43 王弟と魔女 ④
「き、君は…っ!」
突然姿が変わった私に、カミーユ様が驚愕の声を上げる。
その表情と前に見た少年のような笑みが合わさり、私の記憶の中で一人の人物と重なっていく。
(……あの夜の男の子なんだ)
「話は後で。まずは駆逐する」
種族アビリティを使ってHPMPを完全回復すると、私は全力の身体強化を掛けて戦場に飛び出した。
「【Fire Lance】」
『ブモォオオッ!?』
詠唱破棄で放った【炎槍】が一体のミノタンの背中を撃つ。
「き、貴様は『薔薇の魔女』っ! どこから現れたっ!?」
暗部の騎士に以前の生き残りが居たみたいです。私を見つけたその暗部の騎士は、自分達もミノタンに襲われていたにも拘わらず、私を目がけて斬りかかってくる。
「【Freeze】」
さすがにこの状況だと手加減は出来ませんよ?
一瞬で鎧ごと凍結して騎士が崩れ去ると、その時初めて気付いたように全員の視線が私に向けられた。
もしかしてミノタンの背中に隠れて変身は見えていませんか? 彼らもミノタン二体に襲われて、それどころじゃありませんでしたね。
「――【Lightning Slash】――」
離れた場所に居たミノタンを高速【戦技】で斬り捨てる。
最大30メートルを1秒で駆け抜け横薙ぎに斬り裂く、三倍撃の戦技ライトニングスラッシュです。
VRMMOでは駆け抜けながら命中させる距離感が面倒くさいと不評でしたが、慣れると戦場を高速移動できるので、廃プレイヤーはよく使っていました。
『ブモォオ……』
脇腹を切断寸前まで斬り裂かれたミノタンが崩れ落ちると、それまで戦っていたあの態度の悪い騎士が目を見開いて私を見る。
「お、お前は……」
「その者は我々の味方の冒険者だっ! 敵はもうわずかだぞっ!」
「「「……はっ!」」」
いいタイミングでカミーユ様が私を味方だと叫んで、それを聞いた護衛騎士達が気力と落ち着きを取り戻しました。
残りはミノタン一体と暗部の騎士が10名弱ですか。ミノタンはただ暴れ回るだけなので問題無さそうと感じた私は、近くに居たあの態度の悪い騎士に声を掛けます。
「残りは任せても平気?」
「そ、それはいいが、あんたはどうするんだ?」
「それはもちろん」
彼の言葉に私はさっき人影を見つけた、ミノタンが現れた森に目を向ける。
「隠れているネズミを駆逐します」
*
「何だあれは……っ」
数名の部下と森に隠れていたガルスは、突然現れた敵に思わず唖然とした声を漏らす。
ガルスはアルセイデス辺境伯の手勢をそこまで信頼していない。確実を期す為に騎士団の一部に命じてダンジョンのミノタウルスを捕獲させ、薬物で一時的に強化して諸共カミーユを亡き者にしようと画策していた。
そのミノタウルスが真紅のドレスを纏った女に、立て続けに二体も倒された。
確かアレは、王都でも過激なことで有名になっている、『薔薇の魔女』と呼ばれるハーフエルフの冒険者だったはずだ。
今まで姿は見えなかったが馬車の中にでも隠れていたのだろう。
アルセイデス辺境伯領に現れ、ワイバーンを倒したとも言われている凄腕の冒険者。
宰相の下で情報収集をしていたガルスは、アルセイデス家がそれにちょっかいを出して痛手を受けていたことでその存在を知っていたが、所詮はただの冒険者。その存在が脅威になることはないと高をくくっていたが、ミノタウルスを簡単に倒すのなら、単独でワイバーンを倒したのも本当かもしれない。
「亜人の冒険者を雇うなど、ケーニスタ王国の面汚しがっ。一旦下がるぞ」
アレがカミーユに雇われているのなら直接的な手段では失敗する恐れがある。最悪は適当な理由を付けて『剣聖』に出てもらうしかないが、強さのみに執着して金で動かないあの男がガルスは苦手だった。
部下に撤退を指示して、次は搦め手の暗殺で『魔女』諸共始末してやると、最後にそちらに視線を向けた時、数百メートル離れたその場所に居る『魔女』と目が合ったような気がして、背筋に寒気が走る。
「撤退っ! 急げっ」
「「はっ!」」
その魔女がこちらに向けて走り出すのが見えた。
これほど離れているのにどうやってこちらを見つけたのか? エルフや獣人は五感が人族よりも高く、これだから亜人は嫌なんだ、と呟きながらガルスは二人の部下と撤退を図る。
「ぐあっ!?」
「なっ、」
突然部下の一人が氷の槍に貫かれて大地を転がっていく。
「森の中に入れっ!」
魔女の仕業だろうか? この距離で一撃で倒すほどの【氷槍】など、詠唱破棄で『魔法』を使え、魔力を上乗せして魔術の距離や威力を伸ばすことが出来る、宮廷魔導師でもなければ難しい。
だが森の中に入れば追ってはこれまい。
ガルスは王国でも稀少な“魔物避け”を使用している。これはドラゴンやワイバーンのような強大な魔物から作られる物で、昔、剣聖が倒して献上された素材を加工したものだが、数が少なくガルスが使った分でも大金貨数枚の値は張る。
「……っ」
だが、まだ追ってくるような気配がある。
あの魔女も魔物避けを使っているのか? それともまさか、……お伽話の悪い魔女のように、魔物共が彼女を恐れているのか?
「お前、食い止めろ」
「は? うわぁあっ!?」
ガルスは横を走っていた部下を短剣で斬りつけ転倒させると、血の臭いに誘われたのか、獣系の魔物が部下に襲いかかっていった。
『うわあぁああああああああああああ――――』
魔物避けはガルスしか持っていない。背後で響く部下の悲鳴に、ガルスは集まった魔物が魔女の足止めをすることを期待して、さらに森の奥へと逃げ込んだ。
数分ほど全力で森の中を駆け、そろそろ平気かと脚を緩めた、その時、森の大気が突然帯電しはじめた。
「なんだ……、ぐあああああああああああああああああああっ!?」
魔の森を広範囲に稲妻の雨が降り注ぐ。
仕事柄、大量に仕込んでいた魔術防御の護符が一斉に燃え尽きて尚、ガルスの身体を稲妻が貫いていった。
「……く…そ…」
それでも護符はある程度役に立ったのか、あれほどの稲妻でもガルスはかろうじて息があった。
まさか、これも魔女の魔術なのか? こんな大魔術は筆頭宮廷魔導師でも簡単には使えないはず。もしこれが本当に魔女の仕業なら、その存在は王国に対して脅威になり得る。
早く王都に戻り宰相に報告しなくてはいけない。ボロボロになった身体で這うように進むガルスの前に、突然濃密な気配と共に巨大な影が出現した。
『我は偉大なる闇竜、ポチである。主の命でこの辺りに居たが、不快な他の竜の匂いを纏っておるのはお前か?』
「……ぁ…あ…」
魔物避けは強い魔物の匂いで弱い魔物を避けさせる。それが通じないのは強き魔物だけだ。その時ガルスは数十年前に学園で教師が言っていたある言葉を思い出した。
『竜の敵は竜だけだ。出会えば必ず戦いとなる』
竜の個体自体が少なかったので知られてはいないが、もしや竜を素材とした魔物避けを使っているのは、竜に喧嘩を売っているのと同義ではなかろうか。
「は……はは…」
『では愚か者よ、死ぬがよい』
プチ。
*
逃がしちゃいけないと思って第六階級の範囲魔法【Thunder Rain】を使っちゃいましたけど、これって魔法防御が高くないと人族なら普通に死にますよね?
死んで五分以内なら蘇生もできそうですが、こんな森の中を捜すなんて、面倒くさいので出来ません。
背後関係を知りたかったのですが、済んでしまったことをつべこべ言っても仕方ありません。――ありませんけど、カミーユ様達からなんで捕まえなかった的なことを言われるかも?
仕方ありませんね。ちびキャロルに戻ってから帰ります。
私が森から戻ると、私を捜していたらしいニコラスが私を見つけました。
「あっ、お嬢さん、無事で良かったっ。突然消えたから心配しましたよっ」
「ミノタウルスは?」
「何とか敵と一緒に倒せましたよ。ああっ、そうだ、あの冒険者の魔女さんですが、お嬢さんが同族のよしみで雇ったとカミーユ様が言ってましたけど、是非、彼女にもお礼を言いたいのですが、どちらに?」
なるほど。唯一私の変身を見たカミーユ様はそういう風に説明したのですね。なら私もそれに合わせましょう。
「面倒だから帰った」
「……そ、そうですか」
それから馬車の所に戻って、ミノタンにやられた騎士にハイヒールを掛けていると、護衛騎士達は気まずそうに私に頭を下げました。
そう言えば『魔女』は私が雇った護衛になっているんでしたね。私に失礼をしたからって報復なんてしませんよ。アリスに比べたら気にもなりません。
それはそうと……私が戻ってからカミーユ様が私の側にピッタリと寄り添っているのが気になります。
「……カミーユ様?」
「私のことは、どうかカミュと呼んでくれないか?」
カミーユ様ことカミュが私と目が合うように跪いて、手を取りながら甘い声でそう言うと、水筒の水を飲んでいたニコラスが水を吹き出していました。
え、なんですかいきなり……
「嫌か?」
「……い…え…」
近い近い、承諾した瞬間、満面の笑みを浮かべる顔が目の前10センチの場所にあります。
やばい、この人、距離感がヤバい。結局旅の間中、ずっとこの距離感でお姫様のように扱われて過ごしました。
あまりにも唐突な、デロデロな溺愛ッぷりに使用人達全員がずっと、ポカンと口を開けています。あの……宿の中くらい手を引かれなくても歩けますからっ。
どうして突然こうなりました? この国の他の貴族に比べればずっとまともなんですけど、……何だかどっと疲れました。
カミュは何かに目覚めたようです。許容範囲の線引きが難しいですね。
次回、王都へ帰還。色々企んでた貴族にお返し。
報告:現在仕事がバタバタしておりまして、次は数日遅れます。土日に仕事ぶっ込むのはやめて下さい。
申し訳ございません。




