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70 ケーニスタ王国の混乱

 王国サイド



 人族の大国、ケーニスタ王国へ落ちた影。

 国中の精霊力が減退し、森が枯れ、水源が涸れ、作物の収穫量は数年前の半分以下に落ち込んだ。

 幸い『精霊の愛し子』である少女が居たおかげで、少女が出向けば枯れた土地は目に見えて回復をしたが、それは一時的なもので数週間も経つとまだ枯れていなかった土地までも枯れ始め、領主達はまた『愛し子』に優先的に来てもらう資金を必要として民たちに重税を強いた。

 重税はまだ国に残ってこれていた亜人達が生きられないほど重くのし掛かり、亜人達が国を離れていった事で民の生活から多くの利便さが失われ、それを補う為に民を雑徭して生活はさらに苦しくなり、民の不満は少しずつ大きくなっていった。


 だが王都周辺ではこれまでにないほど精霊力が溢れ豊作だった為に、王都に居る貴族達はそのことを大きな問題とは捉えていなかった。一部、民との距離が近い地方の下級貴族達が異常を訴え税の免除を求めたが、王都の貴族達はそれを彼らの怠慢として嘲笑っていた。


 そうなると王都から続く街道沿いで山賊が出現し始める。

 生まれながらの山賊はいない。そのほとんどは食うに困った農民達だ。彼らは生きる為に王都から来る商人を襲い飢えを満たそうとし、足りなければ王都周辺の肥えた作物を得る為に貴族の農作地さえ襲ったが、被害が出始めると騎士団や兵士達に鎮圧されていった。

 山賊行為は捕まえても街から遠い場所である事が多いので、大抵の場合は裁判をすることなくその場で死刑と決まっている。

 農作地を襲ってきた山賊達を返り討ちにしたある兵士は、その山賊の死体の中に老人や女子供までいることに驚き、顔色を青くして不安に唾を飲み込んだ。


 国の外側から枯れ始め、王都を中心とした中枢部のみが栄える。

 毎晩のように『愛し子』を讃える夜会が行われ、彼女が得る利権のおこぼれを得ようと貴族達が擦り寄り、その中心のきらびやかな舞台で満面の笑顔を浮かべていた金髪の少女――アリスがある人物を見つけて足早に駆け寄っていった。


「来ていたんですねっ! カミーユ様っ」

「………アリス嬢か」


 婚約者を失った若き王弟として、娘を売り込みたい上位貴族からの招待を何度も断り切れず、カミーユは貴族の仕来りも知らず常識もなく声を掛けてきたアリスに冷たく応じる。

「すまないが私はもう…」

「分かってますっ! キャロルさんと私は“お友達”でしたから、私とキャロルさんとの想い出を語れば少しは気分も紛れますよっ」

「…………」

 まるで故人を偲ぶようなその言いようと愉しげな笑顔に、カミーユは奥歯を噛み、拳を握りしめた。

 アリスとしては本当にキャロルのことを話したい相手としてカミーユを選んだだけだったが、他人との距離感がなく、ずけずけと土足で踏み込んでくるような話し方にカミーユは内臓が重くなるようなどす黒い感覚を覚える。

 それでも相手は『精霊の愛し子』であり、国内の精霊異常を抑えることが出来ると見られている唯一の人物で、王太子の婚約者候補にも挙がっている。

 そんなアリスを無下に扱うわけにもいかず、虚ろな笑みを浮かべて相手をするカミーユに、噂好きな貴族達は『王太子と王弟の愛し子をめぐる恋のさや当て』かと無責任にはやし立てた。


「……すまない、気分が悪いので失礼する」

「そうなんですかぁ? またお話ししましょうねぇ!」


 何とか無駄話を打ち切り、慌てる主催者の貴族が追いかけてくるのを無視して、執事のニコラスが扉を開けてくれた馬車に乗り込むと、馬車はそのまま夜の王都を走り出した。

「……ふぅ」

「お疲れ様です、カミーユ様」

 襟元を緩めながら息を吐くカミーユに、ニコラスが苦笑しながら柑橘系果物で香り付けした水を差し出す。

 それを一気に飲み干して空になったグラスを返すと、カミーユは背もたれに寄りかかるようにして溜息を吐いた。

「あの『愛し子』……キャロルをもう死んだみたいに言いやがって。……すまん」

 愚痴のように吐き捨てた後でもう一人同じ境遇の人物がいると気付いて、カミーユは主従関係ながら留学時代の友人に頭を下げると、ニコラスはゆっくりと首を振る。

 ニコラスはキャロルの専属侍女であるマイアと恋仲になっており、キャロルが学院卒業後、カミーユの屋敷に移動すると同時に婚姻する予定だった。

 だが、キャロルが王城破壊事件の時に行方不明となり、マイアも王都から姿を消して行方知れずとなっている。

「あのお嬢さんと一緒に居るならマイアも大丈夫に決まってます」

「そうだな……。だが、妙齢の可愛らしい女性だから、どこか他の土地で男共に言い寄られているかもしれんな」

「なっ、……お前なぁ」

 カミーユの軽口にニコラスが思わず学生時代のぞんざいな口調になる。


 カミーユはキャロルが無事であることは確認しているが、その後、無事に王都を脱出できたか確認できていない。キャロルが『薔薇の魔女』と呼ばれる凄腕の冒険者であることは知っていても、心配はまた別の感情だ。

 軽口を叩いて一息ついたところで、カミーユが声を潜めるように話を切り出す。


「ニコラス。ソルベットとは連絡が付いたか?」

「ええ、もちろんです。何人か学生時代の貴族の伝手を使いましたが、ソルベットもケーニスタの混乱を警戒していますね。彼らの話によると、内容によっては話を持って行けるが、現状ではまだ難しいそうです」

「……そうか」


 カミーユが留学し、彼の母である亡き第三王妃の母国である隣国ソルベット。

 カミーユは学生時代の貴族の友人を通して、伯父でもあるソルベット王にケーニスタ王国への介入を出来ないか打診していた。

 カミーユとしては単純に自分とキャロル、その周辺の身柄をソルベットで匿ってほしいだけだったが、王位簒奪が可能な血が他国にあることをケーニスタ国王が許さなかった場合、国家間が緊張状態になる事が予想され、良い返事がもらえていない。

 そしてソルベット王も単純に血縁者だからという理由でカミーユに協力はしてくれないだろう。ケーニスタ王国が混乱して国力が低下するのなら、カミーユを使って王位の簒奪まで考えているはずだ。

「貴族は面倒だな……」


 ケーニスタ王国の現状に気付いて動きだしている者はカミーユ達ばかりではない。

 宰相のカドー侯爵やプラータ公爵などは、この混乱に乗じてさらなる儲けを得られないか模索すると同時に、資産の一部を国外に持ち出してもいる。

 その中でもっとも精力的に動いていたのは、まだ学生である銀髪の少女だった。


「オーホッホホホッ! 醜いウジ虫共、足下で跪きなさいっ」


 真の悪役令嬢フレア・マーキュリー・プラータは、この混乱の機に乗じて面倒な貴族家を潰しまくっていた。

 まずは辺境や地方で混乱により飢えに苦しむ“まとも”な貴族領を選んで援助をする。

 彼らは主に権力や富が中央に集まりすぎることを嫌う『貴族派』の貴族達だ。その中でも民のことを考えるまともな貴族は少ないが、まともな貴族ほど援助してくれるフレアが冷酷な人間だと知っていても裏切れず、フレアは合理的に味方(げぼく)を増やしていった。

 フレアが邪魔に思う貴族は彼女に敵対する貴族ではない。

 彼らは王を支持し、利権を貪る『王権派』の貴族達で、フレアは彼らの土地を、食えなくなった農民達を裏から扇動して襲撃させ、潰れかけた貴族派の領地を援助した貴族派の貴族によって管理させた。

 それと同時にフレアが行ったのは、国の外周を守る現状貧乏くじを引いた状態にあった第三騎士団を引き込むことだった。

 魔の森の戦いで第三騎士団長は戦死したがその後に就いたのは元第一騎士団の副団長で、同じく戦場で行方不明となった第一騎士団長ベルトの後任となったその子息アベルが、若輩の身でありながら第一騎士団長の地位を掠め取ったと憤慨していた。

 フレアは貴族派の地方の貴族に命じて、無課税で大量の食料を買い入れ、食糧の補給が滞り始めていた第三騎士団に援助し、自分が王となった暁には彼らを第一騎士団にすることで彼らを味方に引き込もうとしていた。


 フレア・マーキュリー・プラータ個人によるクーデターの画策。

 本来なら何年も掛けて秘密裏に進行するべきことだが、フレアはこの王国の混乱が最大の好機だと考え、速度優先で進めていた。

 後数年もすれば今よりも国力は低下し、もっと簡単にクーデターは成功するかもしれないとフレアは理解している。だがフレアはそんな弱体化した国を欲しいとは思わず、その国を喰らい潰そうとしている『存在』を確実に潰す為に、国軍全ての力を求めた。


 国を喰らう者――アリス・ラノン・ヨーグル。


 大精霊の契約者としてフレアはアリスの危険性に気付いていた。

 それを糾弾しなかったのは、ただの人に精霊の特殊性を理解できるとは思っていなかったからだ。

 フレアとて黙って見ていたわけではない。毒殺は数限りなく、事故に見せかけた飛礫や建物崩壊や暴れ馬、数えるのが馬鹿らしくなるほどの暗殺をしてきたが、その全てが今も増え続ける精霊によって防がれた。


 もちろんそんな派手な動きをして猜疑心の強い王や狡猾な宰相にバレないはずがないのだが、フレアが大精霊の契約者であることでフレアに対する暗殺も全て失敗に終わっている。

 それ以上に、フレアの冷酷さや残忍さに魅入られた信奉者達が、文字通り命を賭して護り、自爆報復をすることで手を出しあぐねていたが、フレアの実の父であるプラータ公爵は彼女の兄である息子を使って、フレアと信奉者達を一時的に引き離す罠に掛け、王都の外れにある別邸に隔離した。


「どういうおつもり? カシミール兄様」

「フレア……君はやり過ぎたのだよ」


 フレアやカシミール達に家族の情はない。それ故にカシミールが忠誠の証として王権派の貴族を自ら殺して見せて彼がフレアに恭順を申し出た時も、フレアはカシミールを信用したのではなく、いつか自ら兄を手に掛ける残虐性に酔ってしまったからだ。

 信奉者と引き離され一人となったフレア。

 それを兄のカシミールとプラータ家の騎士達、そして第一騎士団長となったアベルとその騎士達が武器を抜いて取り囲むが、それでも大精霊の契約者であるフレアを倒すことは出来ないだろう。

 この国でたった一人を除いて――


「さあ、フレアさんっ、お友達でも容赦しませんよっ、降伏してくださいっ!」


 バタンッと扉を開けてふわふわの金髪の少女が現れると、多数の精霊を引き連れたキラキラとした光の中でそう言い放った。

 現状でフレアに対抗できるのはアリスのみ。フレアの精霊は一体だけだが契約した大精霊の力は強大で、アリスは多数の精霊を持っていても契約しているわけではなく、強くても上級精霊までなので、二人の戦力はほぼ互角と言えた。

 互角だからこそフレアは国軍の力を使い必勝を望んでいたのだが、多数の騎士達に囲まれ逆に追い詰められたフレアの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。


「いつから友達になったのかしら? わたくしもキャロルも、雌ブタを友人にするほど酔狂じゃありませんのよ?」

「酷いっ! 後で謝ったってプレッツェル分けてあげないんだからっ!」

「本当に面倒ね……死ね」


 アリスやカシミールを睥睨するフレアの銀の髪が炎のように波立ち、巨大な炎の大精霊が炎を撒き散らしながら姿を見せると、アリスの精霊達も上位精霊達を中心にアリスを守るべく姿を現し、次の瞬間巨大な火柱が屋敷を貫き天に立ち上った。




次回、フレアVSアリス 王都の決戦

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― 新着の感想 ―
国を喰らう者 > 大仰な呼ばれ方をしてるな、アリス。まあ、どう呼ばれても超ポジティブ思考で捉えるんだろうけど。 死ね > ああ、国のこれからを担うかもしれないメンバーが火炎旋風に巻き込まれて、全・滅…
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