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私は魔王

 タリスを蘇らせてから、半年ほど経った。

 いまは外で雪が降っているが、春になり外で花が咲き誇る頃、タリスは成人するらしい。

 今になってようやく知ったが、この国での成人は十六歳なので、今タリスは十五歳だ。


 憂鬱だ。もうそろそろ運命が動き出す。

 まさかこんなに長い間、勇者と共に過ごそうとは、喜劇としか思えない。だが、それももう終わる。笑えるほどあっけない幕引きだろう。


 指を鳴らすと、窓にこびりついた霜が落ち、外の様子がくっきりと映し出された。雪が舞い散る中、貴人を乗せた馬車が兵士を連れて、この家に向かってきていた。




 しばらくすると、家の扉の前で馬車が止まった。中の貴人が出てきて、大層立派な紙に書かれた文字を読み上げている。

 窓辺にいるため聞き取りやすい。都の巫女が女神と交信し、お告げを受けたらしい。地方に住むタリスという名の少年が今代の勇者であると。いわゆる神託というものだ。


 田舎の門さえない家の前で読み上げるものだから、野次馬が集まってきている。

 慌ててタリスの母親が貴人を家の中に招き入れていた。

 しばらくすると、タリスが呼ばれて客間に入っていった。


 窓辺から屋外に残された兵士の数を数える。十人足らずしかいない。

 まだ、私がここにいることを巫女は知らないのか?


 いままで、どのような原理で、勇者が自分の元に辿り着いていたのか知らなかった。もし、虱潰しに国中を旅をするのだとしたら、気の長いことだ。


 魔物が村に潜んでいるかどうか、それさえも只人たたびとではわからない。神事を司る神官や巫女でないと、生き物の魂の色は見えないからだ。

 そんな彼らも、自分の魂の色は見えない。


 罪を犯すと、死した後、人は輪廻を巡りそれにあった生を神より賜る。だが、まれに輪廻を外れるような大罪を犯す者がいる。そのような者たちは、来世で魔物となり、光の差さない魂を持つようになる。


 皮肉なことに、神の代弁者を気取っていた神官や巫女が来世で魔物となることもある。

 それを人々は知らない。


 ああ、でも自分の魂の色がわからないのは、何も人間だけではないか。

 きっと真黒に染まっているだろう自分の魂が、私には見えない。


 しばらく、ぼんやりと窓の外を眺めていると、慌ただしい足音が聞こえてきた。

 ドアを破る勢いで開け放った少年は、困惑したような表情で、早口に言葉を紡いだ。


「あり得ないんだ。俺が勇者だってお役人様が言っているんだ。そんなはずないのに!」


 それほどに、強く光り輝く魂を持っていながら、自分でわからないなんて、笑ってしまう。

 今、引き止めたら、彼は私を倒すための旅など、でないのだろうか。


 目の前で狼狽えているタリスを見て、ちょっとした悪戯心が頭をもたげた。


「お兄ちゃん。行ってしまうの?

 私、お兄ちゃんが家から出て行ってしまったら、独りぼっちになってしまう」


 実際、この家の者たちは、私のことを赤の他人だと思っている。彼が勇者の旅に行こうものなら、これ幸いと家から放り出されるだろう。


「ううん。お前をおいて行けるわけない。やっぱり、この話はお断りさせてもらうよ。それに俺自身、自分が勇者だなんて思えないしな。魔王退治の一団を一般人が引き連れてたら、お笑い種だろ?」


 本当お笑い種。

 お前以上に勇者らしい魂を持つ者など、いるはずがないのに、当の本人が否定するのだから。


 くすりと笑う。

 ああ、でも彼だけを説得しても無駄か。

 廊下からゆったりとした足音がする。

 ドアの向こうに、豪勢な服を着た貴族が見えた。貴族の隣にはタリスの母親もいる。


「勇者であるかどうかを決めるのは、信託を受けた者たちでございます。今代の勇者は、貴方をおいて他におりますまい」


 慇懃な話し方だ。それでいて有無を言わせない。

 そんな貴族の隣で、タリスの母親は身を縮め、タリスを叱責する。


「お役人様がこう仰るのよ。お前を必要だと。それを無下にすれば、どうなるか……」


 嘆くタリスの母親を見た後、貴族を見ると、ぞっとするほど感情の読めない笑みを浮かべて立っていた。


 この表情には覚えがある。

 今まで何回も繰り返した人生の中で、貴族の多くが身につけていた仮面だ。

 その仮面は、そいつらが残酷で、差別的で、自分を特権階級だと自覚していて、それでも表面上取り繕うため、使用していた。

 ここでタリスが断れば、この家はどうなるのだろう。国に楯突いたとして、追われる身になるのではないのか。

 貴族は薄ら寒い笑みの向こうで、タリスやタリスの母親を蔑んでいる。


 魂の色は薄汚れていて、ある意味親近感を覚えた。


「……、かあさん」


 不穏な空気を察してか、タリスが私だけに聞こえる声でごめんと謝った。

 それだけで、彼が次に選ぶ行動がわかり、憮然とした気持ちになる。


「わかりました。俺は王都に行きます。でも、お役人様も突然いらしたことですし、もう少しだけ旅立ちに時間をいただけませんか?」


 ぎゅっと掌を握りしめ、タリスは運命を選んだ。


 訳も分からないまま、勇者となることを選択している。まるで道化のように。今までの勇者も、こうだったのだろうか。


 貴族は満足気に頷いた。


「明朝また伺います。ああ、逃げないでくださいね。貴方に近しい人に御不幸があれば、困りますでしょう?」


 念押しをしてから、恭しく膝を折って頭を垂れると、


「では、この場はお暇させていただきます」


 といって、立ち上がり部屋から出ていった。

 ぽつりと三人分の影が床に落ちた。


「タリス……」


 誰も動かなかった部屋で、最初に動いたのはタリスの母親だった。

 よろめいた動きで、タリスに近づくが、あと一歩というところで立ち竦んだ。


「かあさん」

「……すま、ない。すまないねぇ」


 年甲斐もなく、そんな泣きそうな声を出すくらいなら、引き止めればいいものを。

 むしゃくしゃする。

 息子を人身御供にしたのはお前だろう。自分の命が脅かされるのが怖かっただけだろう。

 それなのに、そんな声を出すな。人の卑しさ浅ましさに怖気がする。


「大丈夫だよ。かあさんのせいじゃない」

「絶対に生きて、帰ってきておくれよ」

「もちろんだ」


 とうとう泣き崩れた母親をなだめすかし、タリスは母親を連れて部屋から出ていった。しばらくすると、彼一人だけが部屋に戻ってきた。


「コレー。俺しばらくは家に帰れない。でも、お前一人、置いて行くのは心配だ。なんなら、お役人様に掛け合う」

「ダメだよ。私はついていけない」


 私はタリスの言葉を遮って、言った。

 それ以上の言葉を聞いていられなかった。私も共に行けるのなら、隣を歩きたかった。

 だが、それはどだい無理な話だ。

 今まで見てきた勇者パーティーには、巫女や神官がいた。彼らが私の魂を見ようものなら、その瞬間に殺し合いがはじまる。


 だいたい勇者パーティーに魔王が紛れるなど、自殺願望があるとしか思えない行為だ。私はまだまだ生きていたい。


 まだ、死ぬわけにはいかない。


「ねぇ、一生のお願いしてもいい?」

「なんだ?」

「絶対に死なないでね」


 私を殺さないでくれ。


「わかった。早く魔王を倒して帰ってくる。絶対に死なない」


 そう言うタリスに、曖昧な笑みを返す事しかできなかった。

 その後、タリスは色々気を回して、母親や仕事から帰ってきた父親に、私の面倒を見るように、言いに行っていた。

 その声を部屋から聴きながら、ぽつりと呟く。


「絶対だからね」


 絶対に死なないで。私を見つけ出さないで。

 もう、この村に帰ってこないで。

 それが、私の望みなのだから。



 翌日朝早く、貴族はタリスを迎えに来た。貴族というのは、昼間近くまで惰眠を貪るものだと、思っていたが、違ったようだ。

 タリスを乗せた、馬車の音が遠くなって行くのを、窓辺で聴きながら、私はこれからのことに想いを馳せた。

 それから数日、タリスの両親と共に暮らしていたが、やはり知らない子どもを世話することが、疎ましいく感じたのか、家から締め出された。

 しかたがない、魔物たちがいる裏手の山に向かおうか。

 何となく、よくいた窓辺の方を見ると、タリスの父親がいて、彼と目があった気がした。






 魔物が住み着き、誰も近寄らなくなった山は、とても静かだった。


 踏み進めるたび、白い世界に足跡がつく。誰も立ち入らないためか、道も雪に埋まり、次第に足が沈むほど雪が積もっている道を、歩くこととなった。

 脇には枯れた木が並んでいるため、迷うことはない。


 しばらく歩くと視界がひらけ、沼のように濁った色の湖に出た。水が黒っぽく濁っていて、全く底が見えない。

 その湖に手を触れると、ぴりりと痺れる感覚がした。きっと酸でも溶けているのだろう。


 この中にいただろう生き物は、きっともういないだろうな。それどころか、この山全体に動物がいる気がしない。

 生命活動があるもので、この場に留まっているのは植物くらいだろう。


 岩場にちょこんと腰を下ろす。

 いつもなら、とっくの昔に魔物たちが集まってきているはずだ。それなのに来ないということは、勇者を助けたことで、愛想を尽かされたのだろうか。


 だが、わざわざ探すほどのことでもない。しばらくぼんやりと湖の方を見ていると、その湖の底から、何か黒い物が這い出てきた。


「ん? お前は誰だ」


 前回は見かけなかった魔物だ。

 水上から見えているだけで、全長ニメートルを超えている。体に鱗が生えていて、鈍く光を反射している。腕が短く、胴体が丸みを帯びていて、顔らしきところに目や口がなく、かなり異様な形態だ。


 だが、魔物とは得てして、そういうものである。時たま見れる容姿の者がいるが、ほとんどの魔物は薄気味悪い。

 この容姿も前世の罪なのだろうか。

 だとしたら、こいつはきっと大罪人だろうな。


 そんな奴より私が魔王をしているとなると、私の罪は一体何だったんだろう。

 何回も生と死を繰り返しているうちに、昔のことなど忘れてしまった。ただ、勇者と向き合うたびに、村を潰したから、罪を犯しつづけている自覚はある。


 ぼんやりと気味の悪いやつを見続けていると、声帯がなさそうなのに、声がした。


『アナタハマオウデハナイ。ワレラノオウデハナイ』


 そういうと、魔物は水の中に沈んでいった。


 これはどういうことだろう。

 魔物として生まれたばかりだから、わからないのか。だが、そんな奴今までいたか?


 意味がわからない。


 さっきまではどうでもよかったが、気になってきた。なぜ、やつらは私に会いに来ないのか。

 裏切ったからなのか。それとも別の理由からか。


 確か今世でも魔物に話しかけられた。タリスをこの山に誘ったその日に。なら、この山にこいつ以外、魔物がいないわけではないだろう。


 岩場から離れて、雪深い山奥に突き進む。


 やはり、いないわけではない。さっきから視界の隅に、異形の者が映る。

 だが、やつらが私に声をかける素振りはない。それなのに、ちらちらと遠くから観察されている。

 癇に障るな。そんなにこそこそ隠れなくともいいだろうに。


 こそこそと隠れている魔物の中に、旧知の者がいた。

 醜い容姿の多い魔物の中で、比較的見れる容姿の魔物。

 それでも、人間には恐怖の対象になりそうな容姿ではあるが。


 体にまとう布や髪や瞳はもちろん、肌や爪先まで黒い大男。目の白眼の部分だけが浮き出たような容貌のやつは、確かエナという名前だった気がする。


 エナに近づき、やつの服を引っ張ると、私が近づいた気配に気付かなかったのか、反射的に襲いかかってきた。

 振るわれる腕を掴み、腹部を蹴り上げる。


 むしゃくしゃする。


 魔法で重力をかけてみたが、魔物は全員闇属性の魔法を使える。だから、それほど効かない。


 そう思っていたが、どうしてか驚いた様子で動きが止まった。


 魔法が抜群に効いているわけではないだろうに、なぜ。

 だが、そんなことはいいか。


「私を無視するとはいい度胸だな。エナ」

『貴方は魔王ではあられない。あの日その資格を捨てたのですから』

「それは、私が勇者を助けたからか?」

『左様です』


 やはりか。見殺しにできそうだった宿敵を助けたのだから、裏切り者扱いされても仕方がない。


「私はお前らの王、足り得なかったのだな」

『……、今世始めてそのお姿を拝見した時、確かに私は貴方を王と認めた。それは今も変わらない』


 言っていることが矛盾している。


「なら何故、こそこそと! 口では何とでも言える」

『貴方は人になりたいのかと思っておりました』

「人に? 笑わせる。なれっこないだろう。私もお前も等しく罪人なのだから」


 ここ数年、夢見ることがある。

 もし私が魔王ではなく、あいつも勇者などでは無かったら、もっと違った未来があったのではないかと。

 だが、そんなこと考えても詮無いこと。


「バカバカしい」

『では、お尋ねします。貴方はまだ、魔王であり続けますか? 我らの王であり続けますか?』


 人を襲う魔物。それの王。

 私はいまだ、勇者以外の人間に、何の情も持てない。きっと目の前で死んでも何も思わないし、理由があれば殺すことだってある。

 それは、罪深いことなのだろう。


 それでも冬山で、人間の体で生き残るすべがない私が、選べる選択肢はひとつしかない。


 ――是


 雪が白く世界を埋め尽くす。寒さで、久しぶりに得た感情も凍えてしまいそうだった。

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