44 結末と報復
「アルセイデス伯。これはどういう事か説明を戴けるかな?」
「……ぐぐ」
さて、辺境伯が王族に対して暗殺を企てるという暴挙に出たわけですが、これであの人達が居なくなってスッキリ――とはいかないようです。
カミーユ殿下…じゃなくてカミュが言うには、裏で国王陛下が関わっているらしく、罪をそのまま告発してももみ消される可能性があるそうです。
お父様はカミュの言葉に苦しげに呻いて、カミュの横にちょこんと腰掛ける私を、目からビームでも出そうなほど憎らしげに見つめてくるので、思わず欠伸が出ました。
「キャロル、貴様っ!!! 今まで育てた恩を忘れおってっ!!」
「………」
お父様の言葉に私は無言で少しだけ首を傾げて。
「忘れました」
「きさまぁあああああああああああああっ!!」
「アルセイデス伯っ! お静かにしてもらいましょう」
「……くっ」
叫きだしたお父様をカミュが一喝して大人しくさせました。血管切れそうなんですが大丈夫ですか? 大変ですね。
これが時代劇なら『もはやこれまで、者共、出合え出合えっ』となるところなんでしょうが、暗部の騎士はほぼ壊滅しましたし、一般の騎士は魔の森から溢れた弱い魔物を食い止めるのに出ているので、こちらにはほとんど残っていません。
まぁ、私の命令でポチが追い立て役をやっているんですけどね。
カミュは結局、このアルセイデス家に貸しを作ることにしたようです。
それでも罪は罪なので、お父様は引退してお母様と一緒に地方へ療養ということになりました。家督は今度成人するディルクに譲って、そちらも味方になるようにカミュが説得するとか。
……アレはいらないとか、言ってもいいですか?
「不満か?」
帰り道の馬車の中、家を潰さなかったことにカミュがそう尋ねてくる。
「……別に」
カミュはカミュで生き残る為にやっていることなので文句は言いません。
私としては後腐れが無いほうがいいのですけど、現状でもアルセイデス家の暗部は壊滅。騎士の怪しい部隊も私が念入りに潰して、隠し財産もほぼ私が没収しましたので、家督を譲られたディルクが苦労するのも目に見えているから、ざまぁ出来ただけ良しとしましょう。
私が不満そうに見えるのは、カミュをどこまで信じていいのか分からないからです。
何しろこの国の偉い人って、ほぼ全員ド変態でしたから、彼がちょっと良い人そうだからって、簡単に心を許してしまうのは乙女として何か違う気がするのです。
前世の小学校時代から黒髪ロングの無口系ってだけで、途切れなくストーカーを引き連れていた私でしたが、ようやく学びました。
「私は本気だよ」
「…………」
まぁ、それはともかく私は私で動きましょう。
お父様達を信奉していた人達は、所詮はお金繋がりでしたので実家関係はほぼ無力化できたと思います。
問題はその余剰金がどこに流れていたかですが、私が見たあの森の人の特徴を執事のニコラスに伝えると、おそらく宰相の腹心の一人だろうと教えてくれました。
そうですか、宰相ですか。ふ~ん……。
ニコラスによると宰相は裏で色々とやっているらしく、うちの実家みたいに献金する貴族家は多いみたいですが、その中でも大きな財源は、他の大陸との交易と大規模農場の二つのようです。
ただそれだけにしては動く金額が大きすぎるので、ご禁制の品でも扱っているかもしれないけど、証拠がないので弱みを握れないらしい。
政治的に動く人は大変ですね。カミュやニコラスは証拠を掴んで有利に動く足がかりにしたいようですけど、それって私の死亡フラグが来るまでに終わりますか?
「Setup【Witch Dress】」
そういう訳で今回は潜入作戦です。どういう訳だ? 面倒なので簡単に言うと、腹が立ったので報復をします。
カバンの奥にあったイベント用のアイテムで、一時的にドレスを黒に染めて、目元を覆うバイザーを付けて地方の山間にある農地に降り立つ。
「あ、やっぱり」
案の定と言うべきか、お約束を外さないタチなのか、農地の奥の方はすべてヤバい系お薬の葉っぱでした。
途中から妙に警備や罠が厳重だったので逆に分かりやすかったのです。たぶんどこかの間諜も混ざってると思いますが、白骨くらい片付けたほうがいいですよ。
「……ん?」
遠くから迫ってくる気配を感じます。具体的に言いますと、頭の中のレーダーに赤い光点がポツポツ湧いてきた感じです。
この速さだと犬かな? 魔力も感じるので魔物系でしょうか?
放っておけば警備の人も来ますね。
「【Fire Ball】」
火に巻かれることも気にせず、広範囲に【火球】を撒き散らす。おお、熱い暑い。煙は吸わないほうがいいですね。
あちこちからハウンドドッグっぽい悲鳴と人の怒号が響いてくる。
私はあちこち走り回りながら【火球】を撃ち、途中であった魔物を斬り倒して、最後に離れた場所から違う魔法を使います。
「【Typhoon】」
私が唱えると巨大な風が広範囲に吹き荒れ、炎を瞬く間に拡大させた。
第五階級の風の範囲魔法【大旋風】です。ただ広範囲に低レベルの敵を吹き飛ばすだけの魔法ですから、台風ほどの威力はもちろんありません。
「ポチッ」
炎の中でその名を呼ぶと、数分後、星空を塗りつぶすように、炎でわずかに朱く照らされた漆黒の巨体が舞い降りてくる。
『呼んだか、キャロル』
「用は済んだから、次いくよ」
『次は我にもやらせて欲しいぞ』
「ん」
そう言えば竜のブレスを忘れていましたね。次はお手伝いしてもらいましょう。
ポチの背に乗って2時間ほど飛ぶと、港町が見えてきました。
『捜しているのはどの船だ?』
「大きいの」
『……そうか』
大陸間交易の船ですから他の船より格段に大きいかと思います。
まぁ、冗談はさておき、宰相所有の船なのでマストの上に記章があるそうですが、ひとつずつ捜すのも面倒ですね。
それに見つけても、船員さんは何も知らずに運んでいるだけかもしれないので、いきなり沈めるのは拙いような気がしてきました。
『キャロル、沖のほうに大きな船があるぞ。小さいのもあるが』
「ん」
夜の海に大きな船が浮かんでいました。よく気が付きましたね。ご褒美に首元をわしわしと撫でながら目を凝らしてみると……
「ポチ、あそこに突入して大きな船だけ焼いて」
『どうした? 目的の船か?』
「いいから急いで」
『うむ』
ポチが一度大きく羽ばたいて大きな船に向かい、私も同時に魔法を撃つ準備をする。
「――【Dragon Breath】――」
『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
私の【竜砲撃】とポチの炎のブレスが巨大な船の甲板を焼き払った。
『次は小さい船か?』
「アレはダメ」
突然現れた黒い竜と、それに乗る黒いドレス姿の私に、小さな船の船員は泡を食ったように慌てて、港のほうへ引き返していきました。
『どうしたのだ?』
「この大きな船。海賊」
遠くから見えましたが、あの小さな船は大きな船から攻撃を受けていました。
それだけだとどっちが悪いか分かりませんけど、大きなほうの船員は山賊っぽい感じでしたから、海賊だと私が決めました。
「あ、ほら」
海賊船が炎に包まれ、海に浮かんでいた旗を拾う。
「宰相の記章だから問題ない」
『お、おう……そうだな』
宰相のお財布に大打撃を与えたことで、少しだけ気は晴れました。
それから数日後、港町では『黒竜に乗った黒いドレスの女』が話題になり、何故か魔王が攻めてきたとか噂が立っていました。
私にはさっぱり分かりませんね。
そんなある日、カミュのお伴をしていた、あの私にだけ態度の悪かった騎士が神妙な顔で尋ねてきました。
「こ、この前は、申し訳ありませんでしたっ。……それであの…」
「ん?」
何故か煮え切らないような態度の騎士に私が首を傾げると、その騎士は真っ赤な顔でこう言いました。
「あの魔女と呼ばれる冒険者の女性を紹介して欲しいのですっ!」
………は?
一応ですが、キャロルは一般の農民には被害が出ないように注意しています。
次回はまた厄介ごとの予感。