68 ハイエルフの里 前編
キャロルサイド
『…………………』
皆さんの沈黙が痛い。
長年交流を絶っていたハイエルフの里に赴き、彼らが与えた、百年前に亡くなった魔王さんの遺品という魔道具を貸してもらえるように頼みに行くはずが、その入り口の封印とその零れた魔力を喰らって小山のように成長したスライムの排除が面倒くさくて、思わず第十階級魔法で封印の扉ごと吹き飛ばしてしまいました。
まぁ仕方ありませんよね。並の魔法が効かないギガスライムが悪いのです。
案内役で付いてきたボリス達が愕然とした顔でフリーズしていますので、今のうちにぽっかり空いた穴から私だけ入っちゃいましょう。
「――ま、待てっ!」
「…………」
いち早く我に返ったバルバスが私の背中に待ったをかけた。でも立ち止まると面倒なことになりそうなので待ちません。
「ちょ、待ってっ! 待ってくだされっ」
スタスタと早足で歩いて行くと、背後から慌てたようなバルバスの声が付いてくる。
「お、お待ちください、キャロル殿っ」
「……………」
何か切羽詰まったと言うか、今までの『お前』『小娘』呼びが改まっていたので、嫌だけど足を止めて振り返る。
「……なに?」
「あの呪文は何なんですかっ!? 私も五十年以上魔法を研究してきたが、あんな魔法は初めて見ましたぞっ!」
「…………」
やっぱり面倒くさくなってる。
「あの破壊力……もしや、第八階級…いや、古文書に出てくる竜さえも一撃で倒すという、伝説にある第九階級魔法の可能性もっ!」
「第十階級」
「ほうれ、やっぱり――第十階級っ!? 第十階級魔法ですとっ!? 神話の時代に使われていた失われた魔法ですぞっ! それが実在するならっ」
「うっさい」
コキュ。
「ぎょっ」
バルバスの首を捻って強引に大人しくさせました。だんだんエキサイトしてきて、このままではポックリ逝く可能性があったので強制停止です。
「……ふぅ」
ピクピクと地面で痙攣するバルバスの横で私はやりきった感で息を吐く。
こんな時はポチでもモフりながら気分を落ち着かせるところですが、大人しく見ていたはずのポチは、魔法が炸裂した瞬間にあちこちから飛び出してきた大型動物を追って飛び出していっちゃいました。しばらくすれば狩った獲物を咥えて自慢しに戻ってくるでしょう。
「ば、バルバス殿っ!!」
その時、ようやく正気に戻ったボリスが声を張り上げた。
「大丈夫。峰打ち」
「峰打ちっ!? ニワトリを絞めるように首を捻っていましたよっ!?」
犯行現場を見られていたようです。
仕方ないのでポーションで強制的にMPを回復させて第六階級魔法の【蘇生】を使います。別に(まだ)死んでいませんけど、この【蘇生】は単に生き返らせる魔法ではなくて、またすぐに死なないように致命的な傷の治癒と欠損部位の再生までしてくれるのです。バグか知りませんけど、死んでなくても使えるのでゲームでは本来の用途ではないデバフが付く怪我の治療によく使ってました。
「【リザレクション】じゃとっ! 神官共が堕落して、この魔法を扱える者はもう居ないと思っていましたぞっ!」
復活して早々バルバスがまた興奮して騒ぎ出す。
そう言えば王宮魔術師でしたね。こんな魔法オタクに付き合っていると話が進まないので、私はそのまま封印の扉があった岩山の洞窟に入っていくと。
「お待ちくだされキャロル殿っ! 第十階級の魔法について、げふっ」
「ん?」
カエルが潰れたような声に振り返ると、洞窟の入り口でバルバスが鼻を押さえて蹲っていました。その後にやってきたボリス達も入り口で見えない何かに弾かれる。
「こ、これは一体……」
「封印、まだ残っているみたいね」
「どうしてキャロル殿は平気なんだっ!」
「……さあ?」
「そんな……」
良く分かりませんが私だけが入れるみたいです。私も正直訳が分からないので首を傾げると、ハイエルフの魔法を見られると思っていたらしいバルバスが、ガックリと膝と両手を地に付ける。
「ボリス、ポチや集落のみんなに説明しておいてくれる?」
「はっ、かしこまりましたっ。……どうかお気を付けて」
「ん。お願い」
ただ単に岩山を掘り抜いてあるだけではなさそうです。洞窟の中は異様なほど魔力が溢れていて、枯渇寸前だった私のMPがみるみる回復していきました。
まともな通路ではなさそうで、どのくらい時間が掛かるか分かりませんから、その間のことはボリスにお任せします。
さて……また茶々が入る前に奥へ進みましょう。最初は岩肌の洞窟でしたが光が届かない奥まで進むと、天井や壁がどこにあるのか分からなくなり、踏んでいる地面の感触も土なのか石なのか、平らなのか起伏があるのかも分からなくなる。
私はプレイヤーキャラクターなので、真っ暗なダンジョンでも満月の夜程度には闇を見通すことが出来ますが、その私の目でも先が見通せない。
だからといって闇が濃いのではなく、自分の手や脚は普通に見えますので、この通路がまともではないのでしょう。
「…………」
そこからしばらく進み――時間の感覚さえ曖昧な空間を数分……もしくは数日奥へ進むと、いきなり目の前に光溢れる世界が開かれた。
「…………………は?」
目の前をカラフルな鉄の塊が勢いよく通り過ぎる。見上げれば立ち並ぶ四角い塔の間に見える少し霞んだ狭い空。辺りを見渡せば様々な服装をした老若男女が他人の事など気にもせず足早に通り過ぎていきました。
自動車。高層ビル。サラリーマン。学生。アスファルトの地面……
「………地球?」
……本当に良く分かりませんね。目の前に広がる光景は、私が少ない友人達と学校帰りに来たこともある、地球のとある繁華街でした。
でもさすがに『え、もしかして地球に帰ってこられたのっ』とか言うほど世間ずれしてないわけじゃありません。
いかにも魔法少女的でコスプレチックな私を見て誰も注目しませんし、状況が怪しすぎるので逆に冷めてしまいます。問題はどのような状況なのかですよね。
ただの幻影なのか、一時的に地球の光景を映し出しているのか、一部だけをこちら側に構成したモノなのか、そもそもこの人達は本物の人間なのか。
情報が不足してますね……。とりあえず試してみたいことが一つありました。
「おじさん、クリーム鯛焼き1個」
「はい、180円になりますっ」
こちらのお金を持っていませんでした。
仕方ありませんね。怪しい物質で構成されているのかもしれませんから、食べるのは危険なのです。ちくしょー。
でもとりあえず会話を出来ることは分かりましたね。幻影ではないのか、それとも高度な魔法が使われているのか……。
私の身体能力はそのまま使えます。電車に乗るお金はないけど、電車よりも速く移動できるので問題ありません。
……懐かしいですね。何となくフラフラと歩き回り、カバンから出した揚げパンに砂糖をぶっかけながら食べ歩きしていると、鳩が寄ってきたのでパンを2キロほどあげておく。
そのまま見て歩いていると夕方になり、私は今居る場所が、元実家のすぐ側だと気が付きました。
ついでに自分の部屋から何か持ってこようかと考え実家に向かうと、突然実家の扉が開き、元の家族たちが姿を見せた。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、妹……。私が居ないことでようやく理想的な家族となった彼らは、私を見ると満面の笑みを浮かべて抱きしめるように両手を広げた。
「「「「おかえりっ」」」」
「【Fire Storm】」
第七階級魔法【炎の嵐】が私を中心に吹き荒れ、直径100メートルほどの範囲を人も建物も根こそぎ焼き尽くす。
ゾワッとしました。さぶイボです。あのゲス家族があんな台詞を言うはずないじゃありませんか。もし彼らが本物でも、そんな台詞を言われたら思わず同じ事をしているかもしれません。
「……あ」
目の前の光景が焼かれると空にノイズが走り、生き物は全て色を失い溶け崩れていきました。スライム的な魔法生物でしょうか。もしかしたら外のスライムもここから逃げたものかもしれません。
「随分と派手にやってくれるねぇ。あんた何者?」
空も壁も天井も何も無くなって霧が掛かったような空間にそんな声が響いて、一人の女性が姿を見せる。
真っ白で艶やかな髪、透き通るような白い肌、鮮やかな赤い瞳、そして普通のエルフよりも少し長めの耳。
初めて出会ったハイエルフは、ちょっと蓮っ葉の綺麗なお姉さんでした。
現れたハイエルフ。彼女は何者なのか。
次回、ハイエルフの里 後編




