54 戦いの準備
真面目回。説明多めです。
衝撃の事実、隠しキャラってカミュでした?
いや、確定ではありませんし、私もそこまでプレイしていないので思い出した設定もどこまで本当か分かりませんけど、とりあえず今現在問題にするべき事は、人族による『魔族の街の襲撃』です。
現状魔の森にある魔族の集落ってあの集落だけですよね? 実は他にも小規模な集落はあったそうですが、安全だと噂を聞いて集まってきたそうで、現在は二千人くらいの街になっているそうです。
でも本当に襲撃するの? ベルトおじさんクラスの騎士が沢山いれば充分に殲滅出来そうな気もしますけど、王太子の箔を付ける為だけに騎士団を危険に曝すものなのでしょうか?
魔の森に入った時点で私が逆に襲撃するのもありですが、そこで実はただのピクニックで演習でした的なことだったら、王太子を襲った魔族を滅ぼせみたいな、逆に本腰入れて侵攻されかねません。
いや、それで本当に襲撃だったら拙いんですけど、それならどこで迎え撃つ? やるなら徹底的に一人も逃がさないくらいにしないとダメかも。
でも、その中にアリスがいるんですよね……。
ぶっちゃけますと、騎士千人よりもアリス一人のほうがよっぽどきつい。
複数の上級精霊や中級精霊に守護されているアリスと戦うには、私も相当本気にならないといけません。
卒業イベントでも逃亡前提で考えていましたし……どうしましょ?
「嬢ちゃん、どうした? さては強い奴と戦うことを考えてたな? 以前の戦争の時は魔族の将軍はかなり強かったし、楽しみだよなぁ」
そう言えばまだ冒険者ギルドにいたんでした。そしてまだいたんですね、ベルトおじさん。
「……相手が民間人かもしれないよ?」
私がボソッと漏らすと、それを聞き止めたアベルが見下すように吐き捨てる。
「臆したか魔女っ、これだから亜人はダメなんだ。魔族なんて魔物と変わらんだろっ、冒険者だって魔物を倒しているじゃないか」
説得……無理そう。ゲームでも相手が魔族ってだけで100%敵でしたし、人族至上主義なら尚更でしょう。ただしベルトおじさんは除く。
ベルトおじさんはギリギリ説得できそうな気がしますけど、強い奴と戦うのを愉しみにしているので、逆に面倒なことになりそうな予感がヒシヒシと感じます。
「私は行かない」
「そうか……嬢ちゃんと道中で戦えるかと思ったんだけどなぁ」
「ふんっ、行きましょう父上っ。亜人なんて所詮信用おけない連中なんですから」
「………」
戦うことになるかもしれませんよ?
とりあえずベルトおじさんのお誘いはお断りです。
同じ所に貴族のほうの私が参加するので物理的に無理です。そもそも王族であるジュリオの命令に逆らえるのなら世話がありません。
それと……ゲームのイベント内容のこともありますね。
思い出した隠しキャラルートの内容は、私はやっていないので(ゲーム制作者の)攻略サイト情報になりますが、私が襲撃の中で襲われて半身不随になってカミュが悲しむと言うことですが、そもそもプレイヤーキャラの私って、半身不随になるのですか?
正直、即死でもしない限り、半分灰になってても復活できますよ?
これからは推測の話になりますが、ゲーム制作者は異世界の様子を未来視して沢山のルートがある同人乙女ゲームを作りました。
おそらくはルート以上の沢山の未来を視たはずで、その中には私がプレイヤーでない未来もあったのかと思います。
でも、そのゲームの内容が真実とは限りません。
制作者の主観の印象で見える側面も違いますし、違う未来を混同したかもしれませんし、そもそも未来を完璧に視ることなんて出来ないと思います。
私が単に身を引いた内容でも、ゲームとして『悪役令嬢』だから嫉妬したに違いないとか、あの自分のブログに『神が降りてきた』とか書いちゃう作者がまともな精神状態だったとは思えません。
攻略対象の『変態』が『純愛』に見える程度に節穴です。
それと、私が私らしく生きてきた結果、順調に『悪役令嬢』になりましたけど、ゲームのルートとは少しずつズレてきているような気がします。
複数のルートが混ざってる? 発生していないイベントがある? 単純にゲームの世界でなくて現実なのですから当たり前なんですけど、未来は確定でないので、成長の過程で性格もゲームとは少し印象が違ってきているような気がします。
……主に酷い方向で。
色々考えた結果、カミュにお願いして『視察に同行しない』という選択肢は無くしました。
本当に魔族の集落を襲撃するのか、そこを見極める為にも彼らの側に居るのが一番分かりやすいのです。そしてもし本当に襲撃をするのなら、その場で私が止めないといけませんから。
止めるとしたら、最悪の事態も考えないといけませんね……。
とりあえず事態に備えて色々と揃えておきましょう。
この10年で金貨も食料もかなり集まりましたが、今まで出してなかった上級素材もわざわざ国境近くの街まで行って、他国の商人と食料や鉱石などと交換しておきます。
次に魔術師ギルドや商業ギルドで、イベントに使えそうな精霊石やら危険そうな物で買える物は全部買っておく。
亜空間収納である【カバン】に入るアイテムはデータ化されるので、理論上は国丸ごとでも入るのですが、これだけ大量に入れるとさすがに開く時に『重く』なりますね。データを詰め込みすぎたセーブデータみたいに一瞬止まります。
その次に魔族の集落に寄っておきましょう。……また人が増えていますね。
門番の魔族に長老を呼びに行ってもらうと、10年前から凄い年寄りだった長老ですが、さすが150年も寿命がある魔族です。奥からとんでもない速さで長老が疾走してきました。
「おおっ、キャロル様っ! よくぞ帰られたっ」
「ん」
いつの間にか『様』付けになってますねぇ……。
魔族の中には私が通ると跪いて頭を下げる人もいますし、彼らの中で『私』はどういう立ち位置に居るんでしょう?
「それでは街の住民を上げて宴会の準備を、」
「違う」
宴会の準備をする為に、すぐさま踵を返して飛び出しそうな長老の後頭部を鷲掴みにして止める。
「街の住民を避難させられる場所はある?」
「……何かありましたかな?」
「ん」
長老に、ケーニスタ王国の騎士団が王太子の指揮で攻めてくる可能性を伝える。
「そんなっ! ……遺跡の奥から魔の森のさらに奥へ行けますじゃ。そちらには以前戦争をした魔族の国が残っていますが、今はどうなっておるのか分かりません」
「とりあえず、避難できるようにしておいて」
「分かり申したっ!」
とりあえず声がデカい。
最後に、カミュに会いに彼のお屋敷に向かいます。
マイアを連れてお屋敷に到着すると、馬車から降りる前にカミュが自ら迎えに来てくれました。
そのまま彼に付き添われて庭のテーブルセットに腰掛けると、以前私がお願いした真紅の薔薇が咲く庭園で、カミュが重く口を開いた。
「ジュリオが私に、君を視察に連れて行く許可を求めてきた。学園の女学生も一緒なので、彼女の為にも友人であるキャロルに来て欲しいと言う話だが、君がジュリオに無理強いをされているのなら、私が断っておくよ?」
あの王太子、先手を打っていましたか。
「でも、それでカミュの立場が悪くならない?」
「………問題ないさ」
一瞬の間が全てを物語っています。王や王妃や宰相から疎まれている彼が、王太子の命令を覆そうとしたら、どのような因縁を付けられるか分かりません。
「私は大丈夫。カミュは……私を信じてくれる? これから何があっても」
「もちろんだ。もし君と王太子が恋仲だと噂されても、そんなことは欠片も信じないから安心してくれ」
そういう事じゃないんだけどなぁ……。
全部話せたらいいんだけど、彼をまだ信用してないんじゃなくて、全てを話したら彼を危険に巻き込みそうで怖かった。
そして……王太子主催の魔の森視察の日がやってくる。
次回、魔族のいる森へ。