シスコン、街に着く
山頂から歩いて数分後、レイナは思い出したかのように兄へ言った。
「そう言えば、おにーちゃん、身体綺麗にしないの?」
レイナは山を下りながら兄の体を見る。身体は所々血で汚れていた。ドラゴンの血だ。どおりで、野獣や魔物に襲われないと思った。この血のおかげか。ドラゴンさまさまだな。
因みに襲ってきたドラゴンはゼロが収納魔法で回収しておいた。本当は埋葬して手厚く葬ってあげたかったが、あの質量のものをあそこに埋めるとなると、下手したら土砂崩れなんて言う面倒臭いことになりかねないので、広くて人目のつかない安全な場所に埋めてあげるまで所持しておくことにした。だが、途中で腐ったら嫌なので時間の概念がなく、生ものを入れても問題無いアイテムボックスの方に移した。どちらも高位の空間魔法で才能がある者の中でも出来るものは限られている。これらの魔法は魔力がどれだけ多くても出来ない奴はできない魔法だ。逆に言えば、魔力が少なくとも出来る魔法といえる。
「ん?、あぁ、忘れてた・・・レイナ頼めるか?」
「はーい、じゃーやるね」
レイナはゼロに向かって手を突き出した。
「【浄化】」
レイナがそう唱えるとゼロの身体から血のシミや、汚れが浮き上がり粒子となって消えていった。
【浄化】はその名の通り浄化魔法である。この魔法は汚染された水や空気そして、大地までなんでも綺麗にしたり、結婚前の貴族や王族の女性やお祈りする前の聖女が体を清めるためにも使われたりする。また、聖属性のためアンデットにも効果は抜群である。高位の魔法のため、使えるものは少なく、魔力の消費量も激しいので普通は、身体が汚れているから、なんて理由で使う人は余程に魔力に余裕があるものだけである。レイナの場合は、魔法式を組み換え状況によって使い分けを行っているので、今回は消費魔力量を最小限に抑えて使った。汚れと匂いだけに限定して。因みに二人はこれをお風呂替わりに使っている。勿論、お風呂がある宿ではこれは使わないが。
「ありがと、レイナ」
「どういたしまして。それに、もうそろそろ街だからね、血だらけのままだと入れてもらえないかもしれないし」
実際入れてもらえないことはあった。入れた時もあったが、その時の周りの目があれだったので、あの日以来血は落としてから街に入るようにしている。たまに忘れる時があるがその時はレイナがやってくれるので助かっている。
山の半分くらいに差し掛かると、二人はお昼を食べるために少し休憩することにした。倒れた大木を椅子代わりにすると、ゼロはアイテムボックスから籠を取り出す。開けるとサンドウィッチが入っていた。ゼロのお手製である。いつもはその場で作るのだが、街が近いので軽食ですますことにした。食事を終えると、また歩き出す。そして、山の麓に到着した。
麓からも街が見えた。山頂の時よりもはっきりと。その奥には森も見える。空は若干赤みがかっているが急いだ甲斐があり、今日中に街に行けそうだ。
この二人は見たら分かるように、冒険者をやっている。冒険者になった理由は、旅をしている以上街や入国の時にする手続きが面倒臭いからだ。登録の際に貰えるギルドカード、これが身分証の代わりとなり通常よりも短くすむ。ギルドカードは偽造できないように細工がされているらしい。
「あ! 街が見えてきたよ!ほら、早く行こーよ」
レイナはそう言うと足取りを速めた。待ちきれないのだろうか? やれやれ、仕方のない奴だ。
「そんなに急がなくたって街は逃げないぞ」
ゼロはかけて行く妹の姿に僅かな笑みを浮かべあとを追いかけた。
狩の街ラクゼル。二人が向かっている街の名前だ。豊かな自然で囲まれたこの街はご飯が美味しいことで有名だ。特に肉料理が美味しいらしい。
また、ラクゼルの近くには愚者の森と呼ばれる森が広がっている。そこは、様々な稀少価値の高いものが取れることでも有名だ。
だが、自然が人に与えてくれるものはいいものばかりとは限らない。自然の中に身を置くということは常に危険が伴う。その一つに、魔獣の被害というものがある。愚者の森には凶暴な魔獣が多く生息しており毎年多くの冒険者が消息を絶っている。
特に多いのは自身の力を過信して魔獣に挑戦する冒険者だ。愚者の森の愚者ってそういう意味なのだろうか。
街の外門に着くと二人の衛兵に呼び止められ、身分証を提示した。ゼロ達は冒険者なのでギルドカードが身分証の代わりとなった。
「!、確認した、通っていいぞ」
二人は門番からギルドカードを返してもらい、門番に質問する。
「聞きたいことがあるだが、大丈夫か?」
「ああ、構わないぞ、なんだ?」
「この街の地図って何処に売ってる? もしくは地図が載せてある掲示板とか」
「地図なら、ギルドに行けば売ってると思うがな、この道を真っ直ぐ進むと広場に出る。そこには掲示板があってだな、その右側に青い屋根の建物がある。そこがギルドだ。掲示板には地図が載ってあるから好きな方を選ぶといい」
「ありがとう、助かるよ」
二人はペコりと頭を軽く下げお礼を言い石煉瓦で作られた街門をくぐり街の中へ。
「街に来たのは久しぶりだね♪」
「あぁ、最近は野宿が多かったしな。四日ぶり、くらいか?」
「よし! じゃあ、おにーちゃん! 早く街を回ろーよ!ね?」
満面の笑みを見せるレイナ。あぁ、可愛い。思わず「おう!じゃあそーするか」と言いそうになったゼロだが、ぐっと思いとどまった。まだ泊まる場所も決めてないのに街を回って最終的に「泊まる場所がありませんでした」なんて事にはなりなくない。寝る場所だけでも確保しておかないと....。
「待て待て、回るのはいいけど先に宿を探そう、見つからなかったら街で野宿だぞ?」
「あ、それもそうだね、じゃあ、まずは宿探しだー♪」
やっぱりレイナのテンションが少々高い気がする。久しぶりに街に来たから浮かれているのだろうか?可愛い奴め。
「とりあえず、門番の人に言われたようにこの道を真っ直ぐ進もうか、歩いてる間に宿見つかるかもしれないしな」
ゼロはそう言い辺りを見渡した。外門から続く太い街道が一本あり、その両脇に煉瓦造りの建物と、街灯が並んでいた。街を歩く人はいかつい格好の人が多い。さすが狩りの街。
道なりに歩けば宿ぐらいすぐ見つかるだろ、ゼロはそう思い歩き出す。その時、不愉快な視線を感じ取った。
「おい、みてみろよあの子」
「ん? 可愛いな。俺ちょっと声掛けてこようかな」
「おいおい抜け駆けするな、俺も行くぞ」
レイナを見てひそひそと話す二人組の男。どうやらナンパなどという愚かな行為を考えているようだ。確かに俺の妹は可愛いし天使のようなやつだ。いや、それ以上の存在だ。見惚れるの分かる。だが、あんな下劣な視線を向けられるのは非常に不愉快だ。よし殺すか。
「よしじゃあ……っ!!」
「どうし……っ!!」
突如二人の表情は恐怖に支配された。一歩でも動かそうものなら命を落とすと、確実な死が待っているとそう自分達の体が訴えているように。そして、男二人は血相を変えて急いで逃げていった。
「・・・・・・」
チッ、やはり街は危険だ。妹に近寄らうとしてくるクズがいっぱいいやがる。駆逐するか? いや、いっそのことこの街ごと……。
「・・・・・・おにーちゃん?」
「!どうしたー?我が愛しの妹よー」
「今、何か変な事考えてたでしょ?」
じーっと見つめるレイナ。ゼロはそれを見て言葉を詰まらせた。
「・・・・・・そんなことは、無いぞ」
目を逸らしながら。それを見たレイナはため息を吐いた。
「もー、おにーちゃん、いつも言ってるでしょ? 別に何かされた訳でもないんだから、殺気を放つのは辞めてって」
レイナは指を立てて兄へ注意する。そして、ゼロは下を向いて反省する。一体どっちが、歳上なんだか・・・・・・。
「気を付けてはいるんだけど、その、ごめん・・・・・・」
「まぁいいよ、それより宿探すんでしょ? 行こ、おにーちゃん♪」
レイナは笑顔で兄へ手を伸ばし兄の手を握ると、引っ張るように広場の方に歩いていった。