73 魔族街の攻防戦 ②
この10年間、あらゆる外敵や脅威から護ってくれた少女が戻ったことで、戦意こそ失わなかったものの人族の猛攻に不安で押し潰されそうになっていた魔族達が、隠れていた民家から飛び出すように姿を見せて歓声を上げた。
「こいつら……」
思ったよりも多くの女性や老人の魔族が避難もせず隠れていたことに、ベルトが思わず嬉しいのか怒りたいのか分からないような顔で呟くと、いつもの如く無表情のキャロルが――いや、若干照れたように見えるキャロルが、ベルトの肩を指でつついて斬馬刀をゆるりと構えた。
「まだだよ」
その呟きにベルトが振り返ると、キャロルの戦技で断ち切られ崩れ落ちたはずの大地の精霊が、大地を吸収するようにして復元していくのが見えた。
「こいつまだっ」
「……精霊?」
「そうだ、とんでもなく堅いぞ、…って嬢ちゃんはあっさり斬っちまったが」
「アリスが来ているの?」
キャロルが目を細めながら一歩前に出る。その以前とは違う強烈な威圧感にベルトや離れていた魔族達までも息を飲んで静まりかえり、何かを感じたのか大地の精霊すらも警戒するように一歩下がると、そのまま大地に沈んで消えていった。
「………」
数秒ほどリジルを構えたままだったキャロルが精霊が隠れたのではなく撤退したのだと分かって構えを解くと、威圧感が消えてようやくベルトが声を掛けた。
「アリスって…あの『愛し子』か? 今回は見てねぇから多分居ねぇと思うが、さっきの精霊は王家の精霊だな。大地の精霊だから多分“王妃”だと思うが」
「ふ~ん……。それよりも他の街の人は?」
「ああ、嬢ちゃんの使用人も含めて、だいたいは避難したはずだ。嬢ちゃん……。何があった? 雰囲気が違うというか……服も少し違っているような気がするんだが」
キャロルの雰囲気が違う。ベルトの言う通り、前までのキャロルからも強い力を感じていたが、いまいち持て余していたような以前とは違い、妙に落ち着いている感じで印象とすれば『馴染んでいる』感じがした。
服装も以前の赤を基調とした、わずかな黒と黒い金属で補強したミニドレスは変わらないのだが、黒い部分が増し金属の部分もかなり増えているような気がする。
一番変わったのはスカートの部分だろうか。ただのヒラヒラしたミニスカートが中央から左右に分かれた形状になり、その内側に以前より短い黒のフレアスカート部分が増えていた。
「すけべ」
「脚を見てたんじゃねーよっ!?」
それでも、服装や雰囲気が変わっても中身は変わらないキャロルだった。
多少雰囲気が変わったせいで余計に緩く見えているのだけかとベルトは安心したが、より端的に言うのなら、死亡フラグに備えて張り詰めていたような空気が消えて、前世のキャロルに戻っていた。
ズズン…ッ!
『キャロルっ、我はもう動かないぞっ!』
魔族の国から全速力で飛んできたポチが墜落するように着陸すると、キャロルが近寄りわしわしと咽を撫でる。
「うん、ありがと、ポチ。ポチもベルトさんも少し休んでいて」
「お、おい、嬢ちゃん、状況が分かってんのか?」
「ん」
キャロルはベルトの言葉に短く答えると、まだ魔族軍とケーニスタ軍の戦闘が続く方角に視線を向けた。
「大丈夫。私がやっつけるから」
***
「くっ」
「王妃殿下!?」
精霊を敵拠点内に送って暴れさせていた王妃が、テントの中で突然よろめくのを見てプラータ公爵が駆け寄ってくる。
「何がありましたかっ」
「わたくしの精霊が強い衝撃を受けました。……不安定なのでいったん戻しますわ」
「……わかりました」
精霊が自発的に協力する『愛し子』と違い、精霊の契約者は魔力で繋がっている為、精霊がダメージを受けると契約者にも影響が出る。
契約した精霊は契約者の魔力によって物質界に固定化されるので、ただの精霊よりも耐久力が高いとされる。それ故に対魔王の切り札として王妃と契約精霊に出向いてもらっているのだが、騎士数百名を倒したという魔王はまだ現れていない。
魔王――人族のお伽話に出るような悪の代名詞で、平民はその存在を異様に恐れるがプラータ公爵はそんな存在が実際にいるとは思っていない。
実際は一緒に居たという黒竜が暴れて、兵士が『魔王』という名前に怯えすぎた結果だと考えており、王妃の精霊は兵士達の怖じ気を払拭するのと黒竜対策で、魔族との戦いは一方的な虐殺で終わると予想していた。
だが、いざ蓋を開いてみれば、魔族の拠点には多くの兵士が在中しており、切り札の精霊も魔族軍の黒騎士のせいで大した戦果を上げられていない。
今まではその黒騎士を倒す為に精霊を当てていたが、黒騎士が精霊にダメージを与えるほど強力なら、魔王と竜が出てくる前に正面の魔族軍に精霊を当たらせて、早めの決着を付けるべきだとプラータ公爵は考えた。
「王妃殿下、ここは精霊を――」
その時、戦場の方角から多数の雄叫びのような声が響く。ケーニスタ軍か魔族軍のどちらかが敵を崩したのか? だが長引いて疲弊したこの戦場で兵士達が声を上げる事態とは尋常ではない。
プラータ公爵が嫌な予感を感じていると、テントの入り口から伝令兵が血相を変えて飛び込んでくる。
「報告っ! 魔族軍に魔王と思しき者がっ!」
「なんだとっ!」
プラータ公爵がその報告の内容を見極める為に伝令兵に近寄ると、それよりも早く王妃が前に出た。
「ようやく現れましたね、魔王っ! わたくしの精霊で屠ってやるわっ! ホーホッホッホッ!」
***
「じゃ、行ってくる」
「お、おいっ」
呼び止めるベルトさんをほっといて、私は前線のほうへ飛び出す。今の私なら身体強化は150%まで使えるから、この程度の移動に魔法を使う必要もない。
ハイエルフの里から出てきた私は、魔族王から魔道具の通信によってこの街が襲われていると知らされました。
魔法で跳ぼうにも座標刻印が壊されたのか転移できない拙い状況のようで、私はポチに【敏捷上昇】のエンチャントを掛けて、地上で二日半の道のりをわずか半日で飛んできたのです。
私が戦場に飛び出すと、私を知っている街の人や魔族軍の顔に精気が戻り、囁く声が徐々に歓喜の雄叫びへと変わっていった。
「報告」
私が小さく呟くと脳内に戦場の簡易地図が投影され、私に敵対心を持つ者、中立状態の者、私に味方をする者が、赤・白・青で表示される。
〈Enemy 2834.Normal 792.Friendly 1570.〉
中立状態の人が多いのは、徴兵されてきた民兵で戦意よりも怯えが勝っているからでしょうか? 向こうもこちらも聞いていたより随分と人数が減っています。妖精界では時間の流れも適当なのであまり気にはしていなかったけど、随分とのんびりしすぎていたようです。でも――
「もう酷い事はさせない」
私は崩れかけの塔の上に降り立つと、2メートルはある巨大な銀の杖を取り出して天に掲げる。
「『我は真理を追究する者なり、理を統べる術を求める者なり』」
詠唱を始めると私を中心に光の魔法陣が浮かび上がり、
「『古き神の一柱、天上の調、御遣い達の唄声、鳴り響く戦場の角笛。誇れ、栄光の戦士達よ』」
光の魔法陣は空に舞い上がり、戦場全てを包むように広がる。
「『我が英雄達の尊き魂に安らぎと立ち上がる力を与えん』」
第十階級光魔法――
「―――【Sanctuary】―――」
魔法陣から光の粒子が雪のように舞い降りて、その地域一帯を【聖域】に変え、私に敵対しない者の身体を癒し、私に味方する人達に戦う力を与えた。
第十階級光魔法――【サンクチュアリ】【聖域】
その光の力を受けた魔族達が雄叫びを上げながら立ち上がり、ケーニスタの民兵達が武器を落として唖然とした顔で私を見上げる。
VRMMOでは、闇属性の敵のHPMP自動回復無効。味方へのデバフ無効とHPMPの自動回復上昇効果がある魔法でしたが、今は全ての敵に適用され、より広範囲になっている。
まぁ、仕方ありませんよね。お祖母ちゃんが言うには――
「おっと」
先ほど追っ払った獣型のゴーレム――大地の精霊がまた前線に現れ、魔族軍と私を討つ為に大気を振動させて攻撃の準備を始める。
〈Arch Elemental:Alignment Earth. Status:Bad. MP13200/56000〉
大地の大精霊? それにしては随分と弱ってます。これだと上級精霊数体分の力しか有りません。
これがお祖母ちゃんの言っていた魔道具に縛られた精霊ですか……。
『――――――――――――――――ッ!!!!!』
精霊の叫びに数十個の巨大な岩石が出現し、私と魔族軍――そしてそれと戦っていた民兵達に向けて、十数個の岩石が撃ち放たれた。
〈Seven grade Magic:Rock Cannon.Offense 1300〉
第七階級魔法【ロックキャノン】ですか。
巻き込まれた魔族や人族から悲鳴や怒号が響く中、私は砦の上から身体強化を使って飛び出すと、全ての岩石を【自動照準】して高速で飛び移るようにして打ち砕き、
「――【Death Slug】――」
ドドドドドドンッ!!!!!!
耳をつんざくような轟音と共に、魔銃戦技の六連射で残りの岩石を打ち砕いた。
本来撃てないはずの戦技の連続使用で黒金色が真っ赤に灼けたブレイクリボルバーを仕舞い、滞空したまま指先を大地の精霊に向けると青空が帯電し始める。
「――【Mjollnir】――」
『――――――――!!!!』
天より巨大な雷が落ちて、詠唱破棄の第九階級魔法【雷の鎚】に貫かれた大地の精霊は、声にならない悲鳴をあげてボロボロと崩れ去り、遠くから女の人の悲鳴のようなものが聞こえるくらい、戦場は静まりかえっていた。
精霊だと分かっていれば、大精霊でも弱体化しているので倒すのは問題ありません。何しろお祖母ちゃんに言わせれば、今の私は――
〈Carol:Status・Level 213. HP765/770:MP890/1235.〉
『今のキャロルは、神の領域に片足突っ込んでる』
らしいですよ。
次回、ハイエルフの里での出来事、戦いの決着。




