37 慈愛の教会 後編
何か奇妙な言葉を聞いたような気がします。逆らわないから小さな子が好きって、そんなの10歳の少年の口から出る言葉ではありません。幻聴に決まってます。
「……そう言えば、君も随分と小さいですよね」
「…………」
ゾワッとした。ゾワッとしましたっ! 暗い眼差しでとんでもなく変態じみた事を言い始めたルカに私は急いで言葉を被せる。
「アリスとはどうやって知り合ったの?」
「ああ、彼女は素晴らしい人ですよねっ」
私の言葉に光が消えていたルカの瞳に輝きが戻りました。
「彼女はボクに、従順な女性は小さな子だけじゃないと教えてくれたのです。そう……信頼はお金で買えるのだとっ!」
「…………」
うわぁ………。
アリスは変わらないどころか色々と成長しているようです。乙女ゲームでは外見が幼いことを気にしているルカを慰めて新しい世界を見せてあげるみたいな感じでしたが、テキスト外ではそんな裏取引をしていたんですね。アリスの営業手腕には感服するしかありません。
でも、女の子にお金を払って得られる信頼ってなんでしょう? 疚しいことはしてないのでしょうね?
「月にたった小金貨五枚を払うだけで、アリスはいつでもニッコリと微笑んでくれる、ボクの『友達』になってくれたんですっ」
「お友達料……」
どうやら健全なお付き合いのようで安心しました。
とりあえず私も落ち着きましょう。まだ早い。この場所を殲滅魔法で焼き払うのはまだ早い。せめてこの教会にある蔵書を確認してからでないといけません。
やっぱり勝手に持ち出したら拙いですよね……。それにあの小さな女の子達には罪はありません。……ないですよね? 彼女達もまとめて焼き払うのは私にも出来ません。
今日はどんな本があるのか確認してさっさと退散しましょう。
専属メイドのマイアは17歳になりましたが、彼女は獣人の血を引いているせいか知りませんが、見た目が少し幼い感じなんですよね。さっき、お爺さんにもちょっと目を付けられていた感じでしたし、あまり危険を冒すわけにもいきません。
「マイア、行こ」
「……は、はいっ」
どうやら一連の話を聞いて、初心なマイアは立ったまま気絶していたみたいです。
「あっ、待ってくださいっ。勝手なことをしないでって言いましたよっ!」
「ん。早く行きましょう」
勝手に歩き出した私達にルカが慌てて追いついてくる。
気付かれましたか。あのままアリスとの話を虚空に向けて話し続けてくれていれば楽だったのですが、今は用事を済ませることが最優先です。
「へぇ……」
「どうですか、凄いでしょうっ。規模は小さいですが、蔵書の貴重さなら王城の書庫にも引けは取りません。あなたのような忌み…こほん、亜人の方では普通は見ることも叶いませんよっ」
一言多いですね、こいつは。
「き、君がボクの言う事を聞いて、と、『友達』になってくれるなら、いつでも読みに来ていいんですよ?」
「寝言は寝て言え」
「なっ、何て酷いことを言うんですかっ、お金ならちゃんと払いますよっ!?」
「…………」
ダメだコイツ。多分もう手遅れです。
とにかくルカは居ないものとして本を読みましょう。
とは言え、量は多くないと言っても、それは王城の書庫や魔術師ギルドに比べてなので、それなりの量はあります。
「あら、可愛らしいエルフのお嬢さんですね」
「ん?」
奥の方から、本の整理をしていた二十代後半くらいの妖艶な女性が、シスターのような服装で現れる。
「ルカ様のお友達ですか?」
「まだ(友達料を)払ってないから友達じゃないけど、この子はお祖父様の客です」
「あらそうですか、いらっしゃいませぇ」
「……ん」
勤めるお店を間違えていませんか?
「シスターさん?」
「ええ、そうですよ? 幼い頃よりこの教会でお勤めをさせていただいております」
小さい頃から? だったら女性として、あの孤児院の現状はどう思っているのでしょうか?
「あの孤児院だけど……」
「ご覧になったのですか? 素晴らしい所でしたでしょう。私も孤児院の出身ですが、大司教様にはご贔屓にしていただけました。私は成人して外のお客様のお相手をするようになりましたが、あなたでしたら大司教様の一番のお気に入りにもなれますわ」
「…………」
どうやら職種は間違ってなかったようです。
幼い頃は大司教の愛で育ち、大人になったら外のお客――多分、貴族に愛を与える仕事に就くのですか。大変合理的なシステムになっていますね、バカヤロウ。
まぁ、大人になって放逐されないだけマシですか。
とにかく本です。本を読みましょう。沢山本はありますが、古い蔵書や貴重な文献は奥にあると決まっています(偏見)
シスターと別れて、スタスタとルカやマイアを連れて奥へ向かうと、古い扉が立ち塞がるようにありました。
「あそこは?」
「向こうは禁書の類ですね。だ、ダメですよっ、お祖父様の許可がないとっ。それに鍵もお祖父様がっ」
「何を騒いでいるのか?」
「お祖父様っ」
もう用事が済んだのか大司教がにこやかな笑みを浮かべて現れました。
もう来やがりましたか。学園で見た時は朗らかそうなその笑顔も、真実を知ってしまうと途端に胡散臭く見えるから不思議です。
「お嬢さん、読みたい本は見つかりましたかな?」
「お祖父様、この子が奥の書を読みたいなんて言っているんですっ」
言ってませんけど。まだ。
「なんとっ、奥の書をっ。確かにこの扉の奥には、建国時からの貴重な蔵書がありますが、そうですなぁ」
お爺さんは奥の扉を見て難しい顔をしながら腕を組み、チラリと意味ありげに、私に顔を向ける。
「ですが、お嬢さんにお見せすると約束しましたから、少しなら良いでしょう」
「お祖父様っ!?」
「……いいの?」
「だが、その扉の鍵は簡単には出せないものでしてな。手続きが終わるまで、お茶でも飲んで待っててくれますかな?」
「……わかりました」
微妙に私やマイアに注がれる視線が気になりましたが、この国で一番かもしれない古い本を見るチャンスでもあります。
私達はルカと別れて別室に通される。ルカも本を見たいようでしたが彼はお爺さんから『まだ早い』と言われて渋々戻っていきました。……何が早いんでしょうね?
大司教の応接室でソファーに座ると、また違う妖艶なお姉さんが、お茶とお菓子を出してくれました。
「私の分もありますね。……使用人の私がいいのでしょうか?」
「ん」
こんな時の定番は眠り薬でしょうか? でも忌み子とは言え、貴族の私にそんなことをしたらどうなるか分かるでしょうし、立場のある人がそんなことをするはずがありません。
「わあ、これって王都で評判のお菓子ですよっ、キャロルお嬢様っ。お茶も凄い高級品ですっ、うわっ、美味しいっ! ……ぐぅ」
「…………」
マジですか? ソファーでこてんと横になって眠るマイアを見てみると、むにゃむにゃしながら気持ちよさそうに眠っていました。
見る限り、昏睡するような強い薬ではなく、解毒魔法を掛けなくても1~2時間もすれば目を覚ますような弱い薬みたいですが、平民で薬慣れしていないマイアには良く効いたみたいです。
「………、」
その時、廊下のほうからこちらに近づく足音が聞こえてきて、私はどうしようかと考えたあげくに寝たふりをすることにしました。
私が寝たふりをして数秒後、微かにノックをするような音がしてそっと応接室の扉が開く。
「おやおや、お疲れだったようですね。これはいけませんな」
薄く開いた私の目にあの大司教のお爺さんが映る。
彼は私とマイアをジロジロと見て、身体を丸めている私よりも力が抜けているマイアのほうを見て、ニンマリと笑みを浮かべた。
「ふふふ、果実は食べ頃を逃すと大変なので先にこちらをいただきますか。大丈夫ですよ。目を覚ましても何も覚えていませんから」
そう言って大司教がマイアの足下に手を伸ばす。
なるほど、誘拐ではなくて一時的な悪戯目的だったのですね。
「Setup【Saint Cloche】all」
聖者の鎧、純白の武装チャイナドレス、セイントクロシュを一瞬で装備した私は、杖を模した巨大なウォー・ハンマーを二人の間に割り込ませる。
「なっ、何者だっ!? どうやってこの神聖な教会に入り込んだっ!?」
「………お前が知る必要は無い」
身バレを承知で目の前で変身したのに、よほどマイアに集中していたのか、今の私とキャロルを同一と認識出来ないみたいです。
「おのれっ、私の聖なる儀式を邪魔するとは、神を恐れぬ不届き者めっ! 良く見ればまだ未成熟な若い娘ではないかっ! 私の愛で……げふっ!?」
「………」
とりあえずウォー・ハンマーの柄の部分で軽くこづいてやると、大司教がコロコロと転がっていく。
「こ、こんなことをして、ごふっ!」
またウォー・ハンマーで軽く叩かれた大司教が絨毯を転がる。どうやら人払いだけは完璧のようで、ここまでしても警備がやってくる様子はありません。
「き、貴様っ、ぎゃっ」
「………」
「私の愛が、げふっ」
「………」
「や、やめ、ぎゃあっ」
「………」
気持ち悪かったので無言のまま何度か叩いていると、さすがは大司教と言うべきなのか、不屈の精神で倒れたまま私の足下ににじり寄る。
「も、もっとくだされ。女神様……」
「…………」
……少し叩きすぎましたか?
どうやらセイントクロシュを着ていたせいか、大司教は私を女神かその化身だと誤認したようで、強力なコネと、無事に奥の書を得ることが出来ました。
……もう嫌です、この国。
ルカはアリスの手により新たな道を示され、
大司教はキャロルの手で新たな扉を開きました。
次回、ストーカーの恐怖、再び。