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始まりの村

 幾度となく目覚めては勇者という怪物に倒される。

 それが私。

 いつも目的もなくただ目覚め、周りに厄災をもたらし、そして殺される。

 それが記憶のある限りずっと続いている。

 人は私を魔王と呼ぶが、それは名称であり名前ではない。私にはずっと名前がない。




 薄っすらと瞼を開けた。朝日が清々しい。

 また、殺されるために目覚めてしまった。

 今回は珍しくもベッドの上にあるらしい。シーツの上を手で撫でる。

 ちょっとぼんやりしてたら、隣にいたやつが起きた。


「コレー、目が覚めたのか?」


 誰だそれは。

 さっきまで私の隣で突っ伏して寝ていたやつがそんなわけのわからない事をほざいた。

 胡乱な目を向けてやれば少しびびったのか、怯んだような顔をしている。


「お前は誰だ?」


 そう問えば、物凄く驚いた表情をされた。

 ころころとよく表情の変わるやつだ。


「何寝ぼけたこと言ってるんだよ。本当に俺のことがわからないのか?」

「知らんな」


 薄汚い子どものことなど知るはずないだろう。

 じっと睨みつけると、妙にきらきらした水面のような瞳が潤みだした。

 面倒なやつだ。

 それからしばらく無視してやると、子どもは慌てた様子で部屋を飛び出して行ってしまった。


 子どもの背を見送っていると、なぜか胸騒ぎがした。彼の者に似ている気がする。だが、彼の者に会うのはもっと先のはず。この容れ物がもっと大きくなった後。私の力が万全になった後に立ちはだかるはずなのだから。

 それに子どもの魂の輝きは勇者というには、あまりに力不足な弱々しい輝きだった。似ているが、あんなに小さな光だったはずがない。

 この世に生きとし生けるものすべてに魂があり、様々な色や輝き陰りを持っている。

 勇者は光の塊だった。いつの世に出会う勇者も陰など持たない、息苦しくなるような光を持っていた。


 子どもは確かに陰など見えない眩い光を抱えた魂を持っていたが、息苦しさなど感じるほど強烈なものではなかった。

 だから、きっとこれは気のせいなのだろう。


 しばらくすると、不機嫌な表情の子どもが帰ってきた。

「お前は俺の妹のコレーだからな!」


 そう言うとベッドの近くにある椅子に腰を下ろし、睨みつけるような目で見てきた。

 何がそんなに不服なのだろうか。


「もう忘れるんじゃないぞ」

「私の名がコレーと言うのか?」

「そうだ。母さんも父さんもみんなコレーのことを忘れてる。なんでなのかさっぱりわからないけど、俺だけが覚えている。でも、そんなのおかしいじゃないか」


 そう言うと、子どもは悲しそうな顔をした。

 いままで何回も器を手に入れてきたが、この器には名前があったらしい。そんなこと、いままで思いもよらなかった。きっと人は私が復活した後、器に関する記憶を忘れてしまうのだろう。そのようなことわりになっているに違いない。

 それなのに、珍しいこともあるものだ。


 この子どもはこの器の記憶があるらしい。


「俺がおかしいみたいじゃないか。……、コレーのことをみんな覚えてないなんて」


 力が戻るまで記憶喪失の妹のふりをしてやるのもいいかもしれない。

 時が来るまで甲斐甲斐しく世話をしてくれそうだ。そして、邪魔になったら殺してやればいい。





「コレー。本当に山に行くのかよ。騎士様だって言ってたろ、この頃魔物が活発だから森や湖の付近は危険だって」

「だって、久しぶりに山菜が食べたいんだもん。別に付いてきてくれなくても大丈夫だから、いちいち文句言わないでよ。お兄ちゃん」


 魔王たる私を攻撃する魔物などいるはずがない。

 私が復活してから、三年の年月を重ねた。子どもは少年と青年の半ばになり、鬱陶しいくらい魂の輝きが増している。

 多分、そういうことなのだろう。

 今なら、魔物をけしかければ容易く殺せる。だが、なぜだろうもう少し馴れ合ってもいい気分だった。


「置いて行くなよ。お前一人で行かせられるわけないだろ」


 そう言うと籠を背負って駆けてきた。犬みたいな奴だと思う。


「それって私が消えてもみんな心配しないし、捜さないから?」

「そうだよ。お前が遭難でもしたら俺一人で探すはめになる」

「まあ、そうだよね。お兄ちゃんにとっては妹でも、家族や町人は私のこと余所者の子どもだって思っているもんね」


 家の裏手にある山を登る。この山は町の端まで続いていた。

 私が目覚めてから、この器のことを覚えていたのはこいつだけだった。だから、この器の家族だったはずの奴らはずっとこいつ、タリスが拾ってきた捨て子だと思い込んでいる。

 まあ、どう思われていようといいが。


「それにしても歩きにくそうだね」

「みんなびびって山を使わなくなったからな」


 山道が整備されておらず、普段なら踏み固められているはずの土から草が生えている。

 脇の木々が枝を伸ばし進路を邪魔しているところまである。

 ないよりはマシな獣道寸前の山道だ。


「それより、どこまで行くつもりだ? この調子で道が続いていると、奥まで歩くとなると遭難する危険があるぞ」


 前を進みながらナイフで枝を落とし、私の通り道を作ってくれている。

 おかげで随分と歩きやすい。

 彼の背を見ながら、ちょっと考える。


「吊り橋の手前までかなあ。あそこの土手に山菜が沢山あるし」


 山の中腹より下に湖があり、そこを跨ぐように吊り橋が備え付けられていたはずだ。湖と吊り橋との間には高さがあり、少し崖のような作りになっていて、その崖の中程に細い道が通っていた。

 細いと言っても荷台が通れる幅はあるので、危ないほどではない。普段ならだが。

 案の定、タリスは少し渋い顔をした。


「危ないじゃないか。誰も使ってないんだし、足場が崩れるかもしれないぞ」

「もし無理そうなら湖の付近で探すよ」

「絶対だからな」

「分かったから。早く行こう」


 渋るタリスを適当に流す。

 ちらりと木影に視線をやれば、酷く濁った魂のものが見えた。あれは魔物だろうか。懐かしい。

 勇者だろうと思われるタリスに憎しみのこもった視線を向けている。

魔王である私が、行動を起こさないのをさぞ訝しんでいることだろう。


 しばらく歩くと湖が見えた。そこから、少し外れたところに土手がある。


 なんとか大丈夫そう。

 端の方を歩かなければ崩れることはないだろう。横に伸びた木の枝が邪魔だが歩けないほどではない。


「お兄ちゃん。大丈夫そうだし、やっぱりここで山菜を取ろう」

「先頭を任してくれるならいいけど。絶対に俺が通ったところ以外に足を踏み入れるなよ。危ないから」


 そう言って、また先に歩いて枝を落としてくれる。

 後ろから見ているためよくわからないが、少し息が上がってきたのか、肩が上下に動いている。


「変わろうか?」

「なに、を?」


 言葉を出すのが辛いのか、少し言葉がぶつ切れになっている。


「先導を。なんだか辛そうだよ」


 タリスはちょっと不満気な顔で振り返った。


「なんてことはない。だいたい、コレーにさせる方が危ない」


 そんなことはない。魔王としての力が殆ど戻ってきているし、ずっと前を歩いていて体力を消耗しているタリスの方が危なっかしい。

 だが、そんなことを言ってもムキになるだけだろう。しかたなく口を噤んだ。


 しばらく歩くと、山菜が足場の端の方に群生しているところを見つけた。

 いつもならこんなに沢山なっていないのだが、ここ最近は誰も足を踏み入れなくなったため、摘まれることがなく、増殖したのだろう。


「お兄ちゃんここでいい。ちょっとそこで休んでて」

「ああ、そうか。で、どこに生えているんだ?」

「ここだよここ」


 そう言って崖の近くに足を踏み出す。

 ぱらぱらと細やかな音がした。しゃがみこんで山菜を摘むと足下からみしっと嫌な音がして、宙に放り出された。


 これはちょっと不味いかも。

 蒼く透き通った空を見ながら思う。器は人間だから、この高さから落ちたら、破損しそうだ。でも、魔法を使うとタリスに怪しまれるだろうし。


 そこまで考えたところで、思考が中断される。視界が陰ったからだ。

 なぜと思いよく目を凝らすと、タリスが私に続くように落ちてきたからだとわかった。


 馬鹿だなあ。勇者の力に目覚めきってない人間のお前がそんなことをしては死んでしまうぞ。

 空で追いついたタリスが私を庇うように抱え込む。

 しばらくして、地に落ちた。


 鈍い衝撃を全身に受ける。だが、少し足から血を出しただけで済んだ。

 体を起こし、横を見るとタリスが呻いている。


 本当、馬鹿な奴だ。

 タリスは見た目に外傷はあまりなく、右腕が変な方向を向いているだけだった。だが、きっと内臓がやられている。結構な高さから落ちたから、目に見えない負傷をしているのだろう。

 魂の輝きが徐々に弱くなってきた。


 あたりの林を見渡せば、魔物達が蠢き、近づいてくる。


『憎き勇者を倒されたのですね』

『これで我等の安寧の地は永遠となりましょう』

『ほんに呆気ないものですなぁ』

『我々の悲願を達成されまして、ありがそうございます』


 口々にそう言ってくる。

 だが、私は本当にこうなることを望んでいたのだろうか。


 確かに何度も何度も殺された。でも、私に名を付け呼んでくれたのもこいつだけだった。

 今までの繰り返しを考えると瞬きのような時間。だが、三度の季節を共に見てきた。

 時が経つにつれ勇者の力が戻っていると気付きながら、それでも悠長に時を重ねたのは何故だ。


 魔物達は私を慕うことはあっても、私個人を見てくれることはない。だから、きっと私は心のどこかで孤独を感じていたのかもしれない。


 タリスの手を取り、頬に寄せる。


「まだ、共にいてくれ」


 さっきまで温かかったタリスの手がひんやりと冷たくなっていた。もう偶に痙攣したように震えるだけで、呻き声もあげない。


 私が聖者ならきっと回復魔法や蘇生魔法で彼を救うことができたのだろう。だが、私はそんな生き物にはなれない。

 魔物達を見ればわかるように、きっと私の魂も僅かな光も刺さないほど濁っている。


 だから。

「すまない。ごめんねお兄ちゃん」


 私にも使えて、共にいるためにできる方法。

 まだ理を無視するほど大掛かりな魔法を媒体もなしに使うほどには、私の力は目覚めきっていない。

 山菜狩りのために持ってきた鎌で手首を切って、血を地面に落とす。念のためタリスを囲むように魔法陣も書き記した。これできっと大丈夫。


『魔王様なにをなさるおつもりですか?』

「悪いなお前達。こいつがここで死ぬのは私の望みではないんだ」


 訝しげな様子で眺めていた魔物の言葉に、詫びを入れておく。

 これは魔物にとって迷惑なこと。勇者が勇者たる前にいなくなってくれれば私達にとって、これほど素晴らしいことはない。

 でも、嫌なんだ。


 息が完全に止まったタリスの顔を見つめる。

 そして、滔々と呪文を唱えた。死者を蘇らせる死霊術。闇の化身、それこそ私くらいでないと使えない魔法。


 この魔法を使って蘇らせたものは全て魔の気配をまとう。魂は濁り光は弱くなる。

 でも、勇者ならどうなるのだろう。今まで通り魔に落ちるのだろうか。それとも光り輝く魂のままなのだろうか。


 少し怖かった。だから、呪文を唱えて魔法をかけ終わる時、慌てて抱きしめた。そうすれば、魂の色を見なくてすむ。それがたとえ僅かな間だとしても。


 しばらくすると、タリスの腕が動いた。


「どうしたんだ? ったぁ。痛い痛い。めちゃくちゃ痛いぞ」


 蘇っても致命傷ではない傷は治らない。擦り傷切り傷はもちろんのこと、骨折などもだ。

 だから、痛いのは当たり前で。


「いつまで引っ付いているつもりなんだ?」


 タリスが不思議がって聞いてくるものだから、流石にもうそろそろ諦めなければならないと覚悟を決めた。

 彼の魂は黒く染まってしまったのだろうか。それとも憎いくらいの光を放っているのだろうか。


 そっと、背に回した腕を解いて体を離した。見えたのは眩いばかりの光。一切の瑕疵さえ許さないかのような明るすぎる光だった。


「それにしても、この高さから落ちて腕が折れただけで済むなんて奇跡だな。まるで都に住んでる魔導師が使う魔法みたいだ。でも、怪我しちまったしもう帰らないか。って泣いてるのか?」

「泣いて、なんっか……っない」


 私の影響を受けて濁った魂にならなくてよかったと思う反面、とても残念な気持ちにもなった。

 こんなにも近くにいるのに、最も遠い存在だと思い知らされる。


「わかったわかった。お前は泣いてない。それより、早く帰ろう?  夕暮れ時になればきっと魔物が出てくるだろ。腕もこんなだし、さっさと移動した方がいい」

「わかった。お兄ちゃんの籠は私が背負うよ」

「いや大丈夫だ。それより、俺は腕が使えない。悪いが前を歩いて道を作ってくれ」

「わかった」


 自分の少しだけ山菜が入った籠を担ぐと、鎌を手に持ち山を下るために歩く。

 別に急がずとも、魔物達が襲ってくるとは思えないが、事情を知らないタリスが焦る気持ちもわかる。


 ざくざくざくざく。


 しばらく、草を刈りながら歩いていると、背後で足音が止まった。


「どうしたの?」


 振り向くと、タリスが険しい顔をして、私の手首を見ていた。


「お前怪我してるじゃないか!」

「あ、あー。たぶん落ちる時に鎌で切っちゃったんだ」

「血が出てる。やっぱり俺が……。左手なら使えるし、先に歩く」

「何言ってるの。私の方が軽傷だよ。血は出てるけど、深く切ったわけじゃないから、家に着く頃には止まってるだろうし、大人しく後ろ付いてきて」



 呆れた。お前の方が重症だったんだから。大人しくしていたらいいんだ。

 背後でまだ何か言っているのを無視しながら歩いて行くと、町が見てきた。

 途中で帰ってきたからまだ黄昏時にはなっていない。


「お兄ちゃん。帰ったらきっと叱られるね」

「当たり前だろ」


 タリスの親はきっと私を責めるだろう。居候娘が自分の子供を唆して怪我させたと言って。

 だから、叱られるのはタリスだけだ。私は彼等の子供ではないのだから。あの家に私の居場所はない。


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