41 王弟と魔女 ②
前編中編後編にしようと思いましたが、思ったよりも長くなったのでサブタイを番号に換えさせていただきます。
旅行程最短で一ヶ月。アルセイデス辺境伯領を含む三つの領の視察に、カミーユ様からお誘いを受けました。
いったい何を考えているのでしょうね? この国の貴族はまだ信用できないことを差し引いても、こんな面倒そうなことを私が受けるはずがない。
……無いはずなのに、私はそれに頷いていました。はて?
問題があるとすれば家の人でしょうね。私の顔を見たくないどころか、名前さえ聞きたくないはずの今生の両親ですが、カミーユ様が連絡を取ると簡単に承諾したらしいのです。
あれでも貴族なので、王家と繋がりが出来たことを喜んでいますか? それとも何かきな臭いことを考えていますか……? あの人達はある意味、アリスやフレアよりも信用できないので警戒はしておくべきです。
そして不本意ながら我がお兄様ディルクは、案の定豪快にごねまくりやがりました。
「キャロルっ! お前のような汚らわしい亜人が、カミーユ様に迷惑を掛けるなどどういうつもりだっ! 勘違いするなよっ? カミーユ様は碌に家からも出られない亜人であるお前を憐れんでいるだけなんだからなっ!」
「…………」
だったら私が好きな果物ばかり持ってきて、膝の上に無理矢理乗せながら自分で食べさせようとしないで下さい。言ってることとやってることが違いますよ。
だから脚を撫でるなとっ。
「【Blackout】」(ぼそ)
「ぬぉおおっ! また闇の精霊かっ。僕は精霊の嫌がらせなどには負けないぞっ!」
視界を闇で包む【暗幕】の呪文に、ディルクが雄々しく吠える。
私も成長して第一階級の呪文でもレジストされなくなりました。ディルクもまぁ、いまだに闇の精霊の仕業だと勘違いしているのはちょっとだけ可愛いような気がしましたが、やってることは普通にセクハラなので許しはしません。
それにしても、この世界の人は信心深いと言いますか、神の御使いとして精霊を見ているので、精霊のやったことなら大抵のことは許されます。それは貴族に意味も無く忌避されている闇の精霊でも同じです。
だからこそ、アリスが『精霊の愛し子』としてもて囃されているんですけどね。
最後まで駄々を捏ねていたディルクでしたが、学生の一貴族が王族の馬車に同行を申し出て許されるはずもなく、視察の旅が始まりました。
私も名目上は貴族の令嬢ですので、お世話係としてマイア達一家を丸ごと連れて行きます。
でも本当にカミーユ様の意図が分かりませんね。彼の意向で同じ馬車に乗っていますけど、カミーユ様は簡易テーブルで黙々と執務を続けているので、特に何か交流があるわけではありません。
「「「………」」」
しかも一番偉い人がお仕事しているとお喋りできないっ。
一緒に同乗しているマイアも彼の執事っぽい人も、息苦しそうな顔でジッとしていることしか出来ません。
私は別に人と会話するのが面倒なので問題ありませんね。カミーユ様が同じリズムで捲る書類の音よりも、若い執事がソワソワとしているほうが気になるくらいです。
では私も自分の時間を過ごしましょう。カバンから百科事典並の魔導書を取り出して読み始めると、亜空間収納を知らない執事が私の足下を覗き込もうとして、マイアに睨まれて定位置に戻る。
そんな中で黙々と魔導書を読んでいた時、ふと視線を感じて顔を上げるとカミーユ様と目が合いました。
「「…………」」
何かあるのかと私もジッと見つめ返すとそのまま何もなく時は流れ、マイアか執事がゴクリと唾を飲み込むような音が響いて、カミーユ様が静かに口を開いた。
「君は、姉妹は居ないのか?」
「いませんよ」
変態の兄なら一人居ますけど。カミーユ様もそれを思い出したのか、
「そうだったな。すまない」
それだけ言ってまたお仕事に戻ろうとした瞬間、
「すまないじゃねぇよ、なに考えてんだ、お前はっ!?」
あの若い執事が馬車の中で立ち上がり、ぞんざいな口調で主に怒鳴りつけていた。
「この子はまだ小さい子供だろっ? それを旅に同行させておきながら、放置しておいて掛ける言葉がそれだけかっ!? そんなお前を見る為にソルベットから来たわけじゃないぞっ。何とか言ってみろっ」
「ニコラス、煩い」
「うるさいっ!?」
ソルベットって確かお隣の国ですよね? ニコラスと呼ばれた執事はカミーユ様の言葉に愕然として、その顔を私に向ける。
「お嬢さんも何か言ってやってくれっ!」
「煩い」
「うるさいっ!?」
私が短く言い捨てるとニコラスはまた愕然とした顔でベンチに腰を下ろした。
そのあと、何かブツブツ言っていたニコラスの話を総合すると、ニコラスはカミーユ様が留学していたソルベットの学友で、カミーユ様が心配でこっちのケーニスタ王国までついてきたそうです。
前回顔を見せなかったのは、ケーニスタの貴族には頼みづらい仕事をこなしていたからだそうですが、前回の使用人達が私に態度が悪かったので、急遽、亜人に偏見のない彼が呼び戻されたそうです。大変ですね。
仕方ありません。私から少し歩み寄りましょうか。
「書類はこれだけですか?」
「いや…まだあるが」
「手伝います」
「……そうか」
私の申し出に少し驚いた顔をしていたカミーユ様が残っていた書類を見せてくれる。
「地方の税務関係の確認って、王族の仕事ですか?」
「……私を中央の仕事に関わらせたくないらしいからな」
「………」
適当な役人なら読みもせずにハンコだけ押すでしょうに。でも不備があって気付けなかったら、失態になるのか。面倒ですね。
無言で黙々と仕事をする私達に、何か言いたげだったニコラスが結局なにも言えずに座り込み、マイアに慰められるように肩を叩かれていました。
***
「これはカミーユ殿下っ、遠路遙々ようこそお越し下さりましたっ」
「アルセイデス伯もご壮健でなによりです」
王都を離れて10日。アルセイデス領に着く早々騎士隊が迎えに来て、五年ぶりに懐かしくもない城に到着する。
お父様も少し老けましたけどまだ元気です。その後ろにお母様の姿も見えますね。精神も回復したようで、元気に私を鬼のような顔で睨んでいました。
「殿下もこんな忌み子と一緒でお疲れでしょうっ。宴の準備を致しますので、数日はごゆるりとお休み下さい」
その殿下と婚約している実の娘を『忌み子』と言いますか。お父様もお母様もお変わりないようで安心しました。
「いや、ゆっくりもしていられない。こちらの重騎士隊を見学させていただきたいのだが、どちらかな?」
「いや、その…今は演習に出てまして……」
ありもしない重騎士隊を見せろと言われて、お父様の顔に汗が噴き出す。
「とりあえず殿下には騎士隊の訓練場を見ていただいて……。キャロル、お前はこちらに来い。話がある」
一見穏やかそうに話すお父様の目を見て、私はゆっくりと首を振る。
「カミーユ様のお手伝いをします」
「キャロル、貴様っ!!!」
私に逆らわれると思わなかったのか、あっさりと被っていた皮が剥がれて、怒りの形相で喚き散らした。
「アルセイデス伯、彼女は私の手伝いをしている」
「……そう…ですか」
カミーユ様から援護射撃があって、お父様はギリギリで怒りを収めた。……ように見えましたけど、
「おおっ、そうだ。重騎士隊は魔の森の近くにある詰め所で演習しているのでした。魔の森は危険ですから殿下の赴くような場所では……」
「いや、構わない。そちらに寄らせてもらおう」
「……本当にいいのですか? 危険ですよ?」
「もちろんだ」
殿下がそう言いきると、お父様の顔に怒りを抑えきれない、獰猛な笑みが浮かぶ。
「私は……警告しましたよ」
「…………」
なにか企んでいますか? 私がカミーユ様についていくのは、残っても何かされそうだったのと、カミーユ様の身に危険がありそうだったからです。
それにしてもお父様、ありもしない重騎士隊の演習場に向かうのを許していいのですか? それともやはり……
お城についてお茶も飲まないうちに魔の森方面へと馬車を向ける。
「ニコラス、街に着いたら宿を取ってくれ」
「アルセイデスの城には泊まらないので?」
「分かっていて聞くな」
「かしこまりました」
ニコラスの問いにカミーユが答えて二人でニヤリと笑う。二人とも分かっているんですね。……暗殺の危険があるんだって。
「キャロル嬢も街の宿で…」
「【Ice Lance】」
馬車の窓から放った【氷槍】が木の幹を貫き、馬車の中を沈黙が支配する。
「戦力、足りてますか?」
「…………」
カミーユ様の護衛騎士は忠誠心が厚そうな騎士ばかりで、この二人もそれなりに出来る人達なのでしょうが、戦力が多いに越したことはありません。
宿に残すのはマイア達のような非戦闘員だけで充分です。
「いいのか? 危険だぞ? 私の身を案じているのなら…」
私は何か言い始めたカミーユ様の言葉を、手を上げて止める。
「アルセイデス家の悪事の証拠が欲しいのです」
「………そうか」
嘘じゃないですよ?
次回、みえみえの暗殺。その裏に潜む者