04 魔銃―ブレイクリボルバー
ランキングに載せていただきました。皆様のおかげです。
斬馬刀・リジル。【Ridill】
刃渡り120センチ。柄の部分を含めると、全長180センチを超える巨大武器ですが、これの分類はバスタードソードになります。
両手剣の大きさでそれより軽く、このサイズで両手にも片手にも対応していますが、片手で扱うには高い筋力が必要です。
形状は、軽く反った幅広の太刀で、柄が長く鍔がない、鍔競り合いを前提としない、馬上から馬ごと騎手を斬り殺す、槍や薙刀に近い武器ですね。
まぁゲームなのでプレイヤーを一撃で倒せるような仕様にはなっていませんし、片手剣より切れ味が劣り、両手剣より威力が落ちるので、ロマン武器扱いでした。
これを取るのは大変でした。高レベルプレイヤーが12人でリアル10日も粘って、ようやく巨大竜のお腹から出たのです。
素材は良いお金になるので私の取り分無しで交渉しましたが、本当に出て良かった。
この武器、ガチの前衛だと正直微妙なので不人気でしたが、私とは相性が良いのですよ。まだお気に入りのネタ武器はありますけど。
まぁそれはそれとして。
VRMMORPGの武器――データだったモノが私の前に出てきたんです。
神様――正確には“神の子”だったあのお爺ちゃんは、私のゲームに掛けた時間や情熱を魂の力に変えると言いました。
でもその力は、転生した身体を強化する力だと言っていましたよね。
厨二っぽく言うなら私がキャロルとなり、キャロルがプレイヤーキャラクターと似ていたことで因果律が変わったと表現するべきでしょうか?
その結果、魂の力に変換されるべきゲームデータが、そのまま私『キャロル』に統合されてしまったとか?
バグってますね。本当に話が違いますよ、お爺ちゃん。
「あ」
床に落ちた斬馬刀が霞のように消える。時間にして10秒くらいですか。でも消滅したのではなくて、私の中に戻ってきた感覚があります。
アレは他人に譲渡出来ないダブルレア属性だったので、私の手から離れると一定時間で戻ってくるのでしょう。
シングルレアは譲渡出来るけど1個しか持てない。
ダブルレアは譲渡不可で1個しか持てない。
トリプルレアは譲渡不可でキャラ毎に1回しか取得出来ない。
これでも廃プレイヤーでしたからね。私の装備のほとんどはダブルレア以上なんですよ。困っても最悪売ることも出来ませんね。売りませんけど。
話は戻りますが、ゲームアイテムが使えるということは、プレイヤーキャラクターの能力がそのまま使えると言うことでしょうか?
でも、それが良い事かどうかわかりません。だって、私は本当に三歳児程度の力しか有りません。お昼寝しなくても眠くならない程度の体力はあるようですが、斬馬刀リジルは手に持つことも出来ずに床に落っことしちゃいました。もし握り続ける握力があったら、床で指が潰れていたかもしれません。
もしかしてプレイヤーキャラクターの“設定年齢”に達していないと、能力が発揮出来ないとか? 充分にあり得ますね……。幼い身体に負担が掛からないようにリミッターの役割もあるのかも。
……バグっていなかったら普通に今の状態でも強化されてたのに。
気を取り直して、少々“種族設定”の確認をしましょう。
あのVRMMORPGのキャラクターメイキングでは、【種族】と【年齢】を複数の項目から選べました。
種族は、人族・エルフ・ハーフエルフ・獣人族・ドワーフの五種で。
年齢は、ティーン・ヤングアダルト・アダルトの三種です。
私が選んだハーフエルフは、人族よりも体力や耐久が低くて、エルフよりもMPが低い感じで、支援職には良いのですがあまり人気はありませんでした。
しかも運営がティーンに偏るのを避ける為に、HPと耐久を低めに設定したせいで、かなり茨の道になりましたが、見た目が好みだったので仕方ありません。
おかげでゲーム内では、ティーンのハーフエルフはかなりの希少種でした。
VRMMORPGでは【職業】と言う概念がなくて、プレイヤー全員が『冒険者』であり、武器や魔法を好きに使えました。
一応レベルの上限はなかったのですけど、廃人でも100前後でした。
レベルの恩恵はあるのですが、このVRMMORPGでは、敵を倒して経験値を得るのではなくて、戦闘スキルや生産スキルを上げることで『経験値』を得るのです。
スキルは100まで上がり、よく使う武器スキルをカンストすれば、攻撃力はほぼ上限に達しますからね。
複数のスキルを100まであげれば、レベル100以上でも上がりますけど、武器スキルを99から100にする時なんて、自分より強い敵を数十時間叩かないと上がらないそうですから、やってられません。
レベルで上がる身体のステータスよりも、戦闘系スキルで得られる【身体強化】のほうが効率的だったのです。
あの斬馬刀が欲しかったのは、【剣舞】スキルで使いたかったからです。
剣舞で一番相性がいいのは、【片手剣】の二刀流でしたけど、華奢なハーフエルフの少女が長剣で舞うのって、何かロマンがありませんか?
私としては、筋肉もりもりで剣舞を舞うアダルト男性ドワーフも大好きでしたけど、あまり賛同は得られませんでした。
キャラクターメイキングでは本気を出しましたよ。
このVRMMORPGが他に比べて女性プレイヤーが多かったのは、自然な感じに仕上がるからです。某課金型MMOのように、お乳がたわわな超美人や、肩幅が広いエロ美形ばっかりではなくて、本当に自然な感じのキャラが作れるのが魅力でした。
そこで自分の顔をベースに、丸二日も掛けて趣味全開で理想的に製作したのが、この私のプレイヤーキャラクターなのです。
熱く語ってしまいましたが、何の話をしていましたか? そうそう、この身体が成長しないと、キャラクターの能力が使えないかもしれない、と言う話でしたね。
運の良いことにこのキャラの設定年齢は、十代半ばから後半の“ティーン”です。これで見た目三十代の“アダルト”なんて選んでいたら、面倒なことになっていました。
私のキャラの外見は15歳くらいでした。ハーフエルフと言うことで成長が遅かったとしても、十代の後半には全能力と装備を使用出来るはずです。
「……ん?」
学院の最終断罪イベントって、ヒロインが卒業式の時でしたか? その時のキャロルは確か15歳くらいでしたから……
「…………」
私はてくてく歩いて巨大な天蓋付きのベッドによじ登り、ふかふかお布団の中に潜り込んで、夕飯までふて寝することにしました。
断罪イベントまで間に合わないじゃないですかーっ。
オヤスミナサイ。……ぐぅ。
*
お早うございます。夕方です。
「さあ、キャロルお嬢様ぁ、ご夕飯の準備が出来ましたよぉ」
「………」
私をお布団から叩き起こしたのは、メイヤやマイアじゃなくて、あの意地悪メイドのイラリアでした。
どうしたのでしょう? 昼間はあれほど視界にも入れたくない感じでしたのに、やけに機嫌が良いのです。
どうしたのかとお目々を擦りながら周りを見ると、ワゴンの側に控えているメイヤ達の顔が青くなっていました。マイアなんて泣きそうになっています。
「本日は奥様方と同じ食事を用意しましたわ。とても良い物で奥様が是非、お嬢様にも召しあがり戴きたいと仰せですわ。あなた達、用意しなさい」
イラリアの指示に、のろのろと二人が食事の準備を始める。
「さっさとしなさいっ、お料理が冷めてしまうわ! もういいわ。私がしますから、あなた達はお嬢様を席に運びなさい」
「「……はい」」
イラリアがテキパキと食事の準備を始め、私を抱き上げたメイヤは私の耳元で小さく『申し訳ありません…』と呟いた。
これは、何かありますか?
「さあ、お嬢様ぁ。沢山召しあがってくださいねぇ」
ご機嫌な意地悪笑顔でイラリアがトレーの蓋を開けると、そこには綺麗な焼き目が付いた、見ただけで極上と分かるステーキがありました。
「………」
うん。普通に美味しそう?
小ぶりだけど肉厚でふっくらと焼き上がったお肉の表面から肉汁が零れて、付け添えはクレソンだけですけど、濃厚な赤ワインのソースがキラキラ輝いている。
でもお肉だけ? サラダもパンもないけど、幼児だからお肉だけでお腹がいっぱいになると思っているのでしょうか。
「ささ、わたくしが切り分けて差し上げますわ」
カトラリーを握ったまま首を傾げる私に、イラリアが小さく切り分けてくれる。
焼き方はほんのり赤いミディアムレア。断面からじわりと肉汁が溢れて、香辛料とソースの香りが鼻腔をくすぐる。
私は何がいけないのかと、何も分からないままお肉の一切れを口に入れると、視界の隅で、メイヤとマイアが辛そうに目を背けた。
私はゆっくりと咀嚼する。上等な牛っぽいお肉で毒でもないみたい。そのまま普通にお肉を噛んでいると――
「けふっ」
私は耐えきれず、お肉の欠片を吐き出した。
なにこれ、すっごく生臭いっ。最初は美味しかったのに噛む毎に生臭く感じて、胃の中から中身がこみ上げてくる。
「お嬢様っ」
メイヤ達が私へ駆け寄ろうとすると、そこにイラリアが割り込む。
「あらあら、お嬢様。ハーフエルフだからって我が儘はいけませんよ。奥様のご指示です。残してはいけませんわ」
「………」
……ああ、そうでしたね。VRMMORPGの設定では、森のエルフは獣を狩っても獣の血肉を食べない。正確に言うと体質的に食べられない設定でした。
ハーフエルフはまだマシでベーコンくらいは食べられるみたいですけど、こんな血臭のするお肉なんて受け付けません。……この乙女ゲームでも同じなのですね。
これって、ただの嫌がらせですか? 何か理由があって殺しはしないけど、気にくわないから痛めつけたいだけの憂さ晴らし?
きっとイラリアは、私が吐いても全部食べきるまで許してはくれないでしょう。
何とか気を逸らしてお肉を捨てましょう。VRMMORPGの魔法は使えるのでしょうか? でもこの幼い身体では暴発の危険がありそうな気がします。
アイテムで何か使えますか? 防具類はサイズが違いすぎて意味がありません。
ネタ系のアイテムはあったと思いますが、吐きそうで気持ちが悪くて、思い出すのに頭が回りません。
何か――普段使ってた物で、何か――
「Set【Break Revolver】」
思わず呟いてしまった“命令文”に、手の中に黒い金属の塊が現れる。
でもそれは私の手には大きすぎて重すぎて、テーブルの下に落ちたそれは床で跳ねるようにして――暴発しました。
ドォオンッ!
撃ち出された銃の弾丸が、意地悪笑顔のイラリアの顔の脇を、髪の一房を吹き飛ばしながら天井に弾痕を穿つ。
あ、そう言えば、いつでも抜き撃ち出来るように、弾を込めたまま安全装置も掛けていませんでした。危ないですね。
吹き飛ばされたイラリアの赤毛が辺りに散らばり、天井からパラパラと落ちてくる破片に、固まった意地悪笑顔のままぎこちなく上を見たイラリアは、また私を見て――
「キャアアアアアアアアアアアアッ!? “忌み子”の呪いよぉ――っ!!!」
と悲鳴をあげて、カトラリーを持ったままの私と、ポカンと口を開けているメイヤとマイアを残して、イラリアは逃げ去っていきました。
ところで、私のご飯はどうなりますか?
軽い解説です。
キャロルは三歳までに現地の言葉を何となく理解しています。
センチやメートルの単位も現地の単語はありますが、寸法的にほとんど地球と大差なく、キャロルは脳内でセンチやメートルと訳しているので、作中ではメートルやキログラム等と表記します。
次回、迫り来る母親からの刺客