72 魔族街の攻防戦 ①
三人称のみです。
逆賊フレア・マーキュリー・プラータは、第一騎士団と宮廷魔術師団、そして有志の協力者によって捕縛された。
フレアを捕縛するにあたって、フレアと有志の協力者――精霊の愛し子アリスとの戦闘により、王都の二割が焼失。第一騎士団と第二騎士団の死傷者は二百余名、兵士にも三百名近い被害を出し、市民にも数十名の死傷者が出て数千人の市民が帰る家を失う大惨事となった。
フレアに協力した第三騎士団の一部、五十名の内、騎士隊長を含む三十二名がその場で斬首または戦死。フレアの信奉者である貴族と兵士達も数十名が死亡し、十数名の貴族が捕縛され、残りは逃亡した。
主犯であるフレアはその場で討ち取ることが出来ず、宮廷魔術師団によって厳重な精霊封じが行われ、重犯罪者用の特別地下牢に収監された。
この事件による損害は大金貨5万枚を超えるが、プラータ公爵家は事件前にフレアと縁を切ったとして損害賠償を拒否、王家もそれ以前に王が資産を失ったことと、数ヶ月前の仮称魔王と今回の件で千人以上の騎士と兵士を失ったことから、街の復興は後回しにされ多数の難民を生み出した。
それでもフレア捕縛の為に屋敷を提供した貴族家に補償もしないわけにはいかず、それらの貴族家からの次の税を半分にすることで折り合いは付いたが、そのせいで王家の資金繰りはさらに苦しくなり、王都以外の貴族領にさらなる税を納めるように御触れを出した。
王都以外の貴族領は謎の精霊減少により作物の収穫が半減している。
そして王の資産を補填する為に税率が上がっており、今回さらに支払う税を増やされただけでなく、王都からの難民も受け入れる羽目になった領地の平民達は、王家と貴族に対して強い不信と不満を抱くようになる。
不信を抱いたのは平民と交流があった地方の下級貴族も同様で、次の税を納めるまでに何か良い手はないかと、隣国へ内通し、王弟であるカミーユに内密で接触しはじめた。
それを宰相であるカドー侯爵やプラータ公爵のような上級貴族達が気付かないはずがない。だがそれらを全て切ってしまうと税収がさらに減ることになる。
ここまで事態が大きくなると、主犯であるフレアを公開処刑にした程度では民たちの不満は解消されない。そこで彼らは協議を繰り返すと、不満の目を他へと逸らすことを国王へ進言し、数日後、国王の名の下にある布告がなされた。
『王都を破壊したのは魔族の陰謀である。その為に多数の清廉な騎士達が命を落とし、民たちを護っていた兵士も多く失い、この度のことにおいても多数の市民が家と家族を失うことになった。
魔族は卑劣にも作物や井戸を狙い、人族の不和を図った。偉大なる世界の王である人族は魔族には負けぬっ。
我らは卑劣な魔族を率いる【魔王】を討伐する為、魔族の拠点に進撃するっ!』
戦力は第一騎士団を中心に王都の貴族家から徴用した騎士と兵士、およそ三千名。
地方の貴族領にはまだ戦力は残っているが、不信を持っている彼らを使うわけにいかず、これは最低限の護りを残した王都の残り戦力ほぼ全てだった。
これは前回の魔の森侵攻と同程度の戦力であり、前回はその戦力で魔王一人に敗走したのだが、今回は『対魔王用』の対策も為されていた。
王家の信頼回復の為、精霊を守護に持つ王族の一人が“対魔王用”の戦力として同行することになっていた。
王家を守護する精霊は、フレアに奪われた炎の精霊。王太子ジュリオの水の精霊。国王を護る風の精霊。王妃を護る大地の精霊の四体だ。その中で次代の王であり性格的に戦いに向いていないジュリオを出すわけにはいかないと、王妃シルビアが総大将として出向くことになったのである。
その他に第三階級以上の魔術が使える宮廷魔術師団が五十名と、第六階級の魔術を使える筆頭宮廷魔導師のアレラー伯爵。
第一騎士団からは虎の子である魔銃を擁する『魔銃隊』八十名。その軍の参謀としてフレアの責任からプラータ公爵とその騎士団が参加し、討伐軍の指揮官として第一騎士団長アベルが指名された。
騎士や兵士の人数は同じでも、戦力的には前回を大きく上回る。
そして今回の侵攻の目的はただ不満を逸らす為だけではなく、捕まえた魔族をすべて奴隷として他国へ売り払い、資金を得ることだった。
今も王都に残った宰相は他国の大使館を廻り、魔族奴隷売買の契約をしている。
「くそっ、厄介な時に攻めて来やがってっ!」
剣聖あらため黒騎士となったベルトが兜を脱ぎながらテントの中で水を呷る。
魔族の国から隠蔽と防衛用の魔道具を提供して貰うはずが、それを目的で彼の地へ赴いたキャロルが戻らなかったので、それがもたらされるのが遅れてしまった。
キャロルがハイエルフの里に侵入して一ヶ月ほどが過ぎて、ようやく埒があかないと判断した魔族国の王が派遣した二千の魔族軍が魔族の街に到着した時には、キャロルが消えてから三ヶ月が経過していた。
魔族軍の派遣が遅れたのはキャロルが戻るのを待っていたこともあるが、魔族王が街の負担を減らす為に食料や簡易拠点を自分で用意していたからだ。実際にそれらを用意しようとするならさらに数ヶ月は必要で、三ヶ月で準備をして到着するのは驚くべき速さなのだが、問題は無理に徴用して派兵したケーニスタ軍の動きが想定よりも異様に早かったからだった。
損害を恐れず冒険者を使い潰すように斥候を送り続け、指揮官に任命されたボリス率いる魔族軍が到着した時には隠蔽を施すどころではなく、ケーニスタ軍は街の間近まで迫っていた。
ケーニスタ軍四千に対し、魔族軍は派遣された二千の他に街からの義勇兵千名と黒騎士ベルトが迎え撃つが、進軍途中にあった村から全ての食料を徴収したケーニスタ軍は昼夜を問わず攻勢を始め、多数の民間人を護る魔族軍は次第に押されていった。
魔族軍の最大戦力であるベルトが前線で戦えば戦況を覆せる場面は何度かあったが、王妃の操る大地の精霊が魔族の街を直接狙うようになり、ベルトは街の防衛を余儀なくされていた。
だが精霊の攻撃で魔族の拠点を一気に潰すつもりだったケーニスタ軍も、単体で精霊に痛手を負わせる黒騎士の存在に計画を崩され、戦況は膠着状態に陥り、開戦してからすでに十日が過ぎようとしている。
だがこの状態は長く続かないだろう。散発的にケーニスタ軍を襲っていた下級な森の魔物達もそのほとんどが駆逐され、ケーニスタ軍に余裕が出てきたのだ。
それでも十日も戦闘が続けば兵士達も疲弊し攻勢も弱まるはずだが、王妃の我慢が限界に来ていた。
魔の森に張られた巨大なテントの中で、女性用の騎士の礼服を纏った王妃が少なくなってきた高価なワインをグラスごとメイドに投げつけ、苛立つ声を張り上げる。
「これ以上こんな不潔な場所にいられないわっ、砦に火を放てっ! 魔族共を街から追い出しなさいっ!」
街を襲う精霊の攻撃を戦士であるベルトがかろうじて防げていたのは、魔族を奴隷とする目的があり、無差別攻撃を出来なかったからだ。
出来れば街を護る砦をそのまま残し、さらに奥地にあるという魔族国を侵略する拠点に使いたいと考えていたプラータ公爵だが、これ以上王妃を苛つかせれば何をしでかすか分からないと、渋い顔で騎士団長のアベルに命じる。
「奴隷は女子供だけで充分でしょう。他は殺せ」
「はっ!」
フレアとの戦いで顔半分に火傷が残るアベルが獰猛な笑みを浮かべる。
この世界では回復魔法も錬金術を利用したポーションもあり、それがもたらされたことで新生児の死亡率は激減し、人族は数を増やしてきた。
だが慢心と驕りの為にハイエルフや魔族などの高位魔術の恩恵を失い、高い精霊力の炎で焼かれたアベルの火傷は、アリスが売ってくれた大金貨三枚の軟膏を付けても治らなかった。
アベルはこの火傷も、敬愛する父である剣聖ベルトが行方不明となったことも、全て魔族のせいだと王太子やアリスに聞かされ、この戦でも何人もの魔族の戦士を嬲り殺しにしてきた。
だが、まだ足りない。この戦場で魔族最強の戦士――黒騎士を見た時から、あれと戦いたいとずっと願っていた。
「魔族の黒騎士は、私が倒すっ!」
その次の朝、ケーニスタ軍は全力で攻勢に出る。
油を染みこませた火矢と、宮廷魔術師団が放つ【炎の槍】が遺跡を修復した砦に突き刺さり、筆頭宮廷魔導師のアレラー伯爵が放つ第五階級魔法【火球】が砦に火の手をあげた。
「進軍せよっ!」
それまで後方に居たアベルが先頭に立って父譲りの大剣術で魔族を屠り、虎の子の魔銃隊の一斉掃射が魔族軍の兵列を崩していく。
「出てこいっ黒騎士っ! 私と尋常に戦えっ!」
「それどころじゃねぇよっ!!」
遠くで自分を呼ぶどこかで聞いたことのある挑発の声を聴きながら、ベルトは市街地で強襲してきた大地の精霊と一人奮戦していた。
ベルトにも志願して付いてきてくれた魔族の部下はいたが、彼らは大地の精霊の範囲攻撃で吹き飛び、不壊と若干の魔法防御の特性を持つ鎧を着たベルトだけがかろうじて精霊と戦えているのが現状だった。
ガキンっ!
「かってぇなっ!」
大地の精霊は、獣の形をした巨大な岩のゴーレムのような姿をしていた。
風や水の精霊と比べたら実体があるだけ戦士であるベルトでも戦えていたが、キャロルから貰った大剣でも、そのミスリルのような硬度を持つ表皮にさすがのベルトも攻めあぐねている。
「……せめてポチがいりゃあな」
竜の吐く炎は、物理的な炎ではなく魔法攻撃に近い。竜のブレスなら精霊にも打撃を与えられるのだが、ボリスの話ではこの街に戻る時にポチにも声を掛けたそうだが、ポチは主人であるキャロルを待つと封印の岩山の前から動かなかった。
「あ、やべぇ……」
ベルトの眼前で大地の精霊が大気を震わせるように唸り始め、ベルトの顔に冷や汗が流れる。
これは先ほどベルトの部下達を吹き飛ばした【地鳴り】だと思われるが、王妃の苛立ちが影響しているのか、ベルトには先ほどよりも大きく感じられた。
「ああ、くそっ!」
魔族は簡単に逃げない。強さを尊ぶ魔族はベルトが戦っている時は任せて逃げようとせず、今も近隣の住宅の中で数人の魔族が残っていると気付いたベルトは、自分を鼓舞するように叫んで精霊の前に立ち塞がった。
「俺を狙え、こんちくしょうっ!……ん?」
その時ベルトの耳に、残っていた魔族達の囁くような声が聞こえた。
驚愕するような……歓喜するような……その響きが気に掛かり、目の前の精霊から目を離す愚を犯しながらも顔を上げると、遠くから青白い空に墨を落とすように黒い点が近づいて来るのが見えた。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
風を切り、大空を舞う漆黒の翼。その竜の巨体の背に乗る赤と黒の人影が竜を超える速さで飛び出すと、身の丈を超える片刃の長剣を構え、ベルトと大地の精霊の間に割り込むように、稲妻の如く突っ込んできた。
「――【Lightning Slash】――ッ!」
ミスリルの強度を持つ大地の精霊の表皮を鉈で林檎を割るように斬り裂き、崩れ落ちる精霊には目もくれず、長い艶やかな黒髪を靡かせながら少女がくるりと振り返る。
「もどた」
「キャロル嬢ちゃん、緩すぎだろっ!」
次回、キャロルの真の力




