魔は腹を括る。
「うおおおおぉぉぉぉおおおおおっっっ!!!!」
子供だろうが容赦はしない。
自身の持てる魔力全てを使って、放つ出力最大の光線。
魔力を全て使うということは自身の破滅も意味する。
だからこその攻撃。
「我らが王に、栄光の光を────!!!!
黒き王の時代!!!」
通りに面していた建物を破壊しその破片を飲み込みながら奴めがけて一直線に飛んでいく破滅の光線。
最上級の魔法である。
普通なら、痛みもなく消滅する技である。
しかし奴は普通ではなかった。
「……喰べちゃえ、暴食の王。」
あろう事か。
奴の背中から大きな口が出現したのだ。
そしてそのまま、大きな口に破滅の光線が飲み込まれていった。
「残念だね。……僕にそんな魔法は効かないのさ。」
奴は笑った。
気づけば奴の目は生気のない黒かった瞳から、生き生きとした紅い瞳に染まりきっていた。
悪魔に待つのは破滅の道のみだった。
全ての魔力を使い切り抵抗の欠片も出来ない。
「あひゃっ、あひゃひゃひゃひゃっ」
悪魔は恐怖で心を折られた。
しかしその方が幸せだったのかもしれない。
「さよなら。悪魔さん。」
────喰らえ、暴食の王────
悪魔の最期の記憶は、真っ暗な闇だった。
――○○――
主天使No.01:フィル
特殊能力No.1:創造【闇】
特殊能力No.2:暴食の王
個体別名:地獄の番人
――○○――
――☆――
彼は一人、ある市街地の屋根の上に座っていた。
三日月が綺麗にはっきりと見える日であった。
彼の紅い瞳がある一匹の獲物を追っていた。
彼は自由気ままな者であった。
親の言うことにも、周りが言うことにも一切耳を傾けない。
聞くのは自らが主人と認めたシェフィだけである。
シェフィには例え天地がひっくり返ろうと従うと決めている。
だからこそ命令には必ず従うのである。
彼は影に潜った。
そのまま、悪魔の足元を目指す。
すると、悪魔はたまたま気がついたのである。
下位悪魔なら気が付かなかったであろう。
しかしその個体は上位悪魔だったのだ。
上位悪魔は目を見開き、慄く。
自分がたまたま避けられたことと、圧倒的な魔力の差に。
しかし悪魔は自信家であった。
例え傍から見たとして勝てないと思っても、もしかしたら技術で勝てるかもしれない、と。
死を恐れぬ種族だからこその考えであり、ある意味で間違った考えである。
生存本能からしたら、大間違いな考えである。
「おっ、と。……危ないねぇ。寄りにもよってあんたかい。…………灰色狼。」
月明かりに照らされて白銀に輝く長い体毛に覆われた体長3m以上の犬に似た姿。
紅い瞳をギラギラと輝かせながら唸っている。
「今日、主はどうした。」
その悪魔は人の姿の彼と、彼の主人を知っていた。
その時は偵察隊だったため遠目からしか見てなかったが、彼の魔力の反応を感じて灰色狼である事を当てた。
「……今日は仕事を任されたのだ。よく俺を知っていたな。」
彼は擬態魔法を解き、人の姿へと戻った。
真っ黒なフードつきのロングコートに、黒いズボン。そして踵の高いハイヒールブーツに、瞳と同じ色の宝石のついた杖。
「貴様、名をなんという。」
目を細め、面白そうに笑うのはフェンリル。
久々の戦いがいがある敵を見つけたからだ。
「メイリーよ。」
彼女《悪魔》も笑う。
楽しめそうな相手を見つけたからだ。
「貴様の名は忘れないとしよう。」
フードの下から覗く、悪魔と同じ色の紅い瞳。
「同僚じゃないのが残念だわ。」
その言葉を合図に始まった戦い。
魔法による一般人にはなしえない、高度な魔法バトル。
詠唱省略なんて当たり前。
それでも威力を落とさない魔法。
悪魔、メイリーがフェンリルに話しかける。
「今頃、我らがリーダーが主の城を攻めてるわよ。」
フェンリルの余裕そうな顔が、憎悪の感情で歪むのが見たかったメイリー。
しかしそれは叶わない。
「ふっ、それがどうした。」
フェンリルは鼻で笑うだけで、余裕そうな顔は崩れなかったのだ。
「なっ、……!」
「城を中心として東西南北全てから同時に進行してきたのだろう?……だが1つ、大事なことを忘れてないか?」
フェンリルが一歩後ろに下がった。
メイリーも合わせて一度後ろに下がる。
「天国の城には、あの御方がいる。……天空の支配者と呼ばれる我らが主。
シェフィ様がいる。」
「それが、なんだってのよ!……お前らの主など滅多に戦ってないじゃないの!」
メイリーは最早、先程の余裕などどこかへ行ってしまった。
焦ったように叫び、フェンリルに問う。
「お前達は、天国を甘く見すぎ、シェフィ様の事をかなり甘く見すぎた。」
フェンリルが杖に魔力を込める。
「私にすら勝てないで、シェフィ様に勝てると思い上がるな。」
フェンリルの紅い瞳には主を馬鹿にされたことの怒りがこもっていた。
「楽に死ねると思うなよ。死へと向かう時間────。」
メイリーの足元から、無数の黒い手が現れる。
「馬鹿ね!!私は魔術無効の……ッ!?」
その手はメイリーのドレスの裾を掴んでいた。
「どういうこと……!?……まさか!!」
絶望を感じたメイリーの見開かれた目はフェンリルへと向いていた。
「その手は物理としてカウントされるみたいで。」
最後に音符のつきそうな言い方をするフェンリル。
そしてその手はメイリーをどんどん地面へと……闇へと引きずり込んでいく。
「嫌だ嫌だ嫌だ────!!!!」
メイリーは涙を流し叫びながら消えていった。
「あぁ可哀想に。……あ、あと一つ最後にお教えしておきましょう。
私の名前はフェンリルではなく、レヴィアレンです。」
レヴィアレンは被っていたフードをとり、長い黒髪を後ろへとやる。
「って、聞こえてないですよね。
さて、シェフィのとこに戻りますか。」
そうして彼は歩き出す。
まるで散歩に行くような軽い足取りで。
――○○――
熾天使No.02:レヴィアレン
特殊能力:変身【神話級狼】
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