52 王太子の望むもの
※お食事中はご注意ください。
私、フレア、アリスの、この学園の頭痛のタネ三人と、ついでに宰相子息イアンがぞろぞろと王太子殿下のお部屋に向かう。
フレアは面倒なので王太子を呼びつけなさいと言うけれど、それを批難するアリスと私自身がこれ以上時間を取られるのが面倒なので、早く(下水口横に生えてた)雑草を食べさせてあげたいと訴えたら、フレアも出向くことに快く納得してくれました。
王太子、可哀想。
イアンとフレア、そして王太子ジュリオは幼なじみだったそうで、幼い頃からイアンは自信家だったそうですが、それをフレアは片っ端からへし折ったらしく、かなり陰険な性格に育ったみたいです。
「ほら、可愛い子には意地悪をしたくなるでしょ? 今はどうしようも無く劣化しちゃったし、ウザいから苛めているんだけど」
「ん」
まぁ、そう言う理由なら仕方ないですね。
ちなみにその頃に私と出会ったようですが因果関係は多分無いと思います。
それとどうして私がフレアと並んで歩いているのかと言いますと、イアンがアリスの隣を歩きたいのと、私とフレアを視界にも入れたくない感じになっているので、必然的に私とフレアが一緒になります。
……いや、必然性はないですよね? 事ある毎にお試し気分で殺そうとしてくるので気が抜けません。ちなみにプレイヤーと融合し始めた毒耐性がなかったら、二~三回死んでいたかもしれません。
でも、私が死なないと嬉しそうに笑うんですよね、フレア。
多分、前世の女子校で友達が突然くすぐってきたりする女子スキンシップと同じような感覚なんだと思います。
じゃれ合いで殺そうとしないでくれませんか?
「ここだ。私はアリスと一緒に殿下に到着を報告に上がるので、お前らはここで…」
「入るわよ、キャロル」
「ん」
「あっ私もっ!」
王族が使う特別棟に到着するなりそう言ったイアンを無視して、フレアを先頭に私とアリスが後に続く。
「あっ、こらっ!」
後ろからイアンの声が聞こえましたが、フレアはともかくアリスまで無視しているのはどうかなと正直思いましたので、
チャリン。
「あっ、銅貨が落ちた音ですっ」
小銭を床に落とすと床に跳ねてまた落ちる前にアリスが飛びついてポッケに仕舞い込む。良かった。耳が遠くなったわけじゃないんですね。それと、小銭は返してくれないんですか?
バタンッ!
そんなやり取りも全く気にせずフレアがノックもせずに扉を開く。
「ジュリオ、入るわよ」
「フレアさん、勝手に入って失礼ですよっ」
二人とも、もう入ってますね。
「フレアっ? アリスも突然どうしたんだ?」
執務室っぽい部屋の奥から執務机にいた男の子が立ち上がる。
おそらく彼が王太子ジュリオですね。イアンは人相が悪くなっていてすぐに気付きませんでしたが、彼は乙女ゲームの絵にそっくりな金髪碧眼のいかにも王子様な容姿なので分かりました。
「ジュリオ、虫をお食べなさい」
「ジュリオ君っ、私の蝉を食べたいですよねっ」
「意味が分からないよっ!?」
まぁ、さすがにそうですよね。混乱したように叫んだジュリオが救いを求めるように辺りを見回し、私を見つけると少しだけ目を見開いた。
「黒髪のハーフエルフ……君が伯父上の婚約者であるキャロル嬢だね。私が王の子であるジュリオです。あのあまり人付き合いが得意ではない伯父上が見初めた令嬢がハーフエルフだと聞いて、一度会ってみたいと思っていたんだけど、母上から許可が下りなくてね」
ジュリオは落ち着いた様子で柔らかく微笑むと、私の前で膝を付き、私の手を取って軽く唇で触れる。
「ごめんね。伯父上の可憐な婚約者殿に気安かったかな?」
「…………」
乙女ゲームの印象そのままでかえって困惑しますね。
あれぇ? 結構まともな人? この国の貴族の元締めで、あの王の子だからきっと変な趣味でもあると思っていましたが、同じ王族でもカミュのような他国で普通になった人もいますから、偏見の目で見ていたのかもしれません。
「ああ、エルフの髪はとてもいいね。触れても良いかな?」
「………」
なにか変な感じがして思わず一歩下がる。
いえ、普通の貴族令嬢だったらウットリするような場面なんでしょうし、セクハラまがいに触ってくるディルクに比べれば凄くマシなんだけど、彼の目の光が少し奇妙に感じました。
「あら、仮にも婚約者の前で、婚約者のいる女性に触れようだなんて、ジュリオは随分と偉くなったものね」
「フレア……」
そう言えばフレアとジュリオは婚約者なんでしたっけ? フレアが話に割って入るとジュリオは露骨に顔を顰める。
「そんな時は私の虫料理を食べましょうっ! 今ならポイント三倍ですよっ」
どんな時だよ。それにポイントってなに?
空気を読んだのか読めなかったのか、険悪になった空気の中でアリスが懐の中から本当に蝉が入った袋を取りだした。
「うっ」
思ったよりもうじゃうじゃと大量の蝉を見せられた虫嫌いのジュリオが呻いて、……何故か、爛々と目を輝かせながらこくりと頷いた。
「君がそう言うのなら食べてみようか……」
え? 本当に食べるの? すでに乗り気で用意を始めているアリスやフレア陣営はどうしようもなさそうなので、濃い面子の中で黄昏れてるイアンに視線を向けると、
「ふんっ。貴様ら薄汚い亜人や卑劣なフレアと違って、ジュリオ様は高潔で潔癖なお方だからな。全ての意見を聞いて公平に判断しようとなさっているのだ」
「ふ~ん」
そういうことなら口を挟むのは野暮ってなもんです。私は帰るので勝手にやってください、と踵を返して帰ろうとしたらフレアとアリスに絡まれて、雑草料理を作る羽目になりました。
アリスは蝉の下準備を始め、フレアは取り巻き達に虫の捕獲をさせて、私も仕方ないのでそこら辺で適当な雑草を引っこ抜く。
でも雑草料理? 草ってどうやって調理するんでしょう? 前世でもレンチン派でしたし、今世でもマイア達がやってくれるのでよく分かりません。
一応、調理スキルってものがVRMMOにはありましたが、私の取ってきた草は食材として認識されませんでした。
そんなこんなで一時間後、料理が出そろうとそれを見たジュリオやイアンの顔が盛大に引き攣る。
さて、どんな料理が出てきたかと申しますと、
(※閲覧注意)
アリス作、蝉たっぷりの彩りシチュー。
たっぷりの蝉を丸のまま水から煮込み、原型が崩れはじめて融合し、異様な色に変色した時点で生の線虫を刻んでたっぷりと振りかけ、少量の塩のみで味付けしたほぼ材料費ゼロの経済的な逸品です。地獄絵図。
フレア作、黒い宝石達の串焼き。
どこから捕まえたのか、カブトムシやらクワガタやらテカテカする虫をそのまま串に刺して、素材の風味を生かす為に軽く火で炙っただけの、まだ微かに動いている焼き料理の逸品です。猟奇的。
キャロル作、雑草のエルフ風サラダ。
根っこごと引っこ抜いた名前も知らない筋張った雑草を手で千切り、洗うこともなく土がついたまま盛り付け、二人に合わせてアブラムシをトッピングした、大変野趣溢れる逸品です。食物繊維たっぷり。
「……うぐ、うぇ…ぅぷっ」
どう考えてもヤバいその三種の物体を、三人に見つめられたジュリオが涙目で口に運び盛大に嘔吐いています。誰か止めなよ。
止められそうなイアンもアリスに勧められてシチューに手を付け、その食感と味わいに白目を剥いて倒れている。
ジュリオはフレアの串焼きに口を付け、さすがに魂が拒否反応を起こして転がるように倒れ込む。
「……大丈夫?」
私の足下に転がってきたジュリオに義理で声を掛けると、涙目になったジュリオが何故か恍惚とした顔になり、他の人が気付かないくらいの声で小さく呟いた。
「もっと…もっと汚い物で私を穢してくれ……ふふふっ。汚らしい庶民や亜人に触れられるなんて、何て気持ち悪いんだろう」
「………」
ああ……なるほど。彼は『穢されたい願望』の人ですか。
潔癖ってそっちかよ。
ジュリオはどうやら『完璧な王子様』である綺麗な自分が、アリスのような庶民や私のような亜人に触れられることで、穢されることに恍惚としているのですね。
ある意味マゾヒストの一種だと思いますが、理解したいなんて欠片も思いません。
乙女ゲームだからと思考放棄していましたけど、普通に考えたら、王族が一般庶民とまともな恋愛とかしませんよね。
「さあ、君も僕に触れておくれ……」
「…………」
仕方ありませんね。
ご要望通り、土まみれの雑草と、まだ動く黒光りする昆虫を彼の口の中に突っ込んでおきました。
変態って……奥が深いんですね。
※注意。精霊の加護がない一般人は昆虫や雑草の生食は危険ですのでお止めください。
ジュリオは綺麗な自分が汚されることに興奮する人で、それ故に庶民であるアリスや亜人であるキャロルに絡んでました。医者はどこだ?
次回はまた少し遅れます。すみません。




