62 別れと旅立ち
ケーニスタ王国で最も高く、初代国王が財宝に囲まれながら国民を見下ろす為に造られた、王家の権威の象徴である王城の頂上部分が破壊された。
「なんと言うことだ……何があったっ!? 我が財宝はどうなったっ!?」
「さ、幸いにも壊れたのは尖塔部分のみで、普段誰も近づかない場所なので、瓦礫が飛んで重傷を負ったものはいましたが、死者は…」
「そんなことはどうでもいいっ! 財宝はどうなったっ!」
中級貴族らしき文官の報告に、ケーニスタ国王が文官に掴みかからんばかりに喚きながら詰め寄る。
王しか入る事が出来ない尖塔部分の宝物庫は、他国や国内の貴族が国王に便宜を図って貰う為に納められた金貨や黄金が詰まっていた。
これは国家ではなく、代々の国王個人の資産であり、国王はその資金によって多数の愛人を囲い、贅沢の限りを尽くしていた。だが、それは悪いことでもない。王が国家とは別の予算で多額の金銭を流通させるので、それで王都周辺だけとは言え経済が回っている一面もあるのだ。
代々の王は、自分が集めた資産は子である次代の王には渡さず、死ぬまでに大部分を使い切ってきた。だが、先代の王は不慮の死によって崩御したせいで多くの資産が残っており、今代の王が集めた資産と合わせれば、歴代の王の中でも最大の資産を個人で所有していた。
「そ、それが……宝物庫は尖塔部分と共に完全に吹き飛んでいるので、大部分は消失したか、それか細かな破片と共に王都中に飛び散ったか……」
「なんだとっ! 大金貨にすれば1万枚以上の資金があったのだぞっ! それが……。うぬれっ! 宰相っ! すぐにこの件の原因を調べいっ! それと飛び散った財宝をすぐさま回収しろっ! 平民共がネコババしたに決まっておるっ!」
「……かしこまりました」
目撃者の証言によると、天より巨大な雷が剣のように振り下ろされて尖塔部分が破壊されたらしく、財宝の大部分は本当に消失したと思われる。
それと文官は王都中に散らばったと報告したが、実際は比重の大きい金はそのほとんどが城の中庭などに飛び散っており、城勤めの者達がすべて着服していた。それを平民に罪をなすりつけるような真似をして、それを取り立てるなどあきらかに愚策と思えるが、貴族達は王の怒りが自分らに向かなかったことに安堵するだけだった。
後に『神の怒り』とも呼ばれたこの事件は、原因は自然現象として片付けられ、城内で瓦礫による重軽傷者数十名、行方不明若干名、王都内で飛び散った破片による軽傷者が数名、運悪く瓦礫が直撃して死亡した騎士や貴族が数名いただけで終わった。
その行方不明者の中に王弟の元婚約者である亜人の令嬢がいたが、その後に行われた王の暴走によりすぐに埋もれていった。
***
「Setup【Arjuna Cloche】」
現在私は王都に潜伏中です。フレアが裏から手を回してうちの使用人を王都外に連れ出してくれることになっているので、王都の外で待っているのが一番なんですけど、王都から脱出する前に気になっていることを済ませたいと思います。
王都は結構騒ぎになっていますね。王都のどこからでも見られたお城の天辺部分が丸ごと無くなったのだから騒ぎにもなります。
王都では、亜人は見つかるだけで絡まれたり通報されたりする危険がありますが、今の混乱している状況なら、二~三日の潜伏も難しくありません。
ですが、目的地に着いて少し困ったことになりました。
「カミュ……」
カミュの無事を確かめるのと、離れる前に少しでも話を出来ればと考えていましたけど、王はやはりカミュを危険視しているみたいです。
カミュが怪しい行動を出来ないように、カミュのお屋敷の周りに、見たこともないお城の騎士や兵士達が取り囲んで出入りを制限しているようでした。
でもこの手際の良さは、国王よりも宰相かプラータ公爵かも。私も【隠密スキル】はありますが、それほど高くないので後を付ける程度ならまだしも、大人数で警戒されている場所に忍び込むのは難しい。
出入りが制限されているから執事のニコラスも外に出てこないので接触できません。
大人しく無事であることを手紙にでも書く? いえ、どうせ検閲はされると思いますし、せっかくフレアが私を行方不明にしてくれたのに、生存を匂わす証拠を残すわけにもいきません。
それにしても……フレアにはかなり借りが出来てしまいました。
フレアは相変わらず酷い奴なんですけど、微妙な仲間意識というのでしょうか、フレアが格好良く見えるので困ります。
大人しく夜になるのを待って警備の薄そうな高い塀の部分からステータス頼りに乗り越えて侵入してみる。
やっぱり中にもいっぱい騎士が居ますね。宰相やプラータ公爵は結構良い騎士を使っているので、アルセイデス辺境領で見たような酒で酔っている兵士も見かけません。
闇魔法で混乱させてみようかとも考えましたが、騒ぎが起きたらカミュの責任にされるかもしれないので却下です。
庭にある木の上でどこか建物に侵入できないか考えてみる。……あ、カミュに植えて貰った薔薇が踏まれてる……。
少し気分が落ちてきて、もう帰ろうかと思った時、三階のテラスの窓が開き、一人の男性が顔を見せた。
「………カミュ」
良かった。無事で。
この世界は建築に魔法を使っているので、鉄筋コンクリ以上の強度がある城内には被害はないと考えていましたが、やっぱり怪我一つ無い姿を見ると安心します。
カミュは無言のまま夜空にある月を見上げる。
彼は今、何を想っているのでしょうか……。話しかけたいところですが、庭には見えるところで騎士達が巡回しているので、これ以上近づくのは無理そうです。
もう帰ろう……そう思い背を向け最後にもう一度だけカミュを見ようと振り返ると、同時に顔を下げたカミュと目が合った。
「「…………」」
泣きそうな顔……。何か言おうとするカミュに私は首を振ってそれを止める。
そして少しだけ、遠くから見つめ合った後、私は背を向けてその場から離れ、転移を使って王都から脱出した。
あれだけのやり取りでどれだけ伝わっているのか分かりませんが、あまり無茶なことはしないで欲しい……。
***
その数日後、王都から辺境へ向かう街道に貴族家の記章を外した貴族の馬車が、静かに馬を走らせていた。
護衛は御者を兼ねた目付きの悪い男が一人だけ。装飾などは取り外されて目立たないようにしてあるが、それでも平民が使う馬車よりも立派で、お忍びの貴族か商人などが使う馬車のように見えた。
ヒュン……ッ。
「……う」
街道沿いの森の中から放たれた矢が御者の首を貫き、男が横倒しに倒れると、森の中から六人ほどの薄汚い鎧と錆びた武器を持った男達が飛び出してきた。
「殺せっ! 若い女は捕まえろっ!」
「ひゃははははっ!」
おそらくは過去の戦の逃亡兵が山賊になったか、その装備を奪った者でしょう。
魔の森の近くは魔物の脅威があり山賊は出ないが、その分、その他の地域では多くの山賊が跋扈している。
山賊達が馬車の元へ駆け出すと、逆側の森の中からまた声が響いた。
「――【Ice Storm】――」
白い嵐が吹き抜け、その後に白く霜を纏った山賊達がバタバタと倒れていくその場所に、私は貴族の衣装のまま姿を現した。
「キャロルお嬢様っ!!」
馬車の扉が開き、栗色の髪をした若い女性――メイドのマイアが駆け寄ってくると、泣きながら力一杯抱きついてきた。
「マイア、心配かけてごめんね」
「お嬢様ぁ……」
抱きついているマイアの頭を撫でていると、馬車からメイヤとダニーが現れ、私を見て安堵したように微笑んだ。
「お嬢様……良くご無事で」
「ん。みんなも怪我はない? そこの御者は?」
「彼は依頼されたギルドの者らしいですが……」
「そっか」
ギルドって……どこのギルドでしょうね。こんなの冒険者ギルドでも受けないから、犯罪者ギルドでしょうか。
フレアもこんな護衛で外に出すなんて、多分、私への嫌がらせとかじゃなくて、他人の命とか普通にどうでもいいのでしょう。
「それでみんなはどうしたい? 平和に暮らしたいなら渡したお金は好きに使って良いし、好きなところに送ってあげるよ?」
「私はお嬢様についていきますっ!」
選択する機会をあげようかと思ったら、即座にマイアがそう宣言しました。いいのかな?と思ってマイアの両親に顔を向けると、二人は苦笑するようにしてから、私に深く頷いた。
「ご迷惑でなければ、私達もついていきます。お嬢様とマイアを放ってはおけませんから」
「……ありがと」
正直言って来てくれるのは素直に嬉しい。私って、色々出来ても何も出来ないから。だから三人にはもう隠し事はしません。
「――Setup【Witch Dress】――」
変身した私の姿に三人が目を丸くして口をポカンと開ける。
「これが『私』よ。これからも色々あると思うけど、それでもついてくる?」
最後に確認すると、マイアは「はいっ」と力強く答えて、メイヤとダニーも笑顔で頷いてくれました。
さあ行きましょう。新たな国へ。
この章はこれで終わりです。次回から魔族の国編に移ります。
次回、魔族の国からの使者




